MORGAN'S(CD-R) カタログ・リスト0504
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MORGAN'S
(CD-R盤です)

ニューヨークの大学に通うクラシックマニアのグループが立ち上げたレーベル。
名指揮者たちの知られざる名演奏、埋もれてしまった録音などを中人にグループで
持ち寄った音源を「MORGEN'S LIBRARY」と名づけ、その中から選りすぐりを毎月
リリースする予定とのことです。スタッフにはアメリカ人のほか、日本、ドイツからの
留学生も含まれているそうです。
※以下のコメントは、メーカーのインフォメーションをほぼそのまま載せております。
※音質にはばらつきがあります。あらかじめご了承下さい。


1枚あたり…(税抜¥2280)

以下のアイテムは全てマニア向けのCD-Rです。あらかじめご了承ください。

ML-001
ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー、パリのアメリカ人
ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプチヒRSO
AMIGAレーベルのLPとして少数発売された貴重な録音!今回はスイスの放送局が放出した放送用ホワイトラベルLPを音源として使用。共産圏を代表するオケが資本主義のシンボル的な曲を録音したかは不明ですが、その演奏は見事。あまりにも真面目なためか、冒頭のクラリネット、ピアノのどれもがスウィングできずにロマン派的ガーシュウィンとなっていますが、軍服を着て演奏したような整った演奏は、形式主義の極致とも言える悲しいまでの美しさ。一部アナログ特有のパチパチ音はありますが、音質は良好。
ML-002
ベルリオーズ:幻想交響曲
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1986年6月28日(ステレオ)
まるで宗教音楽と化した「幻想」。冒頭からゆっくりとしたテンポで進む音楽は、どこまでも荘厳な光を放ちます。ホールの残響のせいか、第4楽章でも金管はまるでオルガンのように淡くやさししい響き。鐘の音は教会のものの様に響き、聴く者を柔らかなヴェールに包みながら幕を閉じます。音が音符の単位でなく、延々と溢れ出る圧力としてしか認識できないほどで、観客の「ブラボー」の声でようやく我に返るといった、本当に幻想的な幻想なのです。
ML-003
プロコフィエフ:「ロメオトジュリエット」(抜粋)
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)スウェーデンRSO
録音:1986年11月7日
決して死にそうにない筋肉質で固太りのロメとトジュリエットが舞台上で暴れまくるといった重量級の演奏。低音はズシズシと響き渡り、金管はロシアのオケを彷彿とさせる爆発ぶり。一方ロマンティックなシーンでは胃を悪くするくらいどこまでも甘くべっとりと音が溶け合います。「レニングラード」の名演のように、このオケとスヴェトラーノフの相性は非常に良いようで、この演奏は間違いなく同曲のベスト3に入る出来ばえであり、スヴェトラーノフのディスコグラフィにおいても傑出したものになっています。ストックホルムの観客も大いに熱狂しています。音質良好。
ML-004
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番
マリア・ユージナ(P)、ナザン・ラクリン(指)キエフPO
録音:1954年ライヴ
雪崩のような風圧を伴いながら迫ってくる音のかたまりに息をのみます。しかもそのかたまりを構成する一音一音には魂がこもっています。ユージナの手によるものか、楽譜にも改変が加えられています。ライヴ録音と録音年を考慮すると、やや古臭い音質も妥協できる範囲。旧ソ連の厳しい統制下にあっても決して個性的な主張を中断しなかった彼女が、少しうつむきかげんに我々の生き方を問うような視線を投げかけてくるのが見えるようです。
ML-005(1CDR)
シューベルト:交響曲第9番「グレート」
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)BPO
録音:1977年1月13日(定期演奏会ライヴ)
ML-006(1CDR
ルディ・ステファン:オーケストラのための音楽
セルジュ・チェリビダッケ(指)シュトゥットガルトRSO
録音:1980年2月23日
初出。
ML-007(1CDR)
ブルックナー:交響曲第9番
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)スウェーデンRSO
録音:1999年3月5日ストックホルム・ライヴ
もはやロシア臭はなく、巨匠としての風格が漂う。透明な音の重なりは、スヴェトラーノフの繊細さによりその高さを徐々に増し、第3楽章で遂に頂点を探り当てる。本当に美しい音楽である。
ML-008(1CDR)
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
(伝)ウィルヘルム・フルトヴェングラー(指)VPO
録音:1951年10月13日 ミュンスター・ライヴ
かつてフルトヴェングラーの演奏として紹介され、直後に彼の演奏ではないとして葬りさられた音源である。当時は宇野功芳氏も「この盤をベストとすべきであろう」と紹介していた。テープノイズも少なく聴きやすい。
ML-009(1CDR)
ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」
ヘルベルト・ケーゲル(指)ドレスデンPO
録音:1981年9月、ルーマニアでのライヴ
ML-010(CDR)
チャイコフスキー:フランチェスカ・ダ・リミニ、ラヴェル:ボレロ
セルジュ・チェリビダッケ(指)シュトゥットガルトRSO
録音:1975年4月11日、ライヴ録音
ML-011(1CDR)
チャイコフスキー:交響曲第5番
セルジュ・チェリビダッケ(指)ミュンヘンPO
録音:1990年ライヴ
ML-012(2CDR)
ウェーバー:歌劇「オベロン」全曲(ナレーション付き)
ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプチッヒRSO、cho、ギュンター・ノイマン、イルムガルド・ボアス、ライナー・ゴールドベルク、他
録音:1979年
ケーゲルによる妖しく美しいオベロンである。妖精の女王の歌声は、愛撫のようなケーゲルの演奏の美しさによりその激しさを増し、所々あえぎともとれる嬌声をあげながら愛の成就を喜ぶ。しかしケーゲルは、そんなことにはいっさいかまわず、自らの前に拡がる音楽の美しさだけを淡々と追求していくのだ。なんという孤独で気高い音づくりなのだろうか。周りの芸術を全て枯花に変えてしまう程恐ろしいパワーを秘めた、本当は聴いてはならないパンドラの箱のごとき記録である。
ML-014(1CDR)
J・シュトラウス:「美しく青きドナウ」、「芸術家の生活」、「ウィーンの森の物語」、ヨゼフ・シュトラウス:「オーストリアの村つばめ」
ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプチッヒRSO
録音年不詳
あらゆる箇所でギクシャクした尖った演奏に終始するケーゲルらしいシュトラウスである。アンサンブル自体は非常に完成されており、一見その美しさは他のどの指揮者よりも高みにある。しかし、音楽が進むにつれて、妙にギクシャクしたフレージングが多いことに気が付く。よく聴かなければならないが、まるでノーノの演奏のように暗い影が至る所に潜む。その暗い深みを見つけたとき、背筋が凍るような戦慄を覚えるだろう。シュトラウスー家の音楽をこれ程冷淡に演奏できる指揮者は、もちろんケーゲルしかいない。
ML-015(1CDR)
チャイコフスキー:歌劇「エフゲニー・オネーギン」(抜粋)
ヘルベルト・ケーゲル(指)ベルリンRSO、ベルリン歌劇場O、ギュンター・ライブ、マリフ・クローネン、テオ・アダム、他
録音年不詳
決闘と恋愛と絶望に満ちたストーリーを、モノクロームの映像で描き出すケーゲル独特のオペラ音楽である。タチヤーナの嘆きは宗教的な意味さえもつかのように清く美しい。その一方で、オネーギンの絶望は、誰にも知られず独り地の底へ墜落していくように孤独で悲しい。もともと合唱の指揮を得意としていたケーゲルらしく、それぞれの歌唱が、深く重い意味を持つように仕上げられている。オーケストラもケーゲルの意図を組み、魂を預けるような渾身の演奏をみせる。
ML-016(1CDR)
サン・サーンス:交響曲第3番「オルガン付き」
ロリス・チェクナヴォリアン(指)ロイヤルリヴァプールPO
録音:1980年3月
マニアの間では古くから話題になっていたブッ飛び音響の「オルガン付」である。誰も止める者がいなかったのだろう、チェクナヴオリアンは思うがまま録音レベルを上げていったようで、スピーカーの命が危うくなる程のオルガンの大音響が全編に響き渡る。録音バランスはメチャクチャでオルガンが入ると、オーケストラは完全に消え失せ、残響はグワングワンと響きまくる。教会での録音のようだが、まさに神をも恐れぬやりたい放題の演奏である。しかし、かっこいい。聴くとスッキリすること間違いなし。
ML-017(1CDR)
ベートーヴェン:交響曲第4番、「プロメテウスの創造物」序曲
キリル・コンドラシン(指)モスクワPO
録音年月日不詳
非常にモダンなベートーヴェンである。もともと近代曲を積極的に取り上げていたオーケストラだけに、ここでの解釈もペートーヴェンとしては異質な程現代的である。フレーズはその全てを鳴らしきることなく、短くブツブツと細切れにされ、その切れ端で音楽を構築していく。西側の明かりを夢見ながら、そこにあるモダンに思いを寄せるコンドラシンの気持ちが痛い程伝わってきて切ない。プロメテウスはさらに現代に近く、まるでストラヴィンスキーのように響く。コンドラシンがあと10年活躍していたならば、ロスバウトやギーレンを超えるモダン指揮者になっていただろう。
ML-018(1CDR)
アルヴェーン:交響曲第3番、ガーシュウィン:パリのアメリカ人
エフゲニー・スヴェトラーノフ(指)スウェーデンRSO、ソビエト国立SO*
録音:1986年11月7日、1980年1月16日*
珍しいレバートリーのアルヴェーンであるが、スヴェトラーノフの丁寧な演奏で、曲の持つ端正な品格が伝わってくる。但し、4楽章ではどうしてもスヴェトラーノフが自らの血を押さえ考れなかったのか、ロシアの臭いが急激に強くなり金管とティン八二の咆呼が響き、独特の息の長いクレッシェンドが続く。ガーシュウィンは、まさにスヴェトラーノフのガーシュウィンであって、パリのアメリカ人がウオッカでおもいっきり酔っぱらっているような演奏だ。楽しく華麗にという意識はまったくなかったのだろうが、ここまでギチギチに―生懸命にならずとも良いだろうにと思ってしまう。
ML-019(1CDR)
プロコフィエフ:ピーターと狼、ブリテン:青少年のための管弦楽入門
エフゲニー・スヴェトラーノフ(指)ソビエト国立SO
録音年月日不詳
ロシア語でまくしたてるナレーションも凄いが、その影で鳴り続けるスヴェトラーノフの演奏も脂っこい充実したものだ,ピーターと狼では、力そこそこといった風で、そのマグマが爆発することはないが、丸まるとした胴を持つ大蛇が横たわりながら舌をペロペロ出して横たわっているのが感じられる凄みがある、ブリテンでは、とうとう押さえきれないマグマが爆発してしまい、最後のフーガの部分からはまるで巨大交響曲のラストのような壮絶な盛り上がりをみせる。
ML-020(1CDR)
シューマン:交響曲第2番
エフゲニー・スヴェトラーノフ(指)ソビエト国立SO
録音:1982年1月9日のライブ録音
遅めのテンポでどんどんとこの端正な曲を追い詰めていく様は圧巻である。金管とティンパニは的確にリズムを刻み、弦はロシアのオーケストラとは思えない程端正な音を維持しようと坑がうが、とうとう終楽章でスヴェトラーノフの圧力に屈し、ロシアンサウンドを爆発させてしまう。ティンパこは人が変わったように激打をくり返し、金管も倍の人数になったかのように厚く豪快に鳴り響く。スヴェトラーノフでなければ、この思わず笑ってしまう程の凄い迫力で迫りくるシューマンは実現できなかっただろう。
ML-021(1CDR)
ドビュッシー:アラベスク第1番、第2番、前奏曲第12番「吟迦詩人たち」、レントより遅く、2つのピアノのための小組曲第1香、、前奏曲第6番、第10番、第8番、月の光
エフゲニー・スヴェトラーノフ(P)
録音年月日不詳
スヴェトラーノフのロマンチックな一面が、充実したピアノの青に運ばれて拡がっていくピアノの秀演集。ゆったりとした遅めのテンポで詩情豊,かに一つ一つのメロディーを歌い上げるスヴェトラーノフの指先は、天使が停まっているかのようにやさしい音を奏で、それぞれの曲が持つ深い意味探りあてる。特に、月の光は他のどのピアニストにも真似ができない程ロマンチックなもので、優しい月の光の下で窓辺に佇み物恩いにふける少女の面影が浮かぶ,全てのピアノファンが持つべき詩情的表現のバイブルである。
ML-022(1CDR)
ヒンデミット:チェロ協奏曲、モーツァルト:フルート協奏曲*
W、ベトヒャー(Vc)、S.ガゼローニ(Fl)、セルジュ・チェリビダッケ(指)シュトゥットガルトRSO、トリノRAI響*
録音:1976年4月2日、1958年3月21日*
演奏されること自体がめずらしいヒンデミットのチェロ協奏曲をチェリピダッケが指揮した貴重な記録である。やや細めがだが滑らかな音を出すベトヒャーのチェロと、チェリビダッケの奏でる美しい音楽とが溶け合って、トロリとした感触さえ残るこの上ない上質の響きを創り出している。イタリアの深い森に響き渡るようなみずみずしい音をたたえるフルート協奏曲は、残念ながらノイズの多い録音状態ではあるが、チェリビダッケという指揮者の美への執拗な追求を感じさせる美しい演奏で幸せな気分になる。
ML-023(1CDR)
プロコフィエフ:「ロメオとジュリエット」抜粋
セルジュ・チェリビダッケ(指)フランス国立O
録音:1974年6月4日 ローザンヌでのライヴ録音
チェリビダッケは、このオーケストラが持つ艶のある響きが気に入っていたのだろう,自らがその音を楽しんでいるかのような、慈しみに満ちた豊かな音楽を紡ぎ出している。楽譜に記された単なる悲劇の描写に終わることなく、その物語の背後にある悲しい程美しい人間の避けられない情念を、音という媒体を通じて現代に伝える意味深い記録となっている。細部の表現までつかみ取ることができる十分な音質で、聴き込むにつれて、とろけるようなチェリビダッケの美音の渦に沈み込む快感が身体を麻痺させていくだろう。
ML-024(1CDR)
シューベルト:交響曲第9番「グレート」
カール・ベーム(指)BPO
録音:1978年9月9日
「至高」という言葉でしか表現できない、20世紀におけるオーケストラ演奏の頂点の一つであることは間違いない。重い足取りで始まる第一楽童からすでにベルリン・フィルはその才能を惜しみ無く全開にし、シューベルトの持つペン先が描く音符の流れが目にみえるような、精緻な仕事をこなす。ベームは指揮台の上からその音の流れを導く空間を創っているかのように見事な指揮をなし、この壮大な曲を一つの流れにまとめ上げている。
ML-025(1CDR)
ブルックナー:交響曲第7番
カール・ベーム(指)BPO
1977年3月24日 ベルリン・フィル定期演奏会ライヴ
現存するブルックナーの7番の全ての録音から、ベストの演奏を選ぶという無謀な作業を容易にする程のカをもった演奏である。ゆったりと正確なベームの指揮で始まる音楽は、やはり正確で堅実な様相を見せるが、けして飽きることのない深みを称えたものに仕上がっていることが最初の3分間で理解できる。それにしてもこの頃のベルリンフィルのすぱらしいこと。演奏の正確性だけではなく、一つ一つの音にこもった演奏者ひとりひとりの想いがそのまま現れたような音の響きがあり、ブルックナーの偉業を心の底から讃える祈りにも似た音楽が出来上がった。
ML-026(1CDR)
エネスコ:演奏会用の序曲、プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番
アナローゼ・シュミット(P)、ヘルベルト・ケーゲル(指)ドレスデンPO
1981年9月ルーマニアでのライヴ録音
エネスコ音楽祭で演奏したライブの録音。まず、あまりなじみのないエネスクコ曲が、懐かしさをもって心の底に響いてくることに驚きを覚えるだろう。ケーゲルでなければできない美しい響きが、細胞の奥に眠る忘れられた記憶を刺激する力をもっているからに違いない。ブラームスなどでもケーゲルと共演したシュミットも、同じように心に響くピアノを奏でる。ライブとは思えない精緻な音の粒が、ケーゲルの光を受けて虹包に輝きながらスピーカーから飛び出してくる。2つの才能が互いを高め合ながら昇華して行く様を目の当たりにすることができる、希有な演奏である。
ML-027(1CDR)
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱つき」〜第4楽章、メシアン:トゥーランガリラ交響曲(抜粋)*
カサピエトラ(S)、ブルマイシュター(A)、ビュヒナー(T)、テオ・アダム(Bs)、ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプチッヒRSO、ベルリンRSO、ベルリン放送cho
録音:1973年8月4日ベルリン、1987年10月1日*
1973年にベルリンで開催された世界青少年週間のイベントの―つとしてライブで演奏された第4楽章のみの第9ではあるが、ケーゲルの指揮に手抜きはない。華やかなで落ち着いたテンポで始まる音楽も、国家の威信をかけた壮大なイベントでの演奏であることが影響してか、やがて、とてつもない熱気を孕み始め、壮大な興奮を伴った竜巻きとなって荒れ狂う。いままで発見されたケーゲルの第9の中でも、明らかに傑出した興奮をみせる激演である。トゥーランガリラの方は、もう、お家芸というしかない見事なまとまりで、いつものように鋭いナイフを振り下ろすときのシュッという鋭い音が聞こえてくるような、エッジの立った凍えるように冷たい演奏である。
ML-028(1CDR)
ブラームス:交響曲第1番
セルジュ・チェリビダッケ(指)LSO
録音:1980年4月26日ライヴ
チェリビダッケが会場に現れる瞬間から、拍手に応えながらステージを去っていくまでの流れの全て を収めたドキュメンタリーとしても貴tな記録である。例によって遅めのテンポで、和音の一つ一つ を確かめるような音楽がホールの隅々まで行き渡たり、あたかもホールそのものが鳴っているかのよ うな荘厳な響きが再現される。チェリビダッケのプラームス第1番の演奏の中にあっても、間違い無 く最高のものであるといえるだろう。当時会場で実演を聴いた人々のみが受けえた幸福を知り嫉妬を 覚える。
ML-029(1CDR)
ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
ヴィヤチェスラフ・オフチニコフ(指)モスクワRSO 
録音:1977年2月23日ライヴ(モノラル)
「悲愴」の録音で個性的演奏をするロシアの指揮者のひとりとして記憶されているオフチニコフによる「運命」の録音である。鋭角なリズムを刻みながら正確な足取りで進む音楽は、他のロシアの指揮者と違う理知的な面を感じさせる秀演ではあるが、それでもところどころで突然響き渡る金管の咆嘩が押さえきれないロシアの血のたぎりをみせ、軍服の下に狂気を押さえ込んだような無気味な響きが伝わる。レコードからの復刻なのかプチプチノイズが残るが、その分リアルな音がダイレクトに伝わってくる特徴的な音質である。
これはムラヴィンスキーの名盤と堂々互角に渡り合える壮絶な名演!アナログ盤からの起こしと思われ、ノイズも目立ちますが、そのイン・テンポを基調とした音楽の運び、一枚岩のような音像の厚み、大地が陥没しそうなリズムの強靭な打ち込みさ…、何をとっても唖然とする凄みに溢れ、持ち前のパワーが空回りしたような演奏が多いロシア楽団のベートーヴェンの録音の中でも、異例中の名演と言えましょう。前代未聞の表現も数多く存在しますが、例えば第2楽章1:28のコントラバスの唸り!いったい何人奏者を立てているのでしょうか?  【湧々堂】
ML-030(1CDR)
ヴェルディ:4つの聖歌
ヘルベルト・ケー-ゲル(指)ライプツィッヒRSO&cho
「謎の音階によるアヴェマリアjが始まった瞬間から、空気が薄くなったような息苦しさを感じさせる静かな緊張に包み込まれ、徐々に意識が遠のいていく危険な音楽である。しかし「テ・デウム」が終わるころには、全ての苦悩が浄化されて、涙を浮かべた透明な自分だけが残っていることに気がつくだろう,合唱指揮にノイマンを従えて、ケーゲルが自らの精神の奥深い部分を曝け出すことに成功した美しいとしか言い様のない秀演である。




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