湧々堂HOME 新譜速報: 交響曲 管弦楽曲 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ バロック 廉価盤 シリーズもの マニア向け  
殿堂入り:交響曲 管弦楽 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ バロック SALE!! レーベル・カタログ チャイ5



WEITBLICK レーベル20周年セール!



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品番 内容 演奏者
SSS-0001
ベルリオーズ:序曲「ローマの謝肉祭」
 幻想交響曲*
アンドレ・ヴァンデルノート(指)
ベルギー・フランス語RSO(RTBF響)

録音:1951年1月28日、1990年11月23日*
ローマの謝肉祭のみずみずしい響きは、滅多に聴かれないもの。しかし、とどめは、「幻想」のユニークさ!
SSS-0003
マーラー:交響曲第1番「巨人」 アンドレ・ヴァンデルノート(指)
ベルギー・フランス語RSO(RTBF響)

録音:1988年9月10日ライヴ
じっくりと攻めた名演。ゆっくりしたテンポはワルターのようですが、ヴァンデルノートだけにモーツァルト的な楽しみも両立させてくれます。
SSS-0010
ロッシーニ:「絹のはしご」序曲
ベートーヴェン:序曲「レオノーレ」3番*
モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」#
フランツ・コンヴィチュニー(指)
ベルリンRSO(旧東独)

録音:1951年1月28日、1951年9月22日*、1959年1月21&24日#
「ジュピター」はコンヴィチュニー向きのレパートリー。快速で進めながらもメヌエットの優雅なゆっくりさは、さすがに個性的。意外なロッシーニも清々しい演奏。
SSS-0011
ベートーヴェン:ミサ・ソレムニス フランツ・コンヴィチュニー(指)
ベルリンRSO(旧東独)

録音:1956年5月14日(モノラル)
名盤中の名盤であるゲヴァントハウス管とのベートーヴェン全集を補完する重要な一枚。ベートーヴェン晩年の力作にして最高傑作をコンヴィチュニーは「第九」を超える壮大さを持って音にした。

SSS-0021
新装再発売
サンソン・フランソワ/日生劇場ライヴ1969
フランク:前奏曲、コラールとフーガ
フォーレ:夜想曲第6番変ニ長調、即興曲第2 番ヘ短調
ドビュッシー:前奏曲第1巻より「デルフィの舞姫」
 前奏曲第1巻より「亜麻色の髪の乙女」
 前奏曲集第1巻より「沈める寺」
 前奏曲集第2巻より「花火」
 ピアノのために
サンソン・フランソワ(P)

録音:1969年11月16日、日生劇場(モノラル・モノラル)
2005年に発掘されたサンソン・フランソワが早世する前年の日生劇場ライ ヴ。今回改めてWARNER FRANCE(旧EMI FRANCE)、フランソワご遺族、 日生劇場様の了解を得ましての新装発売。初出時に原稿を寄せてくれたご 子息のマクシミリアン氏は亡くなりましたが、その文章は再録致します。ほの 暗い、陰鬱な気配が渦巻く、一種得意な雰囲気の中で繰り広げられた名演 にして怪演。フランソワは録音を多く残していますが、ライヴ録音は極めて少 なく、演奏内容の充実も相まって、好評を得て、レコード芸術特選にも輝い た名盤です。
SSS-0036
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番
交響曲第5番*
ヘルベルト・ケーゲル(指)
ライプツィヒRSO

録音:1978 年 5 月ライヴ・ステレオ、1986年10 月ライヴ・ステレオ*
SSS-0052
マーラー:交響曲「大地の歌」 ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプツィヒRSO、
ヴィエラ・ソウクポヴァ(A)、
ライナー・ゴールドベルク(T)

録音:1977年4月5日(ステレオ)
初出レパートリー。最晩年のどろどろは意識せず、彼岸的演奏に徹底していますが、それでもアルト・パートの歌わせ方と粘るテンポは強烈なものがあります。特に終楽章の「告別」は30分を超える演奏時間で、タイミング以上に濃密です。ゴールドベルクの歌唱は軽めで、ワルター盤のパツァクで刷り込まれたファンも納得の出来と言えましょう。

SSS-0055-2
R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」、
ベートーヴェン:「エグモント」序曲、
ヘンデル
:合奏協奏曲Op6-3
クルト・ザンデルリンク(指)ライプチヒRSO
録音:1972年2月ライヴ、1969年1月スタジオ、1972年9月ライヴ(全てステレオ)
「英雄の生涯」はザンデルリンクのレパートリーから次第に外されてしまいましたが、この曲の「英雄の引退」の演奏と共に、ザンデルリンク自らもこの作品と訣別したしまったのでは、と思えるほど、全ての音楽的イマジネーションを放出しつくした世紀の大名演です!お決まりの「いぶし銀」という形容で片付けられかねませんが、出てくる全ての音が、現代的機能性を重視した金属的な輝きとは全く次元を異にするばかりか、旧社会主義国の演奏を聴く時にいつも感じる、目の前の演奏に全てを投入せざるを得なかった環境によってこそ、このような決死の演奏が実現したという皮肉をこれほど痛切に感じさせる演奏もありません。第1曲冒頭は、より見通しよく、カッコよく鳴らすことはいくらでも可能ですし、またそのことを最優先させた演奏が多いですが、ザンデルリンクはあくまでも響きの融合にじっくりと耳を傾け、吟味し尽くしているのが分かります。音量も決して大袈裟に偏らず、むしろ節度を保っていように聞こえますが、腹の底から湧き上がらせる風格自体が説得力絶大で、聴き手のセンサーも感覚的な気持ちよさから、演奏と同時進行で作品の深部に浸ろうとする方向へ転換させられること必至。旧東独の大指揮者の中でも、各旋律が必要以上に粘着質にまとわりつかせることのないフレージングが特徴的なザンデルリンクらしさも最大限に発揮。“英雄の敵”では、木管の嘲笑が実にリアルな肉声としてさざわつく様が印象的ですが、全て満ち足りた飽食の環境下では絶対に出しえない迫真のニュアンスだけに、演出的ないやらしさが皆無なのです!“英雄の伴侶”もVnソロのニュアンスが、「表現力」を駆使したというよりも、全ての煩悩をここで吐き出すしかないといった生々しさ!その極端なまでにキュートで甘美な囁きと、低弦でうねり続けるテーマが付いては離れを繰返しますが、両者の距離感、コントラストの加減がまた絶妙!3:15でほんの一瞬ハープが爪弾きますが、すぐに弦を手で押さえるタイミングの素晴らしさもお聴き逃しなく。“戦い”の場面のヴォルテージの高さは、後年のザンデルリンクからは想像できない決死の咆哮!小太鼓に導かれるマーチの部分から強烈さに拍車がかかり、その小太鼓の痛烈な打ち込みと、絞り出すようにいきり立ちながらも音色の美しさは死守するトランペットの存在感が見事!遂にここへ来て音量も極限を目指し、4分あたりには命を投げ打ったような強烈テンションが全身に襲い掛かります。迫力満点の演奏は他にいくらでもありますが、音の向かう方向が違うのです!“業績”のシーンで、「ティル」のテーマが挿入されるあたりの静かな箇所での、心の底から過去を懐かしむ風情にも、苦難の痕跡が音の端々からj零れます。イングリッシュ・ホルンのソロが現れる直前のオケの最後の咆哮が、まさに決然と表舞台から去り行く決意表明そのものとして迫る演奏は今まで聴いた記憶がありません。終結で、ヴァイオリンが高音域を奏で続ける中、金管が次第に浮上し、圧倒的な高みの登りつめるのを目の当たりにして、鳥肌が立たない人がいるでしょうか?!この大曲だけでもあまりの感動に胸が一杯ですが、他の2曲も無視できません!「エグモント」は、鋭利な迫力よりも穏健な佇まいを維持した中庸の演奏に見えて、音量の大きさではなく、共感の熱さがそのまま乗り移ったオケの弾きっぷりが感動を呼びます。革張りティンパニのグォングォンと轟きも何と素晴らしいこと!その響き自体が溜息が出るほどの深みに溢れているのです。最後の追い込みでも決して騒ぎ立てず、真のドイツ流儀の重厚さを思い知らされます。ヘンデルは、バッハの曲かと思ってしまうほど、精神的な深遠に食い入るような集中力に圧倒されます。低弦の厚みを土台とした雄渾極まりない響きはチェンバロにまで乗り移りっています。音を削ぎ落とすことに余念がない昨今の風潮では、こんな強靭なヘンデルはますます聴けなくなってしまうでしょう。全て良質なステレオ録音。 【湧々堂】

SSS-0056
ベートーヴェン:交響曲第1番、
 交響曲第5番「運命」*、「エグモント」序曲*
クラウス・テンシュテット(指)
メクレンブルク・シュターツカペレ・シュヴェーリン、
キールPO*

録音:1968年4月19日(ステレオ・スタジオ録音)、
1980年3月20日ステレオ・ライヴ*
テンシュテットは旧東独出身の巨匠ながら、出身地での活躍状況はほとんど知られておりません。若い頃から、録音時のトラブルが多かったため(巨匠は晩年まで、人間的には非常に問題があったことが知られています)、テンシュテットとは録音の仕事をするなというのが放送業界では不文律になっていたそうで、旧東独放送録音ではごく初期のオペラ・アリアの伴奏、東独現代音楽が少々しか現存しません。1962年から音楽総監督を務めた古都シュベーリン州の歌劇場管=メクレンブルク・シュターツカペレとのベートーヴェンは、奇跡的な存在ともいえるもので、立派な演奏である上に、一点一画を疎かにせず、しかも十分な高揚があります。この時代から、すでに巨匠的風格を備えていたのです。「運命」と「エグモント」は、すでに東独から亡命し、アメリカ、イギリスでの活躍で名を挙げてからの演奏。1972年から音楽総監督を務めたキール歌劇場管=キール・フィルとの凄絶な名演奏。ピリピリとした緊張感とド迫力が共存。マニアからはプライヴェート盤他でテンシュテット最高のベートーヴェンとして知られるものです。ではテンシュテット未亡人との良好な関係を今後も維持し、良質な演奏をリリースすべく計画しているそうです。

SSS-0070
ハイドン:交響曲第57番
モーツァルト:ピアノ協奏曲第12番
クラウス・テンシュテット(指)ベルリン・ドイツSO、
カール・エンゲル(P)

録音:1973年9月11日(ステレオ・スタジオ録音)
テンシュテットとベルリン・ドイツ響(当時のベルリン放送響)との共演はこの時限りと思われ、その意味でも貴重な記録ですが、あえて強調したいのは、エンゲルが奏でる協奏曲の素晴らしさ!エンゲルは、1970年代に全集を完成する以前のステレオ初期にもこの作品をスタジオ録音しており、その際は、オケの人数を極力切り詰めて室内楽の一員のような立ち位置で、慎ましくも味わい深い演奏をしていましたが、ここではもちろん、通常の協奏曲スタイルで、エンゲルの玉を転がすようなタッチの妙味と、フレージングのしなやかさが至福の空気感を生み出し、エンゲルが稀代のモーツァルティアンであったことを再認識させられます。古典的な佇まいを醸し出すために、強弱の対比を抑制するピアニストもいますが、エンゲルはそんな安易な手段は用いません。音楽はどこまで言っても伸びやか。各音のニュアンスは十分に練られながら、その苦心を感じさせない自然さで聴き手の耳にすんなりと飛び込みます。特に第2楽章のタッチの艶やかさと、フレーズが生まれたてのように瑞々しく息づきく様は、絶品中の絶品!録音の良さも特筆もので、エンゲルのタッチの魅力を十二分に伝えています。く【湧々堂】

SSS-0071
ブルックナー:交響曲第9番、
ワーグナー
:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲*
オイゲン・ヨッフム(指)ミュンヘンPO

録音:1983年7月20日、1979年11月8日*、ヘルクレスザール・ライヴ(全てステレオ)
ヨッフムが指揮者デビューで競演したミュンヘン・フィルとの記念碑的なライヴ録音。かつてMETEORレーベルで発売され、マニアの間でも評価の高かったものですが、このディスクはバイエルン放送マスターによる新たな復刻です。いぶし銀のような味わいに溢れた名演。第1楽章第1主題の高揚のさせ方も機能的にすっきりと聳えるスタイルが主流の昨今、アンサンブルの縦の線よりも全体の風情を重視。第2主題の歌い口はその特質が大きく功を奏し、その自愛に満ちたフレージングが心に染みます。6:32からの弦のフレージングに連綿と脈打つ至高のニュアンス、続くホルンの一節の響きは、チェリビダッケの透徹とはかなり趣が異なり、ケンペ以前のミュンヘン・フィルの朴訥さを思わせるほどヒューマンな温かさに満ちています。終結部がまた感動的で、クラリネットがはっきりとした意思を持って立ち上がりつつ、弦のトレモロを効かせる手法のなんと奥深いこと。第2楽章もゆったりとしたテンポで一貫し、鋭角的な凄みも誇示しませんが、音楽が決して野暮ったくならず、内容味満点。特にトリオのキリッと引き締まったリズムを土台とした躍動とその後の深い呼吸による弦の振幅の対比のが絶品で。この中間部に克明かつ自然な形で深い内容を盛り込むヨッフムの芸の深さに感じ入ります。終楽章に至っては、冒頭の第1音から最後まで感覚的な効果に敢然と背を向けて内面重視に徹しきっているため、聴く側もそれなりの覚悟が必要でしょう。第2主題の深遠なニュアンスは破格の素晴しさで、構えを大きくしようとする意図を表面には出さずに音楽を自然に熟成させる指揮芸術の極みです!後半の不協和音炸裂に至るまでのヴォレテージの高揚にはも人為的な操作の入る込む隙がないほどの宇宙的な噴出力!ここでこんな奥深い最強音を実現できる指揮者は他にいたでしょうか?ワーグナーもヨッフムの全人格を反映した至芸の連続!  【湧々堂】
SSS-0074(2CD)
マーラー:交響曲第4番、
交響曲第6番「悲劇的」*
ガリー・ベルティーニ(指)ベルリン・ドイツSO、
カミラ・ニルンド(S)
録音:2004年2月29日フィルハーモニー・ベルリン(デジタル・ライヴ)、1973年4月30日フィルハーモニー・ベルリン(ステレオ・ライヴ)*
最晩年までエネルギッシュな活動を繰り広げた巨匠ベルティーニのマーラー名演集。超名演としてCD化が熱望されていた第4番。マーラーを積極的に取り上げた初期の第6番「悲劇的」の刺激に満ちた名演を収録しました。いずれも高音質です。

SSS-0076-2
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(指)
ベルリン・ドイツSO&cho

録音:2003年5月4日フィルハーモニー・ベルリン・ライヴ(デジタル録音)
※英語、日本語、ドイツ語のライナーノート付。
巨匠スクロヴァチェフスキが、近年客演を繰返すドイツの名門ベルリン・ドイツ響(旧西ベルリン放送響)の優秀さを存分に活かし、稀に見る緊張感を孕んだ強烈な演奏の登場です。スクロヴァチェフスキは、当曲をマンチェスターのハレ管弦楽団とも録音しておりますが、オーケストラの能力には如何ともし難い部分があったのは事実です。スクロヴァチェフスキは、オーケストラに対し非常に要求の厳しい指揮者であり、その指示命令を完璧にこなすには、相当の技量を持ったオーケストラでないと上手くいかないことは、ファンなら良く知る所と言えましょう。ムラヴィンスキーを想起させる辛口でキリリと引締った快速テンポが採用され、変幻自在な棒さばきにドイツ響が見事に反応する様子は魔術のようです。音量の強弱、大小のコントラストの強さは、凄絶を極めます。英語、日本語、ドイツ語のライナーノート付。
SSS-0082-2
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 アルヴィド・ヤンソンス(指)
ベルリンRSO(旧東独)、
ベルリン放送cho、
デルフィナ・アンブロシアク(S)、
ジゼラ・ポール(A)、
ギュンター・ノイマン(T)、
ジョゼフ・グレゴル(Bs)

録音:1973年12月31日ベルリン・フリードリヒシュタットパラスト(ステレオ・ライヴ)
ロシア的なパワー炸裂型とは違い、やや古風な響きを持つオケの特質の作用して、ドイツの伝統に即した正統的な解釈を貫き、精神的な重みを十分に感じさせる高密度な名演奏。響きは凝縮され、そこに宿る魂は限りなく浄化し尽くされており、美しく結晶化した音像を突きつけられると、息子の芸風とのあまりの格の違いを痛感させられます。第1楽章展開部は、コンドラシンを思わせるテクスチュアの透明度が魅力。再現部:からの対旋律が低弦からヴァイオリンへ受け継いでいく過程のなんと高潔なこと!第2楽章もテンポは中庸そのもの。テンポを上げる中間部でも決して浮き足立つことなく内容味満点の響きを醸し出し、前後の曲想の関連を念頭に置いていることを窺わせます。そして白眉の第3楽章!まさに絶世の美しさです。冒頭、木管の動きに優しく挿入される弦の何としなやかなこと!2:37から第2主題を導くコントラバスの意味深さには、是非注意深く耳を傾けていただきたいものです。3:15からのピチカートも同様に格別の味わい。そして警告ラッパ以降の渾身の響きはヤンソンスの芸術性の高さを遺憾なく表した場面。この芸術的な威容は鳥肌ものです!終楽章が祝典的な気分よりも、決して騒ぎたてずに神への感謝の念を一身に歌い上げて心に染みます。歌手陣も皆立派で、特に、遅めのテンポに完全に呼吸と拍節を併せたテノールのセンスは見事。ロシア人が指揮するベートーヴェンは、あくまでも「ロシア風ベートーヴェン」で押し通すか、自身とのイディオムの違いに迷い続けて焦点が定まらないまま終わってしまうことが少なくありませんが、ヤンソンスは、ベートーヴェンをベートーヴェンとして真摯に再現し、しかもその演奏に説得力を持たせることができた稀有な存在だったのです。【湧々堂】
SSS-0083-2
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 クルト・ザンデルリング(指)ベルリンSO、ベルリン放送cho、ベルリン国立歌劇場cho、ベルリン・コミッシェ・オパーcho、エヴァ・マリア・ブンドシュー(S)、ウタ・プリエフ(Ms)、ペーター・シュライアー(T)、テオ・アダム(Bs)

録音:1987年10月23日ベルリン・ドイツ民主共和国会館(ステレオ・ライヴ)
巨匠ザンデルリンクの第9ライヴ。ベルリン市制750周年を記念した祝賀演奏会。東ドイツ(DDR=ドイツ民主共和国)では最大の音楽イベントと申せましょう。独唱歌手も東独系の超大物が用意されました。手兵ベルリン交響楽団を存分に駆使し、強靭な造型を堅持しつつ、ザンデルリンクとしては、かなり音量、テンポの変化を与えたドラマティックな演奏です。フィルハーモニア管とのベタッとしたはっきりしない演奏とは正反対の緊張感に満ちた、そして気迫の籠もった怖ろしいまでの威容を誇る超名演です。ザンデルリンク先生がお孫さん達へのクリスマス・プレゼントにしたいと仰ったために緊急リリースとなりました。
SSS-0087-2
ハイドン:交響曲第94番「驚愕」、
ブラームス
:交響曲第3番
クルト・ザンデルリンク(指)ウィーンSO

録音:1998年12月17日、1997年10月4日 ウィーン・コンツェルトハウス大ホール(共にデジタル・ライヴ)
巨匠お得意のブラ3では普段の渋みにウィーン響の華やかさが加味され絶妙。カプリングの「驚愕」はあるようでなかったディスク初登場レパートリーです。ハイドンを面白く聴かせる第一人者の巨匠ゆえに、堅苦しさや優等生的な融通の利かなさはまるでなく、愉悦と大胆な遊び心に満ちた快演。やはり第2楽章の豪快な「バシンっ」には痺れます。
SSS-0088-2
チャイコフスキー:交響曲第4番、
ムソルグスキー
(ショスタコーヴィチ版):「ホヴァンシチナ」前奏曲
クルト・ザンデルリンク(指)ウィーンSO

録音:1998年12月17日、1997年10月4日 ウィーン・コンツェルトハウス大ホール(共にデジタル・ライヴ)
ザンデルリンクはチャイ4も十八番で、活動最後期まで手放さなかった愛想曲。華麗で荘重。ベルリン響とのスタジオ録音から20年を経た気品あふれる名演。スケールは極大ですが、そこはかとない寂寥感が如何にもザンデルリンクらしいところです。音色のブレンドに凄腕を持つ巨匠に対し、オーケストラの機能美にも打たれます。「ホヴァンシチナ」序曲も初出演目。しみじみとした憂愁、鄙びたビターな味わいには感服です。

SSS-0089
ブルックナー:交響曲第7番(ノヴァーク版) オイゲン・ヨッフム(指)ミュンヘンPO

録音:1979年11月8日ヘルクレスザール・ミュンヘン,ステレオ・ライヴ
細部を緻密に積み上げると言うより、全体のおおらかなニュアンスを大切にしたアプローチが美しく結実した名演奏!第1楽章で第2主題が現れるまでの自然で伸びやかなフレージングには淀みや音色のくすみがなく晴朗そのもの。リズムにも張りがあり、決して枯れていません。展開部冒頭のチェロの鬱蒼とした響きも、深みを湛えつつ沈鬱にはならずセンス満点。終結部は実に感動的で、遠近感を確保したホルンの響きと弦のトレモロとのコントラスト、大仰な見得を切らずにストレートに高揚しながら天高く舞い上がる清々しさは、この楽章独特の持ち味を心得た巨匠ならではの技でしょう。第2楽章に第1主題は、望洋のチューバが奏する箇所のあまりの呼吸の深さに驚ろかされ、弦のテーマが登場するとそれが惜しげもない愛情の発露に変化。ただでさえ美しいメロディーがこれほど切々と慈しぬいた例は他に思い当たらず、特に3:46からの弦の高音トレモロがせせらぎのように囁くのは、まさに心のときめきの結晶と言えましょう。第3楽章もリズムが一切もたつかず、しかもアゴーギクのツボが完全に染み付いているのでメカニックに響くことなど皆無で、素朴で人間臭いが躍動が自然に立ち上がります。特にフレーズの繋ぎ目で微妙にリタルダンドすることで生まれる味わい、綺麗な3拍子を振るだけでは決して表出されず、中間部の5:58からの弦のフレーズとホルンの掛け合いは、信じ難いほど絶妙!終楽章は感動の極み!特に「ブルックナーらしい響き」にこだわる方は尚のこと必聴!冒頭のリズム自体に主張が明確に宿り、聴き手の意識を一気に惹きつけます。ここでも響きを厳しく制御しているという痕跡を感じさせない至芸に脱帽するばかり。すべての楽想が意味深く表出されながら押し付けがましくなく、自然に発生的に沸き立たせるのはヨッフムの音楽作りの特徴の一つですが、その資質が作品の持ち味の中で最大限に生かされることによって、この楽章がこれほど内容の濃い音楽だったかと気付かされ方も多いことでしょう。3,4楽章はオマケのように言われることもありますが、もちろんこの演奏には当てはまらず、コーダの圧倒的な風格美を目の当たりにすると、構造的な第5番や第8番と異なり、この曲に限っては年輪を重ねなければ絶対に表現しきれない要素があると痛感ぜずにはいられません。【湧々堂】

SSS-0092
ブラームス:交響曲第1番 ヘルベルト・ブロムシュテット(指)
シュターツカペレ・ドレスデン

録音:1991年6月7日クルトゥア・パラスト・ドレスデン(ステレオ・ライヴ)
我が国でも実演を何度と無く繰り返している十八番レパートリーですが、何とCDは初登場のレパートリーとなります。シュターツカペレ・ドレスデンのブラ1というのも、意外と少なくザンデルリングだけではないでしょうか。演奏は誠実そのもののブロムシュテット流。はったりこけおどし一切無しでここまで説得力がある名演はそうそうありません。ブロムシュテットも「いずれも現在の私の解釈とは全く異なるものの、ドレスデンとの美しい想い出の記録」とリリースを許されました。さらに嬉しいことに本人のライナーノートつき。

SSS-0095
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 ジョルジュ・プレートル(指)ウィーンSO、
ウィーン楽友協会cho、
キム・ベグリー(T)、ロベルト・ホル(Br)、
クラシミラ・ストヤノヴァ(S)、
キャサリン・ゲルドナー(Ms)

録音:2006年5月30日ムジークフェラインザール・ウィーン(デジタル・ライヴ)
ウィーンフィル、ニューイヤーコンサート出演を皮切りに、WEITBLICKからはマーラー第5、第6の凄演が登場し、一躍注目を集める存在となった最後の巨匠プレートル。最新盤は、何とベートーヴェンの「第9」。お相手はもちろんウィーン交響楽団!2006年ウィーン芸術週間のハイライトとも言える名演です。巨匠も盛り上がって怒鳴る、唸る、足踏みするわで、大変なノリの良さです。第1楽章、第2楽章の恐ろしい緊張感、第3楽章におけるしみじみとした、そして美しい音色が嬉しく、第4楽章は一撃突進の大迫力。巨匠プレートルの情熱のバトンが閃き、演奏会初日故の高揚が止まりません。まさに感性の芸術家プレートルの真骨頂です。来年早々には、何と「ブル8」が予定されております。

SSS-0096
ブルックナー:交響曲第8番(ノヴァーク版) ジョルジュ・プレートル(指)ウィーンSO

録音:2008年2月20,21日ムジークフェラインザール・ウィーン(デジタル・ライヴ)
枯れずに完熟を極めるプレートルの芸術が、あの感動的なマーラーのみならずブルックナーでも横溢!ムジークフェラインの響きもプレートルの純粋な音楽作りに全面的にプラスの効果をもたらしています。ことにブルックナーとなると神格視する向きもありますが、プレートルは、プーランクであろうとドイツの重厚な交響曲だろうと、臨むスタンスは同じなのでしょう。ことさらに構えるのではなくただただ愛情一筋。その愛を注入せずにはいられないその衝動そのものが、音楽に瑞々しい説得力を与える原動力になっているのではないでしょうか。プレートルのマーラーはバーンスタインのように情念剥き出しタイプではないですし、このブルックナーは朝比奈のような愚直なまでの頑丈さもありません。それでも聴後にずっしりと手応えを感じさせるのは、決して上から見下ろして作品を料理するのではない、渾身の一体感の為せる技であると痛感することしきりです。
第1楽章は、速いテンポで爽やかに開始するのがいかにもプレートル流ですが、決して軽い音楽に堕していない点が流石。フレーズは常に生命の躍動躍動そのものと化して脈打ち続け、一切淀むことがありません。第2楽章は誰よりも垢抜けた見通しの効いたハーモニーに溢れ、一般的ななイメージの無骨さとは無縁。それでも曲の持ち味とブルックナーならではの息の長いフレージングの有機性が維持されているのは、リハーサルにおいては相当綿密な指示を与えていることが窺われます。第3楽章のニュアンスの陰影も、旧来のドイツの指揮者のそれとは大きき異なりますが、ブルックナーの音楽特有の敬虔さが十二分に滲み出た感動的な演奏。第2主題第1句(5:19〜)のチェロが、しなやかな流線を描きつつも平板に滑ることなく丹念に置かれていく、その呼吸のなんという迫真性!終楽章は冒頭で鋭利にエッジを立ててガッガッと畳み掛けるのが意外ですが、続くティンパニの連打が前のめり気味に襲い掛かるのがこれまた強烈なインパクト。それでももちろん音楽が汚れることはありません。第3主題直前の弦の奔流の生々しさも、音楽を停滞させかねない鈍重さとは一線を画します。終結部は主旋律とそれを取り巻く対旋律群の明瞭なコントラストの熾烈さが感動に一層拍車をかけ、彼岸へ達する直前の音楽ではなく、これから新たな一歩を踏み出す希望の光と活力を満々と湛えているのです。そして締めくくりは大聴く音を引き伸ばして一気に終息させる鮮やかさ!この演奏は、ブルックナーの音楽を勇気を持って埃まみれのお堂から白日にもとに担ぎ出した快挙と呼びたいくらいです。【湧々堂】
SSS-0097
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番 アリシア・デ・ラローチャ(P)、オイゲン・ヨッフム(指)ベルリン・ドイツSO(西ベルリン放送響)

録音:1981年6月7,8日 フィルハーモニー・ベルリン(ステレオ・ライヴ)
例えば第1楽章の主題が長調から短調へと転じる一瞬、ラローチャの指先からは繊細の極みの弱音が生まれ、とてつもない寂寥感を漂わせるが、再び長調となれば、温かな母性が最大の慰めで淋しさを包み込む。対するヨッフムもラローチャの表現の万華鏡を心からめでつつ、的確な棒さばきで室内楽的な対話を繰り広げる。 (池田卓夫氏のライナー・ノートより)
巨匠オイゲン・ヨッフム+ベルリン・ドイツ響のブラームス・プロ第1弾発売です。ソリストには全盛期のラローチャを迎えて南欧風のリラックスと濃厚なロマンを謳い上げます。楽曲初演から100年を記念してラローチャは、この年の5月には、日本で朝比奈隆指揮大阪フィル、山田一雄指揮日本フィルともこの曲を披露しています。デッカ、RCAにも録音がなく、「ラローチャのドイツ物」の実力を知る好企画です。後半プロは第1交響曲で、これも発売が決定しております。

SSS-0098
ヨッフム&ベルリン・ドイツ響/1981ブラームス・プログラムVol.2
ブラームス:交響曲第1番
オイゲン・ヨッフム(指)
ベルリン・ドイツSO(西ベルリン放送響)

録音:1981年6月7,8日 フィルハーモニー・ベルリン・ライヴ、ステレオ・ライヴ
第1楽章冒頭から、壮大なスケール感と低速テンポによる入念な精神昇華力で、聴き手のハートをたちまち虜にする真の巨匠芸!ティンパニの打ち込みも恣意的な強打ではなく、魂の鼓動そのものの磐石の手応え。その遅いテンポには常に意味があり、リズムは老朽化の影もなく瑞々しく沸き立つのもヨッフムならではの至芸。展開部の最後や再現部の後半(12:34〜)の盛り上がりでの、金管の強烈な強奏も辞さない壮絶な緊張感は圧巻。第2楽章の呼吸の深さも驚異的!その音の情報量の多さにはむせ返るほどで、その弱音を決して多用しない広大な空間表出力に、ドイツ精神の意地を痛感せずにはいられません。終楽章の第1主題の何の衒いもない素直なフレージングも、共感一筋で歌いぬき、その一途さに心打たれます。11:45の大噴射は、まるでクナッパーツブッシュのような粉砕力!そして締めくくり最後の一音の灼熱の放射!まさに宇宙に届けとばかりの全身からの叫びを浴びせられると、現実社会でのちまちました出来事などどうでもよくなります。  【湧々堂】

SSS-0101
モーツァルト:交響曲第39番
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
クルト・ザンデルリンク(指)
ベルリン・ドイツSO

録音:1991年12月2日シャウシュピールハウス、ベルリン(現コンツェルトハウス),ライヴ
モーツァルトの第39番はザンデルリンクの初出レパートリー。第1楽章序奏での木管のハーモニーの際立たせ方のなんと艶やかなこと!まさに愛の塊です。主部は低中域をガッチリと確保しながら生命感溢れるリズムを躍動させ、瑞々しい音楽を展開。第2楽章も、過度にメランコリックにならず、モーツァルトらしいカラッとした明るさを絶やさしませんが、それとコントラストを成すような中間部のフルートの導入のあまりにも切ない響き、後半5:00から繰り返される木管の下降音型の明瞭な表出に是非ご注目を。第3楽章も木管が弦楽器と同等のバランスで有機的に響き、独特の晴れやかな雰囲気を醸成。特に中間部は太い筆致にもかかわらず音楽が鈍重にならないという絶妙なさじ加減に頭が下がります。終楽章も声部バランスが巧妙を極め、悠然たるテンポで安定感抜群の進行を見せます。ここに至ってザンデルリンクの立体的な構築力が顕著となりますが、ベートーヴェンのような頑丈さとは異なる柔和さを忘れない点が流石です。
「田園」は更に感動的!第1楽章は超スローテンポ。音量を抑えながらノスタルジーを満々と湛えながら歌い抜き、早速涙を誘います。そのニュアンスを最後までインテンポで貫徹させますが、雰囲気に溺れずに凛とした気品と意志を常に携えているので、音楽の造型美が見事に現出。コーダのテンポの減衰の余情もお聴き逃しなく!手作りの柔らかなテクスチュアの中で遊ぶ第2楽章のニュアンスも心に染みます。内声の充実味は比類なく、一見シンプルな楽想がこんなに奥深いニュアンスが隠れていたのかと驚きを禁じえません。しかもそこには説明調の嫌らしさが皆無なので、この作品の素晴らさだけに意識を集中して味わうことができるのです。そして終楽章!大きな包容力を感じさせる名演奏は過去にもいくつかありましたが、これは更にその上を行く、全人類を根底から勇気づけるような度量の大きさ、完全に人生を達観した人間でなければ成し得ない次元の音楽として迫り続けるのです。5:30からの信じ難い無垢な響き!これを感じる力があれば人生何も恐くありません!その後のコーダまでの進行は何もかもが感動的!!【湧々堂】

SSS-0102
ブルックナー:交響曲第7番(ノヴァーク版) ジョルジュ・プレートル(指)
ベルリン・ドイツSO

録音:2006年5月1日ベルリン・フィルハーモニーに於けるライヴ
“「ブルックナーらしさ」よりも音楽的な感動を優先したい人のための必聴盤!”
なんという伸びやかなブルックナーでしょう!しかもかつて誰も引き出しえなかったこの作品の魅力を「拡大解釈」を用いずに引き出した功績はいくら讃えても足りないほどです。
第1楽章冒頭の弦のトレモロを聴いただけで、名演奏であることを確信させるほど、詩的なニュアンスがふんわり立ち上がります。そのトレモロはかなりの弱音で開始しますが、決して無機質ではなく繊細な心のときめきとして響き、なおかつ通常のブルックナーのイメージを突き抜けた、夢色の色彩が微妙な陰影を伴いながら広がる様にワクワクさせるものが孕んでいるのです。第2主題は全く粘らず、春風のような清々しさを放つのはいかにもプレートル的ですが、感覚的な魅力だけでなく、そうもそうそういう瑞々しい生命の息吹を湛えた音楽であるのだという確信に裏打ちされたニュアンスの求心力の高さに心打たれるのです。第3主題も同様。ある意味でシューリヒト以上にシューリヒト的とも言えましょう。そしてコーダでは物々しい鎧を完全に取り払い、全身で生を謳歌!これは画期的解釈という次元ではなく、自身の感性を信じることがいかに重要で、聴き手を感動に与える必須条件であることを痛感させる必聴シーンです。第2楽章は弦のテーマが伸縮硬軟自在の豊かなフレージングにこれまたノックアウト!しかも全声部が完全に融合しきった窮極の響きが何の力みもなく自然発生的に湧き出るのですからたまりません。羽のように軽妙な第2主題の香しさ!心の底から歌いながらも歌い込み過ぎによる停滞感などあり得ず、有機的な流れを絶やさないまさに熟練技。第3楽章もかつてないほどの健康的な明るめの響き。いわゆる「ブルックナーらしさ」に囚われていては思いも付かないニュアンスの連続です。今までねじ伏せられていた音符たちが一斉に命を吹き返したような活力が「やりすぎ感」や「場違い」のイメージを与えることなく当然のように鳴り渡る、これぞプレートルの芸術の真骨頂でしょう。
終楽章も表面的にはサラッとした感触ですが、内容は濃密。展開部冒頭テーマはなんという堅牢さ!ベルリン・ドイツ響が乾坤一擲、鉄壁のアンサンブルを披露しているのはプレートルへの絶対的な信頼の現れと言えましょう。コーダは第1楽章と同様に一気呵成型ですが、もちろん熱気で興奮を煽るそれとはことなります。「音の凝縮させる」という本当の姿を体現いただけるはずです。演奏後は聴衆もすぐには拍手をせず、一瞬ど惑いのような空白がありますが、聴衆の各々の引き出しにはない想定外の感動にあっけにとられたに違いありません。【湧々堂】
※演奏タイミング:[17:51][21:44][9:19][11:07]

SSS-0103
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 エーリヒ・ラインスドルフ(指)
ベルリン・ドイツSO(旧西ベルリン放送SO)、
聖ヘドヴィヒ教会cho
ルーシー・ピーコック(S),
ジークリンデ・ワグナー(CA),
マンフレッド・ユング(T),
ハラルド・スタム(Bs)、
録音:1978年9月18日BPOハーモニーに於けるライヴ
「私はラインスドルフに尋ねたことがある。ボストンSO常任時代に残したスタジオ録音と同時期に放送された同じ曲目のライヴ演奏の違いがなぜここまであからさまなのかと。彼は雄弁に答えた。演奏家が後世に残る記録としてスタジオ録音する場合に求められることとは「演奏を一回だけ聴く場合には効果的だし輝かしくも聴こえる解釈上の盛上げや強調は、レコードとして繰り返し聴く場合には聴き手を疲れさせる場合もあるのですよ。だからスタジオ録音の時はそういうルバートの量とか、音量の変化、テンポの伸縮なんかを抑えているのです」と、ヘンリー・フォーゲル(元シカゴSO総裁)のライナーノートより。
この回答が表すとおり、巨匠エーリヒ・ラインスドルフ(1912〜1993)は演奏会と録音を別に考えていたことが明らかです。それ故に多くのスタジオ録音が覇気に欠け、真っ当だけれども面白くないという結果になったのでしょう。多くのレパートリーがこうして録音されたために、ラインスドルフの評価は日本では高いとはいえません。おまけに若い頃は凄かったが、年を取ってから駄目になったなど謂れのない誹謗もあります。ここに聴くベルリン・ドイツSO(ベルリン放送SO)との「第9」は、首席指揮者就任早々(就任記念?)の演奏で厳しい練習が想像できる見事なアンサンブル、タイミングが示すとおりの快速でトスカニーニの歴史的解釈を思わせる緊張感溢れる爽快な名演です。ドミンゴ参加というだけで知られるRCAへのスタジオ録音とは別人のような生命力です。変幻自在なテンポも面白く飽きません。こういう演奏を多く遺して欲しかったと心から思います。各楽章開始を告げる指揮棒で指揮台を叩く音はラインスドルフの怖い視線を感じさせます。第4楽章で独唱、合唱がうねりを上げる所はオペラに長じた名指揮者ならではだなあと感慨あらたです。聖ヘドヴィヒ教会choは、ベルリンフィルとの唯一の録音であるシューベルトのミサ曲でも採用されているのでお気に入りだったのでしょう。余談ですが厳しすぎたのか2年しかドイツSO首席を維持できませんでした。オケと何らかのトラブル(喧嘩?)があったと思われます(ドイツSOのプロフィールでもあまりラインスドルフ時代に触れておりません)。ラインスドルフに疑問を持っている方にこそ聴いて頂きたい「第9」です。
※演奏タイミング:[15:37][12:30][14:29][23:37](以上、メーカー・インフォメーション)

音の隈取が極めて克明。ややドラスティックに過ぎることもあるラインスドルフが、その資質を強靭な意思の力に完全に転化し尽くして見事に一枚岩の凄演を築き上げています。第1楽章展開部など、壮絶なティンパニをはじめとしてエネルギーの噴出力が素晴らしく、まさに魂の叫び。こういうラインスドルフの没入ぶりも珍しいですが、それに対するオケの反応も「従属」ではない自発性を持った表現に徹しているので、迫りくる音の訴求力は尋常ではありません。第2楽章冒頭、“ダッダダ・ダッダダ”をここまで芯まで厳しく鳴らしきった例も皆無に近く、その厳格さを終始貫徹。中間部でもにこやかに浮かれるそぶりは微塵も見せず鬼の形相のラインスドルフが目に浮かぶほど。それにしてもなんと何と強固で豊かなハーモニーの連続でしょう!第3楽章も雰囲気に耽溺せず瞑想にふけることもなく明瞭に音のラインを紡ぎ続けますが、音の一つ一つが希望を見据えた渾身の祈り!トランペットの警告シーンの熱さにも御注目。終楽章最大の注目は、独唱陣および合唱の音程の正確さ!特に独唱に関しては指揮者はほとんど「ご自由に」と言わんばかりの演奏が少ないないですが、ここまで制御し尽くすとは流石ラインスドルフ恐るべしです。マーチの部分はかなりテンポで疾走しますが、ユングの独唱がこれまた正確かつ輝かし飛翔。そしてその輝きのまま喚起の合唱へ突入。コーダは白熱を発散することなく、ぱんぱんにエネルギーを溜め込んだまま最後の一音を締めくくるので、これまた比類なき手ごたえ!近年発掘された同曲ライヴとしては、音質の良さも含めてダントツの名演奏です。【湧々堂】
SSS-0104
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 朝比奈隆(指)ベルリン・ドイツSO
(旧西ベルリン放送響)

録音:1989年9月24日ベルリン・フィルハーモニーに於けるステレオ・ライヴ録音(第39回ベルリン芸術週間ライヴ)
「1994年、私が朝比奈隆をシカゴ交響楽団に招くことを決意したとき、当時私はオーケストラの総裁であったが、音楽監督バレンボイムを説得する要があった。彼は朝比奈がどんな指揮をするか全く知らなかったので。私が朝比奈のブルックナー交響曲第8番のレコードをかけると、バレンボイムは即座に承諾した。そして優れて観察力の鋭いコメントをした。朝比奈はフルトヴェングラーのリハーサルに立会い彼と話をしたことがあると私が言うと、バレンボイムは“実のところ、彼の指揮は私に同時期だけれど別のドイツの巨匠−クナッパーツブッシュをより強く思い起こさせる”と答えた。この言葉を私は常に覚えている。このディスクの「英雄」交響曲を聴くとき、この言葉こそまさに的を射たコメントである」〜ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)のライナーノートより
当演奏は日本でもFMで放送されたものです。そのアプローチは同年の新日本フィルとの名盤となんら変わるところはありませんが、ベルリン・ドイツ響(当時は西ベルリン放送響)のソリスティックな部分の妙技や音色の味わいの濃さには抗し難い魅力があります。朝比奈と同オケとの共演は放送収録を含めて複数回に及びますが、この演奏会が最後の共演となりました。新聞批評は真っ二つに割れたと言われておりますが、鳴りっぷり豊かで構えの大きい演奏は朝比奈ファンなら納得の名演であることは言うまでもありません。スケルツォ冒頭の極端な遅さなど朝比奈が自分の解釈を名門オケで試しているかのようです。この年ベルリン芸術週間は第39回目。7月に亡くなったカラヤンを偲ぶ追悼演奏会も含まれた豪華版でした。2ヵ月後には壁崩壊という劇的な変化の真っ只中のベルリンで、まだまだ元気一杯の巨匠朝比奈が渾身の力を込めて振った「エロイカ」の登場です。朝比奈ヨーロッパ・ライヴ第1弾。
※演奏タイミング:[20:22][18:27][6:52][13:10]
SSS-0106
朝比奈隆/ヨーロッパ録音・第2弾
ハイドン:交響曲第92番「オックスフォード」
 交響曲第99番*
1975年渡独時のインタビュー
朝比奈隆(指)ベルリンRSO

録音:1971年2月8-11日スタジオ録音,1974年2月18,19日スタジオ録音* (全曲ステレオ)
これを聴くと、朝比奈がハイドンを多く遺さなかったことが悔やまれてなりません。特に「オークスフォード」は、日本人指揮者によるハイドン交響曲演奏の中でも屈指の名演と言えましょう。言うまでもなく妙な演出など一切なく、一途にスコアをそのまま音化しているだけですが、オケの自発的な音楽センスと機能美を全面的に信頼した結果、ハイドン独自の愉悦感が安定感をもって表出されます。第1楽章の序奏から主部への入り方の何とさりげいこと!2:51からのフレーズの愛くるしさも聴きもの。展開部の弦の声部の絡みは実に有機的。、第2楽章のほのぼのとした歌心は、朝比奈の人間味がストレートに表れており、決して媚びない微笑が心に染みます。弦と木管のユニゾンのバランスも極めて良好。その管楽器の巧さにも唖然。第3楽章は粘り腰で重心の低い進行ながら、リズム自体にも表情が宿り、微妙なアゴーギクも味。終楽章はこの年代の朝比奈だからこそ可能だったと思われる、肩の力が抜け切ったしなやかな推進力が魅力。4:53からの第2主題の再現で見せる可憐さは絶品!「99番」も同様に小細工を排したストレートさが信条。第2楽章の情に流されない古典的なフォルムの美しさが忘れられません。2曲とも録音が極めて明瞭なのもありがたい限り。流暢なドイツ語で応対するインタビュー付。 【湧々堂】

SSS-0111
ムソルグスキー(ラヴェル編):組曲「展覧会の絵」
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲*
 ボレロ#
ジョルジュ・プレートル(指)
ベルリン・ドイツSO、
ベルリン放送cho*

録音:2008年10月27日、2007年3月4日*、2001年10月15日#、フィルハーモニー・ベルリンにおけるライヴ(デジタル)
“常人には真似できない官能美の徹底表出!”
同レーベルのマーラーとともに、プレートルの凄さを実証する一枚。音質も極上。
まず、「展覧会の絵」が、十分なダイナミズムを湛えながら、オーケストレーションの色彩的な魅力と、そこに宿る詩的なニュアンスに徹底的に焦点を当てた稀有な名演!最初の「プレムナード」から見通しの利いたハーモニーが美しく、「グノーム」では、フレーズの語りかけ方からプレートルの温かい人柄が滲みます。「古城」や「ビドロ」では、パステル調の色彩感覚の冴えが如実に現れ、鬱蒼とした暗さとは違う、気品に満ちた音彩に心奪われます。「テュイルリーの庭」は、シルクのようにしなやかな語りと間合いの妙!「バーバ・ヤガー」の解釈はまさに名人芸の極み!ほとんどの演奏では、土俗的なリズム以外のニュアンスが立ち昇ることなど滅多にありませんが、ここまで全てのフレーズに歌を見出して語り尽くした演奏など聴いたことがありません。そして、フレーズ間にたっぷりと間合いを取り、混濁皆無の音像で訴えかける「キエフの大門」の絶大な説得力!これはまさに、二人の作曲家の魅力を完全に同居させた演奏としても、今後長く語り継がれる大名演です!
「ダフニス」は、官能の嵐!大音量のパワーよりも、色彩の放射力で聴き手の鼓膜を直撃。「ボレロ」は、これまた驚愕!第2テーマの音価を極限まで引き伸ばして、エロチシズムを更に煽るユニークさ。トロンボーンのようなソロ・パートだけならまだしも、全体斉奏でもこれを敢行するのですから、終始鳥肌が立ちっぱなし!こんなこと、他の指揮者が安易に真似したら単に下品に響くだけでしょう。【湧々堂】

SSS-0112
フォーレ:レクイエム
ドビュッシー:夜想曲(女声合唱付)
ジョルジュ・プレートル(指)ベルリン・ドイツSO
ミヒャエル・グレイザー(指)ベルリン放送cho
オレシャ・ゴロヴネヴァ(S)
クレメンス・ザンダー(Br)

録音:2007年3月4日フィルハーモニー・ベルリン・ライヴ、全デジタル
モーツァルトやブラームスなどとは異なり、フォーレのレクイムは何と言っても色彩の魅力が不可欠。その点プレートルは、楽器編成を小さくすることなく、パステル調の色彩美と敬虔な祈りを絶妙にミックスさせた空気の醸し方が実に絶妙。合唱の声の質感が軽妙かつ浸透力が高いのも魅力に拍車をかけます。
「入祭唱」1:36からの男声のしっとりとした語りかけと弦の絡みから引き出される響きは、キラっと光る涙の一雫のよう。「サンクトゥス」はまさに無垢な天上世界のそもの。全く指揮の操作性を感じさせないフレージングの揺らめきが絶美。金管ファンファーレはかなり思い切りが良いですが、音量を控えて音楽を小さくしてしまうことよりも、音楽の豊かな流れを最優先するプレートルの熟練技に感服することしきりです。「ピエ・イエス」のソプラノは、楽譜通りに歌えていても、ゆったりとした情感にフレーズを乗せきれない歌唱が多い中、ゴロヴネヴァはプレートルの繊細なフレージングと完全に一体化。特に後半部分のきめ細やかたニュアンスは聴きもの。このゴロヴネヴァもそうですが、「リベラ・メ」でソロを務めるザンダーも、いかにも宗教曲然とした抑制モードに走ることなく、ヴィブラートも発声も通常通りにしっかり歌い込んでいます。しかし、全てが音楽と詩のニュアンスを引き出すために有効に作用しているので、大味なイメージや座りの悪さを感じさせることがないのです。最後の「イン・オアラディスム」は、オルガンのアルペジョが終始突出して希望の光を灯し続け、一方で弦は薄いヴェールを敷き詰めたように背後にまわり、そのシルキーな空気の美しさたるや言葉を失います。
完全なコンサート仕様で、これだけ宗教的な敬虔さと純音楽的な奥深さを同時に引き出した演奏というのは近年稀ではないでしょうか。
オーケストラの響きがその国のお国柄を反映していたのは昔の話だとは分かっていても、「夜想曲」を聴くと、ドビュッシー以外の何物でもない筆致の軽みと弾力をドイツのオケが再現していることに驚きを禁じえません。「祭り」の後半も物々しいミリタリー調に陥ることなく華麗な色彩と香りを放ちます。【湧々堂】
SSS-0113
メンデルスゾーン:「フィンガルの洞窟」
芥川也寸志:弦楽のための3楽章(トリプティク)〜第1楽章、第2楽章
ベートーヴェン:交響曲第4番
朝比奈隆(指)スウェーデンRSO

録音:1956年12月1日ライヴ,モノラル
※英語、日本語、独語によるライナーノート(執筆:ヘンリー・フォーゲル、元シカゴ響総裁)付き
巨匠朝比奈は1953年にヘルシンキ・フィルへ初客演して以降、ヨーロッパでの指揮活動を活発化させていきます。1956年6月にはベルリン・フィルに初登場、その年の12月にスウェーデン放送交響楽団に出演したライヴがここに登場します。曲目もベルリン・フィル・デビューで取り上げた十八番のベートーヴェンの第4番です。当コンサートは、日本とスウェーデンの指揮者交換という試みで、仲介役はあのクルト・ヴェス。スウェーデンからは、ステン・フリクベリが来日、朝比奈はスウェーデン放送響、エーテボリ響に客演しました。
 『フィンガルの洞窟』からしてエキサイティングな演奏で、当時の朝比奈の情熱の迸りには圧倒されます。そして後年はほとんど指揮しなかった芥川作品(クルト・ヴェスが委嘱・初演)もスウェーデンに紹介、極めて遅いテンポによるユニークな演奏です。そしてベートーヴェン、これは朝比奈がフルトヴェングラーの影響下にあったことの証明とも言える演奏です。ただし、朝比奈は既に晩年に見せたインテンポを基調とした悠然としたベートーヴェンを確立していることも事実です。重厚な低弦は朝比奈ならではで、朝比奈はこの頃から十分に大指揮者の資質があったのではないでしょうか?
 このコンサートは長らく1956年11月27日の演奏とされてきましたが、新たな調査の結果当時の出演料支払い明細までもが見つかり、12月1日と判明しました。
 注目の音質ですが、保存状態が極めて良好で、当時のレコード用スタジオ録音と比較しても遜色のないもので十分に観賞用として楽しめます。
SSS-0114
ブルックナー:交響曲第3番「ワーグナー」 ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプツィヒRSO

録音:1978年6月6日ステレオ・ライヴ
鬼才ヘルベルト・ケーゲルによるブルックナーの交響曲は1999年にODE CLASSICSより一気に7曲が発売されて、演奏水準の高さでファンの度肝を抜きましたがレーベル解散もあって、長らく廃盤となっておりました。今回改めて、ケーゲル未亡人、ドイツ放送アーカイヴのライセンスを得てWEITBLICKが新たにマスタリングしなおして再発売の運びとなりました。ブルックナーとマーラーを同等のハイレベルで演奏しえた名匠ケーゲルの貴重な遺産です。演奏はリズム重視の極めて厳しいものです。細部まで神経がピリピリと尖っていますのでブルックナーに大らかさやのどかさを求める方には反感を買う恐れがあります。特にこの第3番はゲヴァントハウス管とのライヴ(1986年,SSS0042-2)が伝統を尊重した古典的演奏であるのに対し、こちらはイメージ通りのケーゲルとも言えるアジテーションたっぷりの過激演奏と言えましょう。
演奏タイミング[19:39][13:51][7:02][11:45]
SSS-0118
ブルックナー:交響曲第7番ホ長調 ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプツィヒRSO

録音:1971年5月17日-28日(ステレオ・スタジオ録音)
旧東ドイツの放送オーケストラは日程に恵まれていたのか放送用のセッションもレコード録音なみに日数をかけております。ほかの曲目の演奏に比して比較的遅めのテンポが採用され抒情性満点。柔らかく細密な仕上がりを見せます。聴衆を前に盛り上がるイキの良いケーゲルとは別の一面を見せてくれます。

SSS-0121
ブルックナー:交響曲第9番 エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:1999年3月6日ベルワルド・ホール,ライヴ(デジタル)
スヴェトラーノフとブルックナーと意外に思われるかも知れませんが、第8番の名演はマニアなら知るところでしょう。第9番は、ロシア国立響との第3楽章のみが正規発売されています。当盤の登場で巨匠の名解釈が初めて世に問われることになります。演奏分数の通り、正に大河的名演奏。ミュンヘン・フィルとの共演(ワーグナー、SSS0094)でみせた静謐な心境で取り組んだ美演と申せましょう。その細密画のような描写は遥か対極にあるかのように思われたチェリビダッケの演奏にも通じるものがあります。
※演奏タイミング[28:46][11:40][25:25]

高音質ライヴ。晩年のスヴェトラーノフの世界を大きく包み込むようなスケール感と巨大な振幅力がブルックナーの宇宙と見事に融合した感動的名演奏です。かつてのソビエト国立響との録音は、オケの馬力が純ドイツ的な朴訥さと相反するせいか、厳格なブルックナー・ファンからは敬遠されがちでしたが、ここではオケの機能美とも相まって、祈りに満ちた精妙な大空間を築いています。第1楽章の冒頭動機の16分音符と複符点2分音符の正確な奏し方!スヴェトラーノフというととかくそのスケール感のみが賞賛されますが、こんな緻密な配慮も持ち合わせていることも実証しています。第2主題がこれまた他に類を見ないほどの美しさで、心を込めぬき、手元でじっくり育んだ後に音を発しおり、尋常ならざる共感の深さを感じさせます。終始力みを感じさせず、煩悩を捨て去ってすっきりとした心持ちで、自然に委ねるようにフレーズを流動させ、勘所は決して外さずにビシッと制御する熟練技は、まさにこの作品に相応しいもの。第2楽章は鋭角的でアポロ的な演奏とは対極的。全声部を調和させながら、ひたひたと緊張が迫ります。終楽章はまさに諦観の境地。13:29からの楽節は例外的に表現の意思を表面化させ、切迫感をあらわにしますが、これはこの後に迫り来る壮絶な主題展開の伏線でしょうか。20:44以降のフォルティッシモは激烈そのものですが、最後の不協和音を引き伸ばしたりせずにさっと身を引くなんという妙味!そこには安易な演出の入りこむ隙などありません。そして、コーダでの弦のアルペジョ風のリズム打ちのなんという清らかさ!!すべてを浄化し尽くした末に訪れた世界が遂に現出するのです。 【湧々堂】

SSS-0122
スヴェトラーノフ/ローマ三部作
レスピーギ:交響詩「ローマの噴水」
 「ローマの祭り」/「ローマの松」
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:1999年9月10日ベルワルド・ホール,ライヴ録音(デジタル)
まず録音の素晴らしさに感激!しかもオケの巧いこと!「噴水」の1曲目から色彩の艶やかさが生々しく伝わり、スヴェトラーノフ特有の粘着を帯びたフレージングと相まってエキゾチックは空気を醸し出します。「トリトンの泉」の眩い噴射力も期待以上。細かい音型の一つ一つを蔑ろにせずに刻印しながらも決して鈍重にならず濃淡が陰影を描き尽くす筆致に息を飲むばかり。「トレヴィの泉」の凱旋の巨大な威容はまさにスヴェトラーノフの独壇場!「メディチ荘の噴水」も曖昧模糊としたハーモニーはどこにもなく。街並み全体が夜露に濡れゆく様が目に浮かびます。レスピーギの書いたスコアが持つ色彩の魅力を更にスヴェトラーノフ独自の色彩センスの中に取り込んでしまい、作曲家自身も想定していなかったであろうパノラマが繰り広げられるのですから感動もひとしおです。「祭り」は、吸引力満点のフレージング、歌のセンスにまず鳥肌!1曲目「チルチェンセス」中間の聖歌の官能的なまでのニュアンスの説得力たるや他に類を見ません。「主顕祭」も期待以上の凄み連発。通常よりもテンポは遅めですが、爽快に飛ばしては素通りしてしまう精妙なスコアの隠し味が次々と現出し、手回しオルガンのシーンなどまさに目の前で情景が生々しく立ち上がるのです。そして、想像を絶するアゴーギクが天空を突き抜けた後に訪れる「サンタレルロ」の凄まじい事!浮き足立つ素振など微塵も見せず、今まで繰り広げた街の賑わいを破壊しつくような重戦車と猛獣を総動員した超弩級のクライマックスに言葉も出ません。1980年のライヴではオケのロシア訛りが狂喜乱舞ぶりに拍車を掛けていましたが、この録音はまるで次元が異なり、絶対的存在を誇る司令官のもとに統制された厳格な造形と一枚岩の強固なアンサンブルによって、より次元の空間が築かれています。「松」もあまりにも内容がてんこ盛りで、そのニュアンスはどれもが意味深く迫り尽くすので、通常の人間が受け止めきれる許容量をはるかに超えています!「カタコンブ」で流れる聖歌の暗さは、完全にロシアの魂から発せられるもので、その地底から湧き出るような強靭な精神力にひれ伏すしかありません。そしてお待ちかね「アッピア街道」はとんでもない興奮のるつぼ!最後の和音引き伸ばしは、ソビエト国立響が13秒にも及び腰を抜かしましたが、これは更に上回る20秒近くも延々とクレッシェンド!決して悪ふざけではなく、ここまで築いてきた巨大伽藍を支えるにはこうするしか他ないでしょう!これを越えるスケール感を誇る演奏が今後聞けるとは到底考えられません。  【湧々堂】

SSS-0126
シューベルト:交響曲第8番「未完成」
 交響曲第9番「ザ・グレート」*
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:1986年9月8日ベルワルドホール・ライヴ(ステレオ)
1990年9月18日ベルワルドホール・ライヴ(ステレオ)*
“過去のどんな名演も引き出し得なかった、シューベルトの未知の魅力!”
N響とのベートーヴェンやマーラーでも実証されているように、スヴェトラーノフはロシア的な流儀を無理強いはせず、作曲家でもある独自の審美眼を持って各作品の持ち味を最大に引き出すことを第一に考え、安定感抜群の数々の名演を聴かせてくれました。ただシューベルトとなると、スヴェトラーノフの音楽性から最も遠いのでは?と思われる向きもあるでしょう。ところがこれが素晴らしいのです!
まずは「未完成」。内省的な旋律の魅力と立体的な構築を際立たせる箇所の配分が実に絶妙で、超名曲であるあることを十分認識していたつもりが、これほどの多彩なニュアンスを秘めた作品だと気付かされて驚きを禁じえません。第1楽章はまさに抑制の美学。ロシア的な重厚さやリズムの粘着性を完全に封印し、繊細で香り高いなフレージングに徹してますが、決して芯に欠けるぬるま湯的な演奏ではありません。展開部の8:35の弦の刻みから木管へかけての連動では強固な緊張が漲り、作品構成に立体感をもたらしている点も流石。第2楽章はさらに心に迫る演奏。1:10からの木管の旋律の克明さ、1:33〜1:44にかけてのフルートに宿る精神的な逞しさ印象的ですが、圧巻は3:10から訪れます!ここへ来て遂に内燃のエネルギーと堅牢な造形力を一体化させた精神的な高揚を見せ、一瞬スパイス的に効かせるティンパニの効果も加わって壮絶なドラマを繰り広げるのです。なお、終演後の拍手はなし。
一方の「グレート」は音盤初出レパートリー。ミュンシュのような元気一杯猛烈な演奏でも説得力を持つ名演になる曲ですから、それこそロシア的な馬力全開モードでも様になるかもしれませんが、そんな安易な手法を取りません。サン・サーンスの「オルガン」では、「絢爛豪華」という作品の最大の魅力を徹底的に押し広げたのと同様に、ここでもあくまでもシューベルトらしい純朴な歌心を丁寧に引き出すことに主眼を置き、仰ぎ見るようなスケール感でそれを押しつぶすような暴挙に走らないところに、スヴェトラーノフの見識の高さを感じずにはいられません。
第1楽章序奏はゆったりとしたテンポで開始されます、ホルンに続いて弦が登場すると、実に繊細で陰りに満ちたニュアンスが現れ、早速このテンポ以外はありえないという説得力のあるフレージングに心打たれます。音の重心は常に低く保ち、フレーズの末尾まで克明に音化するのはいかにもスヴェトラーノフらしいですが、その揺るぎないテンポ自体の訴求力の高さと相俟って、味わいは格別。主部直前で加速することや、第2主題でテンポを落とすという伝統的な手法をそのまま踏襲していますが、そこには必ず明確なニュアンスの変化が伴い、決して漫然と流れることはありません。特に第2主題でテンポを落とすことで、再び異次元に誘うような演奏はあまり聞いたことがありません。このゆったりテンポを提示部の最後で回復させる解釈も新鮮。コーダのテンポ設定もセンスの塊!
第2楽章も遅めのテンポで幾分ヌメリを帯びながら冒頭の弦が開始されますが、続くオーボエ・ソロの切なさに感涙!そして1:31からのホルンの強奏の意味深さ!それが構えの大きな音楽作りに大きく貢献していますが、少しもシューベルトから逸脱していません。3:44からの長調に転じてからのニュアンスはまさに天国的な美しさ!慈愛に満ちた演奏というのは過去にもいくつもありますが、大きな包容力で優しく抱かれる感覚は比類なし。コーダの締めくくり方は、もう筆舌に尽くし難い感動!14:48のオーボエから、ぜひ全神経を集中して味わい尽くして下さい!
第3楽章は軽妙なリズムが人懐っこく、1:30では弦の音を短く切り上げてなんとも粋!この処理は再現部後半でも登場し、場面転換のメリハリ表出に大いに貢献。中間部に入った途端、外に飛び出して遊ぶ子供のような無邪気さがフワッと広がる…、そんな演奏が過去にあったでしょうか?
終楽章はいわゆる「爆走」一辺倒ではない、瑞々しい推進力が横溢。展開部直前でチェロがスフォルツァンドで明確に句点を打ち込むのには一瞬ギョッとしますが、これまた粋な計らい。再現部ではティンパニの音程の変更あり。コーダ最後の締めくくりの方も聴きもの。スヴェトラーノフ・ファンならきっとニンマリすることでしょう。
なお、終演後には、鳴り止まぬ拍手の中、突然オーケストラがファンファーレを奏でます(13:14〜)が、演奏が素晴らしかった時に現地ではこうして指揮者を讃える習慣があるそうです。
晩年のスヴェトラーノフはロシア以外にも活躍の場を広げましたが、その芸術性においても、ロシアのローカル色を超えた真の偉大さを獲得してことを改めて痛感させられる貴重な録音です。日本語解説には「彼らしい覇気が漲る」「最高な鳴りっぷり」というコメントがありますが、それどころではありません! 【湧々堂】

SSS-0127
ブラームス:交響曲第4番
モーツァルト:フルート協奏曲第2番*
アルヴィド・ヤンソンス(指)
シュターツカペレ・ドレスデン、
オーレル・ニコレ(Fl)

録音:1984年10月7日東ベルリン・シャウシュピール・ハウス(現コンツェルトハウス)、1971年5月28日ドレスデン・クルトゥア・パラスト*(ともにステレオ、ライヴ)
ブラームスは亡くなる一ヶ月前の演奏となります東ベルリン芸術週間ライヴ。この演奏を聴くとアルヴィドはムラヴィンスキーとは正反対の音楽性、誤解を承知で言えば、フルトヴェングラーのように情熱的にテンポを動かし、楽曲の悲劇性を強調、重要視した名指揮者であったことが判ります。もっと極論を言えば、アルヴィドは極めてドイツのロマン主義名指揮者に近い存在と言って過言ではありません。冒頭の美しさは如何にもSKDですし、第2楽章のホルンの妙技も身震いするほどです。当レーベルのヨッフムとの名盤にも引けを取りません。カプリングは豪華ソリスト、オーレル・ニコレをソロに迎えたモーツァルト。ニコレのライヴは極めて珍しく、アルヴィドのバッキング能力の高さも特筆されましょう。
※演奏タイミング、ブラームス:[13:06][10:57][6:08][10:54]/モーツァルト:[7:52][7:30][4:56]
SSS-0135
ショスタコーヴィチ:交響曲第8番 クルト・ザンデルリング(指)
スウェーデンRSO

録音:1994年10月21日ベルワルドホール・ライヴ
ザンデルリンクのショスタコ8番と言えば、ベルリン交響楽団とのスタジオ録音が唯一で、この曲を遅いテンポで透徹したユニークな演奏として名高いものでした。第 8番は、巨匠が活動最晩年までレパートリーから外さなかった愛奏曲ながら、ライヴ録音の登場は今までありませんでした。ムラヴィンスキーなら、快速で進めるであろう箇所はザンデルリングはこれでもかとばかりに執拗に遅いテンポで、このシリアスな作品をまるで点描画のように聴衆に開示して行きます。余程好調だったのか、足踏みや第3 楽章から第4楽章にかけての掛け声を発したり、冷静沈着に見えるザンデルリングの燃える姿が記録されています。
演奏タイミング [27:31][7:11][7:24][9:52][17:39]
SSS-0142
フランク:交響曲ニ短調
ドビュッシー:交響詩「海」
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)
スウェーデンRSO

録音:1996年4月27日ベルワルドホール・ライヴ(デジタル・ライヴ)
ジュリーニ活動最晩年期のスウェーデン・ライヴ。後期ジュリーニの様式が手に取るように判る演奏です。フランクは1993 年のソニー盤より3 年も後のライヴ。ジリジリと止まる寸前の遅いテンポで微に入り細に渡り全てを描きつくします。不調時のジュリーニはリズム感が明瞭でないこともありましたが、こちらは遅いが故に強いられる緊張感とでも申しましょうか、強烈なインパクトを誇ります。特筆すべきはフィナーレのコーダで、凄い強調が見られます。明るい音色、陰鬱な風情、良く歌う表現は、ドイツ音楽とフランス音楽の融合を目指したフランクのそしてジュリーニの特徴と申せましょう。「海」も愛奏曲として名高いものですが、フランクと同日のライヴだけにその方向性は同一であり、スウェーデン放送響が巨匠の過酷な要求に見事につき従う様が感動的です。ジュリーニの伝記作者でフランス国立放送のディレクターも長年務めたジャン・イヴ・ブラ氏のライナーノートも価値あるものです。

SSS-0143
シューマン:交響曲第4番
ベートーヴェン:交響曲第2番*
クルト・ザンデルリング(指)
スウェーデンRSO

録音:1990年5月4日デジタル
1997年11月28日デジタル*
いずれも、ベルワルドホールに於けるライヴ
“室内楽的響きから渾身の意欲が湧き出る感動的名演!”
2曲とも超名演!シューマンは、ザンデルリンクが自身の引退コンサートでも取上げた十八番の作品ですが、その熟しきった表現と透明感のあるオケの響きの魅力が融合し、得も言われる感銘をもたらします。
特に第1楽章展開部は、室内楽的な精緻を極めた響きから精神の塊のような音楽が溢れ感動の極地。第2楽章の孤独と幽玄、第3楽章の老朽化の影など微塵も見せないリズムの切れ味も80歳を目前にした老巨匠とは思えぬ充実ぶり。終楽章がこんなピュアな響きで青年のような活力が漲る演奏も稀。第2主題はわずかにテンポを落として憂いを浮かべますが、その間も活力は減退させず、主部のリピートが生き切っています。そして展開部冒頭での刃物のような弦の切れ味!コーダのテンポの切り替えの機敏さと声部間の響きの突き抜け方も感動に拍車をかけます。
ベートーヴェンは、ザンデルリンク85歳の時の録音ですが、これまた表現意欲に全く陰りなし。第1楽章冒頭からティンパニが意外な強打で開始し、木管フレーズを短くスタッカートで吹かせるなどユニークなこだわりが見られますが、皮相な表現はどこにもなく、この序奏部だけでも聴き所満載。第2楽章の全てを浄化しきったような響きと優しい語りかけも格別。ただ何となく柔和なだけでなく、フレージングやアクセントに自然な形で、しかも妥協なくその指示を徹底させているので、生き生きと音楽が脈打つのです。終楽章はエキセントリックに突っ走る演奏が増えている中で、ゆとりのあるテンポの中で調和のとれたハーモニーが心を捉え続けます。特定の声部を強調しているわけではないのに、全声部が確実に主張をしており、内面から抉り出す音楽のなんと心を打つことか!コーダの強固な凝縮力も聴きもの。
ザンデルリンクにはこの2曲の録音は他にも存在しますが、録音の良さも含め、現時点でこのディスクがトップと言えましょう。
ただ、シューマンの終楽章のトラックが序奏を飛ばして主部に割り当てられていることは、不可解ですが…。【湧々堂】

SSS-0144
ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」 オイゲン・ヨッフム(指)
スウェーデンRSO

録音:1975 年2 月23 日ストックホルム・コンサートホール,ライヴ
ヨッフム+スウェーデン放送響の初ディスクです。1975 年というと、座って指揮するようになった最晩年の枯淡と壮年期の馬力に満ちた動的アプローチの丁度中間期に当たります。しっとりとした味わいに加え、若き日の劇性をも兼ね備えた非の打ちどころのない演奏と申せましょう。ブルックナーの名作の中でも穏当に過ぎるとも見られるこの曲にはピッタリな表現方法とも言えましょう。勿論「ロマンティック」は巨匠の愛奏曲でしたが、ライヴとなるとコンセルトヘボウとの同年のものだけです。澄み切ったスウェーデン放送響の音色は、フランスともロシアともイギリスとも違いますが、どちらかというと機能美を誇るドイツの放送オーケストラに近い、明快さと機敏さに溢れた近代的なものと言えましょう。

SSS-0145(2CD)
マーラー:交響曲第9番 ニ長調 エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:2000年1月21日ベルワルド・ホール,ライヴ(デジタル)
※スヴェトラーノフが忍び寄る死の影を感じながら紡ぎだした絶美の演奏。第 1 楽章の深遠な解釈、第4 楽章の澄み切った境地は、正に生と死の表裏一体を教えてくれるかのようです。対照的に中間楽章はエネルギッシュそのもので、リズム感の良さを物語ります。スヴェトラーノフのマラ 9 と言えば、ロシア国立響とのスタジオ録音は恵まれた音質といえなかっただけに、妙技を誇るスウェーデン放送響、名録音を誇るスウェーデン放送による当ライヴは、ファン垂涎のものでしょう。
演奏タイミング:[29:19][18:08][12:37][24:45]
この第9 交響曲は、作曲家マーラーの最後の作品である。間もなくその演奏活動を終える偉大な指揮者(偉大な作曲家であることもマーラーと共通している)スヴェトラーノフがこの作品を取上げるということも示唆に富んでいるし、暗示的である。巨匠は、スウェーデン放送響と本拠地ストックホルムのみならず、直後のロンドンへの楽旅でもこの曲を指揮している。(ライナーノートより)

SSS-0147
ショスタコーヴィチ:交響曲第8 番ハ短調 Op.65 アルヴィド・ヤンソンス(指)
ベルリンRSO(旧東独)

録音:1981年11月11日ベルリン放送局大ホール1(ステレオ)
全体的に悲劇性だけを強調するのではなく、慈愛と希望の光をニュアンスに盛り込むことを主眼としているのが特徴的。第1楽章は、オケの精妙なアンサンブル力もあって第3主題以降の凶暴な音楽の内にも、凍てつくような恐怖のみならず、ハーモニーに人間的な温かみを宿しています。行進曲風のクライマックスでも明らかなように、体全体で音を放射しつつも、耳をつんざくような感覚的な刺激に頼らないので、地味に思われかねませんが、内実の熱さに是非耳を傾けてください。第2〜3楽章も鋭利な迫力とは対照的ですが、その分内面からニュアンスが間断なく滲み出てるので、思わず聴き入ってしまいます。そして終楽章コーダの響きの均衡を保った絶品の余韻!録音も極めて良質。【湧々堂】

SSS-0148
ホルスト:組曲「惑星」 エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO
スウェーデン放送Cho

録音:1994年9月3日、ベルワルドホール・デジタル・ライヴ
“作品の持ち味を自身の音楽性の中にグッと引き寄せた、恐るべきダイナミズム!!”
スヴェトラーノフは既に同曲を1991年にフィルハーモニア管と感動的な録音しており、それも決して存在価値を失うものではありませんが、ここでは完全に英国風の典雅さを払拭した、スヴェトラーノフ特有の粘着質で重量級のフレージングとリズムの躍動が更に際立った演奏を繰り広げています。少なくとも独特なテンポ変動に対する共感を持ったオケの反応力は、こちらが一枚上と言えましょう。例えば「火星」で、主題が回帰するシーンの気の遠くなる低速感とその後のクライマックスの築き方はまさに筋金入り。「金星」での深遠な祈りと色彩感は、フィルハーモニア盤と双璧の素晴らしさ。「木星」も演奏時間8:47とかなりの低速モードですが、そのテンポだからこそ打楽器の打ち込みをはじめ、どんな些細なフレーズも末端まで鳴りきり、スポーティさ皆無のスヴェトラ節が大全開となります。最後の「海王星」も一音も雰囲気で流した感はなく、極彩色でありながら精緻なハーモニーで魅了し続けます。この作品のスペクタクルな魅力と自身の音楽性を完全にドッキングさせた恐るべき名演奏です。録音も優秀。いつもながらスウェーデン放送響の機能美も絶品。【湧々堂】
SSS-0149
R・シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」
交響詩「死と変容」*
ヘルベルト・ケーゲル(指)
ライプツィヒRSO
モーリス・ジャンドロン(Vc),
トーマス・ヴュンシュ(Va)

録音:1968年5月14日ライヴ、ステレオ
1968年4月9日,ライヴ、ステレオ*
ケーゲルはドレスデン生れですからリヒャルト・シュトラウスとは非常に縁が深い(ドレスデン・シュターツカペレの音楽学校にも学んでいます)筈ですが今まで録音が出たこともなく、さらには演奏機会もそれほど多くなかったようです。そこに初登場するのがフランスの名手モーリス・ジャンドロンと組んだ「ドン・キホーテ」です。瀟洒と呼ぶにふさわしいジャンドロンの明るく、美しい音色を物語の俳優の様に生かした見事な演奏。「ドン・キホーテ」は日本では極めて人気の低い作品ですが、巨匠指揮者、特にドイツの名指揮者には愛奏されることでも知られます。それだけストーリーが普遍的なのでしょう。こういう標題音楽らしい標題音楽をケーゲルが指揮することも稀であったと申せます。ジャンドロンにとっても初出レパートリーです。
一転して、シリアスそのものいつものケーゲルらしい演奏が「死と変容」です。カミソリの刃のようにエッジの尖った演奏で、近寄りがたい風情を醸し出しています。オーケストラ・ドライヴの見事さには傾聴に値する名演奏です。

SSS-0150
ベルリオーズ:幻想交響曲
ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
アルヴィド・ヤンソンス(指)
ドレスデンPO

録音:1980年2月28日ドレスデン・クルトゥア・パラスト、ステレオ・ライヴ
“主人公の深層心理に徹底的に寄り添った画期的アプローチ!”
当時のソ連の指揮者の中でも、品格と繊細さを兼ね備えた芸風が際立つアルヴィド・ヤンソンス。その特色を遺憾なく発揮したのがこの幻想交響曲。レニングラード・フィルともセッション録音行なっているほどの十八番作品です。
第1楽章の滑り出しは超低速と超弱音で、主人公の脆い神経と淡い恋心を反映したようなニュアンスで、早速聴き手の心を鷲掴み。これが何とも心を打ちます。主題の歌い回しも入念を極め、強弱対比にも古今を通じてこれほど神経を砕いた演奏も稀でしょう。第2楽章も単なる楽しいワルツではなく、拍節を克明に刻むことを避けて、夢遊病的な空気感を表出。第3楽章はこれまた絶妙な孤独感が全体を覆います。
第4楽章以降は打って変わって音の隈取リを強調して鮮明な音像を打ち立てますが、馬力で押し通すのではなく、テンポを盤石に固めながら丹念に楽想の連鎖させる力量たるや、改めて父ヤンソンスの芸術性の高さを思い知らされます。そして、その高い芸術性が高次元で燃焼を遂げる終楽章!いきなり魑魅魍魎の世界を演出する大方の演奏とは異なり、冒頭から鐘が登場するまでの前半部分は不安な空気感を徹底的にひ敷き詰め、唐突とも思える明快な鐘の音でふと我に返るという、巧みな設力にまず唖然。コーダに至ってようやく音圧を極限まで高めますが、その響きのなんと神々しいこと!音を外に放射することを許さず、含蓄を宿したまま締めくくる姿勢に、ヤンソンスのこの作品への強いこだわりを感じさせます。期待していた豪放な締めくくりとはかけ離れていたせいか、終了後の拍手もどこか呆気にとられた様子。
今までのイメージとは一味も二味も異なるヤンソンスだけが可能な幻想世界、とくとご堪能あれ!【湧々堂】

SSS-0162
スヴェトラーノフのモーツァルト
交響曲第40番ト短調K.550
交響曲第41番ハ長調「ジュピター」*
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:1988年9月10日、1993年9月18日(共にライヴ・デジタル) ベルワルド・ホール*
“数々のロシア音楽の名演を築いたスヴェトラーノフの音楽性の源がここに!”
モーツァルトの交響曲で、全てのニュアンスを漏らさず聴き取らねばという衝動に駆られたのは、何年ぶりでしょう?もちろん編成を切り詰めることのないかつての大編成スタイルですが、決して大味にならず、持ち前のロマンの息吹を吹き込みつつ、心の奥底から奏でたモーツァルトというのは、ワルター以来と思えるほど。
「40番」冒頭から、なんと音がときめいていることでしょう!全音域をむらなく響かせつつも厚塗りに傾くことなく、遅めのテンポを貫いてじっくりと楽想を紡ぎます。第1楽章は、裏の声部まで孤独な感情が繊細に滲み出ており、その音色は聴き手を慰めるような温かさ。第2主題の陰影の豊かさにも感動を禁じえず、この音楽の感じ方こそ、スヴェトラーノフの音楽性の核であり、だからこそ、チャイコフスキーやラフマニノフの大音量でも音圧だけではない浸透力が生まれるのでしょう。提示部リピートが、これほど必然性を持つ演奏も稀。第2楽章はデフォルメのない純粋な響きで魅了。常に音価を長目に保っているので、昨今のパリっとした晴朗さとは正反対ですが、そこから生まれる内省的な味わいが各格別。第3楽章は、3拍目を長く引き伸ばすことで腰の座ったリズムを生み、フレージングは愛のかたまり。終楽章でも提示部、再現部のリピートを慣行。再現部の1回めの演奏の最後は薄い響きにしてから繰り返す配慮にも、スヴェトラーノフの繊細な感性が表れています。展開部4:29以降の声部の絡みの「優しい緊張感」は必聴!作品の構成を緻密に制御しつつ、静かなドラマが確実に迫るのです。
「ジュピター」は、愉悦感溢れるリズムをきっちり表出し、音楽にしなやかな推進力を与えていますが、これまたトキメキの連続!スヴェトラーノフは、ここでも古典音楽としてのモーツァルトの佇まいを弁え、決して大伽藍風の響きなど片鱗すら見せません。それでいて、全ての声部が意味を持って鳴り、極めて含蓄に富んだ音楽が形成されるのです。ハ長調であるにもかかわらず、楽天的でも祝典的でもない、どこか憂いを含む独特のニュアンスは、他では味わえません。提示部リピート慣行。第2楽章はテンポを停滞せさない意志の強さが際立ちます。1:29からの音楽の抉りの強さは、まさにスヴェトラーノフ節。それがモーツァルトの枠からはみ出ることなく美しく収まった響きの充実ぶりと言ったら、とても言葉が出ません。第3楽章は意外にも速目のテンポですが、3拍子としての安定感は比類なし。そして、究極の名演、終楽章!声部の有機的な連携が、意図的な解析を全く感じさせずに大河のごとく流れる様は、フーガを形成するこの楽章に大々的に効力を発揮。コーダでは複雑な声部の綾が一切の取りこぼしなく再現され、風格と品格を携えてまさに宇宙的な広がりを現出させるのです!
近年、ロシア音楽以外の録音で、スヴェトラーノフの音楽性の本質を再認識させられる機会が増えていますが、性格の全く異なるモーツァルトの二大傑作をこれほど感動的に再現する手腕は、ムラヴィンスキーが極めてレパートリーが限られていたことを思うと、本当に驚異的でなことです。【湧々堂】

SSS-0164
ベルリオーズ:幻想交響曲
デュカス:魔法使いの弟子*
セルジュ・チェリビダッケ(指)
スウェーデンRSO

録音:1969年11月23 日ストックホルム・コンサートホール、1968年9月7日ヴェステラス・コンサート・ホール* (共にステレオ・ライヴ)
“安易な怪奇趣味とは一線を画すチェリビダッケ美学を完全敢行!”
「幻想交響曲」第1楽章の導入の超微弱音からチェリビダッケ・モード全開!雑味の入り込む余地のない弦のソノリティ、ホルンの囁きの霊妙さは比類なく、主部に入る前のこの数分間だけで、聴き手を完全に虜にします。
第2楽章開始の弦のトレモロは、これまたやっと聞こえる程度の超微弱音ですが、その後に表情に広がりを見せるところをお聴き逃しなく。音量も色彩も徹底的に抑制した音像は、改めてこの音楽が「幻想の中の舞踏会」であることを思い起こさせます。
驚異的なのが第3楽章!遠近感を捉えた音像構成が、これほど完璧に実行されている演奏が他にあるでしょうか。そして、木管楽器の応答の背後を彩る弦のニュアンスは、なんという幅広さ、奥深さでしょう!
第4楽章も音の放射力で圧倒する安易さを完全に拒否し、精緻な色彩構築を最優先。異様に遅いテンポも、死に向かう不安を投影した感情的表現の結果ではなく、全ての意識は美しい響きの実現に向けられていることは、響きのどこにも血の臭いや汗を一切感じさせないことからも明らかです。終楽章は、チェリビダッケの超精密芸術の集大成!これだけ膨大な要求をつきつけるのですから、チェリビダッケのこの曲の録音が多くないのも頷けます。そしてコーダでは、これまでの抑制を取り払って突き刺すような放射力を伴って突進!締めくくりの打楽器の巧妙な操作にも鳥肌!
なお、チェリビダッケの録音を聴く際に最大の支障となるのが、特有の微弱音がヒス・ノイズに埋もれてしまうこと。その点この録音は1960年代としては異例なほど非常にクリアで、チェリビダッケの美学をほぼ完璧に実践し尽くしているという点でも、この以上の「チェリの幻想」は存在しないのではないでしょうか?
「魔法使いの弟子」も、生半可な名演ではありません。3:56のハープの一瞬の駆け上がりにまで命を吹き込み、4:42からの弦のハーモニーがこれほど流麗な響いた例も他にないでしょう。幻想交響曲のような、極端な音量操作はここでは持ちこまず、一見すとれーた表現にも聞こえますが、全ての楽器が、他には考えられないバランス間隔を保持しながら迫り来る様は、尋常ならざる説得力を誇ります。ディズニー・アニメ的な楽しさだけではなく、この音楽の色彩的な面白さを徹底的に掘り下げた演奏として、歴史に刻むべき大名演です。【湧々堂】

SSS-0167(2CD)
チャイコフスキー:交響曲集
交響曲第4番/交響曲第5番*
セルジュ・チェリビダッケ(指)
スウェーデンRSO

録音:1970年9月13日サンドスタ音楽堂ライヴ
1968年11月16日エシュクリシュタナ小学校講堂ライヴ* (全てステレオ)
※セルジュ・イオアン・チェレビダーキ氏認可
1960 年代から1970 年代のチェリビダッケ+スウェーデン放送響のライヴ名演集が正規リリース。大きな反響を呼んだベートーヴェン、「幻想」に続く新譜は、お得意のチャイコフスキー、それも第4 番と第5 番という強烈な演奏です。チェリビダッケはチャイコフスキーを愛し、生涯を通じて演奏を繰り返しました。壮絶な感情注入と、整然とした音色とアンサンブルの両立という一見二律背反する理想を見事に具現しています。演奏内容は、既に晩年の問答無用の遅いテンポに傾斜する部分が垣間見られます。しかし壮年期らしい豪快なドライヴも随所に併せ持っており、魅力豊かな名演ばかりです。スウェーデン放送響のひんやりとした音色もチャイコフスキーに相応しい高潔さと申せましょう。どんな時代でも「極めていた」巨匠ならではの完成度です。いずれの曲もミュンヘンフィルとの晩年の演奏しか正規盤はありませんから、これは必聴です。スウェーデン放送協会音源提供の良好なステレオ録音。

SSS-0169(2CD)
ラヴェル:管弦楽名演集

(1)「マ・メール・ロワ」組曲
(2)高雅で感傷的なワルツ〜第2曲
(3)道化師の朝の歌
(4)「ダフニスとクロエ」第2組曲
(5)スペイン狂詩曲
(6)クープランの墓
(7)ラ・ヴァルス
セルジュ・チェリビダッケ(指)
スウェーデンRSO

録音:(1)1969年9月10日、ナッカ・アウラ、
(2)1969年6月29日ファルベルク・スポーツホール
(3)1967年12月1日エシュキルストゥナ・コンサートホール
(4)1970年11月8日ストックホルム・コンサートホール
(5)1969年3月7日エシュキルストゥナ小学校ホール
(6)1967年9月6日ナッカ・アウラ
(7)1969年1月26日ストックホルム・コンサートホール
(全曲ライヴ・ステレオ録音)

※セルジュ・イオアン・チェレビダーキ氏認可※英語、日本語、ドイツ語によるライナーノート付
続々リリースのチェリビダッケの知られざる時代、スウェーデン時代の充実を今に伝えるライヴ録音集。今度の新譜は、ラヴェル名演集です。昨年フランス国立放送響時代の名演も発売されましたが、スウェーデンはそれよりも前なので、フェンシングの選手を思わせると聴衆を感動の坩堝にたたきこんだ、華麗で運動神経抜群なオーケストラ・ドライヴを堪能できます。驚異の弱音、美音を駆使した、「マ・メール・ロワ」、「クープランの墓」。結構俗っぽい魅力も兼ね備えた「ダフニス」、「ラ・ヴァルス」も必聴の名演です。

SSS-0174(2CD)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第22番変ホ長調K.482
R・シュトラウス:アルプス交響曲
朝比奈隆(指)
ベルリンRSO(旧西、現ベルリン・ドイツ響)
リリアン・カリール(P)

録音:1964 年3 月6 日SFB-ザール(ステレオ・ライヴ/R.シュトラウス生誕100 年記念演奏会)
朝比奈隆が度々自ら話題にした、1964 年リヒャルト・シュトラウス生誕100 周年記念にドイツ で演奏した「アルプス交響曲」。ドイツの放送局がシュトラウス作品を特集して演奏・録音した 一環で、「家庭交響曲」はカール・ベームが担当したという正に歴史的に重要なコンサート。 この時、朝比奈はまだ56 歳という壮年期。もちろん「アルプス交響曲」はこの時が初振り!「や ってみたらそんなに難しい曲じゃない」ということで大のお気に入りとなり、数年後には自らの 還暦記念で大フィル、京都市響との合同演奏を行います。その後も80歳記念、大フィル創立 50年でも演奏します。特筆すべきは、1990 年の北ドイツ放送響客演時にもこれを取上げて、 現地で聴衆からの熱狂の拍手を浴びております(EMI 盤は、これをカット。制作者の無関心が 偲ばれます)。1991 年に日本で合同オーケストラ「オール・ジャパン・シンフォニー・オーケスト ラ」を指揮した際は、体調の不全を押しての凄絶な演奏を聴かせ、客席にいたシカゴ響総裁 ヘンリー・フォーゲルを感激させ、1996 年のシカゴ響出演に繋がります。いわばブルックナー 以上の勝負レパートリーであったのです。後年よりテンポは速めですが、頂上から降りてから の威厳と風格は既に確立しており、「日没」、「終結」、「夜」の心に沁みわたる演奏には感動を 禁じ得ません。前半プロのモーツァルト:ピアノ協奏曲第22 番も珍しいレパートリー。アメリカの 名女流リリアン・カリール(パメラ・フランクの母、クロード・フランクの妻)と紡ぐ、陰鬱、深深とし た抒情がこれまたたまりません。 演奏と近い時期の若い頃の写真が見つかりジャケ写に使用しています。良好なステレオ録音。

SSS-0176(3CD)
カール・ベーム&ケルン放送響/ステレオ・ライヴ録音集
(1)ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調
(2)モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」
(3)ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
(4)ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68
(5)モーツァルト:交響曲第29番イ長調K.201
カール・ベーム(指)ケルンRSO
(2)クリスチャン・アルテンブルガー(Vn)

録音:(1)(2)1978 年6 月23 日ヴッパータル市立劇場、(3)1980年11月9日デュッセルドルフ・トーンハレ、(4)(5)1976 年9 月21 日ヴッパータル市立劇場
全てライヴ録音
■〜ライナーノート〜より
ベームはカラヤンと同等の地位にある20 世紀の指揮者の中の覇者であるが、カラヤンと最も異なる点は、カラヤンが ベルリンフィルとウィーンフィルの指揮台にのみ活動を限定したのに対し、ベームは最晩年まで世界中の多岐にわた るオーケストラを指揮し続けたことである。 ドイツ国内の放送オーケストラ(そのいずれもが優秀であることは言うまでもない)に繰返し客演したベームの演奏 は、最も密接な関係を保つと言われたウィーンフィルとの演奏と全く異なる表現を取ることもあり、興味が尽きない。 ベートーヴェンの交響曲第7 番を例に取ってみよう。この曲などベームは生涯で何度指揮したかわからない程であろ う。当ケルン盤(1978 年6 月23 日ライヴ)では、隅々まで血が通っている。正しく人間が奏でる音楽である。 そして何よりも、オーケストラの反応がベームに対して実に素直なのである。聴衆を前にしたベームの高揚、推進力、 気迫。ゴツゴツとした無骨さ。そうした長所だけでなく、時折見せる微かな造形の乱れや迷いといったものも全て白日 のもとにさらされるような演奏である。 カプリングのモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第 5 番「トルコ風」も、艶やかな音色で知られるアルテンブルガーのソ ロに、モーツァルトの泰斗、ベームの伴奏という贅沢な一品で、モーツァルトの天才を聴き手に余すところなく伝えて いる。

SSS-0181(2CD)
スヴェトラーノフ/R・シュトラウス傑作集
交響詩「英雄の生涯」
アルプス交響曲*
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:1998 年3 月1 日、1993 年9 月18 日* ベルワルド・ホール
正にスヴェトラV.S.シュトラウスという感じの肉弾戦!スヴェトラーノフはシュトラウスを好み、メロディアにも複数の録音があります。交響曲の破壊者と呼び得るシュトラウス独特の異形の様式、テーマの突飛さ、意表を突く楽器の活用などは、フル編成のオーケストラを意のままに操る専制君主、スヴェトラーノフにとっては食指の動く作品群だったと言えるでしょう。しかし音質の良い演奏に恵まれず、その解釈を堪能するには隔靴掻痒の感がありました。ついに登場した初出レパートリー「英雄の生涯」は、じっくり感の凄い遅めのテンポによる巨像の歩みのような個性的な名演。音色のパレットも豊富で、シュトラウス解釈者としての並々ならぬ実力を誇ります。 スヴェトラーノフの「アルペン」はロシア国立とのメロディア盤はLPのみ。ハーグフィルとのライヴはオケが非力なため優秀なスウェーデン放送響とのライヴは歓迎すべきでしょう。物語性、神秘性の創出。類まれなるロマンティスト、スヴェトラーノフの超名演です。
SSS-0184
チェリビダッケのモーツァルト
モーツァルト:交響曲第36番「リンツ」 *
交響曲第38番「プラハ」
6つのレンドラー風舞曲
セルジュ・チェリビダッケ(指)
スウェーデンRSO

録音:1971 年3 月21 日ライヴ*、1970年2月8日ライヴ (共にステレオ)
CDで聴けるチェリビダッケのモーツァルトの交響曲と言うのは極めて少ない。 交響曲第 36 番「リンツ」は、初の公式発売のレパートリーである。この曲をチェリビダッケはミュンヘン時代にも演奏しているからレパートリーから外していた訳ではない。音の出だしが何時もながら独特だ。ラヴェルやドビュッシーのようだ。 第 38 番「プラハ」はモーツァルトが古典様式の交響曲に回帰したと言われる三楽章性の交響曲だが、この演奏は晩年のチェリビダッケが獲得した荘重な演奏様式を早くも獲得している。実にロマンティックな演奏と呼ぶほかない。
SSS-0185
チェリビダッケのシューベルト
シューベルト:交響曲第9番「グレート」
交響曲第3番*
セルジュ・チェリビダッケ(指)
スウェーデンRSO

録音:1969年1月26日ライヴ、1967年12月1日ライヴ*(共にステレオ)
音の始まりが柔らかで美しい故に、テンポはミュンヘン時代に比べて常識的(46 分)ながら、全体にゆったりした印象を受ける。ティンパニのアタックも鋭角的ではない。これは意図的である。第 2 楽章が、まるでラヴェルのように鳴り響く。第 3 楽章ではメロディの繰返しの執拗さをさらに強調している感がある。 第 4 楽章では、熱血漢チェリビダッケの顔が飛び出す。柔らかに美しくを目標にしていても、どうしても血の気が騒ぐのだろう。怒鳴り声、足音とともに音色のエッジが立ってくる。こういう箇所がチェリビダッケは面白い。血の通った芸術家なのである。 第3 番について、チェリビダッケは第1 楽章から目いっぱい遅いテンポを採用し、「ザ・グレート」同様のエッジの柔らかい演奏を繰り広げている。こんな演奏は聴いたことがない。第4 楽章フィナーレのディミヌエンドなど、全く「ザ・グレート」のフィナーレと同様の解釈をしている。相似を意識していたのではないか?

SSS-0186
チェリビダッケ&ニルソンによるワーグナー、ヴェルディ
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死*
 ヴェーゼンドンク歌曲集より3曲(天使、悩み、夢)*
ヴェルディ:歌劇「マクベス」第2幕より「光は萎えて」
 歌劇「仮面舞踏会」第2幕より「ここがかの恐ろしい場所」
 歌劇「運命の力」第4幕より「神よ平和を与え給え」

(ボーナス・トラック)
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死 リハーサル風景
ビルギット・ニルソン(S)
セルジュ・チェリビダッケ(指)
スウェーデンRSO

録音:1967年9月8日*、1968年9月1日、ストックホルムコンサートホール(ステレオ)
21 世紀になってチェリビダッケによるオペラが聴けるとは!決して経験がない訳ではないにも関わらず、やはり歌劇場とは疎遠だった巨匠チェリビダッケ。しかしコンサートではしばしばオペラの序曲などを好んで指揮しました。 今回のアルバムは、圧倒的な声量を誇ったビルギット・ニルソンと正にがっぷり四つの名演集。ワーグナー作品についてはかつて GALA という海賊盤レーベルから出ていましたが、劣悪なモノラル音源で当盤とは比較になりません。特徴的な精緻を極めた弱音。繊細でいながら大きなうねりも生み出す巧みなオーケストラ・ドライヴ。熱い血を持つチェリビダッケが展開する官能美に余裕たっぷりのニルソンの堂々たる歌唱には深い感動とともに痺れる他ありません。この翌年の再共演が、イタリア・オペラのアリア 3 曲です。チェリビダッケの音楽づくりはいつもの通り、ヴェルディも熟練の管弦楽作家として描き尽くします。しかしニルソンの顔を潰すような場面はなく、正に、龍虎相打つと言ったお互いの尊敬が音楽に込められております。

SSS-0192
ミュンシュ&ケルン放送響ライヴ
フォーレ:「ペレアスとメリザンド」組曲
リスト:ピアノ協奏曲第1番*
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲 #
ルーセル:交響曲第3番
シャルル・ミュンシュ(指)
ケルンRSO
ニコル・アンリオ・シュヴァイツァー(P) *
ハンス・ユルゲン・メーリング(Fl)#

録音:1966年9月30日ケルン放送 ビスマルク・ザール(ステレオ)
※英語、日本語、ドイツ語によるライナーノート付
1966 年の9 月、即ち1966/1967 シーズンの開始の月、ミュンシュは多忙を極めていた。9 月上旬には、フランス国立放送響を率いて、ブザンソン国際音楽祭に参加している。さらに各地へ客演。9 月30 日には、ケルン放送響に初客演(そして最後の)し、当CDに収録のコンサートを行う。10 月にはフランス国立放送響を率いて日本ツアーを行っている。正にミュンシュの音楽的壮時と言える時期だった。 当CDにおけるケルン放送響との演奏は、ミュンシュとドイツのオーケストラによる初のディスクとなる!良好なステレオ録音で現存していたことが有難い。ケルン放送響は現在に至るまで、ドイツで屈指の優秀な放送オーケストラだ。プログラムはミュンシュお馴染みの曲ばかりだが、「フルーティスト」を意識的に重用した曲目となっている。そのフルーティストは、ハンス・ユルゲン・メーリング。ケルン放送響の首席フルートを長く務
めた名手である。ジャケットには辻修氏による来日時の写真を使用!(ライナー・ノートより)

SSS-0193(4CD)
カイルベルト・ステレオ・ライヴ1966-67
(1)ベートーヴェン:交響曲第6 番「田園」
(2)ベートーヴェン:序曲「コリオラン」
(3)ブラームス:交響曲第1番
(4)マーラー:交響曲第4 番
(5)ドヴォルザーク:交響曲第9 番「新世界より」
(6)モーツァルト:交響曲第33番
ヨゼフ・カイルベルト(指)
ケルンRSO
(4)アグネス・ギーベル(S)

録音:(1)1967年10月27日、(2)(4)1967年12月8日 、(3)1967年3月31日 、(5)(6)1966年4月15日 ケルン放送ビスマルクザール
〜ライナーノート〜より
■ベートーヴェン:交響曲第6 番「田園」、「コリオラン」序曲
「田園」をカイルベルトは、ハンブルク・フィルとスタジオ録音している。中々評判の良い 演奏である。が、今回の演奏は、それよりもずっと録音状態が良い。もちろん、ケルン放 送交響楽団の妙技もハンブルク・フィルを上回る。「嵐」以降の迫力も凄まじい。カイル ベルトは、フルトヴェングラーのような天才的なアッチェルランドを見せる人ではない。
■ブラームス:交響曲第1 番
ベルリン・フィルとのスタジオ録音は残念ながらモノラル録音であった。当盤のケルン放 送響とのライヴは、やはりオーケストラの機能性が非常に高い。第 3 楽章から第 4 楽章 へは、アタッカで奏される。よほど指揮者とオーケストラの意思疎通が良かったに違いな い。奔流のようなフィナーレは、筋骨隆々のフォルムと相俟って、圧倒的である。
■マーラー:交響曲第4 番
カイルベルトにとっての初出レパートリーである。カイルベルトとマーラーは縁が薄いよう だが、決してそうではない。マーラー生誕 100 年を祝う 1960 年のウィーン芸術週間に は、ウィーン交響楽団と第8 番「一千人の交響曲」を演奏している。そのほか、第1 番、 「大地の歌」の放送録音もCD化されている。音色も普段の重厚なカイルベルトと違って 軽妙で明るい。さすがに第3 楽章では、18 分も掛けて情緒纏綿に噎せ返るほどに甘美 に歌っている。非常に音質が良く、「カイルベルトのマーラー」の代表盤となった。
■ドヴォルザーク:交響曲第9 番「新世界」、モーツァルト:交響曲第33 番
カイルベルトは「新世界」交響曲を好んで指揮した。バンベルク響とのスタジオ録音も名 高い演奏である。ドヴォルザークは正にブラームスと肩を並べる、構成的な作曲家であ ることをカイルベルトの演奏は我々に教えてくれる。モーツァルトの交響曲第 33 番は、 現在では全く聴くことのできないスタイルの演奏である。カイルベルトは徹底的にリズム を厳格に刻んで、まるでベートーヴェンのようにモーツァルトを聴かせる。この頑なさ、こ れもカイルベルトの魅力である。
※英語・日本語・ドイツ語によるライナーノート付。舞台写真の大家、故丹野章氏による 来日時の写真を使用。

SSS-0198
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
マーラー:交響詩「葬礼」
ジョルジュ・プレートル(指)
シュトゥットガルトRSO

録音:1996年10月14日〜28日リーダーハレ、1998年6月28日リーダーハレ*
プレーヤー再生前に一言!ドヴォルザークの「新世界」の後にマーラーがカップリングされていますが、最初にマーラーから聴かれることを強くお勧めします。
ニ作品品とも、各音楽に込めた作曲家の思いをこれ以上に追求し引き出すことは不可能と思われる超絶的な名演なのですが、まずはマーラー
「復活」第1楽章の原型となった「葬礼」は、過去の録音は、珍曲の紹介程度の意味しか成さなかったものが多い中、これは一個の作品として完全に結実していることを実証した初めての例と言っても過言ではありません。暗さにばかり焦点を当てず、明暗をくっきりと描き、作品の潜在力を出し尽くしたこの演奏。特に灼熱のコーダの凄さは、当分これを超える演奏は出現しないでしょう。
そのニュアンスの徹底注入ぶりは、ドヴォルザークも同じ。「新世界」の名演は数々あれど、録音の優秀さも含め、これ以上のものはかつて聞いたことはなく、こんな感動があり得るとは夢にも思いませんででした。
第1楽章冒頭の弦の質感から、清潔なテクスチュアへの志向がはっきり伺えますが、続くホルンは硬質の響きで聴き手を覚醒させ、次の木管はとことんメロウに歌う…というように、各楽想への配慮と共感は、古今を通じて比類なし!主部以降も響きの硬軟の使い分けは尋常ではなく、そのそれぞれが他のニュアンスなど考えられないほどの説得力で迫ります。テンポ・ルバートも誰にも真似出来ない個性的なものですが、少しも押し付けがましくなく、どの部分を取っても瑞々しさが横溢。
第2楽章では逆にテンポを動かさず、心の底からの呼吸の妙味で聴かるという、これまたこの巨匠ならではの奥義。
終楽章の感動に至っては筆舌に尽くせません!まず冒頭の1分間、相当の高速進行にも拘らず暴走に傾かない点にご注目!これほど全ての音が高度に結晶化し、根底から主張している演奏が他にあったでしょうか?この必死さ、夢中さは、現代においてまさに奇蹟と呼ぶしかありません。第1楽章同様、各楽想のニュアンスの炙り出しはここでも徹底敢行。単なるやりたい放題の爆演とは違う心の襞への訴え掛けが、月並みの名演とは桁違いなのをお感じいただけると思います。そして、聴後に訪れるのは、全身の血液を全てリフレッシュしたような爽快感!そんな後に、マーラーで落ち込む必要がどこにあるでしょうか!【湧々堂】
SSS-0199
チャイコフスキー:交響曲第4番、
ビゼー:交響曲第1番
ジョルジュ・プレートル(指)
シュトゥットガルトRSO

録音:1991年6月28日リーダーハレ
是非ビゼーからお聴きになることをお勧めします。あまりにも凄いチャイコフスキーの後に、改めてビゼーを受け入れられる人があるとは思えないからです。
このビゼーは、Hanssle(SWR)から出ていたものと同一録音。この曲の理想を徹底追求した名演です。カラッと晴れやかなサウンドを基調としながら、これほどメルヘンの世界を表出しきった演奏は滅多に出会えません。特に第2楽章の憧れの風情は、これ以上は表現不可能と思われるほど。作品への愛おしさを惜しげもなく全面に出しつつ品位を落とさない絶妙なバランス感覚は、プレートルのバランス感覚の比類なさを象徴しています。終楽章は相当の高速テンポながら力技に走らず、これぞ軽妙洒脱の極み!
チャイコフスキーの交響曲のセッション録音は「第5番」しか遺していませんが、そのあまりの素晴らしさに他の録音がないのを悔やんでいた方には大垂涎!これまた並の名演ではありません。
第1楽章冒頭の金管の動機からして即興性満点で、杓子定規な進行とは無縁なことを表明。そして、木管が奏でる第1主題を支える弦のさざ波はなんというデリカシー!結尾をいちいちディミニュエンドする演奏は他にもありますが、ここに聴くニュアンスは、まさに愛の結晶。9:34以降は、どんなに悲哀に満ちたフレーズでも決して女々しさとは一線を画した甘美な優しさで包み込むプレートルの特質が全開。後ろ髪を弾かれるようなアゴーギクはかなり大胆ですが、恣意性は皆無で、ただただ泣けます。終楽章は超高速!その中で明確にアーティキュレーションを施して作品の隈取を明確化しつつ、歌を徹底注入。しかも迫力満点でありながら、音を荒廃させないセンス!何から何まで芸術性の極地と言う他ありません。6:36からの弦の擦り寄り方など、完全にオペラ・アリアの一節のよう。そしてコーダの突き抜けたと突進力!超高速の中で、大太鼓の一撃も含めてここまで徹底的に鳴らしきった演奏を聴いたことがありません。この作品の表現の幅を最大限に押し広げた画期的な大名演です!もちろん音質も極上。【湧々堂】


SSS-0200
クレンペラー〜スイス放送からの蔵出初出音源
クレンペラー(自作自演):フガート
シェーンベルク:室内交響曲第1番
ベートーヴェン:交響曲第8番
モーツァルト:セレナータ・ノットゥルナ*
オットー・クレンペラー(指)
ベロミュンスター放送O(チューリヒ)

録音:1960年4月24日放送用セッション録音(モノラル)
1951年1月28日放送用セッション録音(モノラル)*
スイス放送からお宝発掘!クレンペラーのスイス録音。クレンペラー自作自演による、フガートは19世紀後半の退廃的ロマンを湛えた佳曲。そして重量級のシェーンベルク:室内交響曲第1番が聞きもの。音色の不健康さや厳しいリズム感は巨匠ならではです。この曲の最高峰の演奏と言っても過言ではない程です。さらにお得意のベートーヴェン:交響曲第8番、モーツァルトのセレナータ・ノットゥルナも楔を打ち込む様な強烈な演奏です。音質も時代としては良好中の良好。なお、オーケストラ名の表記について、オーケストラの歴史を見ますと、1947年にチューリヒにおいてベロミュンスター放送Oとして創設、1970年にバーゼルに移転してバーゼル放送響と改組、1997年にはバーゼル交響楽団と合併し現在に至っております。クレンペラーの録音当時はベロミュンスター放送Oのみならず、チューリヒ・スタジオ管の表記も見受けられますが、今回のリリース表記は、バーゼル響とも相談の上に全てベロミュンスター放送Oに統一しております。

SSS-0204(2CD)
エディット・パイネマン〜協奏曲名演集
(1)ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
(2)プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
(3)シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
(4)メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
エディト・パイネマン(Vn)
(1)ジョージ・セル(指)
 録音:1964年6月11日ビスマルクザール(モノラル)
(2)ギュンター・ヴァント(指)
 録音:1975年10月10日ビスマルクザール(ステレオ)
(3)ヨーゼフ・カイルベルト(指
 録音:1967年10月27日ビスマルクザール(ステレオ)
(4)ヨーゼフ・カイルベルト(指)
 録音:1960年5月6日ビスマルクザール、モノラル
 全て、ケルンRSO
音源提供:WDRケルン放送
美貌の天才ヴァイオリニストとして高名なパイネマンの未発表ライヴ録音が一気にリリース。その高名に比して録音は極めて少なく、DGへのCD1枚分が全てでしょうか。マニアは、ハウシルトとのレーガーのヴァイオリン協奏曲の録音を知ることでしょう(AMATI)。1937年にドイツ・マインツに生れたパイネマンは、4歳で同地のオケのコンサートマスターであった父からヴァイオリンを学びます。さらにハインツ・スタンシュケ、マックス・ロスタルに師事。19歳でドイツ放送局(ARD)主催のコンクールで第1位となり,国際的な活動を開始します。アメリカでは、特に大指揮者ジョージ・セルがパイネマンを高く評価したために、1965年のクリーヴランド管のニューヨーク・カーネギーホール公演にもソリストとして起用されます。以降、共演した指揮者にはミュンシュ、ショルティ、カラヤン、カイルベルト、クリップス、バルビローリ、クーベリック、テンシュテット、マルティノン等が挙げられます。1972年にはミュンヘンフィル初来日公演にソリストとして参加。1970年代以降は教育活動に重きを置いたために、演奏家として録音に恵まれなかったのかも知れません。それ故に協奏曲の名曲、名演を集めた当企画は長年の渇きを癒すリリースと申せましょう。芸風は典雅にして高潔。無駄な効果を狙った演奏とは無縁です。ベートーヴェンの伴奏は、パイネマンが「あらゆるジャンルの音楽に精通する真の天才」と称賛する巨匠セル。上記のカーネギーホール公演に先立つ意欲溢れる超名演。正に崇高、高貴な音楽を両者が展開します。プロコフィエフの第1番は、何とヴァント共演。現代音楽にも鋭く切り込むヴァントならではの見事な伴奏との会話が聞きもの。カイルベルトとも縁が深かったようで、「プフィッツナーの協奏曲を勉強しろ」との指示に従い、パイネマンは、ベルリンフィル・デビューをこの曲で飾りました。当盤では、想像もつかないカイルベルトのシベリウスが聴けます。豪快で堂々とした見事な名演。メンデルスゾーンもドイツのリリシズムの極みといった感のある、感傷が懐かしくも感動的です。

SSS-0209
フィルクスニー/モーツァルト協奏曲集
ピアノ協奏曲第15 番
ピアノ協奏曲第18 番*
ルドルフ・フィルクスニー(P)
ズデニェク・マカール(指)
ジョージ・セル(指)*
ケルンRSO

録音:1973年1月19日放送録音、1966年6月24日放送録音(共にステレオ)
(音源提供:WDR ケルン放送)
今なお忘れがたい名ピアニスト、ルドルフ・フィルクスニーのモーツァルトの協奏曲 が登場!我が国でもモーストリー・モーツァルト音楽祭でも妙技を披露し絶賛されたこ とがあります。これほどの適性を示したモーツァルトながら録音は極めて少なく、2 曲と も音盤初レパートリーです。ドイツ屈指の実力を誇るケルン放送響との共演でステレオ 録音高音質! 第15 番は、フィルクスニーが高く評価したマカールとの共演。奇を衒った箇所が少し もないのに十分に愉悦に富んで、奇数番号の協奏曲らしく楽しく聴けるところがフィルク シュニーらしい美点です。そして聞き物は何といっても希代のモーツァルティアン、ジョ ージ・セルが伴奏する豪華共演の第18 番は、かつてEMI から出ていたチャイコフスキ ーの交響曲第5 番の前半プログラムです。自身が優れたピアニストであったセルは共演 するピアニストに殊に厳しく、アニー・フィッシャーなどには、自ら弾いて見せた上で「こう いう風に弾け」と強要し衝突した程です。フィルクスニーとは非常に相性が良く、商業 録音こそ遺さなかったものの共演を繰り返しております。粒だった美音と清潔そのものの 気品溢れるフィルクスニーの芸風はセルとも相通じるものがあります。
■フィルクスニーご息女、ご子息からのメッセージ!
イゴールと私の兄弟にとって、最近ドイツの放送局WDR のアーカイブで発見された父の歴史的録音がディスク化されることは大きな喜びです。ジョージ・セルもズデニェク・マカールも父が長年個人的に親密な結びつきを持っていた偉大な指揮者です。私たち兄弟はセルに会ったことはありませんが、彼の写真と眼鏡が、父が毎日練習していたピアノの後ろの本棚の上段に恭しく置かれていました。この並外れたアーティストに対して父がどのように思っていたかはその口調から明らかでした。どんなに深く尊敬していたか、そして愛していたか、共演の数々からいかに多くのことを学んだか。ここに収録されている 1966 年の録音は私たちが生まれる前のもので、この演奏を聴くことができたのは私たちにとってまさに思いがけない贈り物といえます。(ヴェロニク・フィルクスニー)
ズデニェク・マカールと父はプロフェッショナルな同僚でしたが、同時にお互い家族ぐるみで友人でした。父やマカールのような道徳的義務を負った人々が政治的な状況からチェコスロヴァキアからの亡命を余儀なくされたとき、この二人の同胞がともに音楽を演奏するどんな機会も極めて特別な意味を持っていたといえます。子供のころ夏の音楽フェスティヴァルでスイス、ルツェルンに滞在したときにはマカール家族をたびたび訪ねました。思い出してみると、私たち家族は家ではほとんどチェコ語のみを話していましたが、両親が他の人々とチェコ語で会話しているのを聞くのは稀なことでした。従ってマカールの湖畔の家を訪ねたことはとても意味深い鮮明な記憶として心に深く残っています。父はズデニェク・マカールを指揮者として、また音楽家としてこの上なく敬愛し、いつも芸術的な協力ができる場を楽しみにしていました。(イゴール・フィルクスニー)
SSS-0210(2CD)
イダ・ヘンデル、ストックホルム・リサイタル
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7 番
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2 番 BWV1004〜「シャコンヌ」
オットー・オルソン:ヴァイオリン・ソナタ第2 番
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ
ブラームス:ハンガリー舞曲第5番
ラヴェル:ハバネラ形式の商品
リムスキー=コルサコフ:熊蜂の飛行
イダ・ヘンデル(Vn)
クレイグ・シェパード(P)

録音:1984 年12 月9 日ベルワルドホール・ライヴ(ステレオ)
(音源提供:スウェーデン放送協会)
名女流ヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルのストックホル ム・リサイタル。良好なステレオ録音。彼女とストックホルムとの縁は深く度々訪問し多 くの名演を残しております(今後協奏曲ライヴがリリース予定です)。 ベートーヴェンのソナタ第7番はスプラフォン盤がモノラルだったので大歓迎のリリー ス。確固たる自信に満ちた余裕の歩みを見せます。涙なくして聞けない「シャコンヌ」 の真摯な魂の叫び。スウェーデンの作曲家オットー・オルソン(1879〜1964)は、オル ガニストでもありました。作風は極めて後期ロマン派の影響の強いものです。ヘンデ ルもかなり陶酔的に演奏しており、地元の作曲家だけに拍手を盛んに浴びておりま す。 序奏とロンド・カプリチオーソも鮮血が迸るような情熱的な演奏。 そして、色っぽい声で自ら曲目紹介するアンコール3 曲、も魅力あふれる演奏です。 「熊蜂の飛行」は音盤初レパートリーですから驚きです伴奏はクレイグ・シェパード (1947〜)で、最近は来日も多く、ソロ・アルバム(ROMEO RECORDS から多数発売 になっています)も評価の高い名手です。

SSS-0212
初出!ヨアンナ・マルツィ /1976年のステレオ・スタジオ録音
バルトーク:ヴァイオリンとピアノのためのラプソディ第1 番
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第 24 番ヘ長調K.376(374d)
シューベルト:ヴァイオリンとピアノの二重奏曲D.574「デュオ・ソナタ」
ヨアンナ・マルツィ(Vn)
イシュトヴァン・ハイジュ(P)

録音:1976 年11 月30 日チューリヒ・放送スタジオ2、スタジオ録音 (音源提供:スイス放送)
もう何の言葉も必要ない!夢のような演奏が完全初出となります。イエネー・フバイ門 下の名女流ヨアンナ・マルツィはハンガリー出身ですが、ジュネーヴ国際音楽コンクール に入賞した 1947 年以降はスイスに居を定めました。そして、世界各地で活躍しました が、1970 年以降の録音は極めて少なく、1972 年のスイス録音のみです。ここに収録され る1976 年のリサイタルは、さらに後年で最も晩年の演奏ということになります。バルトーク とモーツァルトは初出レパートリーという衝撃!スイス放送の録音は極めて優秀で音質は 最高!演奏内容もバルトークにおける愉悦とアイディア。モーツァルトなど慈眼とも呼び たいぬくもり溢れる表現に心が洗われます。シューベルトの「デュオ・ソナタ」は、アントニ エッティとのスタジオ録音が高名ですが、長年コンビを組んだイシュトヴァン・ハイジュと の息があった、それでいて丁々発止の駆け引きも面白い名演です。ヴァイオリンを愛す る、または室内楽を愛する人々には垂涎のリリースであります。 ※英語、日本語、ドイツ語によるライナーノート付

SSS-0213(2CD)
エディト・パイネマン〜WDRリサイタル録音集
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調op.30-2
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第27番ト長調K.379
シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ第3番ト短調D..408*
ブラームス:FAEソナタよりスケルツォハ短調*
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調Op12-2#
シューベルト:幻想曲ハ長調D.934##
エディト・パイネマン(Vn)
ヘルムート・バース(P)
イェルク・デムス(P)*,#
ロバート・アレクサンダー・ボーンク(P)##

録音:1967年10月4日、1966年6月24日*、4月26日#、1957年6月23日##
音源提供:WDRケルン放送(モノラル)
空前のヒットとなった協奏曲ライヴ(SSS0204/05)に続いて、美貌の天才ヴァイオリニストとして高名なパイネマンの未発 表放送用スタジオ録音が一気にリリース。その高名に比して録音は極めて少なく、DGへのCD1枚分が全てでしょうか。マ ニアは、ハウシルトとのレーガーのヴァイオリン協奏曲の録音を知ることでしょう(AMATI)。ここに登場するレパートリーも全 曲初出レパートリーです。 1937年にドイツ・マインツに生れたパイネマンは、4歳で同地のオケのコンサートマスターであった父からヴァイオリンを学び ます。さらにハインツ・スタンシュケ、マックス・ロスタルに師事。19歳でドイツ放送局(ARD)主催のコンクールで第1位とな り,国際的な活動を開始します。アメリカでは、特に大指揮者ジョージ・セルがパイネマンを高く評価したために、1965年の クリーヴランド管のニューヨーク・カーネギーホール公演にもソリストとして起用されます。以降、共演した指揮者にはミュン シュ、ショルティ、カラヤン、カイルベルト、クリップス、バルビローリ、クーベリック、テンシュテット、マルティノン等が挙げられ ます。1972年にはミュンヘンフィル初来日公演にソリストとして参加。 1970年代以降は教育活動に重きを置いたために、演奏家として録音に恵まれなかったのかも知れません。それ故に協奏 曲の名曲、名演を集めた当企画は長年の渇きを癒すリリースと申せましょう。芸風は典雅にして高潔。無駄な効果を狙った 演奏とは無縁です。ベートーヴェンの高貴さには頭が下がるばかり。モーツァルトは深遠な思索に富んだ名演。ブラームス のFAEソナタの感受性の強さ。そしてシューベルトの「幻想曲」、この自由度の高い飛翔に心洗われる思いであります。 伴奏ピアノの神様ともいえるデムスのバッキングが多いことも朗報。全てモノラルですが、ケルン放送の技術の高さは多く の見識あるファンが知るところ。期待を裏切りません。

SSS-0217
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第 1 番
「雨の歌」
ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ
ヨアンナ・マルツィ(Vn)
イシュトヴァン・ハイジュ(P)

録音:1972 年 11 月 25 日チューリ
ヒ・放送スタジオ2、スタジオ録音:
(音源提供:スイス放送)
この1972 年の放送用スタジオ録音は、Coup d’Archet で初出となりベストセラーとな りましたが、廃盤になって久しく中古市場では法外な値段で取引されております。この 度、WEITBLICK では改めてスイス放送からライセンスを受けて、さらにマルツィ女史唯 一の権利継承者である令嬢からの許可を得ての正規発売に漕ぎつけました。音質も 改めてマスタリングがなされて、定評ある名演を聴く環境が初めて整った感がありま す。1972 年というと当然ステレオ録音がなされている筈と必死の探索を行いましたが、 やはり現存するのはモノラル・ヴァージョンのみということです。名コンビであるイシュト ヴァン・ハイジュとの対話のような見事なバッキングもお見事。ヴァイオリンを愛する方、 または室内楽を愛する人々には垂涎のリリースであります。

SSS-0218(1CD)
(1)ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番
(2)ブラームス:ヴァイオリン協奏曲*
シルビア・マルコヴィッチ(Vn)
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:1981年9月17日、ヴェステラス、コンサートホール、ライヴ
1981年9月18日ストックホルム・ベルワルドホール、ライヴ *
すべてライヴ・ステレオ録音
ルーマニア出身の美しすぎるヴァイオリニスト、シルヴィア・マルコヴィッチが巨匠 スヴェトラーノフと共演した協奏曲ライヴ。マルコヴィッチのCDは極めて少ないため に、ヴァイオリン愛好家には垂涎の商品となりましょう。スヴェトラーノフはマルコヴィ ッチの才能を認め、度々共演しました。マルコヴィッチのヴァイオリンは、まるで人の 泣き声のような、感情的な発露を隠そうともしないものです。そのうえ、時として奔放 で野放図なまでの奔放さを見せることもあり、正に気まぐれな美少女といった趣があ ります。スヴェトラーノフの伴奏は威風堂々、一点一画を疎かに竹刀堂々たる横綱 相撲。この大きな構えの中で、マルコヴィッチのヴァイオリンは歌い、踊ります。まる で峩々と聳え立つアルプス山脈に咲く清楚なエーデルワイスを想わせる名演。

SSS-0219
バルビローリ/スイス放送録音集〜モーツァルト
(1))弦楽のための組曲(バルビローリ編、全4楽章)
 第1 楽章:ジングシュピール「バスティアンとバスティエンヌ」前奏曲
 第2楽章:交響曲第6 番K.43 の第2楽章アンダンテ
 第3楽章:ディヴェルティメント第11 番K.251 の第2 楽章メヌエット
 第4楽章:カッサシオンK.99(63a)第2 楽章アレグロ・モルト(移調)
(2)オーボエ協奏曲ハ長調K.314
(3)交響曲第36 番「リンツ」ハ長調K.425
サー・ジョン・バルビローリ(指)
ベロミュンスター放送O
(2)イヴリン・バルビローリ(Ob)

録音:1956 年12 月19 日チューリヒ放送第1 ホール、スタジオ録音・モノラル
バルビローリの未発表録音が登場。意外と録音が少なかったモーツァルト作品ばかりというところも興味津々。聞き物はバ ルビローリがモーツァルト作品を編集して4 楽章の曲としてまとめた「弦楽のための組曲」。第1 楽章はジングシュピール「バ スティアンとバスティエンヌ」から前奏曲、第2 楽章は交響曲第6 番K.43 の第2 楽章アンダンテ、第3 楽章はディヴェルテ ィメント第11 番K.251 の第2 楽章メヌエット、第4 楽章はカッサシオンK.99(63a)第2 楽章アレグロ・モルトを第1 楽章にあ わせて移調したもの、となっております。確かに2 楽章などもアダージョのテンポに変えているところからして、モーツァルト版 「エロイカ」というコンセプトのバルビローリの編曲(「バスティアン」のテーマはベートーヴェン「英雄」のテーマと同じ)といった ところで、元々こういう曲があったんじゃないかと思えるほど自然で楽しい曲になっております。オーボエ協奏曲のソリストは 2008 年に亡くなったバルビローリ夫人(イヴリン・バルビローリ=ロスウェル)。この夫妻はハレ管と 1959 年にスタジオ録音し ていますが、こちらはその三年前。交響曲第36 番「リンツ」はハレ管とのライヴも知られますが、愛奏曲らしく手の内に入った ホットな名演。フィナーレの回想シーンなどゆったりと胸の熱くなるような音楽。全体として遅めのテンポが採用されており、存 分に歌わせて、ベロミュンスター放送管も人数の少なさを感じさせない立派な響きで応えます。モノラルですがスイス放送の 優秀録音。どうやら一発収録らしく、オン・マイクで生々しいライヴ感がうずまく大熱演です。
SSS-0220(3CD)
イダ・ヘンデル、ストックホルム協奏曲ライヴ録音集
(1)ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
(2)シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
(3)ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
(4)ショーソン:詩曲
(5)ブリテン:ヴァイオリン協奏曲
(6)バッハ:ソナタ第2 番ニ短調〜アンダンテ(アンコール)
(7)ラヴェル:ツィガーヌ
ダ・ヘンデル(Vn)
(1)キリル・コンドラシン(指)スウェーデンRSO
(2)(4)(5)(7)ワルター・ヴェラー(指)スウェーデンRSO
(3)レイフ・セーゲルスタム(指)スウェーデンRSO

録音:(1)1977 年10 月16 日ストックホルム・コンサートホール
(2)1984 年12 月7 日ベルワルドホール、(3)1975 年9 月21 日ベルワルドホール
(4)1982 年9 月25 日ベルワルドホール、(5)(6)1982 年9 月24 日ベルワルドホール
(7)1982 年11 月15 日ベルワルドホール
すべてライヴ・ステレオ録音:
またまた快挙です。実力、名声に比して極端に録音の少ない大女流ヴァイオリニスト、イダ・ヘンデル。虚飾を排しながら も奥深い情熱が随所に発揮される稀有の存在です。 その極上の協奏曲ライヴ録音がしかもステレオで一気にリリース。共演指揮者も豪華そのもの。ブラームスは複数の録音が 既出の得意レパートリーですが、ステレオ録音は初の登場。コンドラシンの恰幅の良い見事な伴奏が聴かせます!ベートー ヴェンはクーベリックとのスタジオ録音、アンチェルとのライヴは共にモノラル録音だったので鬼才セーゲルスタム共演盤は 大歓迎です。 ブリテン、シベリウスはベルグルントとの名盤で知られる、これもお気に入りのレパートリーですが、ライヴならではの生命力が 当盤には満ち溢れております。ブリテンの演奏の後に、例のセクシーな声で自ら紹介してバッハをアンコールで聞かせてくれ るのも最高。ラヴェル、ショーソンともに情念というか熱い血の迸りが感じられる濃い演奏。スウェーデンは彼女にとってお馴染 みの土地であり繰返し客演を繰り返しました。スウェーデン放送による優秀なステレオ録音であることは言うまでもありません。



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