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WS-001B
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マーラー:交響曲第1番「巨人」 |
ファビオ・ルイージ(指)ウィーンSO
録音:2012年5月30,31日 |
ウィーンの歴史あるオーケストラの一つ、ウィーンSOは、1900年、フェルディナント・レーヴェによりウィーン演奏協会Oとして設立され、1903年2月11日、ムジークフェラインザールにおいて、レーヴェ指揮によりブルックナーの交響曲第9番の初演を行いました。1913年、本拠地をウィーン・コンツェルトハウスとし、1919年、ウィーン・トーンキュンストラーOと合併、1933年、現在の名称となり現在に至っています。第2次世界対戦の戦禍を潜り抜ける際、一度は消滅の危機にありながらも、戦後復活し、日本を含めた世界ツアーを行うなど活発な活動をしていて、ファンも多いオーケストラです。歴代の指揮者たちの顔ぶれも見事であり、スワロフスキー、サヴァリッシュ、クリップス、ジュリーニ、ラインスドルフ、ロジェストヴェンスキーなどの大御所の名前が並ぶ様は、まことに壮麗です。首席指揮者の任にはありませんでしたが、あのカラヤンも「ウィーン演奏協会音楽監督」として、このオーケストラの発展に力を注いでいます。最近は1982年からエッシェンバッハ、プレートル、デ・ブルゴス、フェドセーエフとバトンが繋がれ、2005年からはファビオ・ルイージが首席指揮者の地位にあり、レパートリーの一層の拡大と表現の充実を図っているのはご存知の通りです。今回、オーケストラは新たに新レーベルを設立し、そのリリース第1弾として所縁の深いマーラー(1860-1911)の第1番をお届けいたします。豊かな歴史に裏打ちされた響きに、現代的解釈を施すルイージの棒によるマーラーの青春記。まさに新星レーベルの誕生にぴったりの作品、かつ演奏です。音へのこだわりも感じさせるLP2枚組も同時発売。音楽を愛する全ての人への素晴らしい贈り物です。 |
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WS-002B
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ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68 |
セルジュ・チェリビダッケ(指)
ウィーンSO
録音:1952年10月30日ウィーン,コンチェルトハウス |
以前、いくつかのレーベルから非正規盤(?)として発売されていた幻の録音。今回、このマスターテープを保有しているウィーンSOが自らリマスタリングを試み、自信に満ちた音を得て発売に至ったものです。チェリビダッケ本人の言葉を信じるならば「レコード(CD)は音楽の破壊である、なぜならば音楽というものはホールの音響空間で再現するもので、マイクで収録するのは限界があるからだ」ということになりますが、実際にはSPの時代から歴史的モノラル、そして現代のハイエンドの時代においても、マイクとスピーカーで自然な響きを再現することはある程度可能でした。(ただし70年代に行われた試み、モノラル録音を電子的にステレオに再加工した・・・いわゆる疑似ステレオ・・・については、あまり成功したとは言えない)しかしながら、現在の技術においては、当時録音したモノラルの磁気テープのデータをデジタルリマスターすることで、より良い音を再現できるようになっています。この1952年のモノラル録音の修復も、マスターテープの経年老化などにより、困難な作業を伴いましたが、非線形歪みを極力排除し、新しいフィタリング技術で美しい響きと豊かな空間性を再現することに成功しています。 |
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WS-003D(2CD)
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マーラー:交響曲第6番「悲劇的」 |
ファビオ・ルイージ(指) ウィーンSO
録音:2011年 ウィーン,ムジークフェライン |
ウィーン響とルイージによるマーラー:交響曲集第2弾。熱い共感をたぎらせながらもそれを必要以上誇張せず、現代的なスッキリとしたフォルムでまとめあげた良演。しかし、常識の範囲内に安住しているわけではなく、第1楽章第2主題の直前での大きくリタルダンドは誰よりも大胆。第2楽章にはアンダンテが置かれていますが、この慈愛に満ちたニュアンスは、全体の白眉。ホルンが主題を吹くあたりからは、フレージングの美しさが更に際立ち、至福の空間を表出。第3楽章スケルツォはかなり速めで、憑かれたような推進力。終楽章は大袈裟な身振りは慎重に避けてはいますが、1回目のハンマー(全部で2回)打撃後の渾身の情念噴出などインパクト大。【湧々堂】 |
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WS-004B
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ブルックナー:交響曲第2番ハ短調(1877年版) |
カルロ・マリア・ジュリーニ(指)
ウィーンSO
録音:1974年12月8-10日ウィーン・ムジークフェライン |
1974年12月、ムジークフェラインザールでのこのブルックナー(1824-1896)です。の録音はすでに他のレーベルからも発売されてますが、実はこの録音、最良の音を得るために、EMIの録音チームは数分の音出しの後、すみやかに山台を撤去し、オーケストラ全体を移動させながら、短いリハーサルを含む、都合4回のセッションが組まれたのです。
この演奏自体は、非常に高く評価されているもので、美しいメロディラインをたっぷり歌わせるジュリーニによる極限まで拡大されたカンタービレと、ホールの特性を存分に生かした壮麗な響きが多くの人の心を捉えてきたものですが、この盤は、更に感動的に人々の心に焼付くものとして位置づけられるに違いありません。 |
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WS-005
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J・シュトラウス一家:作品集
J・シュトラウス:喜歌劇「こうもり」序曲
ヨーゼフ・シュトラウス:ポルカ・マズルカ「とんぼ」
J・シュトラウス:ポルカ・ギャロップ「フリオーソ」Op.260
エドゥアルト・シュトラウス:フランス風ポルカ「みつばち」Op.54
ヨーゼフ・シュトラウス:ワルツ「オーストリアの村つばめ」Op.164
J・シュトラウス:フランス風ポルカ「クラップフェンの森で」Op.336
ポルカ・シュネル「狩り」Op.373
ワルツ「南国のばら」Op.388
ポルカ・シュネル「トリッチ・トラッチ」Op.214
ヨーゼフ・シュトラウス:フランス風ポルカ「鍛冶屋のポルカ」Op.269
J・シュトラウス:ワルツ「春の声」Op.410
ポルカ・シュネル「雷鳴と稲妻」Op.324 |
マンフレート・ホーネック(指)ウィーンSO
録音:2014年1月15-17日ザルツブルク祝祭大劇場ライブ収録 |
「ウィンナ・ワルツ」…この言葉を聞いただけで、なんとなく心躍るのはなぜでしょう。ドイツの舞曲「レントラー」を元にした3拍子の舞曲を、ヨーゼフ・ランナーとヨハン・シュトラウス1世が取り上げ演奏し流行したもので、これは19世紀のウィーンで流行し、ちょうどその時期に開催されたウィーン会議を通して、ヨーロッパ中に広まりました。そしてヨハン・シュトラウス2世が更にその様式を完成させ、数多くのワルツやポルカ、行進曲などを作曲、またヨハン・シュトラウス2世の弟である、ヨーゼフやエドゥアルドも挙ってワルツを作曲、ウィンナ・ワルツの「全盛期」を創り上げたのでした。このアルバムは、2014年の1月、ザルツブルクで行われたウィーンSOのニューイヤー・コンサートのライブ収録盤です。指揮はオーストリアの名手マンフレート・ホーネック。もともとウィーン・フィルでヴィオラを演奏していただけあって、この手の作品はお手の物。 |
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WS-006B
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チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」 |
フィリップ・ジョルダン(指):ウィーンSO
録音:2013年12月14.15.19.20日ウィーン楽友協会大ホール |
先代ファビオ・ルイージの後を引き継ぎ、2014年からウィーンSOの首席指揮者を勤めるスイス出身の指揮者フィリップ・ジョルダン。偉大なる指揮者アルミン・ジョルダンを父に持つ彼は、すでに大いなる期待をかけられていますが、このシーズン初めチャイコフスキー(1840-1893)では、天与の能力を存分に発揮し、入念な細部の処理と、正確さ、そして作品の持つ大きな情感のうねりを余すことなく描き出しています。これからのオーケストラの将来を示唆する新しい関係の始まりです。 |
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WS-007B
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マーラー:大地の歌 |
クリスタ・ルートヴィヒ(A)
ヴァルデマール・クメント(T)
カルロス・クライバー(指)ウィーンSO
録音1967年6月7日ウィーンコンツェルトハウス |
伝説的名演、クライバーとウィーンSOによる「大地の歌」。ウィーンの芸術週間で初めてマーラー(1860-1911)の交響曲全曲ツィクルスが行われたときに、バーンスタイン、ベーム、クーベリック…など名だたる指揮者の名前が挙がったのですが「大地の歌」については、当時ウィーン・コンツェルトハウス協会の事務局長を務めているペーター・ヴァイザーが、直接クライバーに会いに行き、演奏を提案したといいます。ご存知の通り、この曲はクライバーのレパートリーとは言えませんが、クライバーはその提案を受け入れ、作品を研究するために、クレンペラーに教えを乞うたのです。その時の様子はクライバーの評伝に記されていますが、とにかくこの歴史的な演奏が実現するためには、様々な思惑と幸運が重なっていたことは間違いありません。結局この作品が、クライバーのスタンダードなレパートリーになることはなかったのですが、若きクライバーの生き生きとした息吹が伝わる独創的な演奏です。ルートヴィヒの名唱、そしてクメントの力強い声。これもこの演奏に生き生きとした力を与えています。この録音、これまでにいくつかの盤として市場に出回っていますが、今回の放送局所蔵のオリジナル・テープによるデジタル・リマスタリングは、これまでのもどかしさ…いわゆる隔靴掻痒の感を払拭するものとなることは間違いないでしょう。 |
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WS-008B
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アンチェル〜ドヴォルザーク&スメタナ
ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」
スメタナ:交響詩「モルダウ」 |
カレル・アンチェル(指)ウィーンSO
録音:1958年2月8-10日オーストリアウィーン,ムジクフェライン(PHILIPS録音とは別の録音。ステレオ録音のように聞こえます。) |
カレル・アンチェル(1908-1973)はチェコの名指揮者です。1925年から4年間、プラハ音楽院でアロイス・ハーバに作曲、ヴァーツラフ・ターリヒに指揮を学んでいます。1933年にプラハSOの音楽監督に就任し本格的な指揮活動を始めますが、ユダヤ系の血を引いていたため強制収容所に送られ、苦難の日々を送ることとなります。奇跡的に生還を果たした後は、楽壇に復帰し、チェコ放送SOを経て、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者となります。1959年には来日公演も果たし、熱狂的な賛辞が送られたことでも知られています。その後も波乱万丈の人生を送り、1973年に波乱の人生に幕を降ろしました。アンチェルとウィーンSOによる「新世界より」は同年の1月録音(PHILIPS)が知られていますが、こちらは2月にオーストリアで録音(ウィーン響が所持するアーカイブ音源)されたもの。チェコの音楽に関しては、並々ならぬ共感と情熱を抱いていたアンチェル。このドヴォルザーク(1841-1904)とスメタナも迫真の名演が展開されています。 |
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WS-009
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シューベルト:交響曲第9番「ザ・グレート」
交響曲第8番ロ短調「未完成」* |
ウィーンSO
フィリップ・ジョルダン(指)
録音:2015年4月11-12日、2014年11月15-16日* オーストリアウィーン、ムジークフェライン |
スイスで生まれチューリヒの学校で学び、各地の歌劇場で経験を積み、ベルリン州立歌劇場ではダニエル・バレンボイムの下でアシスタントを務めるなど、「正統派」の指揮者として実力を見せ付けるフィリップ・ジョルダン。彼は2014年にウィーンSOの首席指揮者に就任してから(ファビオ・ルイージの後任)、このオーケストラの実力を更に向上させています。彼の解釈は常に清冽で素直なもので、オーケストラから紡ぎだされる音もとても滑らかで美しいもの。今作での「グレート」でも決して肩肘を張ることなく、流麗でふくよかな音楽を楽しむことができます。彼の美質が極限まで発揮されているのが「未完成」の第2楽章でしょう。少しだけ早めのテンポをとりながらも、その歌は切ないほどに美しく、しみじみと語りかけてくるようです。 |
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WS-014
NX-B07 |
ベートーヴェン:交響曲 第4番/第5番
交響曲第4番 変ロ長調 Op.60
交響曲第5番 ハ短調 Op.67「運命」 |
フィリップ・ジョルダン(指)
ウィーンSO
録音:2017年3月8.9日 ライヴ |
一般的には「対照的な性格を有する」とされる第4番と第5番の交響曲ですが、ジョルダンは第4番の秘められた暗い性格に着眼し、だからこそ第5番と組み合わせることに意義
があり、作品の理解が深まると語ります。 かつて、シューマンが交響曲第4番を「すらりとしたギリシャの乙女」と賛美したことは有名ですが、ジョルダンは否定することはないものの、この曲が決して「しなやかで、明るく、抒
情的なものではない」ことをユニークな言葉で語っていきます。まず、第1楽章冒頭の短い導入部について「ここにロマン派が始まる」と断言し、たくさんの事例を挙げながら、第4
番の持つ不安や暗さを伝え、続く第5番との関連性について言及します。
第5番では、「この作品は『運命』ではなく『革命』であり、この曲の根底には反逆、反抗、怒りがある」とした上で、冒頭の3つの音符は「本来叩くもの、痛いものでなくてはならな
い」とジョルダンは言います。第5番全体の構成についても熟考を重ね、通常は省略される第3楽章でのトリオの反復についても、反復の削除について歴史的な変遷を考察した
上で、ベートーヴェンのメトロノーム指示も指摘し「反復は全体の構成にとって重要である」と結論付けています。
ピリオド奏法も取り入れつつ、音の一つ一つを練り上げた演奏は、ジョルダンの作品に対する真摯な取り組み方も含め、この詳細な解説を読むことで理解が深まることでしょう。 |
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