湧々堂HOME 新譜速報: 交響曲 管弦楽曲 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ バロック 廉価盤 シリーズもの マニア向け  
殿堂入り:交響曲 管弦楽 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ バロック SALE!! レーベル・カタログ チャイ5



朝比奈、ヨッフム、ジュリーニ、 ザンデルリンク、プレートル、レーグナー
6大巨匠セール !!



ヨッフムのブルックナー:交響曲第7番(SSS0089)、ブラームス:交響曲第1番(SSS0098)、プレートルのベートーヴェン:「英雄」(TBRCD0021)、ザンデルリングのベートーヴェン:「田園」(SSS0101)、などは久しぶりの再プレスになります。 またレーベルやオーケストラは異なりますが、ザンデルリングとプレートルはブラームスの交響曲が全曲入手可能です。
万一メーカー品切れの場合は、供給できなくなる場合もありますのでご了承ください。

朝比奈隆     オイゲン・ヨッフム     カルロ・マリア・ジュリーニ
クルト・ザンデルリンク  ジョルジュ・プレートル  ハインツ・レーグナー



特価受付期間〜2019年1月15日まで!!




※品番結尾に特に表記のないものは、全て1CDです。
朝比奈隆
SSS-0104
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ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 朝比奈隆(指)ベルリン・ドイツSO
(旧西ベルリン放送響)

録音:1989年9月24日ベルリン・フィルハーモニーに於けるステレオ・ライヴ録音(第39回ベルリン芸術週間ライヴ)
「1994年、私が朝比奈隆をシカゴ交響楽団に招くことを決意したとき、当時私はオーケストラの総裁であったが、音楽監督バレンボイムを説得する要があった。彼は朝比奈がどんな指揮をするか全く知らなかったので。私が朝比奈のブルックナー交響曲第8番のレコードをかけると、バレンボイムは即座に承諾した。そして優れて観察力の鋭いコメントをした。朝比奈はフルトヴェングラーのリハーサルに立会い彼と話をしたことがあると私が言うと、バレンボイムは“実のところ、彼の指揮は私に同時期だけれど別のドイツの巨匠−クナッパーツブッシュをより強く思い起こさせる”と答えた。この言葉を私は常に覚えている。このディスクの「英雄」交響曲を聴くとき、この言葉こそまさに的を射たコメントである」〜ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)のライナーノートより
当演奏は日本でもFMで放送されたものです。そのアプローチは同年の新日本フィルとの名盤となんら変わるところはありませんが、ベルリン・ドイツ響(当時は西ベルリン放送響)のソリスティックな部分の妙技や音色の味わいの濃さには抗し難い魅力があります。朝比奈と同オケとの共演は放送収録を含めて複数回に及びますが、この演奏会が最後の共演となりました。新聞批評は真っ二つに割れたと言われておりますが、鳴りっぷり豊かで構えの大きい演奏は朝比奈ファンなら納得の名演であることは言うまでもありません。スケルツォ冒頭の極端な遅さなど朝比奈が自分の解釈を名門オケで試しているかのようです。この年ベルリン芸術週間は第39回目。7月に亡くなったカラヤンを偲ぶ追悼演奏会も含まれた豪華版でした。2ヵ月後には壁崩壊という劇的な変化の真っ只中のベルリンで、まだまだ元気一杯の巨匠朝比奈が渾身の力を込めて振った「エロイカ」の登場です。朝比奈ヨーロッパ・ライヴ第1弾。
※演奏タイミング:[20:22][18:27][6:52][13:10]
SSS-0106
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朝比奈隆/ヨーロッパ録音・第2弾
ハイドン:交響曲第92番「オックスフォード」
 交響曲第99番*
1975年渡独時のインタビュー
朝比奈隆(指)ベルリンRSO

録音:1971年2月8-11日スタジオ録音,1974年2月18,19日スタジオ録音* (全曲ステレオ)
これを聴くと、朝比奈がハイドンを多く遺さなかったことが悔やまれてなりません。特に「オークスフォード」は、日本人指揮者によるハイドン交響曲演奏の中でも屈指の名演と言えましょう。言うまでもなく妙な演出など一切なく、一途にスコアをそのまま音化しているだけですが、オケの自発的な音楽センスと機能美を全面的に信頼した結果、ハイドン独自の愉悦感が安定感をもって表出されます。第1楽章の序奏から主部への入り方の何とさりげいこと!2:51からのフレーズの愛くるしさも聴きもの。展開部の弦の声部の絡みは実に有機的。、第2楽章のほのぼのとした歌心は、朝比奈の人間味がストレートに表れており、決して媚びない微笑が心に染みます。弦と木管のユニゾンのバランスも極めて良好。その管楽器の巧さにも唖然。第3楽章は粘り腰で重心の低い進行ながら、リズム自体にも表情が宿り、微妙なアゴーギクも味。終楽章はこの年代の朝比奈だからこそ可能だったと思われる、肩の力が抜け切ったしなやかな推進力が魅力。4:53からの第2主題の再現で見せる可憐さは絶品!「99番」も同様に小細工を排したストレートさが信条。第2楽章の情に流されない古典的なフォルムの美しさが忘れられません。2曲とも録音が極めて明瞭なのもありがたい限り。流暢なドイツ語で応対するインタビュー付。 【湧々堂】
SSS-0113
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メンデルスゾーン:「フィンガルの洞窟」
芥川也寸志:弦楽のための3楽章(トリプティク)〜第1楽章、第2楽章
ベートーヴェン:交響曲第4番
朝比奈隆(指)スウェーデンRSO

録音:1956年12月1日ライヴ,モノラル
※英語、日本語、独語によるライナーノート(執筆:ヘンリー・フォーゲル、元シカゴ響総裁)付き
巨匠朝比奈は1953年にヘルシンキ・フィルへ初客演して以降、ヨーロッパでの指揮活動を活発化させていきます。1956年6月にはベルリン・フィルに初登場、その年の12月にスウェーデン放送交響楽団に出演したライヴがここに登場します。曲目もベルリン・フィル・デビューで取り上げた十八番のベートーヴェンの第4番です。当コンサートは、日本とスウェーデンの指揮者交換という試みで、仲介役はあのクルト・ヴェス。スウェーデンからは、ステン・フリクベリが来日、朝比奈はスウェーデン放送響、エーテボリ響に客演しました。
 『フィンガルの洞窟』からしてエキサイティングな演奏で、当時の朝比奈の情熱の迸りには圧倒されます。そして後年はほとんど指揮しなかった芥川作品(クルト・ヴェスが委嘱・初演)もスウェーデンに紹介、極めて遅いテンポによるユニークな演奏です。そしてベートーヴェン、これは朝比奈がフルトヴェングラーの影響下にあったことの証明とも言える演奏です。ただし、朝比奈は既に晩年に見せたインテンポを基調とした悠然としたベートーヴェンを確立していることも事実です。重厚な低弦は朝比奈ならではで、朝比奈はこの頃から十分に大指揮者の資質があったのではないでしょうか?
 このコンサートは長らく1956年11月27日の演奏とされてきましたが、新たな調査の結果当時の出演料支払い明細までもが見つかり、12月1日と判明しました。
 注目の音質ですが、保存状態が極めて良好で、当時のレコード用スタジオ録音と比較しても遜色のないもので十分に観賞用として楽しめます。

SSS-0174(2CD)
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モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482
R・シュトラウス:アルプス交響曲
朝比奈隆(指)
ベルリンRSO(旧西、現ベルリン・ドイツ響)
リリアン・カリール(P)

録音:1964 年3 月6 日SFB-ザール(ステレオ・ライヴ/R.シュトラウス生誕100 年記念演奏会)
朝比奈隆が度々自ら話題にした、1964 年リヒャルト・シュトラウス生誕100 周年記念にドイツ で演奏した「アルプス交響曲」。ドイツの放送局がシュトラウス作品を特集して演奏・録音した 一環で、「家庭交響曲」はカール・ベームが担当したという正に歴史的に重要なコンサート。 この時、朝比奈はまだ56 歳という壮年期。もちろん「アルプス交響曲」はこの時が初振り!「や ってみたらそんなに難しい曲じゃない」ということで大のお気に入りとなり、数年後には自らの 還暦記念で大フィル、京都市響との合同演奏を行います。その後も80歳記念、大フィル創立 50年でも演奏します。特筆すべきは、1990 年の北ドイツ放送響客演時にもこれを取上げて、 現地で聴衆からの熱狂の拍手を浴びております(EMI 盤は、これをカット。制作者の無関心が 偲ばれます)。1991 年に日本で合同オーケストラ「オール・ジャパン・シンフォニー・オーケスト ラ」を指揮した際は、体調の不全を押しての凄絶な演奏を聴かせ、客席にいたシカゴ響総裁 ヘンリー・フォーゲルを感激させ、1996 年のシカゴ響出演に繋がります。いわばブルックナー 以上の勝負レパートリーであったのです。後年よりテンポは速めですが、頂上から降りてから の威厳と風格は既に確立しており、「日没」、「終結」、「夜」の心に沁みわたる演奏には感動を 禁じ得ません。前半プロのモーツァルト:ピアノ協奏曲第22 番も珍しいレパートリー。アメリカの 名女流リリアン・カリール(パメラ・フランクの母、クロード・フランクの妻)と紡ぐ、陰鬱、深深とし た抒情がこれまたたまりません。 演奏と近い時期の若い頃の写真が見つかりジャケ写に使用しています。良好なステレオ録音。

TBRCD-0001-2(2CD)
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朝比奈のグラズノフ&チャイコフスキー
グラズノフ
:交響曲第8番、
チャイコフスキー
:交響曲第6番「悲愴」*、
リャードフ:8つのロシア民謡〜「愁いの歌」*
朝比奈隆(指)新星日本SO

録音:1992年1月18日サントリーホールライヴ、1992年1月26日東京芸術劇場ライヴ*/原盤:東京フィルハーモニー交響楽団、プロデューサー&エンジニア:山崎達朗
内外の名演をご紹介すべく立ち上がった新レーベルの第1弾。生誕100年を迎える巨匠朝比奈隆と新星日本交響楽団の最後の共演となったコンサート・ライヴです。グラズノフは、コンサート自体も非常な名演として絶賛を博しました。かつて新星日響自主制作盤として発売され、市場に出回ったものの、その数は少なく、すぐに廃盤となったこともあり、正に幻の名盤としてファンは血眼になって探しているものです。演奏は朝比奈ならではのスケール雄大なもので、品格ある響きには感動を禁じ得ません。当日のメインプログラムは、十八番の「悲愴」でした。こちらは26日の演奏が採用されております。極限まで遅いテンポで、綿密に描写されるチャイコフスキーの悲劇的なメロディには最初から最後まで身を委ねるしかありません。その凄絶な演奏ゆえに第3楽章が終わると拍手が起きています。つくづくこんな大曲を2曲も熱演する朝比奈の情熱とパワーには驚かされます。90年代後半から没年までの枯れた味わいとは異なる「プレ晩年期」とも言える92年の名演は、壮年期の魅力に満ちております。嬉しいことにアンコールとして愛奏したリャードフの「愁いの歌」が含まれており、ロマンチスト朝比奈の面目躍如の美演です。いずれも新星日響の熱演には特筆すべきものがあり、技術的にも申し分なく艶やかな音色や迫力ある轟音など素晴らしい出来と申せましょう。

TBRCD-0008-2(4CD)
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朝比奈隆/モーツァルト作品集
交響曲第34番、
ピアノ協奏曲第21番
交響曲第35番「ハフナー」*
交響曲第36番「リンツ」**
交響曲第38番「プラハ」#
交響曲第39番##
交響曲第40番+
交響曲第41番「ジュピター」++、
歌劇「フィガロの結婚」序曲++
朝比奈隆(指)倉敷音楽祭祝祭O
江尻南美(P)

録音:1995年3月21日、1994年3月27日*、1993年3月23日**、1992年3月24日#、1991年3月24日##、1990年3月25日+、1989年3月19日++
全て倉敷音楽祭(倉敷市民会館大ホール)に於けるデジタル・ライヴ録音
※解説(日英):ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)、マスタリング:WEITBLICK
何と朝比奈隆によるモーツァルト:後期6大交響曲+αです。第39番、第40番、「フィガロの結婚」序曲以外は全て音盤初レパートリー!最近ではWEITBLICKから発売のハイドンの名演が高く評価された巨匠朝比奈隆。ベートーヴェン以降の音楽のスペシャリストと看做されがちですが、古典音楽においては、ロマン性に傾斜しつつも格調高い名解釈で聞き手を納得させます。晩年の朝比奈はほとんどモーツァルトの交響曲を指揮しませんでしたが、数少ない例外が倉敷音楽祭に於けるこれらの演奏です。朝比奈は、第2回の倉敷音楽祭から第10回まで登場。臨時編成の倉敷音楽祭祝祭Oを指揮してベートーヴェンの交響曲を若い番号から、モーツァルトの交響曲を後ろの番号から順に取上げました。この倉敷音楽祭祝祭Oのメンバーが凄いのです。日本を代表するソリスト、コンサートマスタークラスの名手がずらりと並び、ざっと名前を挙げるだけでも(順不同)、田中千香士、原田幸一郎、藤原浜雄、久保陽子、潮田益子、数住岸子、川井郁子(以上、ヴァイオリン)、菅沼準二、店村眞積(以上、ヴィオラ)、安田謙一郎、毛利伯郎、上村昇、山崎伸子、趙静(以上、チェロ)、金昌国、白尾隆(以上、フルート)、松崎裕、山岸博(以上、ホルン)等々、とても書ききれません。詳しくはCD解説書をご覧下さい。毎回30人を超える程度の編成で、朝比奈の分厚いサウンドはそのままにキビキビとした快活さに満ちた魅力的な演奏が毎回展開されました。さらに名手江尻南美との協奏曲第21番というのも聴き物でロマンチスト朝比奈の面目躍如たる美しさです。倉敷市が記録していた録音が現存していたことは有難かったのですが、各演奏家の連絡先を調べ上げることから作業は始まり、企画から数年を経て、やっとリリースに漕ぎ着けました。今回もリリースを快諾なさった巨匠のご子息千足氏も「倉敷から帰る度に、その様子を家族に話していた」と仰っています。朝比奈にとっても新鮮な体験だったことが偲ばれます。
※協力:アルスくらしき倉敷文化振興財団
TBRCD-0009-2
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ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
 交響曲第1番〜第3楽章*
朝比奈隆(指)倉敷音楽祭祝祭O

録音:1990年3月25日、1988年3月21日*、
全て倉敷音楽祭(倉敷市民会館
大ホール)に於けるデジタル・ライヴ

協力:アルスくらしき倉敷文化振興財団、
解説(日英):ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)、サウンド・マスタリング:WEITBLICK
モーツァルトの交響曲が一挙に6曲以上も登場して度肝を抜いた「倉敷音楽祭の朝比奈シリーズ」ついに「英雄」の登場です。ご承知の通り朝比奈の18番中の18番ですが、1989年ベルリン芸術週間への客演で見せたじっくり、ゆったりのテンポはそのままに、ここでは壮年期の動的なアプローチも蘇っており魅力は尽きません。30人を超える人数のほぼ室内オーケストラを振っても厚みのあるサウンドや腰の据わった響きはまるで変らないところが如何にも巨匠朝比奈と言えましょう。唸り足踏みも凄く、気合入ってます。第1番の第3楽章は、第2回音楽祭のアンコールとして演奏されたものです。
TBRCD-0010
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マーラー:交響曲第4番ト短調 朝比奈隆(指揮)大阪PO
樋本栄(S)

録音:1968 年9 月2 日東京文化会館(大阪フィル第7 回東京定期演奏会)
モノラル・ライヴ録音
音源提供:朝日放送(レコーディング & ミキシング・エンジニア:幸西徹昌)、
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
ついに封印が解かれました!朝比奈初のレパートリー、マーラー「第4」の登場です。朝比奈はこの曲を2 回(3 回とも言われております)しか取上げませんでした。それも全て初演の1968 年のみ。なぜこの曲をレパートリーから外してしまったかは判りません。それほどこの演奏は素晴らしいのです。第1 楽章の嵐の豪快さは、60 歳になったばかりの巨匠のエネルギーをいやというほど見せ付けます。そして第3 楽章は21 分を超えるゆっくりさで丹念に歌われ、美と恐れの両立した演奏を繰広げ、当演奏の白眉と申せましょう。クライマックスも凄まじい迫力です。残念ながらラジオ放送用の収録でモノラルですが、収録状態、保存状態ともに極上で、例えるならばバイエルン放送による当時のライヴ収録に匹敵する水準と言えます。今後「朝比奈はマーラー指揮者」という新概念ができるかも知れません。
■ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)の解説より
朝比奈の演奏がすばらしいのはあらゆるものを把握して表現している点である。朝比奈の指揮ぶりについてよく知っている人たちはアダージョの最初のパートで美しく内面を見つめるような演奏を予想するところだが、楽章の終わり、クライマックスの爆発における獰猛な様にびっくりするかもしれない。マーラーのスコアでは多くの箇所で記載されているが、しばしば控えめに演奏されてしまうポルタメント(ある音から次の音へスライドしていく)を実に効果的に使って、朝比奈は鋭く辛辣で奥深い感情をすみからすみまで付け加えていく。そしてスケルツォの恐ろしさで身震いするような低音(表面からかなり離れて下方にあるわけでは決してない)はこの解釈からすればはっきりと明確に奏でられる。
TBRCD-0011
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ベートーヴェン:交響曲第8番
交響曲第7番*
朝比奈隆(指)倉敷音楽祭祝祭O

録音:1995年3月21日,1994年3月27日*
共に倉敷音楽祭(倉敷市民会館大ホール)に於けるデジタル・ライヴ

※協力:アルスくらしき倉敷市文化振興財団、
解説(日英):ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)
、サウンド・マスタリング:WEITBLICK
朝比奈隆が室内管弦楽団の規模で唯一残した「ベートーヴェン・ツィクルス」から第8番、第7番の登場です。第8番のソリスティックな味わいは、名手を揃えた「倉敷音楽祭祝祭管弦楽団」ならではの魅力で、こういう曲を小編成で聴くと隅々までクリアで朝比奈が施したマジックの手の内が理解できるというものです。軽いようで軽くない、小さいようで小さくない、この名曲を朝比奈は自由自在にテンポを動かしてドラマを作っており、普段の悠揚迫らぬ音楽と一味違う所が実に興味深いです。第7番も運動神経抜群のオーケストラを駆使し、立派な展開から大見得を切るような豪快なアッチェレランドに至るまで、手に汗握る名演となっております。いずれの演奏も朝比奈自身が演奏を楽しんでいる感があり、一年に一度の顔合わせの倉敷音楽祭が巨匠にとってのリラックス・タイムであったのではないかと当時が偲ばれます。いずれも音質に不足はなくホールアコースティックも相俟って直接音による硬質でクリアな肌合いです。
TBRCD-0013
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ベートーヴェン:交響曲第2番
交響曲第5番「運命」
朝比奈隆(指)
倉敷音楽祭祝祭O

録音:1989年3月17日,1992年3月24日*
全て倉敷音楽祭(倉敷市民会館大ホール)に於けるデジタル・ライヴ録音

※協力:アルスくらしき倉敷市文化振興財団、
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
朝比奈隆が室内管弦楽団の規模で唯一残した「ベートーヴェン・ツィクルス」から第2番、第5番「運命」の登場です。ソリスト、コンサートマスター級の名手を集めた倉敷音楽祭祝祭管弦楽団、朝比奈もルーチンワークから離れ刺激に満ちた演奏を行います。特に「第2番」、多くの指揮者が敬遠する難曲ですが、朝比奈はぶれることなくロマンティックな交響曲として堂々と奏でます。第2楽章の深深とした趣には抗し難い魅力があります。「運命」は十八番だけに腰の据わったテンポ設定、大胆なアゴーギグなど定番中の定番といった感じです。いずれもキビキビとして明確なリズム、テンポ。大編成オーケストラとの共演だと時としてリズムの不明確や旋律の膨張が指摘されることもなくはなかった巨匠ですが、それらの欠点がまるでなく、如何にオーケストラが重要な要素であるかを知らしめます。いずれの演奏も朝比奈自身が演奏を楽しんでいる感があり、一年に一度の顔合わせの倉敷音楽祭が巨匠にとってのリラックス・タイムであったのではないかと当時が偲ばれます。いずれも音質に不足はなくホールアコースティックも相俟って直接音による硬質でクリアな肌合いです。日英文の解説つき。

TBRCD-0015
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朝比奈隆/管弦楽名曲集
チャイコフスキー:弦楽セレナード
リムスキー=コルサコフ:序曲「ロシアの復活祭」*
リャードフ:八つのロシア民謡〜愁いの歌**
ウェーバー:「オイリアンテ」序曲#
J・シュトラウス:春の声##
 トリッチ・トラッチ・ポルカ##
 皇帝円舞曲##
朝比奈隆(指)大阪PO
録音:1981年2月16日第172回定期演奏会
1981年2月16日第172回定期演奏会*
1976年11月26日第136回定期演奏会**
1974年9月11日第118回定期演奏会#
1980年3月14日ABC創立三十周年記念オープニング・コンサート##
(ウェーバーのみモノラル)
演奏会場:フェスティバルホール

音源提供:朝日放送
※日本語、英語による解説付
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
「春の声」とリャードフ作品以外はこれが初の音盤化。
朝比奈の音楽作りの特徴の一つといえる「手作りの風合い」をとことん堪能できる一枚。面白く聴かせるための小細工などお呼びではなく、愚直に音楽を再現しながら各作品の持ち味を自然と湧き上がらせる手法は本当にかけがえのないものでした。
チャイコフスキーは、特に両端楽章でのゴツゴツとした感触が印象的。スマートさとは無縁ながら音楽は決して停滞せず、終楽章第2主題のピチカートの瑞々しさ、落ち着いたテンポによる第2楽章ワルツの木目調の感触が忘れられません。
J・シュトラウス作品でダントツに素晴らしいのが「春の声」。まさに歌舞伎の大見得そのものの導入からびっくり!リズムの腰の強靭さ、アゴーギクの濃厚さなど、甘美なウィーン風の香気とは無縁。最後まで大和魂を貫徹する潔さに鳥肌!是非フル・ヴォリュームで愉しみたいのものです。
そして全収録曲の中で極めつけが「オイリアンテ」!もう同曲最高峰の名演と讃えずにはいられません。一瞬アーベントロートかと思うほどの噴射力!根源的なリズムの凄みと求心力ははまさに朝比奈の絶頂期を象徴するもので、第1主題で突然テンポを落としてじっくり刻印する様や、第2主題直前のティンパニ・ソロを徹底的にテンポを落として見得を切る威厳は、簡単に真似のできない至芸。その第2主題(1:53〜)のフレージングの張りのある響きと呼吸の深さ、決して媚びない愛情の滲ませ方も聴きもの。ラルゴの亡霊のシーンのピアニッシモも音像が克明で、音が痩せるなどあり得ません。再現部からコーダにかけての輝き比類なく、他の表現などあり得ぬという確信に満ち溢れた職人技が大炸裂。このティンパニを伴うトゥッティの熱さに心を動かされない人などいるでしょうか?なお、この曲のみモノラル録音でレンジが低めに収録されていますので、こちらも可能な限りヴォリュームを上げて感動に浸って下さい!【湧々堂】

TBRCD-0016
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ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 朝比奈隆(指)倉敷音楽祭祝祭O
渡辺美佐子(S)、伊原直子(A)
若本明志(T)、勝部太(Bs)
倉敷音楽祭「第九」cho(岩城拓也指導)

録音:1996年3月24日
倉敷音楽祭(倉敷市民会館大ホール)に於けるデジタル・ライヴ録音
※日本語、英語による解説付。
※協力:アルスくらしき倉敷市文化振興財団、サウンド・マスタリング:WEITBLICK
朝比奈隆が室内管弦楽団の規模で唯一残した「ベートーヴェン・ツィクルス」からついに「第九」の登場です。ソリスト、コンサートマスター級の名手を集めた倉敷音楽祭祝祭管弦楽団、朝比奈もルーチンワークから離れ刺激に満ちた演奏を行います。音楽祭第10回を記念し、さらにはベートーヴェンの交響曲全曲演奏の完結編として高らかに鳴り響いた「第九」!この年、96年は、朝比奈は八十八歳を迎えますが、多忙を極め、東京でのブラームス・ツィクルス、シカゴ交響楽団への初客演が控えている重要な年でもありました。エネルギッシュな指揮ぶりは相変らずで、第三楽章の深遠なアポロ芸術から、奔流のようになだれ込む感動的なフィナーレまで聴き所は満載です。音質に不足はなくホールアコースティックも相俟って直接音による硬質でクリアな肌合いです。


オイゲン・ヨッフム

SSS-0071
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ブルックナー:交響曲第9番、
ワーグナー
:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲*
オイゲン・ヨッフム(指)ミュンヘンPO

録音:1983年7月20日、1979年11月8日*、ヘルクレスザール・ライヴ(全てステレオ)
ヨッフムが指揮者デビューで競演したミュンヘン・フィルとの記念碑的なライヴ録音。かつてMETEORレーベルで発売され、マニアの間でも評価の高かったものですが、このディスクはバイエルン放送マスターによる新たな復刻です。いぶし銀のような味わいに溢れた名演。第1楽章第1主題の高揚のさせ方も機能的にすっきりと聳えるスタイルが主流の昨今、アンサンブルの縦の線よりも全体の風情を重視。第2主題の歌い口はその特質が大きく功を奏し、その自愛に満ちたフレージングが心に染みます。6:32からの弦のフレージングに連綿と脈打つ至高のニュアンス、続くホルンの一節の響きは、チェリビダッケの透徹とはかなり趣が異なり、ケンペ以前のミュンヘン・フィルの朴訥さを思わせるほどヒューマンな温かさに満ちています。終結部がまた感動的で、クラリネットがはっきりとした意思を持って立ち上がりつつ、弦のトレモロを効かせる手法のなんと奥深いこと。第2楽章もゆったりとしたテンポで一貫し、鋭角的な凄みも誇示しませんが、音楽が決して野暮ったくならず、内容味満点。特にトリオのキリッと引き締まったリズムを土台とした躍動とその後の深い呼吸による弦の振幅の対比のが絶品で。この中間部に克明かつ自然な形で深い内容を盛り込むヨッフムの芸の深さに感じ入ります。終楽章に至っては、冒頭の第1音から最後まで感覚的な効果に敢然と背を向けて内面重視に徹しきっているため、聴く側もそれなりの覚悟が必要でしょう。第2主題の深遠なニュアンスは破格の素晴しさで、構えを大きくしようとする意図を表面には出さずに音楽を自然に熟成させる指揮芸術の極みです!後半の不協和音炸裂に至るまでのヴォレテージの高揚にはも人為的な操作の入る込む隙がないほどの宇宙的な噴出力!ここでこんな奥深い最強音を実現できる指揮者は他にいたでしょうか?ワーグナーもヨッフムの全人格を反映した至芸の連続!  【湧々堂】

SSS-0085(2CD)
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ブラームス:交響曲第4番、
ピアノ協奏曲第2番
オイゲン・ヨッフム(指)
シュターツカペレ・ドレスデン、
ミシェル・ベロフ(P)

録音:1979年5月25日クルトウア・パラスト、ドレスデン(ステレオ・ライヴ)
ヨッフムとシュターツカペレ・ドレスデンとの共演はブルックナー:交響曲全集を除いては意外と少なく、その意味でもこのライヴは貴重ですが、この2曲の演奏は全体にただならぬ濃密な空気が全体を支配しており、不思議な感動に誘ってくれます。
まず交響曲。第1楽章冒頭から異様なすすり泣き!あえてテンポ感と拍節感を度外視したようなその滑り出しは、単なる悲しみを超えて異次元的な美しさに満ち、ようやくテンポがバシッと決まるのは開始から57秒ほどたってから。このロマンと憧れにあふれる表情は、近年の古楽奏法寄りのアプローチでは表出し得ないととどなたも痛感されることでしょう。第2主題以降の内容の濃さもたまらない魅力。特に付点リズムが響きの重厚さを保ったまま根底から躍動する様は、心にずっしりと伝わります。もともとヨッフムは音楽の自然な流れを重視するタイプですが、ここでもこの作品の重厚で渋い魅力を十分に湛えながら、音楽が決して鈍重になることがありません。コーダではわずかにアッチェレランドを掛けながら、熱い芯を感じさせる高潮を築く手腕もさすがです。第2楽章は、開始のホルンをはじめとして茫洋とした響きで始まることが多いですが、ここでの響きは意外にもアーティキュレーションも和声の隈取も明確で、そこにヨッフムの意志の力が漲っています。クラリネットが奏する第1主題を支えるピチカートの格調高い響きにもご注目。そして2:54からの弦の主要主題のなんと美しいこと!外面的効果を一切排した無垢なニュアンスは、まさにいぶし銀と謳われたこの名門オケ伝統の響きが決して失せていないことをも物語っています。しかも音が瑞々しいこと!絶妙な金管のクレッシェンド(8:14〜)を経て奏される分厚い弦による第2主題は、ごりごりとうごめく低弦が物を言って格別の深みを現出!!第3楽章は、リズムをキリッとさせると楽しげな舞曲風になってしまう演奏が多い中、老境に達してもリズムが老朽化せず、ブラームスの音楽の奥深さを痛感させる響きを醸し出しているのがまさにヨッフムの面目躍如。終楽章は熟練技の極み。シャコンヌ主題の楽器間の移行を強調するあまり説明調になってしまう演奏もありますが、ここではニュアンスの輪郭を克明に表出しながら終始音楽が音楽として息づき、高い求心力を誇っています。0:59からの木管の渾身の強奏、金管の一瞬の咆哮がディミニュエンドして次の変奏に向かう際の呼吸の間合いの良さは、まさに究極の芸術品!中盤移行の推進力には手に汗握りますが、決して荒々しい雄叫びは発せずに音楽の核心を内面から抉り出すパワーに圧倒されます。久々にブラームスの、そしてこの第4番という交響曲の本質をとことん堪能させてくれる演奏に出会えました。
一方のピアノ協奏曲も聴き逃せません!第1楽章開始のホルンの深いニュアンスにしっとりと溶け込むベロフのタッチと思慮深さを感じさせるニュアンスにまず脱帽。曲が進むにつれてベロフの硬質でキラキラ煌めくタッチと、渋いオケの響きを最大活用するヨッフムとはちょっと異質なのではという不安は、すぐにスリリングな面白みに変わります。お互いに全幅の信頼を寄せ合いながらも、ベロフが闘志を剥き出しにするとヨッフムが手綱を締める、その協調ぶりが決して主従関係を反映したような窮屈なものではなく、結果的に音楽が豊穣なものとなって迫るのがなんとも不思議。それにしてもここでのベロフの打鍵の強靭さは尋常ではありません。これだけ鍵盤をぶっ叩けば、単にメカニックで面白みのない演奏に傾向きそうなものですが、それが全くないというのもこれまた不思議。ベロフの中にこの作品を通じて主張したいことが確固として存在する証でしょう。第3楽章でも音楽が安らぐことことはなく、ベロフの意慾満々ぶりは衰えを知りません。そのせいか、4:56では一瞬オケと合わないハプニングがありますが、無事に通過。聴き物は6:23以降で、ヨッフムが敷き詰める深々としたニュアンスに夜露に煌くようなベロフのタッチが美しく反映して、陶酔的な美しさを醸し出しています。チェロのソロの巧さも格別。音楽を前へ前へと進ませる意欲は終楽章で完全に結実。しかもヨッフムが持ち前の瑞々しい感性をついに全面開放し、ベロフを上回るほど前のめりになっている瞬間さえあります。コーダはいっそう音楽が白熱し、ピアノとオケが完全に結晶化。「よい音楽を聴いた」と心から思える素晴らしい演奏です。録音も良好。日本語ライナーノート付。  【湧々堂】

SSS-0089
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ブルックナー:交響曲第7番(ノヴァーク版) オイゲン・ヨッフム(指)ミュンヘンPO

録音:1979年11月8日ヘルクレスザール・ミュンヘン,ステレオ・ライヴ
細部を緻密に積み上げると言うより、全体のおおらかなニュアンスを大切にしたアプローチが美しく結実した名演奏!第1楽章で第2主題が現れるまでの自然で伸びやかなフレージングには淀みや音色のくすみがなく晴朗そのもの。リズムにも張りがあり、決して枯れていません。展開部冒頭のチェロの鬱蒼とした響きも、深みを湛えつつ沈鬱にはならずセンス満点。終結部は実に感動的で、遠近感を確保したホルンの響きと弦のトレモロとのコントラスト、大仰な見得を切らずにストレートに高揚しながら天高く舞い上がる清々しさは、この楽章独特の持ち味を心得た巨匠ならではの技でしょう。第2楽章に第1主題は、望洋のチューバが奏する箇所のあまりの呼吸の深さに驚ろかされ、弦のテーマが登場するとそれが惜しげもない愛情の発露に変化。ただでさえ美しいメロディーがこれほど切々と慈しぬいた例は他に思い当たらず、特に3:46からの弦の高音トレモロがせせらぎのように囁くのは、まさに心のときめきの結晶と言えましょう。第3楽章もリズムが一切もたつかず、しかもアゴーギクのツボが完全に染み付いているのでメカニックに響くことなど皆無で、素朴で人間臭いが躍動が自然に立ち上がります。特にフレーズの繋ぎ目で微妙にリタルダンドすることで生まれる味わい、綺麗な3拍子を振るだけでは決して表出されず、中間部の5:58からの弦のフレーズとホルンの掛け合いは、信じ難いほど絶妙!終楽章は感動の極み!特に「ブルックナーらしい響き」にこだわる方は尚のこと必聴!冒頭のリズム自体に主張が明確に宿り、聴き手の意識を一気に惹きつけます。ここでも響きを厳しく制御しているという痕跡を感じさせない至芸に脱帽するばかり。すべての楽想が意味深く表出されながら押し付けがましくなく、自然に発生的に沸き立たせるのはヨッフムの音楽作りの特徴の一つですが、その資質が作品の持ち味の中で最大限に生かされることによって、この楽章がこれほど内容の濃い音楽だったかと気付かされ方も多いことでしょう。3,4楽章はオマケのように言われることもありますが、もちろんこの演奏には当てはまらず、コーダの圧倒的な風格美を目の当たりにすると、構造的な第5番や第8番と異なり、この曲に限っては年輪を重ねなければ絶対に表現しきれない要素があると痛感ぜずにはいられません。【湧々堂】

SSS-0098
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ヨッフム&ベルリン・ドイツ響/1981ブラームス・プログラムVol.2
ブラームス:交響曲第1番
オイゲン・ヨッフム(指)
ベルリン・ドイツSO(西ベルリン放送響)

録音:1981年6月7,8日 フィルハーモニー・ベルリン・ライヴ、ステレオ・ライヴ
第1楽章冒頭から、壮大なスケール感と低速テンポによる入念な精神昇華力で、聴き手のハートをたちまち虜にする真の巨匠芸!ティンパニの打ち込みも恣意的な強打ではなく、魂の鼓動そのものの磐石の手応え。その遅いテンポには常に意味があり、リズムは老朽化の影もなく瑞々しく沸き立つのもヨッフムならではの至芸。展開部の最後や再現部の後半(12:34〜)の盛り上がりでの、金管の強烈な強奏も辞さない壮絶な緊張感は圧巻。第2楽章の呼吸の深さも驚異的!その音の情報量の多さにはむせ返るほどで、その弱音を決して多用しない広大な空間表出力に、ドイツ精神の意地を痛感せずにはいられません。終楽章の第1主題の何の衒いもない素直なフレージングも、共感一筋で歌いぬき、その一途さに心打たれます。11:45の大噴射は、まるでクナッパーツブッシュのような粉砕力!そして締めくくり最後の一音の灼熱の放射!まさに宇宙に届けとばかりの全身からの叫びを浴びせられると、現実社会でのちまちました出来事などどうでもよくなります。  【湧々堂】

SSS-0144
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ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」 オイゲン・ヨッフム(指)
スウェーデンRSO

録音:1975 年2 月23 日ストックホルム・コンサートホール,ライヴ
ヨッフム+スウェーデン放送響の初ディスクです。1975 年というと、座って指揮するようになった最晩年の枯淡と壮年期の馬力に満ちた動的アプローチの丁度中間期に当たります。しっとりとした味わいに加え、若き日の劇性をも兼ね備えた非の打ちどころのない演奏と申せましょう。ブルックナーの名作の中でも穏当に過ぎるとも見られるこの曲にはピッタリな表現方法とも言えましょう。勿論「ロマンティック」は巨匠の愛奏曲でしたが、ライヴとなるとコンセルトヘボウとの同年のものだけです。澄み切ったスウェーデン放送響の音色は、フランスともロシアともイギリスとも違いますが、どちらかというと機能美を誇るドイツの放送オーケストラに近い、明快さと機敏さに溢れた近代的なものと言えましょう。


カルロ・マリア・ジュリーニ

SSS-0140(2CD)
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マーラー:交響曲第9番ニ長調 カルロ・マリア・ジュリーニ(指)
スウェーデンRSO

録音:1973年2月9日ストックホルム・コンサートホールに於けるステレオ・ライヴ
シカゴ響との録音(DG)は伝説的名演として知られておりますが、活動晩年にはレパートリーから外してしまった曲目でもあります。伝え聞くところによると、ジュリーニは1964年にベルリン・フィルとこの曲を取り上げ(この頃が初演奏と思われます)、1975年にはウィーン交響楽団と演奏。前述のシカゴ響との録音が1976年故に、70年代でほぼ演奏しつくした感があります。スウェーデン・ライヴは73年ですから、ちょうど解釈の頂点を迎えた時期と言って差支えないでしょう。当演奏はネット・ラジオでも知る人ぞ知る超名演として話題にもなっておりました。第1楽章が重く遅いのはいつも通り、フィナーレは意外なスピードと軽やかさを見せます。スウェーデン放送響はこの頃から優秀だったことを証明しています。ジュリーニの伝記作者でフランス国立放送のディレクターも長年務めたジャン・イヴ・ブラ氏のライナーノートも価値あるものです。
演奏タイム:[30:40][16:34][13:49][22:56])

SSS-0141
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ブラームス:交響曲第3番
ラヴェル:組曲「マ・メール・ロワ」 *
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)
スウェーデンRSO

録音:1992 年6 月13 日、1996 年4 月
27 日、ベルワルド・ホール(デジタル・ライヴ)
ジュリーニ活動最晩年期のスウェーデン・ライヴ。ブラ3 は、ウィーンフィルとのDG 盤より2 年後のライヴで第 1 楽章など 3 分も長いタイミングです。後期ジュリーニの演奏スタイルは、その極度なスローテンポが批判を浴びることもあり、また緊張感の持続に欠けるという指摘も確かにありました。しかし当盤はスウェーデン放送響の献身的従順演奏によって、ジュリーニの意図は完全に具現化されております。上品、高潔な指揮者として知られる巨匠が実はかなり大胆で過激な表現力をもった指揮者であることが浮き彫りになりました。フィナーレでは唸り声を上げ、足踏みも頻出します。ラヴェルの「マ・メール・ロワ」組曲も愛奏曲でしたが、コンセルトヘボウとのライヴより7 年後の演奏。光彩陸離、チェリビダッケ並みのピアニッシモ、フォルティッシモも強烈さが印象に強い好演です。ジュリーニの伝記作者でフランス国立放送のディレクターも長年務めたジャン・イヴ・ブラ氏のライナーノートも価値あるものです。
SSS-0142
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フランク:交響曲ニ短調
ドビュッシー:交響詩「海」
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)
スウェーデンRSO

録音:1996年4月27日ベルワルドホール・ライヴ(デジタル・ライヴ)
ジュリーニ活動最晩年期のスウェーデン・ライヴ。後期ジュリーニの様式が手に取るように判る演奏です。フランクは1993 年のソニー盤より3 年も後のライヴ。ジリジリと止まる寸前の遅いテンポで微に入り細に渡り全てを描きつくします。不調時のジュリーニはリズム感が明瞭でないこともありましたが、こちらは遅いが故に強いられる緊張感とでも申しましょうか、強烈なインパクトを誇ります。特筆すべきはフィナーレのコーダで、凄い強調が見られます。明るい音色、陰鬱な風情、良く歌う表現は、ドイツ音楽とフランス音楽の融合を目指したフランクのそしてジュリーニの特徴と申せましょう。「海」も愛奏曲として名高いものですが、フランクと同日のライヴだけにその方向性は同一であり、スウェーデン放送響が巨匠の過酷な要求に見事につき従う様が感動的です。ジュリーニの伝記作者でフランス国立放送のディレクターも長年務めたジャン・イヴ・ブラ氏のライナーノートも価値あるものです。


クルト・ザンデルリンク

SSS-0055-2
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R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」、
ベートーヴェン:「エグモント」序曲、
ヘンデル
:合奏協奏曲Op6-3
クルト・ザンデルリンク(指)ライプチヒRSO
録音:1972年2月ライヴ、1969年1月スタジオ、1972年9月ライヴ(全てステレオ)
「英雄の生涯」はザンデルリンクのレパートリーから次第に外されてしまいましたが、この曲の「英雄の引退」の演奏と共に、ザンデルリンク自らもこの作品と訣別したしまったのでは、と思えるほど、全ての音楽的イマジネーションを放出しつくした世紀の大名演です!お決まりの「いぶし銀」という形容で片付けられかねませんが、出てくる全ての音が、現代的機能性を重視した金属的な輝きとは全く次元を異にするばかりか、旧社会主義国の演奏を聴く時にいつも感じる、目の前の演奏に全てを投入せざるを得なかった環境によってこそ、このような決死の演奏が実現したという皮肉をこれほど痛切に感じさせる演奏もありません。第1曲冒頭は、より見通しよく、カッコよく鳴らすことはいくらでも可能ですし、またそのことを最優先させた演奏が多いですが、ザンデルリンクはあくまでも響きの融合にじっくりと耳を傾け、吟味し尽くしているのが分かります。音量も決して大袈裟に偏らず、むしろ節度を保っていように聞こえますが、腹の底から湧き上がらせる風格自体が説得力絶大で、聴き手のセンサーも感覚的な気持ちよさから、演奏と同時進行で作品の深部に浸ろうとする方向へ転換させられること必至。旧東独の大指揮者の中でも、各旋律が必要以上に粘着質にまとわりつかせることのないフレージングが特徴的なザンデルリンクらしさも最大限に発揮。“英雄の敵”では、木管の嘲笑が実にリアルな肉声としてさざわつく様が印象的ですが、全て満ち足りた飽食の環境下では絶対に出しえない迫真のニュアンスだけに、演出的ないやらしさが皆無なのです!“英雄の伴侶”もVnソロのニュアンスが、「表現力」を駆使したというよりも、全ての煩悩をここで吐き出すしかないといった生々しさ!その極端なまでにキュートで甘美な囁きと、低弦でうねり続けるテーマが付いては離れを繰返しますが、両者の距離感、コントラストの加減がまた絶妙!3:15でほんの一瞬ハープが爪弾きますが、すぐに弦を手で押さえるタイミングの素晴らしさもお聴き逃しなく。“戦い”の場面のヴォルテージの高さは、後年のザンデルリンクからは想像できない決死の咆哮!小太鼓に導かれるマーチの部分から強烈さに拍車がかかり、その小太鼓の痛烈な打ち込みと、絞り出すようにいきり立ちながらも音色の美しさは死守するトランペットの存在感が見事!遂にここへ来て音量も極限を目指し、4分あたりには命を投げ打ったような強烈テンションが全身に襲い掛かります。迫力満点の演奏は他にいくらでもありますが、音の向かう方向が違うのです!“業績”のシーンで、「ティル」のテーマが挿入されるあたりの静かな箇所での、心の底から過去を懐かしむ風情にも、苦難の痕跡が音の端々からj零れます。イングリッシュ・ホルンのソロが現れる直前のオケの最後の咆哮が、まさに決然と表舞台から去り行く決意表明そのものとして迫る演奏は今まで聴いた記憶がありません。終結で、ヴァイオリンが高音域を奏で続ける中、金管が次第に浮上し、圧倒的な高みの登りつめるのを目の当たりにして、鳥肌が立たない人がいるでしょうか?!この大曲だけでもあまりの感動に胸が一杯ですが、他の2曲も無視できません!「エグモント」は、鋭利な迫力よりも穏健な佇まいを維持した中庸の演奏に見えて、音量の大きさではなく、共感の熱さがそのまま乗り移ったオケの弾きっぷりが感動を呼びます。革張りティンパニのグォングォンと轟きも何と素晴らしいこと!その響き自体が溜息が出るほどの深みに溢れているのです。最後の追い込みでも決して騒ぎ立てず、真のドイツ流儀の重厚さを思い知らされます。ヘンデルは、バッハの曲かと思ってしまうほど、精神的な深遠に食い入るような集中力に圧倒されます。低弦の厚みを土台とした雄渾極まりない響きはチェンバロにまで乗り移りっています。音を削ぎ落とすことに余念がない昨今の風潮では、こんな強靭なヘンデルはますます聴けなくなってしまうでしょう。全て良質なステレオ録音。 【湧々堂】
SSS-0072
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ベートーヴェン:「エグモント」序曲
バッハ:2台ヴァイオリンのための協奏曲、
ブラームス
:交響曲第4番
クルト・ザンデルリンク(指)ミュンヘンPO、
インゴ・ジンホファー(Vn)、
スレテン・クルスティク(Vn)

録音:1984年11月23日ヘルクレスザール・ステレオ・ライヴ(ステレオ)
ブラームスがとにかく凄い!ザンデルリンクのブラームスというと「テンポの遅さ」ばかりが云々されますが、少なくともこの第4番は、第1楽章から様式を逸脱したような異様な遅さなはく、各主題の性格に応じて確実にニュアンスを変えていることでも明らかなように、全ての指示が作品のあるべき姿を再現するためのアプローチとして、破格の説得力を持って迫るのです。6:34のトゥッティからクラリネット・ソロへと繋ぐ際の緊密な連携プレーなど、他では聴けないでしょう。第2楽章は、過剰なロマンチシズムに溺れず、作品の古風な佇まいを重視するザンデルリンクの姿勢が明確に反映され、より耽美的に歌える箇所でも古典的な居住まいを崩さず、凛としたフレーシングを保持。第2主題でもそのスタンスは変わらず、イン・テンポを基調としながらも気が遠くなるほど深い呼吸と低弦の応酬で圧倒します。第3楽章は凄い攻撃力!この時期のザンデルリンクに、こんな露骨なまでのパワーが残っていたことに驚きを禁じえません。決して外側から指示したものではなく、根底から湧き上がるリズムの躍動と化しているので、音楽的な意味に溢れた推進力が尋常ではありません。中間部の陰影の濃さも印象的。終楽章は冒頭テーマのハーモニーの美しさに驚愕!ザンデルリンクの音色志向を窺い知る必聴ポイントです。その直後のアーティキュレーションがこれまた高潔で、2:50からのフレージングの透明感も前代未聞。チェリビダッケのあの緻密さとはまた違う、不思議な陶酔感に酔いしれるばかり。拍節を四角四面に振り分けるだけでは成し得ない、まさに究極の芸です。
バッハは近年聴かれなくなった大柄の演奏ですが、バイエルン国立歌劇場管のコンマスもつとめたジンホファー、ミュンヘン・フィルのコンマス、クルスティクの連携も見事で、これも聴き応えあり。 【湧々堂】
SSS-0083-2
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ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 クルト・ザンデルリング(指)ベルリンSO、ベルリン放送cho、ベルリン国立歌劇場cho、ベルリン・コミッシェ・オパーcho、エヴァ・マリア・ブンドシュー(S)、ウタ・プリエフ(Ms)、ペーター・シュライアー(T)、テオ・アダム(Bs)

録音:1987年10月23日ベルリン・ドイツ民主共和国会館(ステレオ・ライヴ)
巨匠ザンデルリンクの第9ライヴ。ベルリン市制750周年を記念した祝賀演奏会。東ドイツ(DDR=ドイツ民主共和国)では最大の音楽イベントと申せましょう。独唱歌手も東独系の超大物が用意されました。手兵ベルリン交響楽団を存分に駆使し、強靭な造型を堅持しつつ、ザンデルリンクとしては、かなり音量、テンポの変化を与えたドラマティックな演奏です。フィルハーモニア管とのベタッとしたはっきりしない演奏とは正反対の緊張感に満ちた、そして気迫の籠もった怖ろしいまでの威容を誇る超名演です。ザンデルリンク先生がお孫さん達へのクリスマス・プレゼントにしたいと仰ったために緊急リリースとなりました。
SSS-0087-2
!!
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」、
ブラームス
:交響曲第3番
クルト・ザンデルリンク(指)ウィーンSO

録音:1998年12月17日、1997年10月4日 ウィーン・コンツェルトハウス大ホール(共にデジタル・ライヴ)
巨匠お得意のブラ3では普段の渋みにウィーン響の華やかさが加味され絶妙。カプリングの「驚愕」はあるようでなかったディスク初登場レパートリーです。ハイドンを面白く聴かせる第一人者の巨匠ゆえに、堅苦しさや優等生的な融通の利かなさはまるでなく、愉悦と大胆な遊び心に満ちた快演。やはり第2楽章の豪快な「バシンっ」には痺れます。
SSS-0088-2
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チャイコフスキー:交響曲第4番、
ムソルグスキー
(ショスタコーヴィチ版):「ホヴァンシチナ」前奏曲
クルト・ザンデルリンク(指)ウィーンSO

録音:1998年12月17日、1997年10月4日 ウィーン・コンツェルトハウス大ホール(共にデジタル・ライヴ)
ザンデルリンクはチャイ4も十八番で、活動最後期まで手放さなかった愛想曲。華麗で荘重。ベルリン響とのスタジオ録音から20年を経た気品あふれる名演。スケールは極大ですが、そこはかとない寂寥感が如何にもザンデルリンクらしいところです。音色のブレンドに凄腕を持つ巨匠に対し、オーケストラの機能美にも打たれます。「ホヴァンシチナ」序曲も初出演目。しみじみとした憂愁、鄙びたビターな味わいには感服です。

SSS-0091
!!
ベートーヴェン:交響曲第2番
交響曲第5番「運命」
クルト・ザンデルリンク(指)ベルリンSO

録音:1973年7月28日メトロポールシアター・ベルリン、1984年10月1日シャウシュピールハウス・ベルリン(共にステレオ・ライヴ)
第2番は愛奏曲で活動最後期まで演奏を繰り返しました。この時代から大巨匠の風格十分のゆったりした悠久の名演。第5番「運命」は、途中からレパートリーから外してしまった曲目です。こちらは、シャウシュピールハウス、ベルリン(現コンツェルトハウス、ベルリン)の.落とし公演で、旧東ベルリン芸術週間の枠組みの記念コンサートです。かつてCAPRICCIOから出たことがありますが入手困難になっておりました。今回はDRA提供のマスター・テープよりの復刻で既出盤よりも残響が抑え目になっており、細かい所の混濁が避けられています。力強い横綱相撲とでも例えたい極めつけの名演。
ザンデルリンクという指揮者は、この年代のドイツ系指揮者にしては珍しいほどアーティキュレーションや音価の制御を徹底していたことを新ためて思い知らされる演奏で、予備知識無しに聴いたらドラティの指揮?と思えるほど、音の線と意思が明確。音像も決して中低域のみに偏っておらず、意外なほど見通しが効いているのも特徴的。第2番の序奏部から、これらの特徴が顕著に現れ、第2楽章など、音楽の重心は低く保たれているのもかかわらず、ハーモニーが常に晴れやか。終楽章も実に内容味満点ながら、流れに淀みがなく健康的。コーダの熱狂も相当なもの。「運命」はいかにもドイツ本流のスタイルに従った演奏ですが、こちらも流れが必要以上に重くならず、一定の推進力を確保しながら声部のバランスを精妙に取っていることが分かります。第1楽章の最初の数秒を聴いただけでは、一昔前のただ古臭い演奏に聞こえるかもしれませんが、聴き進むうちに、昨今の誰が聞いても分かるような感覚的な刺激など入り込みむ地のない、真剣な作品への没入が張り巡らせされていることに気づかれるでしょう。オーボエ・カデンツァの思い切った引き伸ばしには驚きますが。第2交響曲同様、この第2楽章でも響きが決して曇らず、まさにザンデルリンクの特質。終楽章は嗚呼、ベートーヴェン!」と叫びたい雄渾の響きとスケール感!ただ、ここでもフレージングの伸びやかさに象徴されるように、教条的な威厳を示すのとは異なり、世界を包みこむような大きさを感じざるを得ません。一音足りともこころのこもっていない音などありません! 【湧々堂】

SSS-0101
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モーツァルト:交響曲第39番
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
クルト・ザンデルリンク(指)
ベルリン・ドイツSO

録音:1991年12月2日シャウシュピールハウス、ベルリン(現コンツェルトハウス),ライヴ
モーツァルトの第39番はザンデルリンクの初出レパートリー。第1楽章序奏での木管のハーモニーの際立たせ方のなんと艶やかなこと!まさに愛の塊です。主部は低中域をガッチリと確保しながら生命感溢れるリズムを躍動させ、瑞々しい音楽を展開。第2楽章も、過度にメランコリックにならず、モーツァルトらしいカラッとした明るさを絶やさしませんが、それとコントラストを成すような中間部のフルートの導入のあまりにも切ない響き、後半5:00から繰り返される木管の下降音型の明瞭な表出に是非ご注目を。第3楽章も木管が弦楽器と同等のバランスで有機的に響き、独特の晴れやかな雰囲気を醸成。特に中間部は太い筆致にもかかわらず音楽が鈍重にならないという絶妙なさじ加減に頭が下がります。終楽章も声部バランスが巧妙を極め、悠然たるテンポで安定感抜群の進行を見せます。ここに至ってザンデルリンクの立体的な構築力が顕著となりますが、ベートーヴェンのような頑丈さとは異なる柔和さを忘れない点が流石です。
「田園」は更に感動的!第1楽章は超スローテンポ。音量を抑えながらノスタルジーを満々と湛えながら歌い抜き、早速涙を誘います。そのニュアンスを最後までインテンポで貫徹させますが、雰囲気に溺れずに凛とした気品と意志を常に携えているので、音楽の造型美が見事に現出。コーダのテンポの減衰の余情もお聴き逃しなく!手作りの柔らかなテクスチュアの中で遊ぶ第2楽章のニュアンスも心に染みます。内声の充実味は比類なく、一見シンプルな楽想がこんなに奥深いニュアンスが隠れていたのかと驚きを禁じえません。しかもそこには説明調の嫌らしさが皆無なので、この作品の素晴らさだけに意識を集中して味わうことができるのです。そして終楽章!大きな包容力を感じさせる名演奏は過去にもいくつかありましたが、これは更にその上を行く、全人類を根底から勇気づけるような度量の大きさ、完全に人生を達観した人間でなければ成し得ない次元の音楽として迫り続けるのです。5:30からの信じ難い無垢な響き!これを感じる力があれば人生何も恐くありません!その後のコーダまでの進行は何もかもが感動的!!【湧々堂】

SSS-0133
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シューベルト:交響曲第9番「ザ・グレート」
ハイドン:交響曲第39番ト短調*
クルト・ザンデルリンク(指)
スウェーデンRSO

録音:1994年10月14日ベルワルドホール・ライヴ
1992年10月16日ベルワルドホール・ライヴ(共にステレオ・デジタル録音)
巨匠ザンデルリンクに「ザ・グレート」のディスクがなかったことは驚きですが、ついに名人集団スウェーデン放送響との名演が発見されました。録音も上々。スケール極大の大演奏です。どこまでも自然体で、柔らかな響きを保ちます。ホルンを朗朗と吹かすところなど、こうでなくっちゃという感じです。これぞ「ビッグではなく、グレートです」と申せましょう。ハイドンの疾風怒濤期の名作「第39番」(モーツァルトではなく、ハイドンです!)も初出レパートリーです。巨匠はしばしばハイドンをコンサートの前プロに置くことが多かったのですが、この第39番は特に愛奏した素晴らしい作品です。エネルギッシュにオーケストラをドライヴする姿が目に浮かぶようです。
SSS-0134-2
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ブラームス:悲劇的序曲
 交響曲第4番*
クルト・ザンデルリング(指)
スウェーデンRSO

録音:1997年11月28日ベルワルドホール・ライヴ
1990年5月4日ベルワルドホール・ライヴ*
巨匠ザンデルリングと言えばブラームスですが、この第 4 番はザンデルリングのどの同曲異演よりも情熱的というか、私小説的主情的な解釈と言えます。当レーベルではミュンヘン・フィルとのライヴがありますが、それよりも全体で 2分以上も長く、ロマン主義解釈の大家であることは疑いないザンデルリングですが、ここまで耽溺的な一面があったのかと驚かされます。第1楽章などは祈りにも似た没入。第3楽章の裂帛の気合も身の毛もよだつばかりです。フィナーレに至っては奈落の底へ突き落とされるかのようなカタルシスさえ感じます。例によって遅いテンポが採用されておりますが、その劇性は凄まじく手に汗握る熱演となっております。「悲劇的序曲」はベルリン交響楽団との全集では再録音しなかった曲で、こちらも15分にも及ぼうという怪演。古格を保つ驚愕の名演です。
※演奏タイミング 交響曲第4 番[14:33][12:42][6:34][11:45]/悲劇的序曲[14:47]
SSS-0135
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ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 クルト・ザンデルリング(指)
スウェーデンRSO

録音:1994年10月21日ベルワルドホール・ライヴ
ザンデルリンクのショスタコ8番と言えば、ベルリン交響楽団とのスタジオ録音が唯一で、この曲を遅いテンポで透徹したユニークな演奏として名高いものでした。第 8番は、巨匠が活動最晩年までレパートリーから外さなかった愛奏曲ながら、ライヴ録音の登場は今までありませんでした。ムラヴィンスキーなら、快速で進めるであろう箇所はザンデルリングはこれでもかとばかりに執拗に遅いテンポで、このシリアスな作品をまるで点描画のように聴衆に開示して行きます。余程好調だったのか、足踏みや第3 楽章から第4楽章にかけての掛け声を発したり、冷静沈着に見えるザンデルリングの燃える姿が記録されています。
演奏タイミング [27:31][7:11][7:24][9:52][17:39]

SSS-0143
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シューマン:交響曲第4番
ベートーヴェン:交響曲第2番*
クルト・ザンデルリング(指)
スウェーデンRSO

録音:1990年5月4日デジタル
1997年11月28日デジタル*
いずれも、ベルワルドホールに於けるライヴ
“室内楽的響きから渾身の意欲が湧き出る感動的名演!”
2曲とも超名演!シューマンは、ザンデルリンクが自身の引退コンサートでも取上げた十八番の作品ですが、その熟しきった表現と透明感のあるオケの響きの魅力が融合し、得も言われる感銘をもたらします。
特に第1楽章展開部は、室内楽的な精緻を極めた響きから精神の塊のような音楽が溢れ感動の極地。第2楽章の孤独と幽玄、第3楽章の老朽化の影など微塵も見せないリズムの切れ味も80歳を目前にした老巨匠とは思えぬ充実ぶり。終楽章がこんなピュアな響きで青年のような活力が漲る演奏も稀。第2主題はわずかにテンポを落として憂いを浮かべますが、その間も活力は減退させず、主部のリピートが生き切っています。そして展開部冒頭での刃物のような弦の切れ味!コーダのテンポの切り替えの機敏さと声部間の響きの突き抜け方も感動に拍車をかけます。
ベートーヴェンは、ザンデルリンク85歳の時の録音ですが、これまた表現意欲に全く陰りなし。第1楽章冒頭からティンパニが意外な強打で開始し、木管フレーズを短くスタッカートで吹かせるなどユニークなこだわりが見られますが、皮相な表現はどこにもなく、この序奏部だけでも聴き所満載。第2楽章の全てを浄化しきったような響きと優しい語りかけも格別。ただ何となく柔和なだけでなく、フレージングやアクセントに自然な形で、しかも妥協なくその指示を徹底させているので、生き生きと音楽が脈打つのです。終楽章はエキセントリックに突っ走る演奏が増えている中で、ゆとりのあるテンポの中で調和のとれたハーモニーが心を捉え続けます。特定の声部を強調しているわけではないのに、全声部が確実に主張をしており、内面から抉り出す音楽のなんと心を打つことか!コーダの強固な凝縮力も聴きもの。
ザンデルリンクにはこの2曲の録音は他にも存在しますが、録音の良さも含め、現時点でこのディスクがトップと言えましょう。
ただ、シューマンの終楽章のトラックが序奏を飛ばして主部に割り当てられていることは、不可解ですが…。【湧々堂】

YASCD-1001
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ハイドン:交響曲第82番ハ長調「熊」
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調Op.68
クルト・ザンデルリンク(指)
読売日本SO

録音:1990年2月7日サントリーホール、第283回名曲シリーズ・ライヴ、アナログ・ステレオ
※サウンド・マスタリング:WEITBLICK
ついにヴェールを脱いだ!読響の歴史に刻まれる名演奏。2011 年に 98 歳で亡くなった名誉指揮者クルト・ザンデルリンク。結果的に巨匠最後の来日となった 1990 年の読響客演。この時巨匠は 3 回のコンサートを持ちましたが、この日が名実ともに最後の演奏会でした。ハイドンは巨匠の愛した名曲ですが、立派な佇まいには脱帽です。十八番のブラ1は、悠揚迫らぬテンポでじっくりと歩みを進める大演奏。コクのある音色、懐かしさを感じる渋い響きを読響から巧みに引出しております。デジタル時代は既に始まっていましたが、オープン・リールによる録音故に温かみのあるサウンドで収録されていることも却って良かったのかもしれません。
YASCD-1002
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J.C.バッハ:シンフォニア.ニ長調Op.3-1
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調Op.73
クルト・ザンデルリンク(指)
読売日本SO

録音:1980年11月29日日比谷公会堂第173回名曲シリーズ・ライヴ、アナログ・ステレオ

※サウンド・マスタリング:WEITBLICK
ついにヴェールを脱いだ!読響の歴史に刻まれる名演奏。名誉指揮者ザンデルリンクお得意のブラームス。ブラームスの交響曲は読響と第3 番を除いて全て演奏しております。この第2 番の演奏は、80 年です。高名な二種のスタジオ録音(72 年と90 年)の丁度中間の時期にあたり、その違いが興味深いところです。一口に言って情熱的なブラームスで、感情注入が随所に見られます。フィナーレのコーダは延々と延ばされ、その過激振りはミュンシュすら想起させます。大バッハの末子クリスチャン・バッハのシンフォニアも格調高く、ロマンティックな表現には抗しがたい魅力があります。当時はまだまだクラシック音楽の殿堂であった日比谷公会堂のサウンドも懐かしいところと申せましょう。


ョルジュ・プレートル

SSS-0078
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マーラー:交響曲第5番 ジョルジュ・プレートル(指)ウィーンSO

録音:1991年5月19日コンツェルトハウス・ウィーン(デジタル・ライヴ)
見事にメリハリが利き、色彩的で迫力満点!年齢を感じさせず、作品を生き生きと再生させる恐るべき手腕はマーラーでも全く揺るぎなし!この演奏を感動的なものにしている最大の要因は、なんと言っても歌のセンス!殊更にマーラー特有の毒気を強調せずとも、余る表現意欲がふんだんに盛り込まれた濃密なフレージングは、終始聴き手の心を捉えて離しません。第2楽章2:45からのフレージングの求心力の物凄いこと!まさに身を焦がしつくした真の歌がここにあります!虚弱のコントラスト、パンチ力など、この楽章をこれほど熱い共感を込めた演奏した例はめったにありません。第3楽章冒頭ホルンのは思い切り空気を吸い込んでフワッと力を抜く呼吸の妙技に唖然。第1トリオの薫り高い弦の囁きもお聴き逃しなく。第4楽章も単に浮くつ示唆に酔わせるだけでなく、呼吸の振幅を聴き手と体感する意思が強力!例えば5:49あたりからの感情の高ぶりと鎮静の交錯はオペラチックとさ言えるほど迫真で、肌にピタッと吸い付くような威力です。終楽章はノン様な演奏だと冗長さが気になるところですが、この演奏ではもちろんそんな不安は全くなし。テンポは標準的ながら音楽が瑞々しい共感と推進力に溢れているので、ワクワク感が途絶えることがないのです。コーダのたたみかけも圧巻!マーラーの交響曲は「第9」以外聴く気がしないという方も、新鮮な感動が蘇ること必至!英語、日本語、ドイツ語によるライナーノート付。 【湧々堂】

SSS-0079
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マーラー:交響曲第6番「悲劇的」 ジョルジュ・プレートル(指)ウィーンSO

録音:1991年10月10日ムジーク・フェラインザール(デジタル・ライヴ)
2008年VPOニューイヤーコンサートを見て、プレートルは「枯れずに円熟」することができた極めて稀な巨匠でることをどなたも痛感されたことでしょう。この「悲劇的」も全く年齢を感じさせない表現意欲全開の超名演奏!第1楽章は速めのテンポで突き進みながら「アルマの主題」では持ち前の色気を放ち、場面ごとの表情が実にリアリティに富んでいます。コーダは加速と共に物凄い突進力を見せ、それでいながら音楽が風格豊かにどっしりと安定しているのは流石です。第2楽章はこれまたいきなり猛進!噛み付くような攻撃で開始する演奏も珍しく、しかもフレージングは有機的。ーニ飛んでいます。終楽章のアレグロに入る前の金管の絶叫の凄まじい伸びやかさも必聴!全体のニュアンスがここまで精妙かつダイナミズムに溢れる演奏は、マーラーのスペシャリストとされる指揮者でもかつて実現した例があるでしょうか?このアレグロに入ってからの全声部の隈取の明確さ、そして迫真の推進力には全く演奏の疲れなど感じさせません。いわゆる小器用な演奏とは次元が違い、ただただ一途な共感を持って最初から最後まで全力投球あるのみで、これが舞台上の盛り上がりだけでなく、確実に聴衆に波及させるパワー尋常ではないのです。ウィーン響の響きとアンサンブルも見事で、特にティンパニの強靭な意志を感じさせるうち込みの深さは忘れられません。ちなみにハンマーの打ち込みは通常の2回ですが、それぞれの直後の音の激高ぶりは、ムジークフェラインの許容量ギリギリと思われる特大スケール!それでも音は決して割れずに美しいハーモニーを形成しているというのは驚異です!是非、可能な限りヴォリュームを上げてこの音楽の洪水に浸ってください。80分を超える長時間収録。 【湧々堂】

SSS-0095
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ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 ジョルジュ・プレートル(指)ウィーンSO、
ウィーン楽友協会cho、
キム・ベグリー(T)、ロベルト・ホル(Br)、
クラシミラ・ストヤノヴァ(S)、
キャサリン・ゲルドナー(Ms)

録音:2006年5月30日ムジークフェラインザール・ウィーン(デジタル・ライヴ)
ウィーンフィル、ニューイヤーコンサート出演を皮切りに、WEITBLICKからはマーラー第5、第6の凄演が登場し、一躍注目を集める存在となった最後の巨匠プレートル。最新盤は、何とベートーヴェンの「第9」。お相手はもちろんウィーン交響楽団!2006年ウィーン芸術週間のハイライトとも言える名演です。巨匠も盛り上がって怒鳴る、唸る、足踏みするわで、大変なノリの良さです。第1楽章、第2楽章の恐ろしい緊張感、第3楽章におけるしみじみとした、そして美しい音色が嬉しく、第4楽章は一撃突進の大迫力。巨匠プレートルの情熱のバトンが閃き、演奏会初日故の高揚が止まりません。まさに感性の芸術家プレートルの真骨頂です。来年早々には、何と「ブル8」が予定されております。

SSS-0096
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ブルックナー:交響曲第8番(ノヴァーク版) ジョルジュ・プレートル(指)ウィーンSO

録音:2008年2月20,21日ムジークフェラインザール・ウィーン(デジタル・ライヴ)
枯れずに完熟を極めるプレートルの芸術が、あの感動的なマーラーのみならずブルックナーでも横溢!ムジークフェラインの響きもプレートルの純粋な音楽作りに全面的にプラスの効果をもたらしています。ことにブルックナーとなると神格視する向きもありますが、プレートルは、プーランクであろうとドイツの重厚な交響曲だろうと、臨むスタンスは同じなのでしょう。ことさらに構えるのではなくただただ愛情一筋。その愛を注入せずにはいられないその衝動そのものが、音楽に瑞々しい説得力を与える原動力になっているのではないでしょうか。プレートルのマーラーはバーンスタインのように情念剥き出しタイプではないですし、このブルックナーは朝比奈のような愚直なまでの頑丈さもありません。それでも聴後にずっしりと手応えを感じさせるのは、決して上から見下ろして作品を料理するのではない、渾身の一体感の為せる技であると痛感することしきりです。
第1楽章は、速いテンポで爽やかに開始するのがいかにもプレートル流ですが、決して軽い音楽に堕していない点が流石。フレーズは常に生命の躍動躍動そのものと化して脈打ち続け、一切淀むことがありません。第2楽章は誰よりも垢抜けた見通しの効いたハーモニーに溢れ、一般的ななイメージの無骨さとは無縁。それでも曲の持ち味とブルックナーならではの息の長いフレージングの有機性が維持されているのは、リハーサルにおいては相当綿密な指示を与えていることが窺われます。第3楽章のニュアンスの陰影も、旧来のドイツの指揮者のそれとは大きき異なりますが、ブルックナーの音楽特有の敬虔さが十二分に滲み出た感動的な演奏。第2主題第1句(5:19〜)のチェロが、しなやかな流線を描きつつも平板に滑ることなく丹念に置かれていく、その呼吸のなんという迫真性!終楽章は冒頭で鋭利にエッジを立ててガッガッと畳み掛けるのが意外ですが、続くティンパニの連打が前のめり気味に襲い掛かるのがこれまた強烈なインパクト。それでももちろん音楽が汚れることはありません。第3主題直前の弦の奔流の生々しさも、音楽を停滞させかねない鈍重さとは一線を画します。終結部は主旋律とそれを取り巻く対旋律群の明瞭なコントラストの熾烈さが感動に一層拍車をかけ、彼岸へ達する直前の音楽ではなく、これから新たな一歩を踏み出す希望の光と活力を満々と湛えているのです。そして締めくくりは大聴く音を引き伸ばして一気に終息させる鮮やかさ!この演奏は、ブルックナーの音楽を勇気を持って埃まみれのお堂から白日にもとに担ぎ出した快挙と呼びたいくらいです。【湧々堂】

SSS-0102
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ブルックナー:交響曲第7番(ノヴァーク版) ジョルジュ・プレートル(指)
ベルリン・ドイツSO

録音:2006年5月1日ベルリン・フィルハーモニーに於けるライヴ
“「ブルックナーらしさ」よりも音楽的な感動を優先したい人のための必聴盤!”
なんという伸びやかなブルックナーでしょう!しかもかつて誰も引き出しえなかったこの作品の魅力を「拡大解釈」を用いずに引き出した功績はいくら讃えても足りないほどです。
第1楽章冒頭の弦のトレモロを聴いただけで、名演奏であることを確信させるほど、詩的なニュアンスがふんわり立ち上がります。そのトレモロはかなりの弱音で開始しますが、決して無機質ではなく繊細な心のときめきとして響き、なおかつ通常のブルックナーのイメージを突き抜けた、夢色の色彩が微妙な陰影を伴いながら広がる様にワクワクさせるものが孕んでいるのです。第2主題は全く粘らず、春風のような清々しさを放つのはいかにもプレートル的ですが、感覚的な魅力だけでなく、そうもそうそういう瑞々しい生命の息吹を湛えた音楽であるのだという確信に裏打ちされたニュアンスの求心力の高さに心打たれるのです。第3主題も同様。ある意味でシューリヒト以上にシューリヒト的とも言えましょう。そしてコーダでは物々しい鎧を完全に取り払い、全身で生を謳歌!これは画期的解釈という次元ではなく、自身の感性を信じることがいかに重要で、聴き手を感動に与える必須条件であることを痛感させる必聴シーンです。第2楽章は弦のテーマが伸縮硬軟自在の豊かなフレージングにこれまたノックアウト!しかも全声部が完全に融合しきった窮極の響きが何の力みもなく自然発生的に湧き出るのですからたまりません。羽のように軽妙な第2主題の香しさ!心の底から歌いながらも歌い込み過ぎによる停滞感などあり得ず、有機的な流れを絶やさないまさに熟練技。第3楽章もかつてないほどの健康的な明るめの響き。いわゆる「ブルックナーらしさ」に囚われていては思いも付かないニュアンスの連続です。今までねじ伏せられていた音符たちが一斉に命を吹き返したような活力が「やりすぎ感」や「場違い」のイメージを与えることなく当然のように鳴り渡る、これぞプレートルの芸術の真骨頂でしょう。
終楽章も表面的にはサラッとした感触ですが、内容は濃密。展開部冒頭テーマはなんという堅牢さ!ベルリン・ドイツ響が乾坤一擲、鉄壁のアンサンブルを披露しているのはプレートルへの絶対的な信頼の現れと言えましょう。コーダは第1楽章と同様に一気呵成型ですが、もちろん熱気で興奮を煽るそれとはことなります。「音の凝縮させる」という本当の姿を体現いただけるはずです。演奏後は聴衆もすぐには拍手をせず、一瞬ど惑いのような空白がありますが、聴衆の各々の引き出しにはない想定外の感動にあっけにとられたに違いありません。【湧々堂】
※演奏タイミング:[17:51][21:44][9:19][11:07]

SSS-0111
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ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲*
 ボレロ#
ジョルジュ・プレートル(指)
ベルリン・ドイツSO、
ベルリン放送cho*

録音:2008年10月27日、2007年3月4日*、2001年10月15日#、フィルハーモニー・ベルリンにおけるライヴ(デジタル)
“常人には真似できない官能美の徹底表出!”
同レーベルのマーラーとともに、プレートルの凄さを実証する一枚。音質も極上。
まず、「展覧会の絵」が、十分なダイナミズムを湛えながら、オーケストレーションの色彩的な魅力と、そこに宿る詩的なニュアンスに徹底的に焦点を当てた稀有な名演!最初の「プレムナード」から見通しの利いたハーモニーが美しく、「グノーム」では、フレーズの語りかけ方からプレートルの温かい人柄が滲みます。「古城」や「ビドロ」では、パステル調の色彩感覚の冴えが如実に現れ、鬱蒼とした暗さとは違う、気品に満ちた音彩に心奪われます。「テュイルリーの庭」は、シルクのようにしなやかな語りと間合いの妙!「バーバ・ヤガー」の解釈はまさに名人芸の極み!ほとんどの演奏では、土俗的なリズム以外のニュアンスが立ち昇ることなど滅多にありませんが、ここまで全てのフレーズに歌を見出して語り尽くした演奏など聴いたことがありません。そして、フレーズ間にたっぷりと間合いを取り、混濁皆無の音像で訴えかける「キエフの大門」の絶大な説得力!これはまさに、二人の作曲家の魅力を完全に同居させた演奏としても、今後長く語り継がれる大名演です!
「ダフニス」は、官能の嵐!大音量のパワーよりも、色彩の放射力で聴き手の鼓膜を直撃。「ボレロ」は、これまた驚愕!第2テーマの音価を極限まで引き伸ばして、エロチシズムを更に煽るユニークさ。トロンボーンのようなソロ・パートだけならまだしも、全体斉奏でもこれを敢行するのですから、終始鳥肌が立ちっぱなし!こんなこと、他の指揮者が安易に真似したら単に下品に響くだけでしょう。【湧々堂】

SSS-0112
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フォーレ:レクイエム
ドビュッシー:夜想曲(女声合唱付)
ジョルジュ・プレートル(指)ベルリン・ドイツSO
ミヒャエル・グレイザー(指)ベルリン放送cho
オレシャ・ゴロヴネヴァ(S)
クレメンス・ザンダー(Br)

録音:2007年3月4日フィルハーモニー・ベルリン・ライヴ、全デジタル
モーツァルトやブラームスなどとは異なり、フォーレのレクイムは何と言っても色彩の魅力が不可欠。その点プレートルは、楽器編成を小さくすることなく、パステル調の色彩美と敬虔な祈りを絶妙にミックスさせた空気の醸し方が実に絶妙。合唱の声の質感が軽妙かつ浸透力が高いのも魅力に拍車をかけます。
「入祭唱」1:36からの男声のしっとりとした語りかけと弦の絡みから引き出される響きは、キラっと光る涙の一雫のよう。「サンクトゥス」はまさに無垢な天上世界のそもの。全く指揮の操作性を感じさせないフレージングの揺らめきが絶美。金管ファンファーレはかなり思い切りが良いですが、音量を控えて音楽を小さくしてしまうことよりも、音楽の豊かな流れを最優先するプレートルの熟練技に感服することしきりです。「ピエ・イエス」のソプラノは、楽譜通りに歌えていても、ゆったりとした情感にフレーズを乗せきれない歌唱が多い中、ゴロヴネヴァはプレートルの繊細なフレージングと完全に一体化。特に後半部分のきめ細やかたニュアンスは聴きもの。このゴロヴネヴァもそうですが、「リベラ・メ」でソロを務めるザンダーも、いかにも宗教曲然とした抑制モードに走ることなく、ヴィブラートも発声も通常通りにしっかり歌い込んでいます。しかし、全てが音楽と詩のニュアンスを引き出すために有効に作用しているので、大味なイメージや座りの悪さを感じさせることがないのです。最後の「イン・オアラディスム」は、オルガンのアルペジョが終始突出して希望の光を灯し続け、一方で弦は薄いヴェールを敷き詰めたように背後にまわり、そのシルキーな空気の美しさたるや言葉を失います。
完全なコンサート仕様で、これだけ宗教的な敬虔さと純音楽的な奥深さを同時に引き出した演奏というのは近年稀ではないでしょうか。
オーケストラの響きがその国のお国柄を反映していたのは昔の話だとは分かっていても、「夜想曲」を聴くと、ドビュッシー以外の何物でもない筆致の軽みと弾力をドイツのオケが再現していることに驚きを禁じえません。「祭り」の後半も物々しいミリタリー調に陥ることなく華麗な色彩と香りを放ちます。【湧々堂】

SSS-0129
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ブラームス:交響曲第3番
 交響曲第2番*
ジョルジュ・プレートル(指)
ベルリン・ドイツSO

録音:2008年10月27日,2011年2月6日*
全て,フィルハーモニー・ベルリンにおけるライヴ・デジタル録音
第3番は、その感情的な旋律の揺さぶり、テンポの変化を想像してしまうが、実に率直なアプローチで驚かされる。爽快で誤解を承知で言えばまことにスポーティなのである。高速道路を性能の良い車で走っているような雰囲気すらある。第2楽章も、巨匠が緘徐楽章の演奏でしばしば聴かせる、矯めに矯めて爆発させるという手段を用いない。不自然な拘泥は一切ないのだ、思い切りの良い演奏と言っても良い。ところが第3楽章が始まると、ここに巨匠の真骨頂が表れてくる。止まりそうなほど……という遅さではないが、情感はたっぷりに奏される。そして美しい旋律を羽毛のように浮遊させる。優秀なホルンの美しい咆哮(それも静かな)は、まるで遠く離れた山奥から聴こえて来るようだ。その夢幻的な表情付けを聴けば、やはりプレートルにしかできない演奏だなと納得し、大いに首肯せざるを得ない。第4楽章は、基本的には第1楽章の演奏を継承したものと言えるだろう。そのケレン味のない味わいには聴いていて襟元を正したくなるが、生真面目一辺倒に終わらないのがこの芸術家だ。フィナーレのコーダのチェロの音色など、モノクロ映画に一瞬色彩が入るかのような衝撃と官能が聴き取れるだろう。
第2番もまた軽やかな足取りの演奏である。第1楽章提示部こそは、結構ゆっくり丁寧に奏でられ説明的な表現とも言えるが、展開部以降はぬかるみを荷車曳くようなもたつきは一切なく、雲の上を歩くようだ。そしてクライマックスに至るまでの焦燥も見事。第3楽章は、第4楽章へバトンを渡す通過点という感がある。白眉は終楽章であろう。プレートルの豪快な芸風が炸裂する。身振りの大きな音楽で、一気呵成にフィナーレの大きな歓喜に突き進む。存分に延ばされたフェルマータも凄い迫力である。(ライナーノートより)
演奏タイミング:
第3番[12:27][7:52][7:15][9:09]、第2番[14:43][9:42][5:04][9:29]

SSS-0197
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ブラームス:交響曲第1番
ハンガリー舞曲集(第1、第3番、第4番、第5番)*
ジョルジュ・プレートル(指)
シュトゥットガルトRSO

録音:2000年12月8日リーダーハレ、1997年10月29日〜31日リーダーハレ*
常識に囚われない独自の感性と構成力を湛えたプレートルの芸術をここでもたっぷり堪能できます。その耳慣れないニュアンスやテンポ設定等の表面的現象だけを捉えて、「仕掛け満載の面白い演奏」と形容したら、プレートルは浮かばれません!「仕掛け」でも「演出」でもなく、そうせずにはいられない心の底からの表現が漏れなく音に変換されていること、音そのものの純粋さは、交響曲の第1楽章冒頭を聴けば明らかです。大上段に構えず、しなやかなフレージングを基調としながら大河のようにうねる音楽は、どこを取っても強い確信に満ち、その説得力を目の当たりにすると、他の指揮者はなぜここまで踏み込まないのかと疑問が湧き起こるほどです。序奏第1音から2:07の頂点に至るまでに、溜め込んだエネルギーを着実に増幅させる構築力も他に類を見ませんが、そこにも衒いなどなく、感情表現と一体化しているからこそ強烈な訴求力を生んでいるのではないでしょうか。
第2楽章のテクスチュアの透明感、名優の台詞回しのような生き生きとした語りも、プレートルならでは。オーケストラの音を感覚的な面白さではなく、「実体の伴ったドラマ」として再現する並外れたセンスは、終楽章は大きく開花。第1主題を前段と後段で対話させるのは、それこそユニークなアイデアですが、「こんなことも出来るんですよ」と心の中でニンマリしているような嫌らしさが無いのです。「何も歌わず語らない音楽なんて無意味!」と言わんばかりの信念の塊に聴こえませんか?しかも、その主題の現れるたびにその対話を判で押したように繰り返すのではなく、各シーンごとに温度差を与えるという入念さ!これこそ、プレートルが「生きた音楽」を追求していた証ではないでしょうか?コーダの盛り上がりも、「ゴツゴツとしたブラームスらしさ」とは無縁。音は常に健康的で伸びやかに聳えます。最後のティンパニのロールにもご注目を。音の最後の末端まで強固な意志が漲っているのは、単に奏者のやる気だけではなく、プレートルの徹底したこだわりが乗り移っているように思えてなりません。【湧々堂】
※この第1交響曲の登場で、プレートルのブラームス全集が揃うことになります。第2番、第3番(ベルリン・ドイツ響、SSS-0129)、第4番+ピアノ四重奏曲(管弦楽版)(聖チェチリア管、 TBRCD-0028)。

SSS-0198
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ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
マーラー:交響詩「葬礼」
ジョルジュ・プレートル(指)
シュトゥットガルトRSO

録音:1996年10月14日〜28日リーダーハレ、1998年6月28日リーダーハレ*
プレーヤー再生前に一言!ドヴォルザークの「新世界」の後にマーラーがカップリングされていますが、最初にマーラーから聴かれることを強くお勧めします。
ニ作品品とも、各音楽に込めた作曲家の思いをこれ以上に追求し引き出すことは不可能と思われる超絶的な名演なのですが、まずはマーラー
「復活」第1楽章の原型となった「葬礼」は、過去の録音は、珍曲の紹介程度の意味しか成さなかったものが多い中、これは一個の作品として完全に結実していることを実証した初めての例と言っても過言ではありません。暗さにばかり焦点を当てず、明暗をくっきりと描き、作品の潜在力を出し尽くしたこの演奏。特に灼熱のコーダの凄さは、当分これを超える演奏は出現しないでしょう。
そのニュアンスの徹底注入ぶりは、ドヴォルザークも同じ。「新世界」の名演は数々あれど、録音の優秀さも含め、これ以上のものはかつて聞いたことはなく、こんな感動があり得るとは夢にも思いませんででした。
第1楽章冒頭の弦の質感から、清潔なテクスチュアへの志向がはっきり伺えますが、続くホルンは硬質の響きで聴き手を覚醒させ、次の木管はとことんメロウに歌う…というように、各楽想への配慮と共感は、古今を通じて比類なし!主部以降も響きの硬軟の使い分けは尋常ではなく、そのそれぞれが他のニュアンスなど考えられないほどの説得力で迫ります。テンポ・ルバートも誰にも真似出来ない個性的なものですが、少しも押し付けがましくなく、どの部分を取っても瑞々しさが横溢。
第2楽章では逆にテンポを動かさず、心の底からの呼吸の妙味で聴かるという、これまたこの巨匠ならではの奥義。
終楽章の感動に至っては筆舌に尽くせません!まず冒頭の1分間、相当の高速進行にも拘らず暴走に傾かない点にご注目!これほど全ての音が高度に結晶化し、根底から主張している演奏が他にあったでしょうか?この必死さ、夢中さは、現代においてまさに奇蹟と呼ぶしかありません。第1楽章同様、各楽想のニュアンスの炙り出しはここでも徹底敢行。単なるやりたい放題の爆演とは違う心の襞への訴え掛けが、月並みの名演とは桁違いなのをお感じいただけると思います。そして、聴後に訪れるのは、全身の血液を全てリフレッシュしたような爽快感!そんな後に、マーラーで落ち込む必要がどこにあるでしょうか!【湧々堂】
SSS-0199
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チャイコフスキー:交響曲第4番、
ビゼー:交響曲第1番
ジョルジュ・プレートル(指)
シュトゥットガルトRSO

録音:1991年6月28日リーダーハレ
是非ビゼーからお聴きになることをお勧めします。あまりにも凄いチャイコフスキーの後に、改めてビゼーを受け入れられる人があるとは思えないからです。
このビゼーは、Hanssle(SWR)から出ていたものと同一録音。この曲の理想を徹底追求した名演です。カラッと晴れやかなサウンドを基調としながら、これほどメルヘンの世界を表出しきった演奏は滅多に出会えません。特に第2楽章の憧れの風情は、これ以上は表現不可能と思われるほど。作品への愛おしさを惜しげもなく全面に出しつつ品位を落とさない絶妙なバランス感覚は、プレートルのバランス感覚の比類なさを象徴しています。終楽章は相当の高速テンポながら力技に走らず、これぞ軽妙洒脱の極み!
チャイコフスキーの交響曲のセッション録音は「第5番」しか遺していませんが、そのあまりの素晴らしさに他の録音がないのを悔やんでいた方には大垂涎!これまた並の名演ではありません。
第1楽章冒頭の金管の動機からして即興性満点で、杓子定規な進行とは無縁なことを表明。そして、木管が奏でる第1主題を支える弦のさざ波はなんというデリカシー!結尾をいちいちディミニュエンドする演奏は他にもありますが、ここに聴くニュアンスは、まさに愛の結晶。9:34以降は、どんなに悲哀に満ちたフレーズでも決して女々しさとは一線を画した甘美な優しさで包み込むプレートルの特質が全開。後ろ髪を弾かれるようなアゴーギクはかなり大胆ですが、恣意性は皆無で、ただただ泣けます。終楽章は超高速!その中で明確にアーティキュレーションを施して作品の隈取を明確化しつつ、歌を徹底注入。しかも迫力満点でありながら、音を荒廃させないセンス!何から何まで芸術性の極地と言う他ありません。6:36からの弦の擦り寄り方など、完全にオペラ・アリアの一節のよう。そしてコーダの突き抜けたと突進力!超高速の中で、大太鼓の一撃も含めてここまで徹底的に鳴らしきった演奏を聴いたことがありません。この作品の表現の幅を最大限に押し広げた画期的な大名演です!もちろん音質も極上。【湧々堂】

TBRCD-0021
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東武レコーディングズ・ローマ聖チェチリア音楽院共同制作第1弾
ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調Op.36
交響曲第3番5「英雄」
ジョルジュ・プレートル(指)
ローマ聖チェチリア音楽院O

録音:2007年 9月12日ローマ聖音楽
堂、デジタル・ライヴ
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
世界最古の音楽院としても知られる名門ローマ聖チェチリア音楽院。1584 年にグレゴリウ ス8世が創設した音楽学校がその母体と申しますから日本で言えば戦国時代の創設です。 1908 年から現在のスタイルで管弦楽団は演奏会を主催するようになったと伝えられます。そ の一端は昨年紹介しました8枚組のセット(SCO1937-2010)で聴くことができます。 東武レコーディングズはさらに踏み込んで、貴重なアーカイヴからのCDリリースを提案し、ここに第 1 弾とし て、巨匠プレートルによるベートーヴェンをリリースする運びとなりました。イタリア語も堪能な マエストロとローマ聖チェチリア管の共演の歴史は50 年を超え、昨年はそれを記念し「第9」 のコンサートが企画されましたが、巨匠の病によりキャンセルしたことは痛切の極みです。し かし、来年2014 年1 月には聖チェチリアの指揮台への復帰がアナウンスされたところです。 プレートルの「エロイカ」と言えば 2010 年のウィーン・フィル来日公演に於けるスピード感満 点、変幻自在、スリリングな演奏が印象的でしたが、当演奏もそれに負けず劣らず、突然の 間が見事にウィーン・フィルとの演奏と一致している点融通無碍のようで厳しい練習が窺え ます。1 枚に収まっていることも嬉しい限りです。今年後半の超話題盤と言えましょう。

TBRCD-0028
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ブラームス:ピアノ四重奏曲(シェーンベルク編)
ブラームス:交響曲第4番*
ジョルジュ・プレートル(指)
ローマ聖チェチリア音楽院O

録音:2009 年3 月17 日 、2010 年5 月31 日*、ローマ聖音楽堂デジタル・ライヴ
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
東武レコーディングズ・ローマ聖チェチリア音楽院共同制作第2弾 。シェーンベルクの手が入ったことにより当然のことながらロマンと色彩を増した「ピアノ四重奏曲」。プレートルの18 番で、ギーレン、若杉、ツェンダーのような現代音楽のスペシャリストによる殺伐とした解釈の正反対の熱情的でメランコリックな凄演です。第 4 番も自由自在なテンポ変化、心情の揺れと迷いをそのまま音楽にした魅力的な名演。両曲ともに巨匠音盤初レパートリー。
巨匠は昨年秋から、ヨーロッパ各地で予定されていた 90 歳記念コンサートシリーズを軒並みキャンセル。今年 3 月のミラノ・スカラ座管とのブルックナー第 8 番もキャンセルし周囲を心配させておりますが、今も必ず指揮台に復帰すると執念を燃やしております。

SSS-0203
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ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」 ジョルジュ・プレートル(指)
シュトゥットガルトRSO

録音:1995年9月22、23日リンツ・ブルックナーハウス、デジタル・ライヴ録音
リンツ国際ブルックナーフェスティヴァル1995,音源提供:ORF LINZ
巨匠プレートルが生前に許諾を出していた「ロマ ンティック」がついに発売。しかもブルックナーの眠るリンツにシュトウットガルト 放送響を率いて客演したライヴです。言わずと知れたシュトウットガルト放送響 はチェリビダッケに薫陶を受けたブルックナー・オーケストラ。録音はブルックナ ーサウンドを知り尽くした ORF リンツが行いました。万全の音質も非常に良好 です。 颯爽としたテンポが採用され、瑞々しい歌心、打楽器の追加も目立つアグレッ シヴな演奏です。存命ならばこの3 月にミラノ・スカラ・フィルとコンサートが予定 されておりましたプレートルを追悼します。WEITBLICK は他社に先駆けてプレ ートルの最新の凄演を世に問うてきましたが、ブルックナーも第 8 番 (SSS0096)、第7 番(SSS0102)に続きこれで3 曲目。第5 番はシャルク改訂版 で演奏していることが確認されております。


ハインツ・レーグナー
SSS-0048(4CD)
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ブラームス:交響曲全集、
シェーンベルク
:室内交響曲第1番/第2番
*
 浄夜、
5つの小品、変奏曲*
 交響詩「ペレアスとメリザンド」
*
ハインツ・レーグナー(指)
ベルリンRSO<旧東独>、
ライプチヒRSO
*

録音:1978年〜1987年(ブラームス)、
1980年〜1991年(全てステレオ・ライヴ)
ブラームスの「第1番」のみスタジオ録音ですが、この張り詰めた緊張と音の凝縮はライヴのような熱を帯び、あの名演「ブル9」第2楽章のそれを彷彿とさせます。序奏の清潔この上ないテクスチュアとティンパニの見事なブレンド、続くフルートの厳粛な輝き、ゴリゴリとうねる低弦の発言力など、全てが破格の説得力で迫ります。フレージングの境目が分からないほど一息での大きな呼吸の妙や、展開部後半のいきり立つ高揚は、レーグナーの気力の絶頂を示す好例。第2楽章の高雅な佇まいと、コーダのVnソロの信じられない美しさも必聴!終楽章は、まさに一気呵成!それだけに、コーダの金管コラールの神々しいテンポルバートのように、ここぞという箇所のテンポの動きが、絶大な説得力!序奏のホルン・ソロを支える弦のさざなみの美しさも、地底から静かに湧き上がる生命のような佇まいを醸し出しているのですから、言葉が出ません。通常より速めのテンポを設定するのがレーグナーの常ですが、それがスポーツ的なノリと無縁で、内面の燃焼度が極めて高いので、どんなに音楽が高揚しても脂ぎることなく、芸術的な格調を保つ常人には真似のできない技を発揮し尽くしたのが「第2番」。第1楽章の提示部は、ごく普通に流れるだけに感じますが、それが展開部以降の芯の熱さを誇る音楽のうねりの伏線であることに気付かされます。その展開部の雄渾さや11:59以降の魂の壮絶な叫びそのものの響きは、まさに至高のレーグナー・サウンド!第2楽章の幽玄のニュアンスも聴き手を離さず、第3楽章中間の表情の多彩さは空前絶後!終楽章に至っては、演奏時間こそ9:26と普通ですが、第主題と第2主題のテンポ・ニュアンスの違いがくっきりと浮き出ると同時に、コーダに向かって弛緩することなく熱い共感を込め、燃えるレーグナーの凄さを思い知らされます。コーダ直前でワルター以上のテンポルバートで一呼吸置いた後の加速の激烈ぶりは、レーグナーどの録音からも聴けなかったもので、これをもし生で聴いていたらと想像するだけで、失神しそうな極限の感動に襲われるのです!案の定、最後の音が鳴り止まないうちに、会場から大拍手が湧き起こっています。ところが、さらに凄いことになっているのが「第4番」!かつてレーグナーが読響を振った演奏が、この世で鳴ったブラ4の最高峰と勝手に確信していたのですが、そのときの演奏よりも胸を突き刺すのですから、どんなに美辞麗句を並べても追いつきません!第1楽章は11:17という史上最速テンポ!もちろん押し付けたスピード感ではなく、特有のフレージングの大きさからでた結果で、一陣の風のように流れるその風情は、あえてシューリヒトの閃きをも超越していると言っても過言ではありません。第2楽章後半に登場する第2主題の全身で受け止め切れないほどの内容量の前では、あのアーべントロートが起した奇跡さえ霞んでしまいます。終楽章は第2変奏から早速それまでとは違うテンポに移行するなど、各変奏の表情を入念に描き分けながら、全体に太い芯を貫かせ、一気に聴き手をフレーズの奔流に引きずり込んで離しません。一方、シェーンベルクは逆に肉感的なニュアンスさえ漂わせ、これまた独特の風味を持つ演奏ばかりです。十二音技法の頂点とも言われる「変奏曲」は、ショルティなどの剛直さとは異なり、生々しい人間的な息づかいが聞かれます。第6変奏の官能にも似た不思議な空気や、第8変奏のどこか「軋み」と伴う色彩の綾は、いかにも旧東ドイツの土壌が生んだ雰囲気が濃厚。ちなみに、ベルリンの壁が崩壊するのは、この半年後のことです。旧東独で現代作品のエキスパート・オーケストラの役を担っていたライプチヒの放送オケの起用も最大に効を奏しています。調性崩壊へ向かう前兆の「室内交響曲第1番」も、明らかにマーラー側から捉えたロマン的な解釈で、冷たい演奏ほど望ましいとする迷信を吹き飛ばす説得力!これほどこの曲が心の琴線に触れたことはありません。「浄夜」では、果てることのないイマジネーションの広がりと魂の叫び(例えば5:33以降!)に圧倒され、「この曲はどう演奏されるべきか」などと頭で考えている場合ではありません!こうして聴くと、ここまでではないにせよ、独シャルプラッテンの数々の録音でもレーグナーの比類なき音楽性の片鱗は十分に窺えるのに、それに気付こうともしない(気付けない?)評論家がこの国にはほとんどいない現実を悲しく思います。  【湧々堂】

SSS-0155(6CD)
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ブルックナー:交響曲名演集
(1)交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
(2)交響曲第5番変ロ長調
(3)交響曲第6番イ長調
(4)交響曲第7番ホ長調
(5)交響曲第8番ハ短調
(6)交響曲第9番ニ短調
ハインツ・レーグナー(指)
ベルリンRSO(旧東独)

録音:(1)1983年11月7日メトロポールシアター
(2)1990年6月8日シャウシュピールハウス、ベルリン
(3)1978年5月27日ベルリン民主宮殿
(4)1979年10月13日リガ・フィルハーモニー(ラトビア)
(5)1985年5月3日シャウシュピールハウス、ベルリン
(6)1983年2月7日メトロポールシアター
生前は鬼才の名をほしいままにし、若き日よりポストに恵まれ、さらなる円熟が約束されていた70 代前半に忽然と世を去ったハインツ・レーグナー。レパートリーは広範に及び、その多くが録音にも恵まれています。芸風はシューリヒト張りの快速で拘泥を嫌った爽やかな演奏をするかと思えば、一転して凄まじいばかりの遅いテンポで隅々を執拗に抉るような演奏をも展開。音色も重厚な純ドイツ風かと思えば時に軽やかできらめくようなラテン的な響きも追及すると言った具合で正体不明、千変万化の巨匠でもありました。ブルックナーは愛奏するレパートリーですが、ここでも演奏するたびに別人のような表情を見せるため驚きが続きます。当セットで言う離せない演奏。第4 番と第6 番はスリリングで目が離せない演奏。第5 番は早いテンポは個性が強いが全体にオーソドックスな演奏。第7 番は柔らかたおやかな演奏。第8 番、第9 番は過激でショッキングな演奏と言った処でしょうか。御息女スザンヌ・レーグナー女史の協力を得て、レーグナーと生前に親しく仕事を共にしたディルク・ステーヴ氏のライナーを得ております。

YASCD-1003
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マーラー:交響曲第9番ニ長調 ハインツ・レーグナー(指)読売日本SO

録音:1988年3月8日東京文化会館ライヴ
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
 2012年に創立50周年を迎えた読響の秘蔵音源。このオケと縁の深かったレーグナーのマーラー:「第9」は正規録音がないというだけでも貴重ですが、演奏内容も高密度。既発売の録音でも明らかなように、ここでもレーグナーは神経過敏なマーラー像を避け、響きの室内楽的透明感、伸びやかなフレージングを重視しています。第1楽章から一切勿体ぶらずサクサク進行しますが、内燃エネルギーは凄まじく、無機質になることがないのはシューリヒトのライヴを彷彿とさせます。コーダでの最弱音でのポルタメントなど息をのむ美しさ!終演後の拍手は、綺麗に取り除かれています。【湧々堂】 

YASCD-1013
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マーラー:交響曲第1 番「巨人」 ハインツ・レーグナー(指)
読売日本SO

録音:1997年3月7日サントリーホール、ライヴ(読響第368 回名曲シリーズ)
ブルックナーの個性的名解釈で知られるレーグナーですが、同様にマーラー演奏にも非凡な才能を示しました。しかしながらスタジオ録音は僅かに第3 番、第6 番が遺されるばかりでした。読響とは、「大地の歌」、「第 9」、「巨人」の順に名演を聴かせてくれました。ここに「巨人」が初CD化となります。レーグナーは余裕のあるテンポを採用して、読響からコクがあって渋みのある音色を引き出した演奏で、いつもの歌わせ上手の魅力もふんだんに味わえます。フィナーレは壮麗に盛り上がっています。有難いことにサントリーホールにおける優秀なデジタル録音。
YASCD-1014
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ドヴォルザーク:交響的変奏曲Op.78*
交響曲第7番ニ短調Op.70
スラヴ舞曲第10 番Op.72‐2(アンコール)
ハインツ・レーグナー(指)
読売日本SO

録音:1994年2月10日(読響第314回定期演奏会)*
1994年1月27日(読響第330回名曲シリーズ)
いずれもサントリーホール、ライヴ
レーグナーはドヴォルザークの交響曲を一切スタジオ録音で遺しませんでした。しかし 94年の読響客演時にはドヴォルザークを纏めて取上げております。交響曲的変奏曲はなかなか実演では聴けない曲です。ドヴォルザークらしい郷愁に満ちた香り高い演奏。圧巻は第7番の交響曲で、レーグナーはこの曲をドイツの伝統的な交響曲の系譜を継ぐ名曲として解釈。正にブラームス然としたドヴォルザークで、聴いていて心の落ち着く温かみを持っております。リズム感の良さは、スケルツォで如何なく発揮され、怒涛のフィナーレになだれ込みます。交響曲のアンコールがスラヴ舞曲で、こういう時はレーグナーもリラックスしきって、メランコリックに歌いに歌い、美音を伸ばしに伸ばしてロマンティックなところを隠そうともしません。録音優秀。


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