湧々堂HOME 新譜速報: 交響曲 管弦楽曲 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ バロック 廉価盤 シリーズもの マニア向け  
殿堂入り:交響曲 管弦楽 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ バロック SALE!! レーベル・カタログ チャイ5



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WEITBLICK
品番 内容 演奏者
SSS-0029(2CD)
マーラー:交響曲第3番 ヘルベルト・ケーゲル(指)
ドレスデンPO
ドレスデン・フィル少年cho、
同女声cho
マドヤロヴァ・ヴィオレッタ(A)、
クリューヴ・ヴィリ(ポスト・ホルン)

録音:1984年3月25日(ステレオ・ライヴ)
ケーゲルのマーラー第一弾。遅いテンポが採用され、特別の意識を持ったモタモタ振りが尋常ではありません。ドレスデン・フィルの透明で美しい美しい響きはシュターツカペレ・ドレスデンに勝るとも劣らないものです。
SSS-0030(2CD)
マーラー:交響曲第1番「巨人」、第2番「復活」* ヘルベルト・ケーゲル(指)
ライプツィヒRSO
ライプツィヒ放送cho
エリザベート・プロイル(S)、
アンネリーゼ・ブルマイスター(A)

録音:1978年5月9日、1975年4月15日* (共にステレオ)
これは、ケーゲルが遺した交響曲のライヴ録音の中でも、録音の良さも含めて絶品中の絶品!人間の持つ情念の全てを放射した恐るべきマーラーで、分析臭など入り込む余地などなく、2曲とも全楽章を通じてヴォルテージに緩みが全くないのも驚異です。
「巨人」は、第2楽章冒頭の異様なテンポの溜めや、中間部での気紛れに移ろうテンポなど、一見大袈裟な表現が、きっちりと作品のフォルムに収まって説得力を発揮するのはまさに職人技!終楽章はいきなり血の大噴射!徹底的に深い呼吸で歌いまくる弦のカンタービレは官能の渦と化しています。段階的にテンポを加速するコーダの築き方は、もう全身鳥肌ものです!
「復活」
も、何がここまで彼を駆り立てるのか、ケーゲルの表現意欲は最初から最後まで衰えを知りません。表面的に後付けしたような表情はどこにもなく、異様な緊迫感に彩られた決死のニュアンスで圧倒し続けます。完全に全体が一丸となったときのオーケストラ演奏の凄みをまざまざと思い知らされます。 【湧々堂】
SSS-0036
ショスタコーヴィチ:交響曲第9番
交響曲第5番*
ヘルベルト・ケーゲル(指)
ライプツィヒRSO

録音:1978 年 5 月ライヴ・ステレオ、1986年10 月ライヴ・ステレオ*
SSS-0063
マーラー:交響曲第1番「巨人」 ヘルベルト・ケーゲル(指)ドレスデンPO

録音:1981年2月25日クルトゥア・パラスト(ステレオ・ライヴ)
ケーゲルならではの退廃ムードで統一された異様なマーラー。既に晩年の「第9番」に繋がる人生の苦悩をこの作品からも見出し、瑞々しい青春賛歌とは無縁の世界を築いたとも言えましょう。第1楽章は冒頭の弦の高音の持続音からして魂が浮遊しているよう。主部に入ると徹底して耽美な世界ば広げ、弦は実にシルキーな美しさですがが、全体の空気には常に暗雲が立ち込め、この雲は終曲まで払拭されません。第1主題がトランペットで現れる前までの静かな戦慄も聴きもの。第2楽章の濃厚なアゴーギクはケーゲルの常套手段ですが、中間部ではそのアゴーギクがここぞとばかり開花。しかしあくまでも表情伏し目がちで、ほのぼのとした雰囲気とは正反対に、むしろクールなエロティシズムさえ感じさせます。第3楽章は、内面が乾ききった忘我の境地。中間部の半音下降音型の脱力ぶりは、生き気力が失せた様子そのもので、コーダで一瞬おどけて見せるのも束の間、痛々しさがよぎります。終楽章も堂々たる風格とは無縁。コーダでは猛烈な速さで突進しますが、もちろん勝利の雄叫びではなく、自暴自棄ともいえるこれまた不気味な明るさ。ちなみに、1978年の同曲ライヴはこちら。 【湧々堂】

SSS-0078
マーラー:交響曲第5番 ジョルジュ・プレートル(指)ウィーンSO

録音:1991年5月19日コンツェルトハウス・ウィーン(デジタル・ライヴ)
見事にメリハリが利き、色彩的で迫力満点!年齢を感じさせず、作品を生き生きと再生させる恐るべき手腕はマーラーでも全く揺るぎなし!この演奏を感動的なものにしている最大の要因は、なんと言っても歌のセンス!殊更にマーラー特有の毒気を強調せずとも、余る表現意欲がふんだんに盛り込まれた濃密なフレージングは、終始聴き手の心を捉えて離しません。第2楽章2:45からのフレージングの求心力の物凄いこと!まさに身を焦がしつくした真の歌がここにあります!虚弱のコントラスト、パンチ力など、この楽章をこれほど熱い共感を込めた演奏した例はめったにありません。第3楽章冒頭ホルンのは思い切り空気を吸い込んでフワッと力を抜く呼吸の妙技に唖然。第1トリオの薫り高い弦の囁きもお聴き逃しなく。第4楽章も単に浮くつ示唆に酔わせるだけでなく、呼吸の振幅を聴き手と体感する意思が強力!例えば5:49あたりからの感情の高ぶりと鎮静の交錯はオペラチックとさ言えるほど迫真で、肌にピタッと吸い付くような威力です。終楽章はノン様な演奏だと冗長さが気になるところですが、この演奏ではもちろんそんな不安は全くなし。テンポは標準的ながら音楽が瑞々しい共感と推進力に溢れているので、ワクワク感が途絶えることがないのです。コーダのたたみかけも圧巻!マーラーの交響曲は「第9」以外聴く気がしないという方も、新鮮な感動が蘇ること必至!英語、日本語、ドイツ語によるライナーノート付。 【湧々堂】

SSS-0079
マーラー:交響曲第6番「悲劇的」 ジョルジュ・プレートル(指)ウィーンSO

録音:1991年10月10日ムジーク・フェラインザール(デジタル・ライヴ)
2008年VPOニューイヤーコンサートを見て、プレートルは「枯れずに円熟」することができた極めて稀な巨匠でることをどなたも痛感されたことでしょう。この「悲劇的」も全く年齢を感じさせない表現意欲全開の超名演奏!第1楽章は速めのテンポで突き進みながら「アルマの主題」では持ち前の色気を放ち、場面ごとの表情が実にリアリティに富んでいます。コーダは加速と共に物凄い突進力を見せ、それでいながら音楽が風格豊かにどっしりと安定しているのは流石です。第2楽章はこれまたいきなり猛進!噛み付くような攻撃で開始する演奏も珍しく、しかもフレージングは有機的。ーニ飛んでいます。終楽章のアレグロに入る前の金管の絶叫の凄まじい伸びやかさも必聴!全体のニュアンスがここまで精妙かつダイナミズムに溢れる演奏は、マーラーのスペシャリストとされる指揮者でもかつて実現した例があるでしょうか?このアレグロに入ってからの全声部の隈取の明確さ、そして迫真の推進力には全く演奏の疲れなど感じさせません。いわゆる小器用な演奏とは次元が違い、ただただ一途な共感を持って最初から最後まで全力投球あるのみで、これが舞台上の盛り上がりだけでなく、確実に聴衆に波及させるパワー尋常ではないのです。ウィーン響の響きとアンサンブルも見事で、特にティンパニの強靭な意志を感じさせるうち込みの深さは忘れられません。ちなみにハンマーの打ち込みは通常の2回ですが、それぞれの直後の音の激高ぶりは、ムジークフェラインの許容量ギリギリと思われる特大スケール!それでも音は決して割れずに美しいハーモニーを形成しているというのは驚異です!是非、可能な限りヴォリュームを上げてこの音楽の洪水に浸ってください。80分を超える長時間収録。 【湧々堂】
SSS-0083-2
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 クルト・ザンデルリング(指)ベルリンSO、ベルリン放送cho、ベルリン国立歌劇場cho、ベルリン・コミッシェ・オパーcho、エヴァ・マリア・ブンドシュー(S)、ウタ・プリエフ(Ms)、ペーター・シュライアー(T)、テオ・アダム(Bs)

録音:1987年10月23日ベルリン・ドイツ民主共和国会館(ステレオ・ライヴ)
巨匠ザンデルリンクの第9ライヴ。ベルリン市制750周年を記念した祝賀演奏会。東ドイツ(DDR=ドイツ民主共和国)では最大の音楽イベントと申せましょう。独唱歌手も東独系の超大物が用意されました。手兵ベルリン交響楽団を存分に駆使し、強靭な造型を堅持しつつ、ザンデルリンクとしては、かなり音量、テンポの変化を与えたドラマティックな演奏です。フィルハーモニア管とのベタッとしたはっきりしない演奏とは正反対の緊張感に満ちた、そして気迫の籠もった怖ろしいまでの威容を誇る超名演です。ザンデルリンク先生がお孫さん達へのクリスマス・プレゼントにしたいと仰ったために緊急リリースとなりました。

SSS-0084(2CD)
スメタナ:連作交響詩「わが祖国」 ロヴロ・フォン・マタチッチ(指)ウィーンRSO(旧オーストリアRSO)

録音:1982年1月14日ウィーン・ムジークフェラインザール(ステレオ・ライヴ)
■WEITBLICKより
このリリースには非常な困難を擁しました。オーケストラが名称もウィーン放送響と変更になった上に、ド・ビリー体制であることを前面に出したい(!)という意向があり過去の録音のリリースに否定的であったことです。しかしこれだけの演奏を埋もれたままにしておくことは偲びなく、マタチッチ財団とともに説得し、最終的に応じてくれました。一言で言って最重量級の演奏であり、標題音楽であることを全面に出した情感豊かな演奏です。
演奏時間=[17’20”][13’30”][10’47”][13’22”][14’26”][14’55”]
■宇野功芳氏のライナーノートより
「期待にたがわぬ傑作である。過去最高の名盤はスメターチェク/チェコ・フィルの80年盤であるが、演奏は同格、録音は断然今回のマタチッチ盤の方が鮮明だ。
第一曲「高い城」(Vysehrad)の冒頭、ハープが弾く“高い城”の動機の雄弁なこと!これだけで聴き手の心はわしづかみにされる。曲が進むにつれ、マタチッチが創り出すひびきの重量感、ものものしさ、スケールの大きさに圧倒される。ヴァイオリンはむせるように歌うが、つねに深い苦味を湛えているのである。
第二曲「モルダウ」。なんとなく不器用な出がいかにもマタチッチらしく、まさに人間が演奏している音楽だ(今は機械が演奏しているようなものが多いので)。なつかしいモルダウ川の主題があくまでゆったりとしたテンポで悠然と流れてゆく。もちろんスケールは相変わらず大きい。朗々たる狩のホルン、そして農民たちの踊りのなんという遅いテンポ!このテンポでは踊れない。あくまでコンサート用の演奏なのだ。月の光からテーマ再現にかけてもスロー・テンポは微動だにしない。急流は力まず、高い城のテーマが登場するともう一段テンポを落とす巨匠の芸。
第四曲「ボヘミアの森と草原より」(Z ceskych luhu a haju)も他の指揮者のCDに比べると深いひびきや堂々たる佇いがまるで違う。それに何という巨大さであろう。マタチッチの人間の大きさ、芸術家としての巨きさが終始ものを言っている。そのためか、終了後に拍手が出てしまう。それとも、ここで休憩を取ったのだろうか。ぼくにはそうは思えない。全六曲は連続演奏すべきだし、拍手のおずおずとした出方が感動を示さずにはいられない聴衆の気持ちのように感じられるのである。」

SSS-0090-2(2CD)
スヴェトラーノフ・ワーグナー・アーベント1988
「ニュルンベルクのマイスタージンガー」〜第1幕/第3幕前奏曲、
「ローエングリン」〜第1幕/第3幕前奏曲、
「タンホイザー」序曲、
「トリスタンとイゾルデ」〜前奏曲と愛の死、
「ジークフリート」〜森の囁き、ジークフリート牧歌、
「ワルキューレ」〜ワルキューレの騎行
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)ミュンヘンPO

録音:1988年12月ガスタイク・フィルハーモニー(デジタル・ライヴ)
旧ソ連の巨匠指揮者エフゲニ・スヴェトラーノフが、チェリビダッケが完全統治をなしたミュンヘン・フィルに客演したワーグナー・アーベント(恐らくこれが唯一の共演と思われます)・ライヴ。ゆっくり、たっぷりとしたテンポが採用され、ソビエト国立響との演奏で聴かれたバリバリ、ガリガリの雄叫びは陰を潜め、しっとりとした落ち着きと極大な包容力を誇る魅力たっぷりの名演集です。1988年というとチェリビダッケが鍛えに鍛えた全盛期のミュンヘン・フィルです。シルキーで透明な弦楽合奏の美音、マッシヴな金管の咆哮、アンサンブルの精緻は滅多に耳にすることのできない逸品と申せましょう。「ミュンヘン・フィルを隅々まで知る男」許光俊氏、「スヴェトラーノフを味わいつくした男」はやしひろし氏による微細に渡る分析と、丁寧な紹介が嬉しいライナーノートも魅力。

◆はやしひろし氏のライナーノートより
では、この演奏、客演機会が少ない場合のご多分にもれず平凡なものか? それも否である。 この演奏、オケが実に活き活きとしてよく鳴っているのだ。 弦が表情タップリに深々と大きめの呼吸の元で奏でられ、木管がリズミカルに跳ね、金管がスパーンと強く奏される。 この開放的な鳴りの良さはとても魅力的である。
スヴェトラーノフが客演すると共通して「オケの音とスケールが普段より大きくなった」とよく言われる。 N響への客演で実際にそう感じられた方も多いだろう。これは、彼が左手を振り上げそう要求していることもあるが、彼を前にすると、楽団員が無意識のうちに、自身を開放させ、呼吸が大きくなり、結果、強く大きな音が出るようになるらしい。 <中略>スヴェトラーノフとチェリビダッケ支配下のミュンヘン・フィル、そしてワーグナー。いずれの組み合わせも、固定観念では発想しがたく、実現した経緯も半分イベント的な意図だったかもしれない。しかし、その結果、高い次元でスタンダードさと開放的な力強さのバランスが取れた名演が生まれた。 最もドイツ的なオケによる力の漲った鳴りっぷりのいいワーグナーの名演、と言ってもいいかもしれない。 それは、逆にこのコンビだったからこそ誕生し得たものであり、いつもとは異なり、自国の音楽をストレスフリーで楽しんでいる楽員の活き活きとした表情が見えるかのようなワーグナーなのである。
SSS-0093
ベルリオーズ:幻想交響曲 ヘルベルト・ブロムシュテット(指)
シュターツカペレ・ドレスデン

録音:1978年5月25日クルトゥア・パラスト・ドレスデン(ステレオ・ライヴ)
ブロムシュテットにとってもシュターツカペレ・ドレスデンにとっても音盤初レパートリー。ブロムシュテットは「第5楽章の鐘がちょっときつ過ぎる様な気がする」と録音状態とホールトーンを指摘しましたが、マスタリングによりこの辺りは改善。ブロムシュテットも「いずれも現在の私の解釈とは全く異なるものの、ドレスデンとの美しい想い出の記録」とリリースを許可しました。嬉しいことに、ブロムシュテット本人のライナーノートつき。
ギトギトに肥大化したベルリオーズとは無縁で、丁寧に音楽を紡ぎ上げるブロムシュテットの特徴と、当時のこの名門オケの目の詰んだ響きがマッチして、独特の味わいを残します。第1楽章の後半でも決して脳天気に騒がず、凝縮力の高い響きを確保。第2楽章では、シュターツカペレ・ドレスデンならではの端麗な響きの魅力を堪能。第3楽章は、オーボエの響きが天上の響のように降り注ぎ雰囲気満点。室内楽的な透明度を保ちながら推進力を獲得した第4楽章も、ブロムシュテット&ドレスデンのコンビネーションの妙が生かされています。終楽章において、これほど毒気を強調しない演奏も珍しいでしょう。テンポの緩急の落差がエキセントリックになることを避けつつ、ただただスコアを丁寧に再現することだけに専心することで、作品の構成が克明に浮き上がります。ヴァイオリンは両翼配置。【湧々堂】
SSS-0117
ブルックナー:交響曲第6番イ長調 ヘルベルト・ケーゲル(指)
ライプツィヒRSO

録音:1972年12月12日ライヴ(ステレオ)
第6番は長らく「地味」の烙印が押されておりました。しかしクレンペラーやヴァントの演奏が広く普及した現在、魅力に満ちた楽曲であることをファンは既に気づいています。ケーゲル盤も最高の名演とカウントされて然るべきものです。かつては、ブルックナーの長調の交響曲らしいハッピーさなどと評された作品ですが、当曲の白眉は第2楽章と申せましょう。緩余楽章に名作が多いブルックナーですが、ここまで怖い音楽はありますまい。しつこい繰り返しに尋常ならざる作者の人格を想像してしまいます、そしてそれは正解です。
※タイミング[16:17][15:59][8:36][14:56]

SSS-0123(2CD)
ガーシュウィン・コンサート1996
パリのアメリカ人
ピアノ協奏曲ヘ調
キューバ序曲
交響的絵画「ポーギーとベス」(ロバート・ラッセル・ベネット編)
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO
ジェフリー・シーゲル(P)

録音:1996年3月6日ベルワルド・ホール,ライヴ録音(デジタル)

※英語、日本語、ドイツ語によるライナーノート付
スヴェトラーノフはガーシュインを愛し、「パリのアメリカ人」、「ポーギーとベス」についてはMELODIYAにも手兵ロシア国立響との録音があります(未CD化)。この「ガーシュイン・コンサート」は、一聴して顔をしかめる方がいるであろうことが想像に難くない、重々しくて、超絶のスローテンポを駆使した正に「オレ流」ガーシュインです。しかし説得力は無類。ガーシュインが作曲の天才であり、如何に遅いテンポで歌ってもその美しさはビクともしません。ソリストのシーゲルは、アメリカ出身。1989年ロン・ティボー・コン第1位。スラットキンとはガーシュインを普通のテンポで録音しています。今回の共演はピアノ協奏曲の演奏を熱望したスヴェトラーノフに、スウェーデン放送響楽団長がシーゲルを推薦し実現した初顔合わせです。スヴェトラーノフはシーゲルを気に入り、ハーグ、ロシアでも共演を重ねました。「今度は、チャイコフスキーの第2協奏曲、ラフマニノフの第1協奏曲を共演しよう」という約束が彼の死で果たせなかったとシーゲルは懐古します。

SSS-0128
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
カール・フリードリヒ(1920-):弦楽合奏のためのロンド・レジエロ
アルヴィド・ヤンソンス(指)
シュターツカペレ・ドレスデン

録音:1971年5月18日ドレスデン・クルトゥア・パラスト(ステレオ、ライヴ)
「悲愴」がアルヴィド初の音盤レパートリーというのも意外です。シュターツカペレ・ドレスデンの「悲愴」も初めて!演奏時間からも想像できるように恰幅よく、存分に歌わせて、さらに嘆く、絶望する。ロマンの香ムンムン漂う、熱情的な名演奏です。木管のとろけるような美しさ、弦楽合奏の粘るような魅惑、そしてゾンダーマンのティンパニが炸裂する非の打ち所のない「悲愴」です。カール・フリードリヒは、ドレスデン・フィルやシュターツカペレ・ドレスデンのヴァイオリン奏者で作曲家。ドレスデン音色マニアならば興味尽きぬ演奏と申せましょう。
※演奏タイミング 「悲愴」:[18:42][7:22][8:18][10:30]、アベル:[12:34]

「悲愴」冒頭の沈痛さが尋常ではありません。これこそ極限の苦しみを身をもって知っている人間でなければ表現し得ないニュアンスです。しかし、作品全体を絶望的で救いようのないないものとするのではなく、芸術的な造形力を常に携えて普遍的な味わい深い作品として再現している点も見逃せません。第3楽章の推進力はムラヴィンスキにも似てアポロ的な威光が差し、怖いほどの迫力。【湧々堂】

SSS-0129
ブラームス:交響曲第3番
 交響曲第2番*
ジョルジュ・プレートル(指)
ベルリン・ドイツSO

録音:2008年10月27日,2011年2月6日*
全て,フィルハーモニー・ベルリンにおけるライヴ・デジタル録音
第3番は、その感情的な旋律の揺さぶり、テンポの変化を想像してしまうが、実に率直なアプローチで驚かされる。爽快で誤解を承知で言えばまことにスポーティなのである。高速道路を性能の良い車で走っているような雰囲気すらある。第2楽章も、巨匠が緘徐楽章の演奏でしばしば聴かせる、矯めに矯めて爆発させるという手段を用いない。不自然な拘泥は一切ないのだ、思い切りの良い演奏と言っても良い。ところが第3楽章が始まると、ここに巨匠の真骨頂が表れてくる。止まりそうなほど……という遅さではないが、情感はたっぷりに奏される。そして美しい旋律を羽毛のように浮遊させる。優秀なホルンの美しい咆哮(それも静かな)は、まるで遠く離れた山奥から聴こえて来るようだ。その夢幻的な表情付けを聴けば、やはりプレートルにしかできない演奏だなと納得し、大いに首肯せざるを得ない。第4楽章は、基本的には第1楽章の演奏を継承したものと言えるだろう。そのケレン味のない味わいには聴いていて襟元を正したくなるが、生真面目一辺倒に終わらないのがこの芸術家だ。フィナーレのコーダのチェロの音色など、モノクロ映画に一瞬色彩が入るかのような衝撃と官能が聴き取れるだろう。
第2番もまた軽やかな足取りの演奏である。第1楽章提示部こそは、結構ゆっくり丁寧に奏でられ説明的な表現とも言えるが、展開部以降はぬかるみを荷車曳くようなもたつきは一切なく、雲の上を歩くようだ。そしてクライマックスに至るまでの焦燥も見事。第3楽章は、第4楽章へバトンを渡す通過点という感がある。白眉は終楽章であろう。プレートルの豪快な芸風が炸裂する。身振りの大きな音楽で、一気呵成にフィナーレの大きな歓喜に突き進む。存分に延ばされたフェルマータも凄い迫力である。(ライナーノートより)
演奏タイミング:
第3番[12:27][7:52][7:15][9:09]、第2番[14:43][9:42][5:04][9:29]

SSS-0133
シューベルト:交響曲第9番「ザ・グレート」
ハイドン:交響曲第39番ト短調*
クルト・ザンデルリンク(指)
スウェーデンRSO

録音:1994年10月14日ベルワルドホール・ライヴ
1992年10月16日ベルワルドホール・ライヴ(共にステレオ・デジタル録音)
巨匠ザンデルリンクに「ザ・グレート」のディスクがなかったことは驚きですが、ついに名人集団スウェーデン放送響との名演が発見されました。録音も上々。スケール極大の大演奏です。どこまでも自然体で、柔らかな響きを保ちます。ホルンを朗朗と吹かすところなど、こうでなくっちゃという感じです。これぞ「ビッグではなく、グレートです」と申せましょう。ハイドンの疾風怒濤期の名作「第39番」(モーツァルトではなく、ハイドンです!)も初出レパートリーです。巨匠はしばしばハイドンをコンサートの前プロに置くことが多かったのですが、この第39番は特に愛奏した素晴らしい作品です。エネルギッシュにオーケストラをドライヴする姿が目に浮かぶようです。

SSS-0136(2CD)
ブラームス:交響曲全集 エフゲーニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:第1番(1984年9月7日)、第2番(1982年1月15日)、第3番(1980年9月6日)、第4番(1985年10月20日)
以上、全てベルワルドホールに於けるステレオ・ライヴ
ソ連邦解体前、晩年ほどグローバルな存在ではなかったスヴェトラーノフが才気溢れる熱演を展開してます。1981年のソビエト国立響とのライヴとは録音年代が近いだけに基本コンセプトは共通していますが、こちらは何と言ってもオケの響きにクセがなく清潔なので、スヴェトラーノフ本来の無垢な音楽性がストーレートに伝わるという点で見逃せません。
「第1番」。第1楽章冒頭の硬質なティンパニ連打と弦のブレンドの絶妙さにまず息を飲みます。中低域寄りのでっぷりとしたブラームスではなく、アゴーギクを最小限に抑えた推進力を重視した演奏で、最晩年に差し掛かる前のアグレッシブな表現意欲を強く感じさせます。展開部の最後8:23以降の内燃の凄さは聴きもの。第2楽章はフレージングのアクセントが独特、と言うよりもこれほど綿密に一音ごとにニュアンスを配分した例は稀でしょう。そこから後ろ髪ひかれるような余情が引き出される様にスヴェトラーノフの比類なき芸術性を痛感するばかりです。終楽章の第1主題開始後のテンポの腰の座った安定感と響きの隈取りの克明さは、あの晩年の威容に繋がるものを感じさせます。そしてコーダの猛烈な放射パワーに鳥肌!
「第2番」は全4曲中、ずば抜けて素晴らしい名演!特にこの第1楽章を聴くと、ソビエト国立響では感じにくかった、スヴェトラーノフの響きと呼吸に対する繊細な感性が手に取るようにわかり、感動もひとしお。第2主題の儚い風情に拍車をかけるようにチェロが呟くような弓使いを見せるなど、その象徴と言えましょう。終楽章は演奏時間8:10とかなり高速の部類に入りますが、いわゆる爆走とは違う求心力の高さが聴く者を虜にします。各パートの主張もかなり強いですが、それを凝固させる意志が尋常では無いのです。これもこの頃の年代のスヴェトラーノフならではでしょう。そしてコーダでの仰天アレンジ!81年盤と同様に、金管の持続音をスコアの指示より1小節長く引き伸ばして、完全無欠の勝利を強烈にアピール!
「第3番」は、全体を通じて爽やかな余韻を残すイン・テンポ進行を基調としているのがやや意外。第2楽章も過剰な粘りを見せず、スウェーデン放送響の透明なテクスチュアを生かした純な詩情が瑞々しく息づきます。終楽章でのアンサンブルの凝縮度、燃焼度の高さは、やはりスヴェトラーノフならでは。
「第4番」も第2番と並ぶ大名演!弦のピチカートに象徴される内声への徹底したこだわりは作曲家としてスヴェトラーノフの見識を伺わせ、一見独特なアゴーギクや一瞬のアクセントも、各フレーズの魅力をことごとく倍増させているのには舌を巻くばかりです。第1楽章5:04で鉄槌を下すような強烈なアクセントが施されますが、この一撃は、「第4番」を単なる古風な音の積み重ねではない人間ドラマとして描ききるという強固な意志が凝縮されているかのようです。第2楽章は「これぞブラームス」と呟きたくなる逸品!特にシューリヒトにも近いフレージングの浸透力は、喩えようもない高潔さ!当時のロシア指揮者の多くがドイツ作品を振ると作品との距離感を感じることが多かったことを考えると、明らかにチャイコフスキーとは異なるブラームス独自の色彩とフレージングの魅力を感知するセンスは驚異といえるのではないでしょうか。コーダ9:43からフルートが一音づつ上行する場面がかくも余情に満ちていたことは稀です第3楽章もドンチャン騒ぎとは無縁の格調の高さ。終楽章はシャコンヌ主題の意図的な炙り出しをあえて避けて淡々と進行させながらも、各パートが真に音楽的なニュアンスを発している点にこれまた頭が下がります。コーダでの緊張の高まりに向けての自然な流れといい、ムラヴィンスキーと双璧と言いたい「第4番」です。【湧々堂】
SSS-0138(2CD)
バッハ:ミサ曲ロ短調BWV.232 ヘルベルト・ケーゲル(指)ライプツィヒRSO、同Cho、
チェレスティーナ・カサピエトラ(S)、
レナーテ・フランク・ライネッケ(S)、
ヴェラ・ソウクポヴァ(A)、
エーバーハルト・ビュヒナー(T)、
ジークフリート・フォーゲル(Bs)

録音:1975年9月16日ライプツィヒ・コングレスハレ・ライヴ・ステレオ
久々のケーゲルの新譜は、「ロ短調ミサ」です。これは演奏内容の素晴らしさから未亡人がぜひに、ということで実現しました。ライプツィヒというとバッハ演奏では伝統を誇りますが、ケーゲルの演奏は「音楽の捧げもの」編曲版くらいしか思い浮かばず、今回の登場は貴重です。合唱指揮者出身のケーゲルだけにこういう曲もお手の物で、やはり一家言あったと思われます。カラヤン、ジュリーニ、チェリビダッケのようなロマンティックな演奏とは一線を画した、極めてストイックで硬質な演奏を聴かせます。全体としてスタイリッシュで、キリリと引締まったテンポは活力に満ち、全曲があっという間に終わります。

SSS-0140(2CD)
マーラー:交響曲第9番ニ長調 カルロ・マリア・ジュリーニ(指)
スウェーデンRSO

録音:1973年2月9日ストックホルム・コンサートホールに於けるステレオ・ライヴ
シカゴ響との録音(DG)は伝説的名演として知られておりますが、活動晩年にはレパートリーから外してしまった曲目でもあります。伝え聞くところによると、ジュリーニは1964年にベルリン・フィルとこの曲を取り上げ(この頃が初演奏と思われます)、1975年にはウィーン交響楽団と演奏。前述のシカゴ響との録音が1976年故に、70年代でほぼ演奏しつくした感があります。スウェーデン・ライヴは73年ですから、ちょうど解釈の頂点を迎えた時期と言って差支えないでしょう。当演奏はネット・ラジオでも知る人ぞ知る超名演として話題にもなっておりました。第1楽章が重く遅いのはいつも通り、フィナーレは意外なスピードと軽やかさを見せます。スウェーデン放送響はこの頃から優秀だったことを証明しています。ジュリーニの伝記作者でフランス国立放送のディレクターも長年務めたジャン・イヴ・ブラ氏のライナーノートも価値あるものです。
演奏タイム:[30:40][16:34][13:49][22:56])

SSS-0146
ケーゲル&ライプツィヒ放送響/管弦楽名曲集1
J・シュトラウス:「こうもり」序曲
 ワルツ「美しく青きドナウ」
ヨゼフ・シュトラウス:ワルツ「うわごと」
J・シュトラウス1世:ラデツキー行進曲*
ウェーバー(ベルリオーズ編):「舞踏への勧誘」*
ウェーバー:「オベロン」序曲 **
スメタナ:交響詩「モルダウ」#
ヘルベルト・ケーゲル(指)
ライプツィヒRSO

録音1969年2月4日ライヴ
1973年9月4日ライヴ*
1975年9月2日ライヴ**
1968年5月14日ライヴ#(全てステレオ)
“愛の嵐が吹き荒れる、怒涛のワルツ「うわごと」!”
毎年恒例のウィーン・フィルのニューイヤーコンサートは、J・シュトラウス一家以外の作品も演奏されるのが通例になりつつあるようで、それはそれでバラエティに富んで楽しいことですが、どの曲も響きの厚みや質感が同じに聞こえるのは気のせいでしょうか?その答えは、このケーゲルの演奏を聴いてはっきりしました。
ケーゲルというとすぐに「屈折した暗さ」を連想しがちですが、「こうもり」序曲は実に軽妙洒脱。とは言ってもケーゲルのこと。作品のフォルムをきっちりと固めた上で、真剣に音楽の楽しさを伝えているのです。ワルツ前の鐘の音がアンティークシンバル(ドビュッシーの「牧神」の終わりで使われる)で鳴らされるのにまずドッキリ。主部のワルツに入ると意外にもウィーン風のリズムを考慮した独特のスウィング感を表出。ロ短調の空間部でも悲しみを煽ることなく、一定の洗練度を保っています。しかし、ほとんどの指揮者がテンポを一旦落とすコーダ前の7:30から意地を通すようなイン・テンポで突っ込み、素のケーゲルを垣間見る思いです。
「美しく青きドナウ」も安易なリピートカットなどしないことでも明らかなように、徹底的にニュアンスを注ぎ込んだ名演奏。冒頭ホルンはまるでワーグナーのような深淵さ!しかもアゴーギクは思い入れたっぷりで、そこには嘘のない音楽愛が横溢!各ワルツの描き分けにも心奪われ、ルーティンな要素など微塵もなし!特に3:44からのワルツのパーッと視界が開けるような場面の切り替えの鮮やかさは、今のウィーン・フィルに傾聴してほしいものです。
この2曲は、ウィーン風のイディオムも生かしつつ、自己主張を全面に立てることよりも作品の魅力を全開させる重視していますが、次の2曲では一変!
「うわごと」はカラヤンなど大指揮者にも人気の作品ですが、なんというド迫力!こんなに肉感的で主張の強い「うわごと」は聴いたことがありません。5:54からのとろけるような甘美さ、6:10からの胸が張り裂けんばかりの恍惚美!もう鳥肌の連続です。「他の指揮者に任さられない」といったような確信に満ちた表現の渦を前にして、もはやウィーン風かどうかを語るなど何の意味がありましょう!
そして「ラデツキー行進曲」は、遂にウィーン風を完全払拭。導入の小太鼓連打の物々しさから、鉄壁のミリタリー調で押し通すのです。
シュトラウス以外では「モルダウ」が聴きもの。有名なテーマはそれだけで美しいですが、この演奏のように小細工をせずに内面から悲哀が滲むような演奏はめったに出会えません。3:51からの舞曲はデリカシーの塊!一音一音がこれほど細やかにニュアンスを変化させ、真に息づいているのです。【湧々堂】

SSS-0151(2CD)
チェリビダッケ/ベートーヴェン・ライヴVol.1
交響曲第3番「英雄」
「レオノーレ」序曲第3番 *
交響曲第4番**
交響曲第2番#
セルジュ・チェリビダッケ(指)
スウェーデンRSO

録音:1970年3月22日ストックホルム・コンサートホール・ステレオ・ライヴ
1968年11月16日スタルフォルスコラン・ステレオ・ライヴ *
1970年9月20日ストックホルム・コンサートホール・ステレオ・ライヴ**
1965年4月11日ストックホルム・コンサートホール・モノラル・ライヴ#
SSS-0183
シューベルト:華麗なるロンドD.895
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第8番
ヨアンナ・マルツィ(Vn)
ジャン・アントニエッティ(P)

録音:1957 年5 月18 日ケルン放送第2 ホール、 スタジオ録音(モノラル)
誰がこの日を予想できたことでしょう。録音が少ない幻の名女流ヨアンナ・マルツィの初出レパートリー、ベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」の登場です。マルツィとベートーヴェンの相性の良さは広く知られるところですが、一般的に聞かれるのは第8 番(DGの超高額中古LPでも有名)と「クロイツェル」だけでしょうか。「スプリング・ソナタ」は弦楽器愛好家が熱望したレパートリーであり、この愉悦に満ちた、そして繊細な抒情には抗しがたい魅力がございます。新春早々の注目盤です。シューベルトの「華麗なるロンド」は18 番、ベートーヴェンの第8 番のソナタもまるで人の声のような痛切な名演。伴奏のアントニエッティとも見事なコンビネーションを見せます。ケルン放送による放送用スタジオ録音で音質も万全。これは必携盤です。

SSS-0197
ブラームス:交響曲第1番
ハンガリー舞曲集(第1、第3番、第4番、第5番)*
ジョルジュ・プレートル(指)
シュトゥットガルトRSO

録音:2000年12月8日リーダーハレ、1997年10月29日〜31日リーダーハレ*
常識に囚われない独自の感性と構成力を湛えたプレートルの芸術をここでもたっぷり堪能できます。その耳慣れないニュアンスやテンポ設定等の表面的現象だけを捉えて、「仕掛け満載の面白い演奏」と形容したら、プレートルは浮かばれません!「仕掛け」でも「演出」でもなく、そうせずにはいられない心の底からの表現が漏れなく音に変換されていること、音そのものの純粋さは、交響曲の第1楽章冒頭を聴けば明らかです。大上段に構えず、しなやかなフレージングを基調としながら大河のようにうねる音楽は、どこを取っても強い確信に満ち、その説得力を目の当たりにすると、他の指揮者はなぜここまで踏み込まないのかと疑問が湧き起こるほどです。序奏第1音から2:07の頂点に至るまでに、溜め込んだエネルギーを着実に増幅させる構築力も他に類を見ませんが、そこにも衒いなどなく、感情表現と一体化しているからこそ強烈な訴求力を生んでいるのではないでしょうか。
第2楽章のテクスチュアの透明感、名優の台詞回しのような生き生きとした語りも、プレートルならでは。オーケストラの音を感覚的な面白さではなく、「実体の伴ったドラマ」として再現する並外れたセンスは、終楽章は大きく開花。第1主題を前段と後段で対話させるのは、それこそユニークなアイデアですが、「こんなことも出来るんですよ」と心の中でニンマリしているような嫌らしさが無いのです。「何も歌わず語らない音楽なんて無意味!」と言わんばかりの信念の塊に聴こえませんか?しかも、その主題の現れるたびにその対話を判で押したように繰り返すのではなく、各シーンごとに温度差を与えるという入念さ!これこそ、プレートルが「生きた音楽」を追求していた証ではないでしょうか?コーダの盛り上がりも、「ゴツゴツとしたブラームスらしさ」とは無縁。音は常に健康的で伸びやかに聳えます。最後のティンパニのロールにもご注目を。音の最後の末端まで強固な意志が漲っているのは、単に奏者のやる気だけではなく、プレートルの徹底したこだわりが乗り移っているように思えてなりません。【湧々堂】
※この第1交響曲の登場で、プレートルのブラームス全集が揃うことになります。第2番、第3番(ベルリン・ドイツ響、SSS-0129)、第4番+ピアノ四重奏曲(管弦楽版)(聖チェチリア管、 TBRCD-0028)。

SSS-0206(2CD)
クレンペラーのベートーヴェン
「レオノーレ」序曲第3番
交響曲第4番変ロ長調Op.60
交響曲第5番「運命」
オットー・クレンペラー(指)ケルンRSO

録音:1966年3月17日ライヴ(ステレオ)
これは驚きのリリースです。戦後ドイツにおける活動を再開したクレンペラーが最も密接に関わったのがケルン放送響です。その演奏の一端は既に様々なレーベルからCD化されており、ベートーヴェンもその例に漏れません。何故か今まで陽の目を見なかった1966年のベートーヴェンが完全初出で登場!嬉しいことに極上ステレオ録音です。クレンペラー特有のヴァイオリン両翼配置の妙味が味わえます。「レオノーレ」序曲第3番は、最も後年の演奏と言え、同年5月のベルリンフィルとのライヴがモノラルだっただけに大歓迎のリリースです。脳天に鉄槌を下すかのような強烈な強音で開始され、荘厳な響きと緊張感がそのまま持続。クレンペラーの格調高い芸風に圧倒されます。第4番もお得意のレパートリーです。クレンペラーのライヴの第4番と言うとバイエルン放送響との1969年の演奏が高名ですが、こちらはそれよりも快活なテンポが採用されております。ヘビーな中にも愉悦を感じさせる快演。第5番「運命」も巨匠が愛奏した名曲中の名曲。良く聴くと弦楽アンサンブルにはかなりの厳格さを強いておきながら、木管を意識的に強調し、浮遊させるクレンペラーの明確な意図が伝わります。第3楽章の如何にもドイツのオケらしいホルンの深刻な音色が心に響きます。必携の名演の登場です。

SSS-0209
フィルクスニー/モーツァルト協奏曲集
ピアノ協奏曲第15 番
ピアノ協奏曲第18 番*
ルドルフ・フィルクスニー(P)
ズデニェク・マカール(指)
ジョージ・セル(指)*
ケルンRSO

録音:1973年1月19日放送録音、1966年6月24日放送録音(共にステレオ)
(音源提供:WDR ケルン放送)
今なお忘れがたい名ピアニスト、ルドルフ・フィルクスニーのモーツァルトの協奏曲 が登場!我が国でもモーストリー・モーツァルト音楽祭でも妙技を披露し絶賛されたこ とがあります。これほどの適性を示したモーツァルトながら録音は極めて少なく、2 曲と も音盤初レパートリーです。ドイツ屈指の実力を誇るケルン放送響との共演でステレオ 録音高音質! 第15 番は、フィルクスニーが高く評価したマカールとの共演。奇を衒った箇所が少し もないのに十分に愉悦に富んで、奇数番号の協奏曲らしく楽しく聴けるところがフィルク シュニーらしい美点です。そして聞き物は何といっても希代のモーツァルティアン、ジョ ージ・セルが伴奏する豪華共演の第18 番は、かつてEMI から出ていたチャイコフスキ ーの交響曲第5 番の前半プログラムです。自身が優れたピアニストであったセルは共演 するピアニストに殊に厳しく、アニー・フィッシャーなどには、自ら弾いて見せた上で「こう いう風に弾け」と強要し衝突した程です。フィルクスニーとは非常に相性が良く、商業 録音こそ遺さなかったものの共演を繰り返しております。粒だった美音と清潔そのものの 気品溢れるフィルクスニーの芸風はセルとも相通じるものがあります。
■フィルクスニーご息女、ご子息からのメッセージ!
イゴールと私の兄弟にとって、最近ドイツの放送局WDR のアーカイブで発見された父の歴史的録音がディスク化されることは大きな喜びです。ジョージ・セルもズデニェク・マカールも父が長年個人的に親密な結びつきを持っていた偉大な指揮者です。私たち兄弟はセルに会ったことはありませんが、彼の写真と眼鏡が、父が毎日練習していたピアノの後ろの本棚の上段に恭しく置かれていました。この並外れたアーティストに対して父がどのように思っていたかはその口調から明らかでした。どんなに深く尊敬していたか、そして愛していたか、共演の数々からいかに多くのことを学んだか。ここに収録されている 1966 年の録音は私たちが生まれる前のもので、この演奏を聴くことができたのは私たちにとってまさに思いがけない贈り物といえます。(ヴェロニク・フィルクスニー)
ズデニェク・マカールと父はプロフェッショナルな同僚でしたが、同時にお互い家族ぐるみで友人でした。父やマカールのような道徳的義務を負った人々が政治的な状況からチェコスロヴァキアからの亡命を余儀なくされたとき、この二人の同胞がともに音楽を演奏するどんな機会も極めて特別な意味を持っていたといえます。子供のころ夏の音楽フェスティヴァルでスイス、ルツェルンに滞在したときにはマカール家族をたびたび訪ねました。思い出してみると、私たち家族は家ではほとんどチェコ語のみを話していましたが、両親が他の人々とチェコ語で会話しているのを聞くのは稀なことでした。従ってマカールの湖畔の家を訪ねたことはとても意味深い鮮明な記憶として心に深く残っています。父はズデニェク・マカールを指揮者として、また音楽家としてこの上なく敬愛し、いつも芸術的な協力ができる場を楽しみにしていました。(イゴール・フィルクスニー)
SSS-0210(2CD)
イダ・ヘンデル、ストックホルム・リサイタル
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7 番
バッハ:無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2 番 BWV1004〜「シャコンヌ」
オットー・オルソン:ヴァイオリン・ソナタ第2 番
サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソ
ブラームス:ハンガリー舞曲第5番
ラヴェル:ハバネラ形式の商品
リムスキー=コルサコフ:熊蜂の飛行
イダ・ヘンデル(Vn)
クレイグ・シェパード(P)

録音:1984 年12 月9 日ベルワルドホール・ライヴ(ステレオ)
(音源提供:スウェーデン放送協会)
名女流ヴァイオリニスト、イダ・ヘンデルのストックホル ム・リサイタル。良好なステレオ録音。彼女とストックホルムとの縁は深く度々訪問し多 くの名演を残しております(今後協奏曲ライヴがリリース予定です)。 ベートーヴェンのソナタ第7番はスプラフォン盤がモノラルだったので大歓迎のリリー ス。確固たる自信に満ちた余裕の歩みを見せます。涙なくして聞けない「シャコンヌ」 の真摯な魂の叫び。スウェーデンの作曲家オットー・オルソン(1879〜1964)は、オル ガニストでもありました。作風は極めて後期ロマン派の影響の強いものです。ヘンデ ルもかなり陶酔的に演奏しており、地元の作曲家だけに拍手を盛んに浴びておりま す。 序奏とロンド・カプリチオーソも鮮血が迸るような情熱的な演奏。 そして、色っぽい声で自ら曲目紹介するアンコール3 曲、も魅力あふれる演奏です。 「熊蜂の飛行」は音盤初レパートリーですから驚きです伴奏はクレイグ・シェパード (1947〜)で、最近は来日も多く、ソロ・アルバム(ROMEO RECORDS から多数発売 になっています)も評価の高い名手です。

SSS-0213(2CD)
エディト・パイネマン〜WDRリサイタル録音集
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調op.30-2
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第27番ト長調K.379
シューベルト:ヴァイオリン・ソナタ第3番ト短調D..408*
ブラームス:FAEソナタよりスケルツォハ短調*
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調Op12-2#
シューベルト:幻想曲ハ長調D.934##
エディト・パイネマン(Vn)
ヘルムート・バース(P)
イェルク・デムス(P)*,#
ロバート・アレクサンダー・ボーンク(P)##

録音:1967年10月4日、1966年6月24日*、4月26日#、1957年6月23日##
音源提供:WDRケルン放送(モノラル)
空前のヒットとなった協奏曲ライヴ(SSS0204/05)に続いて、美貌の天才ヴァイオリニストとして高名なパイネマンの未発 表放送用スタジオ録音が一気にリリース。その高名に比して録音は極めて少なく、DGへのCD1枚分が全てでしょうか。マ ニアは、ハウシルトとのレーガーのヴァイオリン協奏曲の録音を知ることでしょう(AMATI)。ここに登場するレパートリーも全 曲初出レパートリーです。 1937年にドイツ・マインツに生れたパイネマンは、4歳で同地のオケのコンサートマスターであった父からヴァイオリンを学び ます。さらにハインツ・スタンシュケ、マックス・ロスタルに師事。19歳でドイツ放送局(ARD)主催のコンクールで第1位とな り,国際的な活動を開始します。アメリカでは、特に大指揮者ジョージ・セルがパイネマンを高く評価したために、1965年の クリーヴランド管のニューヨーク・カーネギーホール公演にもソリストとして起用されます。以降、共演した指揮者にはミュン シュ、ショルティ、カラヤン、カイルベルト、クリップス、バルビローリ、クーベリック、テンシュテット、マルティノン等が挙げられ ます。1972年にはミュンヘンフィル初来日公演にソリストとして参加。 1970年代以降は教育活動に重きを置いたために、演奏家として録音に恵まれなかったのかも知れません。それ故に協奏 曲の名曲、名演を集めた当企画は長年の渇きを癒すリリースと申せましょう。芸風は典雅にして高潔。無駄な効果を狙った 演奏とは無縁です。ベートーヴェンの高貴さには頭が下がるばかり。モーツァルトは深遠な思索に富んだ名演。ブラームス のFAEソナタの感受性の強さ。そしてシューベルトの「幻想曲」、この自由度の高い飛翔に心洗われる思いであります。 伴奏ピアノの神様ともいえるデムスのバッキングが多いことも朗報。全てモノラルですが、ケルン放送の技術の高さは多く の見識あるファンが知るところ。期待を裏切りません。

SSS-0219
バルビローリ/スイス放送録音集〜モーツァルト
(1))弦楽のための組曲(バルビローリ編、全4楽章)
 第1 楽章:ジングシュピール「バスティアンとバスティエンヌ」前奏曲
 第2楽章:交響曲第6 番K.43 の第2楽章アンダンテ
 第3楽章:ディヴェルティメント第11 番K.251 の第2 楽章メヌエット
 第4楽章:カッサシオンK.99(63a)第2 楽章アレグロ・モルト(移調)
(2)オーボエ協奏曲ハ長調K.314
(3)交響曲第36 番「リンツ」ハ長調K.425
サー・ジョン・バルビローリ(指)
ベロミュンスター放送O
(2)イヴリン・バルビローリ(Ob)

録音:1956 年12 月19 日チューリヒ放送第1 ホール、スタジオ録音・モノラル
バルビローリの未発表録音が登場。意外と録音が少なかったモーツァルト作品ばかりというところも興味津々。聞き物はバ ルビローリがモーツァルト作品を編集して4 楽章の曲としてまとめた「弦楽のための組曲」。第1 楽章はジングシュピール「バ スティアンとバスティエンヌ」から前奏曲、第2 楽章は交響曲第6 番K.43 の第2 楽章アンダンテ、第3 楽章はディヴェルテ ィメント第11 番K.251 の第2 楽章メヌエット、第4 楽章はカッサシオンK.99(63a)第2 楽章アレグロ・モルトを第1 楽章にあ わせて移調したもの、となっております。確かに2 楽章などもアダージョのテンポに変えているところからして、モーツァルト版 「エロイカ」というコンセプトのバルビローリの編曲(「バスティアン」のテーマはベートーヴェン「英雄」のテーマと同じ)といった ところで、元々こういう曲があったんじゃないかと思えるほど自然で楽しい曲になっております。オーボエ協奏曲のソリストは 2008 年に亡くなったバルビローリ夫人(イヴリン・バルビローリ=ロスウェル)。この夫妻はハレ管と 1959 年にスタジオ録音し ていますが、こちらはその三年前。交響曲第36 番「リンツ」はハレ管とのライヴも知られますが、愛奏曲らしく手の内に入った ホットな名演。フィナーレの回想シーンなどゆったりと胸の熱くなるような音楽。全体として遅めのテンポが採用されており、存 分に歌わせて、ベロミュンスター放送管も人数の少なさを感じさせない立派な響きで応えます。モノラルですがスイス放送の 優秀録音。どうやら一発収録らしく、オン・マイクで生々しいライヴ感がうずまく大熱演です。
SSS-0220(3CD)
イダ・ヘンデル、ストックホルム協奏曲ライヴ録音集
(1)ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
(2)シベリウス:ヴァイオリン協奏曲
(3)ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
(4)ショーソン:詩曲
(5)ブリテン:ヴァイオリン協奏曲
(6)バッハ:ソナタ第2 番ニ短調〜アンダンテ(アンコール)
(7)ラヴェル:ツィガーヌ
ダ・ヘンデル(Vn)
(1)キリル・コンドラシン(指)スウェーデンRSO
(2)(4)(5)(7)ワルター・ヴェラー(指)スウェーデンRSO
(3)レイフ・セーゲルスタム(指)スウェーデンRSO

録音:(1)1977 年10 月16 日ストックホルム・コンサートホール
(2)1984 年12 月7 日ベルワルドホール、(3)1975 年9 月21 日ベルワルドホール
(4)1982 年9 月25 日ベルワルドホール、(5)(6)1982 年9 月24 日ベルワルドホール
(7)1982 年11 月15 日ベルワルドホール
すべてライヴ・ステレオ録音:
またまた快挙です。実力、名声に比して極端に録音の少ない大女流ヴァイオリニスト、イダ・ヘンデル。虚飾を排しながら も奥深い情熱が随所に発揮される稀有の存在です。 その極上の協奏曲ライヴ録音がしかもステレオで一気にリリース。共演指揮者も豪華そのもの。ブラームスは複数の録音が 既出の得意レパートリーですが、ステレオ録音は初の登場。コンドラシンの恰幅の良い見事な伴奏が聴かせます!ベートー ヴェンはクーベリックとのスタジオ録音、アンチェルとのライヴは共にモノラル録音だったので鬼才セーゲルスタム共演盤は 大歓迎です。 ブリテン、シベリウスはベルグルントとの名盤で知られる、これもお気に入りのレパートリーですが、ライヴならではの生命力が 当盤には満ち溢れております。ブリテンの演奏の後に、例のセクシーな声で自ら紹介してバッハをアンコールで聞かせてくれ るのも最高。ラヴェル、ショーソンともに情念というか熱い血の迸りが感じられる濃い演奏。スウェーデンは彼女にとってお馴染 みの土地であり繰返し客演を繰り返しました。スウェーデン放送による優秀なステレオ録音であることは言うまでもありません。

SSS-0224
スヴェトラーノフのドビュッシー
牧神の午後への前奏曲
夜想曲*/交響詩「海」
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
スウェーデンRSO

録音:1979 年1 月28 日ストックホルム、コンサートホールライヴ(ステレオ)
1999 年5 月7 日ストックホルム、ベルワルドホール、ライヴ(デジタル)*
スヴェトラーノフにとってドビュッシーは裏レパートリーというか秘蔵の得意曲であり ました。あの顔に似ず、美音に対する追求は並々ならぬものがあり、さらには究極の 癒しとまで呼びたい静謐さとリラックスを音楽に求めた巨匠でもありました。「牧神」に はその美質が良く表れております。「海」は豪快そのもの、のんびり泳いでいたら、最 後は波に追いまくられるようなドラマティックな名演。「夜想曲」は、ソビエト国立響と の演奏が未CD化で入手しにくく、フィルハーモニア管とのコリンズ盤は締まりがない ため、このスウェーデン盤は歓迎されましょう。女声合唱団を加えた豪華版で、たま らない抒情性にあふれかえった名作です。今回からスヴェトラーノフ研究の第一人 者である、はやしひろし氏による整音を依頼。万全の態勢で名演を堪能できることに なりました。

SSS-0225
ピエール・フルニエ〜ライヴ録音集
(1)ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調Op.104
(2)ブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲Op.102
ピエール・フルニエ(Vc)
(2)ヴォルフガング・シュナイダーハン(Vn)
(1)ズデニェク・マーカル(指)ケルンRSO
(2)クリストフ・フォン・ドホナーニ(指)ケルンRSO

録音:(1)1972 年10 月13 日ステレオ、(2)1964 年9 月18 日モノラル
何れもクラウス・フォン・ビスマルク・ザール,ケルンにおけるライヴ
チェロの貴公子、今なお人気の高い巨匠ピエール・フルニエ(1906-1986)の 蔵出しライヴ。決定盤の誉れ高いセル+ベルリン・フィルとのスタジオ録音(1962 年)から10 年が経過。円熟味と風格をさらに増したフルニエが語り尽くします。究 極の名曲、究極の名演。華やかな香りの漂うフルニエの音色。どこまでも上品さ を失わず、同時に熱く燃え上がる理想的なフォルム。若き日の巨匠マーカルが 三歩下がって師の影を踏まずを実践する謙譲の美徳で伴奏していて頭が下がり ます。ブラームスの二重協奏曲は、フルニエの愛奏曲。何とフランチェスカッティ +ワルターとの共演盤よりもこちらの方が後年の演奏となります。ウィーンのヴァ イオリニスト、切ないほどに感じまくるシュナイダーハンとのコンビネーションが聞 き物。血沸き肉躍る名演に仕上がっております。ドホナーニのエッジの鋭い辛口 なバトンは若き日から見事なものです。2019 年現在、90 歳を超えても元気に指 揮台にあがる巨匠もCD化を快諾。


東武レコーディングズ

TBRCD-0001-2(2CD)
朝比奈のグラズノフ&チャイコフスキー
グラズノフ
:交響曲第8番、
チャイコフスキー
:交響曲第6番「悲愴」*、
リャードフ:8つのロシア民謡〜「愁いの歌」*
朝比奈隆(指)新星日本SO

録音:1992年1月18日サントリーホールライヴ、1992年1月26日東京芸術劇場ライヴ*/原盤:東京フィルハーモニー交響楽団、プロデューサー&エンジニア:山崎達朗
内外の名演をご紹介すべく立ち上がった新レーベルの第1弾。生誕100年を迎える巨匠朝比奈隆と新星日本交響楽団の最後の共演となったコンサート・ライヴです。グラズノフは、コンサート自体も非常な名演として絶賛を博しました。かつて新星日響自主制作盤として発売され、市場に出回ったものの、その数は少なく、すぐに廃盤となったこともあり、正に幻の名盤としてファンは血眼になって探しているものです。演奏は朝比奈ならではのスケール雄大なもので、品格ある響きには感動を禁じ得ません。当日のメインプログラムは、十八番の「悲愴」でした。こちらは26日の演奏が採用されております。極限まで遅いテンポで、綿密に描写されるチャイコフスキーの悲劇的なメロディには最初から最後まで身を委ねるしかありません。その凄絶な演奏ゆえに第3楽章が終わると拍手が起きています。つくづくこんな大曲を2曲も熱演する朝比奈の情熱とパワーには驚かされます。90年代後半から没年までの枯れた味わいとは異なる「プレ晩年期」とも言える92年の名演は、壮年期の魅力に満ちております。嬉しいことにアンコールとして愛奏したリャードフの「愁いの歌」が含まれており、ロマンチスト朝比奈の面目躍如の美演です。いずれも新星日響の熱演には特筆すべきものがあり、技術的にも申し分なく艶やかな音色や迫力ある轟音など素晴らしい出来と申せましょう。

TBRCD-0003-2
税込定価
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」 ヘルベルト・ケーゲル(指)東京都SO

録音:1985年6月25日東京文化会館
ライヴ(都響第218回定期演奏会)
※原盤:東京都交響楽団、マスタリング:WEITBLICK
東武レコーディングズ(TobuRecordings)レーベルから超弩級の名演が登場です。弊社取扱いWEITBLICKでは、ケーゲルのマーラーを数々リリースして参りましたが演奏記録があるにもかかわらず、第5番、第7番の放送録音は幾ら探しても見つからずリリースの機会を失っております。しかし、ケーゲルが東京都交響楽団に二回目の客演を果たした1985年の曲目が何と「夜の歌」だったのです!東京都交響楽団様が良好な状態で録音保存して下さったお陰でついにその全貌が明らかになりました。ケーゲルは1981年に当時の手兵ドレスデン・フィルを指揮して「夜の歌」を現地のみならずプラハ、ブタペストでも演奏しております。これが恐らく最初の演奏と思われますが、1985年の当演奏ではすっかり手の内に入った見事な棒さばきを見せます。共演が日本でも屈指のマーラー・オーケストラ、都響という点もプラスです。ライプツィヒ放送響やドレスデン・フィルを上回るストレートな反応や音の立ち上がりの機敏さには舌を巻きます。思えば1937年2月にプリングスハイムが日本初演して以後上演に恵まれなかった「夜の歌」を日本で蘇演させたのは渡邊暁雄氏と都響でした(1974年12月)。演奏の特徴はケーゲルならではの糞真面目偏執的演奏で、冒頭の第2ヴァイオリン以下をトレモロで演奏させないところなど、ギーレン、ベルティーニもやっていますが徹底振りはケーゲルに敵いません。そして、第4楽章冒頭のヴァイオリン・ソロにおけるグリッサンドの強調も如何にも闇の世界を描いた交響曲として相応しいものです。そして大騒ぎのフィナーレも厳格さがさらに強まる感があります。聴衆の熱狂も凄まじい!「一般的でない」、「魅力に乏しい」と非難されることもある「夜の歌」を深く理解する指揮者、オーケストラ、そして聴衆の三位一体の幸福なコンサートがこの当時開かれていたことに感銘と驚きを禁じえません。(東武レコーディングズ)

TBRCD-0012
ブルックナー:交響曲第5番 ペーター・マーク(指)東京都SO

録音:1986年4月10日東京文化会館、デジタル録音(第233回定期演奏会ライヴ)
※解説(日英)、サウンド・マスタリング:WEITBLICK
鬼才マークがブルックナーを取り上げることが頻繁でなかったことは間違いないようです。それなのに、マークは東京都交響楽団と1982年10月19日と1986年4月10日の二回、このブルックナー第5番を演奏しているのです!演奏は一聴して異端のブルックナーでこんな演奏を繰り広げた人はかつていません。第1楽章実に17分46秒、これは話題の最速演奏、ネーメ・ヤルヴィ盤を超えます。重厚長大路線に一切目もくれず、ひたすらスイスイ、楽々と歩みを進めます。この辺り、モーツァルトやシューマンにおける清清しい演奏スタイルをここでも貫いています。ところがマークが恐ろしいのは時としてシューリヒト張りのきついアゴーギグも顔を出すところで気が抜けません。それに、いくつか明らかな楽器追加もあり。都響の妙技を全面的に信頼した上で、こういう面白い演奏を聴かせてくれたのです。80年代もこうした豊かな音楽シーンが日本で展開されていたのですね。これは多くのブルックナーファンのブルックナーの聴き方に対し一石を投ずる問題演奏と言えるかもしれません。東京文化会館の独特のアコースティックを伝える優秀なデジタル録音。
※演奏タイミング[17:46],[13:50],[12:30],[22:10]

この感動を何とお伝えしたらよいでしょう!チェリビダッケに代表されるような作品の構築性を全面に打ち出した大伽藍様式の演奏と対極にある演奏で、第4番の延長線上に位置づけ、自然から宇宙へと連なる大自然交響曲として捉えた画期的な名演と言っても過言ではないでしょう。辺りを払うような威厳よりも極めて純度の高いハーモニーを絶やさず、伸びやかに颯爽と繰り広げられる、この作品に潜んでいた魅力を続々と現出させる魅力に取り付かれた最後まで気が抜けません。しかも、一見自由な解釈を行っているようでいて、最終的にはきちんとブルックナーの音楽に帰結させる手腕!やはりマークの音楽的センスと才能は尋常ではなかったのです!
まず第1楽章はそのテンポの速さにびっくり。従来の作品の構造的な側面を念を押すように抽出する手法に背を向け、メロディーラインとハーモニーの豊かさに心を傾注させていることはこの時点で明らかで、同時に、この作品がロマンなの豊穣な息吹を湛えていることをつくづく痛感させられます。第2主題のピチカートには意志の力とデリカシーが息づき、これこそ本物の共感の証し!展開部に入るとテンポの緩急とフレイージングの濃淡に更に拍車がかかりますが、そこには常に人間的なぬくもりが宿っているので意味深さはひとしお。第2楽章は、弦が刻むリズムは自然の律動そのものとして迫り、恐ろしく成業されたイン・テンポによって説得力が増幅。第2主題の草書風の佇まいと大きく清々しい呼吸も聴きもの。第3楽章は金管が熾烈にぶつかりながらも全く煩さを感じさせじさせず、マーラーのような感情剥き出しの音楽とは明確に一線を画している配慮にもマークのなみなみならぬ配慮を感じ感じずにはいられません。5:11以降の連打音の驚異的な精密さにもご注目を!終楽章は、この演奏会が、チェリビダッケと並んで日本で鳴り響いた「ブル5」の最高峰であることをいよいよ確信させる凄演!7:50以降のとてつもなく深い情感と弦が一貫して弾き通す持続音の至純の美しさは言語を絶します。そしてコーダの大感動!
部分的に見ればユニークな解釈に事欠きませんが、作品に対峙する姿勢には一切ハッタリや誇張はなく、ブルックナーの思いに心しながら豊かに音楽を奏でること集中した結果出来上がった、紛れもなく骨の髄までブルックナーの音楽なのですシューリヒトのブルックナー愛する方なら、この演奏の凄さをきっと痛感していただけることでしょう。それと忘れてならないのは都響の巧さ!終楽章の最後までマークの指示に完全に従い、集中力も全く途切れません。
私はこの「ブル5」をこんなにも愛おしいと感じながら聴き通した経験はかつてありません。 【湧々堂】

TBRCD-0015
朝比奈隆/管弦楽名曲集
チャイコフスキー:弦楽セレナード
リムスキー=コルサコフ:序曲「ロシアの復活祭」*
リャードフ:八つのロシア民謡〜愁いの歌**
ウェーバー:「オイリアンテ」序曲#
J・シュトラウス:春の声##
 トリッチ・トラッチ・ポルカ##
 皇帝円舞曲##
朝比奈隆(指)大阪PO
録音:1981年2月16日第172回定期演奏会
1981年2月16日第172回定期演奏会*
1976年11月26日第136回定期演奏会**
1974年9月11日第118回定期演奏会#
1980年3月14日ABC創立三十周年記念オープニング・コンサート##
(ウェーバーのみモノラル)
演奏会場:フェスティバルホール

音源提供:朝日放送
※日本語、英語による解説付
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
「春の声」とリャードフ作品以外はこれが初の音盤化。
朝比奈の音楽作りの特徴の一つといえる「手作りの風合い」をとことん堪能できる一枚。面白く聴かせるための小細工などお呼びではなく、愚直に音楽を再現しながら各作品の持ち味を自然と湧き上がらせる手法は本当にかけがえのないものでした。
チャイコフスキーは、特に両端楽章でのゴツゴツとした感触が印象的。スマートさとは無縁ながら音楽は決して停滞せず、終楽章第2主題のピチカートの瑞々しさ、落ち着いたテンポによる第2楽章ワルツの木目調の感触が忘れられません。
J・シュトラウス作品でダントツに素晴らしいのが「春の声」。まさに歌舞伎の大見得そのものの導入からびっくり!リズムの腰の強靭さ、アゴーギクの濃厚さなど、甘美なウィーン風の香気とは無縁。最後まで大和魂を貫徹する潔さに鳥肌!是非フル・ヴォリュームで愉しみたいのものです。
そして全収録曲の中で極めつけが「オイリアンテ」!もう同曲最高峰の名演と讃えずにはいられません。一瞬アーベントロートかと思うほどの噴射力!根源的なリズムの凄みと求心力ははまさに朝比奈の絶頂期を象徴するもので、第1主題で突然テンポを落としてじっくり刻印する様や、第2主題直前のティンパニ・ソロを徹底的にテンポを落として見得を切る威厳は、簡単に真似のできない至芸。その第2主題(1:53〜)のフレージングの張りのある響きと呼吸の深さ、決して媚びない愛情の滲ませ方も聴きもの。ラルゴの亡霊のシーンのピアニッシモも音像が克明で、音が痩せるなどあり得ません。再現部からコーダにかけての輝き比類なく、他の表現などあり得ぬという確信に満ち溢れた職人技が大炸裂。このティンパニを伴うトゥッティの熱さに心を動かされない人などいるでしょうか?なお、この曲のみモノラル録音でレンジが低めに収録されていますので、こちらも可能な限りヴォリュームを上げて感動に浸って下さい!【湧々堂】

TBRCD-0019
シューマン:交響曲第4番
ブラームス:交響曲第1番
ペーター・マーク(指)東京都SO

録音:1995年10月17日第416回定期演奏会サントリーホール
1995年10月23日第417 回定期演奏会東京文化会館* (共にデジタル・ライヴ)
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
“マークが最後の来日で見せた真のロマンチストの美学!”
共にマークらしい歌心に溢れ、先にリリースされたシューマンの「1番」からの期待を裏切らない名演奏です。いかにもドイツ風の重厚でどっしりした構えを全面に押し出すのではなく、あくまでも心のこもったフレージングで主体。ドキッとするようなデフォルメはほとんどありませんが、もちろん教科書的な無機質さとは無縁で、聴後は良い音楽を聴き尽くしたという充実感に満たされます。
シューマンは、第1楽章序奏のトゥッティのハーモニーの美しさにドッキリ!呼吸の振幅が豊かで心の震えが完全に音化し切っています。一瞬のルフト・パウゼも実に効果的。シューマンの全4曲の交響曲の中でもこの第4番は過去の演奏でも声部バランスを整えるために様々な工夫が成されてきましたが、ここではその点の恣意的な操作を一切感じさせず、自然に響きを凝縮して瑞々しいロマンティシズムに溢れた作品として再現しているのです。7:05からの響きの充実ぶりは息を飲むほど素晴らしく、心地よい緊張が音楽に一層の深みを与えます。第2楽章も孤独に埋没するのではなく、やや明るめの音色トーンを貫きながらシューマン特有の繊細なニュアンスを表出。0:33からのオーボエと弦のピチカートとのリズムのズレを軽視せず、そこに最大限の余情を漂わせている点にもご注目を。終楽章はやや遅めのテンポながら一切弛緩はなく、全ての声部が根底から炙り出されるのを目の当たりにすると、マークこそがシューマンのスペシャリストだと確信させられます。2:02からのトロンボーンのクレッシェンドの強調は最も個性的な瞬間ですが、これも取って付けたような感覚的演出を感じさせず、心の律動そのもの。そしてコーダにおける爽快感!この大らかでありながら音楽を軽薄化しないセンスこそ、マークの最大の魅力ではないでしょうか。
音楽を過剰に深刻化させず、その音楽が最も美しく響くポイントを直感的に捉える能力は、ブラームスでも最大限に発揮されています。もちろんハ短調という調整が持つ重厚な安定感は確保されていますが、気が滅入るような沈鬱さとは一線を画します。まず第1楽章冒頭の響きのなんという完璧さ!そして精彩力!決して計算ではなく、音楽の美感が最大に生きるバランスを瞬時に捉えるまさに「直感力」の勝利です。白眉は第2楽章!かくも繊細に感情を込め抜いた演奏は久々に耳にしました。終楽章も感動的。全声部の抉りが隅々まで効き、しかも透明度の高い音像とスケール感を兼ね備えているというのは驚驚異的。ここまで音楽が結晶化しているのは、完全に気心の知れた都響の自発的な表現意欲があればこそで、他のオケではここまでの説得力が生まれたかどうか…。予定調和ではなく、真にスリリングな演奏とはどういうものかまざまざと突きつけられるのです。最後の金管コラールでは思い切ってテンポを落としますが、同様のアプローチを見せた過去の演奏と比べてもこの自然な進行は他に類を見ないほど。そしてコーダでは、マークには珍しいほどの灼熱のパワーを炸裂させるながら響きの混濁は一切なし!惜しくもこれらのコンサートがマークの最後の訪日となってしまいましたが、この独自の美学を貫徹したコーダは、日本との別れを告げるものと思うと感慨もひとしおです。【湧々堂】

TBRCD-0023(2CD)
ジョルジェスク/スプラフォン全録音集
ベートーヴェン:交響曲第7 番
R・シュトラウス:交響詩「死と変容」*
リスト:ピアノ協奏曲第1 番*
ラフマニノフ:パガニーニの主題による変奏曲
ジョルジュ・ジョルジェスク(指)チェコPO
ヴァレンティン・ゲオルギュ(P)

録音:1952年スタジオ録音、1953年* スタジオ録音
※音源:スプラフォン
ジョルジェスク氏のご息女、イオアナさんから「亡父の最も音質の良い演奏」として、スプラフォンへのチェコ・フィルとのスタジオ録音の復刻の提案をいただきました。この度キング・インターナショナル様の無私のご協力を得まして、スプラフォンのマスターテープを用いての全世界初復刻が没後 50 周年に登場します。再生、マスタリングは、キング関口台スタジオの至宝須賀孝男氏が担当し万全の布陣を取りました。かつてのDANTE/LYS はLP からの劣悪な復刻であったために、クオリティの差は歴然です。チェコ・フィルにとっては、戦後の混乱を克服しての絶頂期の幕開きの時代で(ターリヒの『我が祖国』もこの時期の録音)、アンサンブルの充実にも見るべきものがあります。ジョルジェスクはチェコ・フィルと馴染みが深く、「プラハの春」にも度々出演、相性の良さも抜群です。演奏は折紙付きの名演で、ベートーヴェンの第7 番のキビキビしたリズム感は心地良いものです。「死と変容」は、シュトラウスとは同時代で親交も深く、フルトヴェングラーよりシュトラウス自身の表現に似たスタイリッシュなものです。ジョルジェスクが高く評価し今なお現役で活躍するルーマニアの名手ヴァレンティン・ゲオルギュー(1928〜)との楷書の味わいのリスト、ラフマニノフも傾聴に値するものです。 (Ki)
TBRCD-0025
ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲(1945年版)
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
ロシア国立SO

録音:1995年5 月19日東京芸術劇場ライヴ・デジタル録音
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
巨匠スヴェトラーノフのショスタコ5番は一体何枚目になるのでしょうか?しかしながら、スヴェトラーノフ本来のオーケストラ配置であるヴァイオリン両翼の古典配置の演奏となると意外や少なく、音質も優れません。ここに登場の東京芸術劇場ライヴは音質も最高で、今では聞けなくなったロシア国立響の独特の音色が見事に収録されております。まだまだ巨匠が元気だったころなので、強引とも思えるオーケストラ・ドライヴの凄み、乱暴なだけでない緻密な歌い方、リズム感の見事さも堪能できる仕上がりです。「火の鳥」も意外や良好な音質に恵まれない楽曲なので必聴です。

TBRCD-0033
ブルックナー:交響曲第9番ニ短調 ヘルベルト・ケーゲル(指)
東京都SO

録音:1985年6月20日東京文化会館/都響第217回定期演奏会ライヴ・デジタル
ケーゲル+都響の二回目の共演で最後となった 1985 年のライヴ。あのマーラー「夜の歌」(TBRCD-0003)の5 日前の大熱演です。ケーゲルのブル9というと、ライプツィヒ放送響とのやはり強烈な演奏が2 種類知られていますが、69 年と75 年のライヴでありました。衝撃的な死にまっしぐらの 1985 年、しかも日本における演奏に興味は尽きません。69 年盤が 61 分、75年盤が55 分、そして当85 年盤は何と53 分台!巨匠がさらに解釈を練り上げたらどうなったのか恐ろしくなります。都響は絶好調で、反応の見事さ音色の透明感は手兵以上。ケーゲルは厳格なリズムを保持し、しかもかなりのスピードで突っ走ります。

TBRCD-0035
<東京芸術劇場アーカイヴ・シリーズ>
ギーレン東京ライヴ1992
ウェーベルン:パッサカリアOp.1
モーツァルト:ピアノ協奏曲第16番ニ長調K.451
マーラー:交響曲第10番〜「アダージョ」
モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
ミヒャエル・ギーレン(指)
バーデン=バーデン南西ドイツRSO
カルメン・ピアッツィーニ(P)

録音:1992 年11 月25 日東京芸術劇場ライヴ・デジタル
2014 年に引退表明し指揮台を降りてしまった巨匠ギーレン。クールで情感、情緒を排してひたすらシビアな演奏を繰り広げた 1990 年代前半までの演奏と活動晩年のロマンティックな憧憬に傾斜したスタイルは、見違える程の変貌ぶりで、まるで別人のようです。当CDの 1992 年、手兵南西ドイツ放送響とのツアーが最後の来日となってしまいました。演奏スタイルはやはり辛口そのものです。ウェーベルン、マーラーのドライさは、尋常じゃありません。お気に入りのピアッツィーニをソリストに迎えてのモーツァルトのピアノ協奏曲も第 16 番を選ぶところがギーレンらしく、「プラハ」交響曲は意外や恰幅の良い演奏ですが、縛りのキツさには目を見張ります。ギーレンの凄さはクールな演奏を熱をもって仕上げるところで、ここが凡百と異なるところでしょう。一説には空席が目立つことに腹を立てて、来日をその後
拒絶したとも噂されておりましたが、そんなことは決してなく、リリースへの快諾を頂戴しました。 80分を超える長時間収録。

TBRCD-0036
<東京芸術劇場アーカイヴ・シリーズ>
シューベルト:交響曲第5番変ロ長調D.485
シューマン:交響曲第4番ニ短調Op.120
シモン・ゴールドベルク(指)
新日本フィルハーモニーSO

録音:1993 年2 月9 日東京芸術劇場ライヴ・デジタル
東京芸術劇場アーカイヴ・シリーズ。相性抜群の新日本フィルとの最後の共演。弦楽器出身の指揮者だけに、隅々まで厳しい眼が光っております。新日本フィルの弦も定評あるものだけに聴き応えがあります。シューベルトの抒情と愉悦には、心洗われるばかりです。フルトヴェングラーを敬愛していたゴールドベルクだけにシューマンは超名演。無論、スタイルはフルトヴェングラーと違い、キリリと引締った精悍な造形を見せますが、熱の孕み方にはやはり強い影響を感じます。この演奏会のあと 4 月に水戸室内管に客演しましたが、それが生涯最後の演奏会となった模様です。

TBRCD-0043(4CD)
デプリースト〜ベートーヴェン傑作集
(1)ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
(2)ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
 「プロメテウスの創造物」序曲
(3)ベートーヴェン:交響曲第7番
(4)ベートーヴェン:交響曲第8番
(5)ベートーヴェン:交響曲第9番
 「コリオラン」序曲
ジェイムズ・デプリースト(指)
東京都SO、
澤畑恵美(S)、竹本節子(Ms)
福井 敬(T)、福島明也(Br)、
二期会cho

録音:(1)2005 年11 月19 日サントリーホール、 (2)2004 年11 月20 日東京芸術劇場、(3)1997 年3 月20 日東京文化会館、 (4)2008 年3 月30 日サントリーホール、(5)2006 年12 月26 日サントリーホール
人格の大きさをそのまま音楽にしたかのような、包容力満点のデプリーストのベートー ヴェン傑作集が特価で登場。(ライナーノートより) デプリーストが亡くなって、早くも今年で3年になる。東京都交響楽団の常任指揮者とし て、数々の名演を披露したが、ベートーヴェンの交響曲がここに初めてCDとなる。 デプリーストは少なからぬレコーディングを遺したが、ベートーヴェンの楽曲は一切録音 しなかったので、このリリースは大歓迎である。 デプリーストはあるインタビューで、自身に最も重要な作曲家は、モーツァルトとマーラー であると発言している。その実、ブルックナー、ショスタコーヴィチの演奏解釈にも非凡な ところを見せて高い評価を得ているし、もちろん当盤のベートーヴェンの解釈も見事なも のである。このコンビでベートーヴェンの交響曲全てを演奏しなかったことが今更ながら 惜しまれる。

TBRCD-0048(2CD)
シモン・ゴールドベルク・ラスト・コンサート
バッハ:管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067
モーツァルト:交響曲第40番ト短調K.550
ヒンデミット:弦楽のための5 つの小品Op.44-4(器楽合奏のための
学校用作品Op.44 より)、
ハイドン:交響曲第82番ハ長調「熊」
 交響曲第82番「熊」〜終楽章(アンコール)
シモン・ゴールドベルク(指)
水戸室内O
工藤重典(Fl)

録音:1994 年4 月11 日、水戸芸術館コンサートホールATM
1993 年の4 月、シモン・ゴールドベルクは1990 年に創設されたばかりの水戸室内 管弦楽団と 2 回のコンサートを持った。そして、この 2 回の演奏会が結果として彼の 最後の演奏会となった。その3 か月後の7 月19 日に急逝することになる。正にゴー ルドベルクの白鳥の歌がこのCD に収録されている。 ここに収録されているヒンデミット作品は1927 年に書かれ、当時ゴールドベルクはベ ルリン・フィルのコンサート・マスター、ヒンデミットはベルリン音楽大学の教授であっ た。この楽曲についてゴールドベルクが特別な発言を残している訳ではないが、ヒン デミットの作曲の経緯をつぶさに知っていたとみる方が自然であろう。録音の少ない 珍しいこの作品がゴールドベルクの指揮で聴けることが嬉しい。 バッハ、モーツァルト、ハイドンはゴールドベルクの愛奏曲。バッハでは名手、工藤重 典共々緊張感は高いのに温かみのある独特の味があり、モーツァルトではテンポを 遅めにし、当時流行していた古楽風演奏とは一線を画したロマンティックな演奏と言 っても過言ではない。ハイドンもまた恰幅がよく、愉悦、余裕というものが全曲を通じ て感じられる。またこの演奏会ではこの交響曲のフィナーレがアンコールとして演奏 されているが、肌触りが全く違うリラックスした表情で奏でられている。演奏の一回性 を重んじたゴールドベルクの魔術がここに明らかである。
TBRCD-0051
シューマン:交響曲第4 番
「マンフレッド」序曲
アントン・ナヌート(指)
スロヴェニアRSO

録音:986 年2 月6 日ライヴ録音
1998 年5 月29 日ライヴ録音*
※日本語・英語解説付。
交響曲第4 番は、ナヌートの出身地である、ヌオヴァ・ゴリツァにおけるライヴ録音。まるでクナッパーツブッシュが甦ったような演奏。物凄い遅いテンポが採用され、長靴でぬかるみを歩くような歩みの重さが実にユニーク。「マンフレッド」序曲も巨匠の至芸と言える立派な演奏。重厚さとともに、ある種の怖さ、恐ろしさを伴った悪魔的演奏です。ワーグナーの森にも直結する陰鬱で、ロマンティックな世界が展開されております。
TBRCD-0065(3CD)
ブルックナー:後期三大交響曲集
交響曲第7番
交響曲第8番*
交響曲第9番#
エドゥアルド・チバス(指)
ベネズエラ交SO

録音:2004年5月27日、2005年11月10日*、2007年6月7日#
ホセ・フェニックス・リバスホールにおけるデジタル・ライヴ録音
ベートーヴェン全集が絶賛発売中の「ベネズエラのフルトヴェングラー」 ことエドウアルド・チバスのブルックナーが登場!第7 番は、ベネズエラ交 響楽団にとっての初演。繊細なストーリー展開が意外ながら、谷間に咲く 白百合のような美しい佇まい。弦楽器のささやきはいじらしいまでの異色 の名演。第 8 番もベネズエラ初演という歴史的な演奏会の記録です。高 揚を隠そうともしない展開。それでいて第3 楽章の目一杯遅いテンポでし みじみした味わいを出すなど、極めて人間臭い土の香りのするブルックナ ーと申せましょう。第9 番は、チバスのブルックナー愛、音楽愛の吐露とで も言うべき私小説的演奏。テンポは中庸より早めであり、シューリヒトを思 わせる軽快な疾走すらも感じ取れます。 いずれの演奏も臨場感あふれるライヴ。ヴァイオリンを両翼に配置した古 典配置で対位法を強調したもの。ベネズエラ交響楽団は創立 70 周年を 超えた名門でフルトヴェングラーも客演したことで知られます。今年はさら にブラームス、シューベルト、ワーグナーが予定されております。


読響アーカイブ

YASCD-1001
ハイドン:交響曲第82番ハ長調「熊」
ブラームス:交響曲第1番 ハ短調Op.68
クルト・ザンデルリンク(指)
読売日本SO

録音:1990年2月7日サントリーホール、第283回名曲シリーズ・ライヴ、アナログ・ステレオ
※サウンド・マスタリング:WEITBLICK
ついにヴェールを脱いだ!読響の歴史に刻まれる名演奏。2011 年に 98 歳で亡くなった名誉指揮者クルト・ザンデルリンク。結果的に巨匠最後の来日となった 1990 年の読響客演。この時巨匠は 3 回のコンサートを持ちましたが、この日が名実ともに最後の演奏会でした。ハイドンは巨匠の愛した名曲ですが、立派な佇まいには脱帽です。十八番のブラ1は、悠揚迫らぬテンポでじっくりと歩みを進める大演奏。コクのある音色、懐かしさを感じる渋い響きを読響から巧みに引出しております。デジタル時代は既に始まっていましたが、オープン・リールによる録音故に温かみのあるサウンドで収録されていることも却って良かったのかもしれません。
YASCD-1002
J.C.バッハ:シンフォニア.ニ長調Op.3-1
ブラームス:交響曲第2番 ニ長調Op.73
クルト・ザンデルリンク(指)
読売日本SO

録音:1980年11月29日日比谷公会堂第173回名曲シリーズ・ライヴ、アナログ・ステレオ

※サウンド・マスタリング:WEITBLICK
ついにヴェールを脱いだ!読響の歴史に刻まれる名演奏。名誉指揮者ザンデルリンクお得意のブラームス。ブラームスの交響曲は読響と第3 番を除いて全て演奏しております。この第2 番の演奏は、80 年です。高名な二種のスタジオ録音(72 年と90 年)の丁度中間の時期にあたり、その違いが興味深いところです。一口に言って情熱的なブラームスで、感情注入が随所に見られます。フィナーレのコーダは延々と延ばされ、その過激振りはミュンシュすら想起させます。大バッハの末子クリスチャン・バッハのシンフォニアも格調高く、ロマンティックな表現には抗しがたい魅力があります。当時はまだまだクラシック音楽の殿堂であった日比谷公会堂のサウンドも懐かしいところと申せましょう。

YASCD-1013
マーラー:交響曲第1 番「巨人」 ハインツ・レーグナー(指)
読売日本SO

録音:1997年3月7日サントリーホール、ライヴ(読響第368 回名曲シリーズ)
ブルックナーの個性的名解釈で知られるレーグナーですが、同様にマーラー演奏にも非凡な才能を示しました。しかしながらスタジオ録音は僅かに第3 番、第6 番が遺されるばかりでした。読響とは、「大地の歌」、「第 9」、「巨人」の順に名演を聴かせてくれました。ここに「巨人」が初CD化となります。レーグナーは余裕のあるテンポを採用して、読響からコクがあって渋みのある音色を引き出した演奏で、いつもの歌わせ上手の魅力もふんだんに味わえます。フィナーレは壮麗に盛り上がっています。有難いことにサントリーホールにおける優秀なデジタル録音。
YASCD-1014
ドヴォルザーク:交響的変奏曲Op.78*
交響曲第7 番ニ短調Op.70
スラヴ舞曲第10 番Op.72‐2(アンコール)
ハインツ・レーグナー(指)
読売日本SO

録音:1994年2月10日(読響第314回定期演奏会)*
1994年1月27日(読響第330回名曲シリーズ)
いずれもサントリーホール、ライヴ
レーグナーはドヴォルザークの交響曲を一切スタジオ録音で遺しませんでした。しかし 94年の読響客演時にはドヴォルザークを纏めて取上げております。交響曲的変奏曲はなかなか実演では聴けない曲です。ドヴォルザークらしい郷愁に満ちた香り高い演奏。圧巻は第7番の交響曲で、レーグナーはこの曲をドイツの伝統的な交響曲の系譜を継ぐ名曲として解釈。正にブラームス然としたドヴォルザークで、聴いていて心の落ち着く温かみを持っております。リズム感の良さは、スケルツォで如何なく発揮され、怒涛のフィナーレになだれ込みます。交響曲のアンコールがスラヴ舞曲で、こういう時はレーグナーもリラックスしきって、メランコリックに歌いに歌い、美音を伸ばしに伸ばしてロマンティックなところを隠そうともしません。録音優秀。


COLLINS CLASSICS
CLN-0006-2
ベートーヴェン:交響曲第7番、
交響曲第8番
ラファエル・フリューベック・デ・ブルゴス(指)LSO

録音:1989年10月ワトフォード・タウンホール、スタジオ・デジタル録音
※日本語、英語解説付
「第8番」のなんと素晴らしいこと!ブルゴスは、若き日にメンデルスゾーンやシューマンの録音でも素晴らしい演奏を聞かせてくれましたが、それを彷彿とさせます。特に両端楽章が出色の出来栄え。軽妙さを強調した演奏が多い中で、やや遅めのテンポでじっくりとニュアンスを炙り出すアプローチが結実しています。第1楽章の対旋律の抉りが見事で、特にに展開部のヴィオラの音型の克明な強調は、意味深いニュアンスを表出してかなり衝撃的。同楽章後半の凝縮力の高い響きの現出ぶりも忘れられず、最終音の愛着を込めた余韻も素敵。第3楽章は、中間部のホルンのハーモニーの美しさにかけては史上屈指と言っても過言ではありません。【湧々堂】

SMF

SMF-012007
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」 カルロ・マリア・ジュリーニ(指)
オルケストラ・ジョヴァニレ・イタリアーナ

録音:1999年2月13日フィレンツェ・テアトロ・コムナーレ・ライヴ(デジタル)
“ジュリーニの十八番、ベートーヴェン「田園」の最高の名演奏!”
1998年に指揮活動からの引退したジュリーニが、教育目的という名目で1999年にイタリアのユース・オーケストラの指揮台に立った貴重なライヴ。「公開総練習」の模様をそのまま収録したものですが、いくら貴重とはいえ、また安易なライヴ録音が出現したのかと、聴くまではほとんど期待していませんでした。ところが結果は全く正反対。ジュリーニが終生愛情を注ぎ続けたこの名曲をここまで練り上げ、オケに浸透させたことによる完熟の味わいは、過去のジュリーニの同曲録音からはなかなか見い出せません。団員はどのような立場の奏者を起用しているかは不明ですが、ほとんどプロ、もしくはそれに近い活動をしている若者たちと思われ、完全にプロずれしたオケでは逆に瑞々しい想像力が欠如し、ここまでの豊かな音楽には至らなかったのでは、とさえ思えるほど、奏者一人一人の自発的な表現力とセンスが抜群な点も、この名演奏の大きな要因となっています。
第1楽章のテーマは愛そのもの。もちろんテンポは遅く、響きは厚く、昨今の爽快な演奏とはまるで異なります。その表面的な現象だけを捉えて「最晩年ならではの枯れた味わい」などという人もいるかもしれませんが、音楽を大河のようにうねらせつつも、強拍にきちんとアクセントを施し、常に内側からときめいている音楽に、枯れた要素など全くありません!楽章最後の和音の置き方も実に楚々とした佇まいで絶品。続いて第2楽章へは切れ目なく滑り込みますが、これがまた自然。全ての音符に愛撫してから発するような温もりが全体を覆い、ハーモニーの豊かさも特筆もの。若いオケだからとか、イタリア的ななどといった前置きを全く必要としない音楽そのものを感じさせる演奏をこの楽章で実現しているのですからまさに感無量。終盤のカッコウの囁き後、ほんの一瞬間を取りますが、その一瞬の空白のなんという余韻!これを聴いただけでも、この演奏が「ただ大指揮者に棒を振っていただいただけ」の代物ではないことは明らかです。ちなみに第1、第3楽章のリピートは省略しています。第4楽章は、このオケの潜在的な器量の高さと表現意欲をいかんなく示し、外面的な効果とは一線を画すジュリーニのスケール感と一体となった、量感溢れる演奏。そして終楽章はもはや神の声としか思えません!時代考証や自己の感覚を通さずにスコアの指示に忠誠を誓うことが無駄だと思わせる演奏はありません。1:27からの低弦と高弦の意思を持った対話の際立ちはまさに渾身!9:16からの弱音によるテーマの回想は、ジュリーニ自身の人生への感謝の気持ちを投影しているかのような至福の囁き…。終演後に思わずジュリーニの口から「ブラボー」の声が漏れますが、社交辞令ではなく、そう言わずにはいれなかった衝動が痛いほど分かります。音質も、CD-Rも含めたジュリーニの「田園」全録音の中で最高水準。心の渇きを癒す音楽とは、こういう演奏のためにある言葉です。【湧々堂】


ERT-1001-2(5CD)
ベートーヴェン:交響曲全集
交響曲第1番(録音:1961年5月)
 [10:37][7:06][3:21][5:46]
交響曲第7番(録音:1962年1月)
 [11:55][9:13][8:15][6:35]
レオノーレ序曲第3番(録音:1962年1月)
 [12:47]
交響曲第2番(録音:1961年4月20日)
 [11:51][13:05][3:26][6:09]
交響曲第6番「田園」(録音:1961年10月)
 [8:42][14:25][5:15][3:25][9:46]
交響曲第8番(録音:1961年5月)
 [9:16][3:58][5:05][7:54]
交響曲第3番「英雄」(録音:1961年3月)
 [14:44][17:34][6:11][12:27]
交響曲第4番(録音:1962年1月)
 [10:15][11:29][6:05][6:49]
交響曲第5番「運命」(録音:1961年8月
 [8:04][10:34][5:55][8:39]
序曲「コリオラン」(録音:1961年8月)
 [8:23]
交響曲第9番「合唱」(録音:1961年7月)
 [14:57][11:11][15:06][25:47]
「エグモント」序曲(録音:1962年1月11日)
 [8:20]
ジョルジュ・ジョルジェスク(指)
ブカレスト・ジョルジュ・エネスコPO
エミリャ・ペトレスク(S)
マルタ・ケスラー(Ms)、
イオン・ピソ(T)、
マリウス・リンツラー(Bs)、
ジョルジュ・エネスコ・フィルCho
ルーマニア放送Cho

録音:1961-62年ルーマニア文化宮殿ホール(スタジオ・ステレオ録音)
エンジニア:Ben Bernfeld

※日本プレス
マルチケース5枚組
英語、日本語によるライナーノート付
ジョルジュ・ジョルジェスク(1887-1964)は、ルーマニアを代表する大指揮者でジョルジュ・エネスコ・フィルの音楽監督を 1920 年から1944 年までと1954 から1964 年まで務めました。1918年から1920年にはゲヴァントハウス管の副指揮者としてアルトゥ ール・ニキシュに直接師事しました。ニキシュに影響を受けた巨匠であり同年代のボールトとも共通するのがヴァイオリンを両翼 に配置した古典的演奏スタイルです。ルーマニアはソ連の庇護のもとにありましたが、本国ソ連でも全てがステレオ録音に移行 していなかったこの時期に、高水準のステレオ録音でベートーヴェン全集が遺されていたことは驚嘆と喜びを隠せません。この 全集についてはDANTE/LYSのCD がありましたが市販LP からの板起こしで今回初のマスター・テープからのCD 化となります。ジョルジェスクの演奏は、「田園」などクライバー並の超快速で歌心に満ちたもの。リズム感も明快。どこをとってもきびきびし ていて聴かせます。エネスコ・フィルも如何にも鄙びた味わいで、木管の懐かしい響きも心を打ちます。「合唱」はルーマニア語 による歌唱となります。研究好きの方にはメンゲルベルクなどを思わせる楽譜の改訂なども興味深いところと言えましょう。
※エレクト・レコードは膨大なバックカタログを誇りますが中々その復刻が進まなかったため、2012年秋より日本の輸入代理店との共同制作で、重 要アイテムを復刻していきます。ブカレストは高温多湿ですが幸いにもマスター・テープの保管状態は極上、録音データも現 存しました。現役のストゥーダーのデッキで慎重に再生され、マスタリングを施しました。 次回以降には、マンデアルのブルックナー:交響曲全集、カルロ・ゼッキのモーツァルト、シェリングの全ルーマニア・ライヴ、シルヴェストリのショスタコーヴィチ:交響曲第10 番が予定されております。

ERT-1008
ショスタコーヴィチ:交響曲第10番 コンスタンティン・シルヴェストリ(指)
ルーマニア国立RSO

録音:1967年ライヴ、ステレオ
※CD日本プレス。英語、日本語によるライナーノート付。
天下の奇人指揮者、コンスタンティン・シルヴェストリがルーマニアに里帰りした際のライヴです。ショスタコーヴィチは、シルヴェストリの派手な芸風にぴったりな作曲家と言えますが、有名なEMIへの第5番(ウィーン・フィル)、MELODIYAで出ていた第1番(ロシア国立響)、とこの第10番しかディスクが存在しません。絶叫的大音響、過激なテンポアップ、テンポダウンなど、聴きどころ満載の当演奏です。第2楽章の猛スピード、フィナーレの逆上的な高揚も凄い!しかし何よりも忘れてはならないのがシルヴェストリの強力な統率能力です。これだけの無茶に従わせるのですから、オーケストラ・ドライヴの確かさは誰しも認めざるを得ないでしょう。この演奏はオリジナルLP(ST-ECE0903)で発売されましたが、流通枚数の少ない希少盤として知られています。幸いにもホットなライヴな上にステレオ録音というところが有難い限りです。カリスマ指揮者シルヴェストリの代表盤と言っても過言ではありません。
演奏タイム:[24:23][4:00][13:05][12:28])

ERT-1010(3CD)
カルロ・ゼッキ/エレクトレコード全録音集
モーツァルト:交響曲第1番K.16
 交響曲第42番K.75
 交響曲第27番K.199
 ピアノ協奏曲第23番K.488#
 ディヴェルティメント第11番K.251#
 ピアノ協奏曲第17番K.453#
 ピアノ・ソナタ第10番K.330#
ベートーヴェン:チェロ・ソナタ第2番、第3番*
カルロ・ゼッキ(指,P*)、
ルーマニア国立RSO
ファウスト・ザドラ(P)
ラドゥ・アルドゥレスク(Vc)*

録音:1972年スタジオ録音
1970年スタジオ録音#
1961年スタジオ録音*(全てステレオ)
※CD日本プレス。英語、日本語によるライナーノート付。
名指揮者、名ピアニスト、カルロ・ゼッキ(1903〜1984)は、ローマで生れ、ベルリンではブゾーニ、シュナーベルに師事し、エンリコ・マイナルディとのコンビはヨーロッパで絶大な人気を誇りました。指揮者として日本では著名で、群馬交響楽団、日本フィル、読売日本交響楽団を指揮。その魔法のような指揮ぶりは今も語り草です。多才な人物の割に録音は非常に少なく、今回のCD化は歓迎されましょう。特にモーツァルト作品の解釈は神品として知られております。CD化もされている群馬交響楽団、遠山慶子氏との協奏曲は語り草の名演です。当CD収録の交響曲第42番は現行では偽作との見方が一般的でそれ故に録音も希少。ディヴェルティメントの愉悦は、ゼッキの弟子ファウスト・ザドラ(1934〜2001)とのコンビです。ザドラはアルゼンチン出身ですが、活動はイタリア中心でそのヴィルトゥオジティには目を見張るものがあります。日本ではあまり知られていませんが、ぜひ聴いていただきたい名手です。ベートーヴェンのチェロ・ソナタではゼッキはピアノ伴奏に回っています。チェロ独奏のラドゥ・アルドゥレスクは、今はルイジ・ピオヴァーノの師匠と言った方が解りやすいでしょうか。旧東欧を代表する名手でETERNAなどにも多くの録音があります。

ERT-1027
カラヤン&ウィーン・フィル1964 年ブカレスト・ライヴ
モーツァルト:交響曲第40 番ト短調K.550
ブラームス:交響曲第1 番ハ短調Op..68
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)VPO

録音:1964年9月15日、ジョルジュ・エネスコ国際音楽祭、パラス・オードトゥリアム、ブカレスト・ライヴ、モノラル(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
※CD 日本プレス。英語、日本語によるライナーノート付。
カラヤン&ウィーン・フィルがエネスコ音楽祭に参加した際のライヴ。ルーマニア国内では、音楽祭記念盤としてごく少量のLPが発売されましたが、世界的にはほとんど出回らず、正に幻の一枚でした。マスターテープは良好に保管され、ついに発売に至りました。フルトヴェングラー没後10 年。本格的に楽壇の帝王として君臨したカラヤンが、まだまだローカルな音色が残っているウィーン・フィルと遺したライヴ。なるほど、ホルン、オーボエの音色は今と全く違う伝説のサウンドです。コンサートマスターは恐らくボスコフスキーでしょう。ブラ1の第2 楽章はしたたるような美音です。カラヤンも唸り声を随所であげ、足を踏み鳴らし、オーケストラを煽ります。演奏様式はトスカニーニ、セルと直結する厳格で無駄のないもので、立派の一言です。モノラルですが分離はよく、非常に明瞭です。

ERT-1030
ルービンシュタイン/オール・ショパン・リサイタル
即興曲第3 番Op.51
夜想曲第8番Op.27−2
スケルツォ第2 番Op.31
バラード第1 番Op.23
練習曲第5 番Op.25
ワルツ第7 番Op.64-2
ポロネーズ第6番Op.53「英雄」
アルトゥール・ルービンシュタイン(P)

録音:1964 年 9 月 19 日パレス・ホール、ブカレスト(ライヴ)
1964 年のジョルジュ・エネスコ国際音楽祭は、超豪華出演陣が特徴で既出のカラヤンに続き大ピアニストルービンシュタインの名演が登場です。しかもお得意のショパン・プログラム。巨匠は既に 77 歳でしたが気力、体力とも絶頂の頃で華やかな音色、芝居がかった大胆な表現力を駆使し圧倒的な感銘を与えます。リサイタルの締め括りに相応しい「英雄ポロネーズ」の堂々たる威容は正にルービンシュタインならではと申せましょう。このリサイタルの後10 月には久々にソビエトを訪問しております。EFE16 として、ルーマニア国内のみでリリースされた超レア盤で、ブカレストの猛暑、激寒を耐えて良好な状態で保存されていたマスター・テープから再生復刻しております。良好な音質!ジャケ写には 1966 年の来日時の格好良い写真が見つかり、録音と近い時期の写真ということで用いております。



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