湧々堂HOME 新譜速報: 交響曲 管弦楽曲 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ バロック 廉価盤 シリーズもの マニア向け  
殿堂入り:交響曲 管弦楽 協奏曲 器楽曲 室内楽 声楽曲 オペラ バロック SALE!! レーベル・カタログ チャイ5



東武レコーディングズ
(日本)




※「単価=¥0」と表示されるアイテムは廃盤です

※品番結尾に特に表記のないものは、全て1CDです。
品番 内容 演奏者

TBRCD-0001-2(2CD)
朝比奈のグラズノフ&チャイコフスキー
グラズノフ
:交響曲第8番、
チャイコフスキー
:交響曲第6番「悲愴」*、
リャードフ:8つのロシア民謡〜「愁いの歌」*
朝比奈隆(指)新星日本SO

録音:1992年1月18日サントリーホールライヴ、1992年1月26日東京芸術劇場ライヴ*/原盤:東京フィルハーモニー交響楽団、プロデューサー&エンジニア:山崎達朗
内外の名演をご紹介すべく立ち上がった新レーベルの第1弾。生誕100年を迎える巨匠朝比奈隆と新星日本交響楽団の最後の共演となったコンサート・ライヴです。グラズノフは、コンサート自体も非常な名演として絶賛を博しました。かつて新星日響自主制作盤として発売され、市場に出回ったものの、その数は少なく、すぐに廃盤となったこともあり、正に幻の名盤としてファンは血眼になって探しているものです。演奏は朝比奈ならではのスケール雄大なもので、品格ある響きには感動を禁じ得ません。当日のメインプログラムは、十八番の「悲愴」でした。こちらは26日の演奏が採用されております。極限まで遅いテンポで、綿密に描写されるチャイコフスキーの悲劇的なメロディには最初から最後まで身を委ねるしかありません。その凄絶な演奏ゆえに第3楽章が終わると拍手が起きています。つくづくこんな大曲を2曲も熱演する朝比奈の情熱とパワーには驚かされます。90年代後半から没年までの枯れた味わいとは異なる「プレ晩年期」とも言える92年の名演は、壮年期の魅力に満ちております。嬉しいことにアンコールとして愛奏したリャードフの「愁いの歌」が含まれており、ロマンチスト朝比奈の面目躍如の美演です。いずれも新星日響の熱演には特筆すべきものがあり、技術的にも申し分なく艶やかな音色や迫力ある轟音など素晴らしい出来と申せましょう。

TBRCD-0003-2
税込定価
マーラー:交響曲第7番「夜の歌」 ヘルベルト・ケーゲル(指)東京都SO

録音:1985年6月25日東京文化会館
ライヴ(都響第218回定期演奏会)
※原盤:東京都交響楽団、マスタリング:WEITBLICK
東武レコーディングズ(TobuRecordings)レーベルから超弩級の名演が登場です。弊社取扱いWEITBLICKでは、ケーゲルのマーラーを数々リリースして参りましたが演奏記録があるにもかかわらず、第5番、第7番の放送録音は幾ら探しても見つからずリリースの機会を失っております。しかし、ケーゲルが東京都交響楽団に二回目の客演を果たした1985年の曲目が何と「夜の歌」だったのです!東京都交響楽団様が良好な状態で録音保存して下さったお陰でついにその全貌が明らかになりました。ケーゲルは1981年に当時の手兵ドレスデン・フィルを指揮して「夜の歌」を現地のみならずプラハ、ブタペストでも演奏しております。これが恐らく最初の演奏と思われますが、1985年の当演奏ではすっかり手の内に入った見事な棒さばきを見せます。共演が日本でも屈指のマーラー・オーケストラ、都響という点もプラスです。ライプツィヒ放送響やドレスデン・フィルを上回るストレートな反応や音の立ち上がりの機敏さには舌を巻きます。思えば1937年2月にプリングスハイムが日本初演して以後上演に恵まれなかった「夜の歌」を日本で蘇演させたのは渡邊暁雄氏と都響でした(1974年12月)。演奏の特徴はケーゲルならではの糞真面目偏執的演奏で、冒頭の第2ヴァイオリン以下をトレモロで演奏させないところなど、ギーレン、ベルティーニもやっていますが徹底振りはケーゲルに敵いません。そして、第4楽章冒頭のヴァイオリン・ソロにおけるグリッサンドの強調も如何にも闇の世界を描いた交響曲として相応しいものです。そして大騒ぎのフィナーレも厳格さがさらに強まる感があります。聴衆の熱狂も凄まじい!「一般的でない」、「魅力に乏しい」と非難されることもある「夜の歌」を深く理解する指揮者、オーケストラ、そして聴衆の三位一体の幸福なコンサートがこの当時開かれていたことに感銘と驚きを禁じえません。(東武レコーディングズ)

TBRCD-0008-2(4CD)
朝比奈隆/モーツァルト作品集
交響曲第34番、
ピアノ協奏曲第21番
交響曲第35番「ハフナー」*
交響曲第36番「リンツ」**
交響曲第38番「プラハ」#
交響曲第39番##
交響曲第40番+
交響曲第41番「ジュピター」++、
歌劇「フィガロの結婚」序曲++
朝比奈隆(指)倉敷音楽祭祝祭O
江尻南美(P)

録音:1995年3月21日、1994年3月27日*、1993年3月23日**、1992年3月24日#、1991年3月24日##、1990年3月25日+、1989年3月19日++
全て倉敷音楽祭(倉敷市民会館大ホール)に於けるデジタル・ライヴ録音
※解説(日英):ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)、マスタリング:WEITBLICK
何と朝比奈隆によるモーツァルト:後期6大交響曲+αです。第39番、第40番、「フィガロの結婚」序曲以外は全て音盤初レパートリー!最近ではWEITBLICKから発売のハイドンの名演が高く評価された巨匠朝比奈隆。ベートーヴェン以降の音楽のスペシャリストと看做されがちですが、古典音楽においては、ロマン性に傾斜しつつも格調高い名解釈で聞き手を納得させます。晩年の朝比奈はほとんどモーツァルトの交響曲を指揮しませんでしたが、数少ない例外が倉敷音楽祭に於けるこれらの演奏です。朝比奈は、第2回の倉敷音楽祭から第10回まで登場。臨時編成の倉敷音楽祭祝祭Oを指揮してベートーヴェンの交響曲を若い番号から、モーツァルトの交響曲を後ろの番号から順に取上げました。この倉敷音楽祭祝祭Oのメンバーが凄いのです。日本を代表するソリスト、コンサートマスタークラスの名手がずらりと並び、ざっと名前を挙げるだけでも(順不同)、田中千香士、原田幸一郎、藤原浜雄、久保陽子、潮田益子、数住岸子、川井郁子(以上、ヴァイオリン)、菅沼準二、店村眞積(以上、ヴィオラ)、安田謙一郎、毛利伯郎、上村昇、山崎伸子、趙静(以上、チェロ)、金昌国、白尾隆(以上、フルート)、松崎裕、山岸博(以上、ホルン)等々、とても書ききれません。詳しくはCD解説書をご覧下さい。毎回30人を超える程度の編成で、朝比奈の分厚いサウンドはそのままにキビキビとした快活さに満ちた魅力的な演奏が毎回展開されました。さらに名手江尻南美との協奏曲第21番というのも聴き物でロマンチスト朝比奈の面目躍如たる美しさです。倉敷市が記録していた録音が現存していたことは有難かったのですが、各演奏家の連絡先を調べ上げることから作業は始まり、企画から数年を経て、やっとリリースに漕ぎ着けました。今回もリリースを快諾なさった巨匠のご子息千足氏も「倉敷から帰る度に、その様子を家族に話していた」と仰っています。朝比奈にとっても新鮮な体験だったことが偲ばれます。
※協力:アルスくらしき倉敷文化振興財団
TBRCD-0009-2
ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
 交響曲第1番〜第3楽章*
朝比奈隆(指)倉敷音楽祭祝祭O

録音:1990年3月25日、1988年3月21日*、
全て倉敷音楽祭(倉敷市民会館
大ホール)に於けるデジタル・ライヴ

協力:アルスくらしき倉敷文化振興財団、
解説(日英):ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)、サウンド・マスタリング:WEITBLICK
モーツァルトの交響曲が一挙に6曲以上も登場して度肝を抜いた「倉敷音楽祭の朝比奈シリーズ」ついに「英雄」の登場です。ご承知の通り朝比奈の18番中の18番ですが、1989年ベルリン芸術週間への客演で見せたじっくり、ゆったりのテンポはそのままに、ここでは壮年期の動的なアプローチも蘇っており魅力は尽きません。30人を超える人数のほぼ室内オーケストラを振っても厚みのあるサウンドや腰の据わった響きはまるで変らないところが如何にも巨匠朝比奈と言えましょう。唸り足踏みも凄く、気合入ってます。第1番の第3楽章は、第2回音楽祭のアンコールとして演奏されたものです。
TBRCD-0010
マーラー:交響曲第4番ト短調 朝比奈隆(指揮)大阪PO
樋本栄(S)

録音:1968 年9 月2 日東京文化会館(大阪フィル第7 回東京定期演奏会)
モノラル・ライヴ録音
音源提供:朝日放送(レコーディング & ミキシング・エンジニア:幸西徹昌)、
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
ついに封印が解かれました!朝比奈初のレパートリー、マーラー「第4」の登場です。朝比奈はこの曲を2 回(3 回とも言われております)しか取上げませんでした。それも全て初演の1968 年のみ。なぜこの曲をレパートリーから外してしまったかは判りません。それほどこの演奏は素晴らしいのです。第1 楽章の嵐の豪快さは、60 歳になったばかりの巨匠のエネルギーをいやというほど見せ付けます。そして第3 楽章は21 分を超えるゆっくりさで丹念に歌われ、美と恐れの両立した演奏を繰広げ、当演奏の白眉と申せましょう。クライマックスも凄まじい迫力です。残念ながらラジオ放送用の収録でモノラルですが、収録状態、保存状態ともに極上で、例えるならばバイエルン放送による当時のライヴ収録に匹敵する水準と言えます。今後「朝比奈はマーラー指揮者」という新概念ができるかも知れません。
■ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)の解説より
朝比奈の演奏がすばらしいのはあらゆるものを把握して表現している点である。朝比奈の指揮ぶりについてよく知っている人たちはアダージョの最初のパートで美しく内面を見つめるような演奏を予想するところだが、楽章の終わり、クライマックスの爆発における獰猛な様にびっくりするかもしれない。マーラーのスコアでは多くの箇所で記載されているが、しばしば控えめに演奏されてしまうポルタメント(ある音から次の音へスライドしていく)を実に効果的に使って、朝比奈は鋭く辛辣で奥深い感情をすみからすみまで付け加えていく。そしてスケルツォの恐ろしさで身震いするような低音(表面からかなり離れて下方にあるわけでは決してない)はこの解釈からすればはっきりと明確に奏でられる。
TBRCD-0011
ベートーヴェン:交響曲第8番
交響曲第7番*
朝比奈隆(指)倉敷音楽祭祝祭O

録音:1995年3月21日,1994年3月27日*
共に倉敷音楽祭(倉敷市民会館大ホール)に於けるデジタル・ライヴ

※協力:アルスくらしき倉敷市文化振興財団、
解説(日英):ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ響総裁)
、サウンド・マスタリング:WEITBLICK
朝比奈隆が室内管弦楽団の規模で唯一残した「ベートーヴェン・ツィクルス」から第8番、第7番の登場です。第8番のソリスティックな味わいは、名手を揃えた「倉敷音楽祭祝祭管弦楽団」ならではの魅力で、こういう曲を小編成で聴くと隅々までクリアで朝比奈が施したマジックの手の内が理解できるというものです。軽いようで軽くない、小さいようで小さくない、この名曲を朝比奈は自由自在にテンポを動かしてドラマを作っており、普段の悠揚迫らぬ音楽と一味違う所が実に興味深いです。第7番も運動神経抜群のオーケストラを駆使し、立派な展開から大見得を切るような豪快なアッチェレランドに至るまで、手に汗握る名演となっております。いずれの演奏も朝比奈自身が演奏を楽しんでいる感があり、一年に一度の顔合わせの倉敷音楽祭が巨匠にとってのリラックス・タイムであったのではないかと当時が偲ばれます。いずれも音質に不足はなくホールアコースティックも相俟って直接音による硬質でクリアな肌合いです。

TBRCD-0012
ブルックナー:交響曲第5番 ペーター・マーク(指)東京都SO

録音:1986年4月10日東京文化会館、デジタル録音(第233回定期演奏会ライヴ)
※解説(日英)、サウンド・マスタリング:WEITBLICK
鬼才マークがブルックナーを取り上げることが頻繁でなかったことは間違いないようです。それなのに、マークは東京都交響楽団と1982年10月19日と1986年4月10日の二回、このブルックナー第5番を演奏しているのです!演奏は一聴して異端のブルックナーでこんな演奏を繰り広げた人はかつていません。第1楽章実に17分46秒、これは話題の最速演奏、ネーメ・ヤルヴィ盤を超えます。重厚長大路線に一切目もくれず、ひたすらスイスイ、楽々と歩みを進めます。この辺り、モーツァルトやシューマンにおける清清しい演奏スタイルをここでも貫いています。ところがマークが恐ろしいのは時としてシューリヒト張りのきついアゴーギグも顔を出すところで気が抜けません。それに、いくつか明らかな楽器追加もあり。都響の妙技を全面的に信頼した上で、こういう面白い演奏を聴かせてくれたのです。80年代もこうした豊かな音楽シーンが日本で展開されていたのですね。これは多くのブルックナーファンのブルックナーの聴き方に対し一石を投ずる問題演奏と言えるかもしれません。東京文化会館の独特のアコースティックを伝える優秀なデジタル録音。
※演奏タイミング[17:46],[13:50],[12:30],[22:10]

この感動を何とお伝えしたらよいでしょう!チェリビダッケに代表されるような作品の構築性を全面に打ち出した大伽藍様式の演奏と対極にある演奏で、第4番の延長線上に位置づけ、自然から宇宙へと連なる大自然交響曲として捉えた画期的な名演と言っても過言ではないでしょう。辺りを払うような威厳よりも極めて純度の高いハーモニーを絶やさず、伸びやかに颯爽と繰り広げられる、この作品に潜んでいた魅力を続々と現出させる魅力に取り付かれた最後まで気が抜けません。しかも、一見自由な解釈を行っているようでいて、最終的にはきちんとブルックナーの音楽に帰結させる手腕!やはりマークの音楽的センスと才能は尋常ではなかったのです!
まず第1楽章はそのテンポの速さにびっくり。従来の作品の構造的な側面を念を押すように抽出する手法に背を向け、メロディーラインとハーモニーの豊かさに心を傾注させていることはこの時点で明らかで、同時に、この作品がロマンなの豊穣な息吹を湛えていることをつくづく痛感させられます。第2主題のピチカートには意志の力とデリカシーが息づき、これこそ本物の共感の証し!展開部に入るとテンポの緩急とフレイージングの濃淡に更に拍車がかかりますが、そこには常に人間的なぬくもりが宿っているので意味深さはひとしお。第2楽章は、弦が刻むリズムは自然の律動そのものとして迫り、恐ろしく成業されたイン・テンポによって説得力が増幅。第2主題の草書風の佇まいと大きく清々しい呼吸も聴きもの。第3楽章は金管が熾烈にぶつかりながらも全く煩さを感じさせじさせず、マーラーのような感情剥き出しの音楽とは明確に一線を画している配慮にもマークのなみなみならぬ配慮を感じ感じずにはいられません。5:11以降の連打音の驚異的な精密さにもご注目を!終楽章は、この演奏会が、チェリビダッケと並んで日本で鳴り響いた「ブル5」の最高峰であることをいよいよ確信させる凄演!7:50以降のとてつもなく深い情感と弦が一貫して弾き通す持続音の至純の美しさは言語を絶します。そしてコーダの大感動!
部分的に見ればユニークな解釈に事欠きませんが、作品に対峙する姿勢には一切ハッタリや誇張はなく、ブルックナーの思いに心しながら豊かに音楽を奏でること集中した結果出来上がった、紛れもなく骨の髄までブルックナーの音楽なのですシューリヒトのブルックナー愛する方なら、この演奏の凄さをきっと痛感していただけることでしょう。それと忘れてならないのは都響の巧さ!終楽章の最後までマークの指示に完全に従い、集中力も全く途切れません。
私はこの「ブル5」をこんなにも愛おしいと感じながら聴き通した経験はかつてありません。 【湧々堂】
TBRCD-0013
ベートーヴェン:交響曲第2番
交響曲第5番「運命」
朝比奈隆(指)
倉敷音楽祭祝祭O

録音:1989年3月17日,1992年3月24日*
全て倉敷音楽祭(倉敷市民会館大ホール)に於けるデジタル・ライヴ録音

※協力:アルスくらしき倉敷市文化振興財団、
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
朝比奈隆が室内管弦楽団の規模で唯一残した「ベートーヴェン・ツィクルス」から第2番、第5番「運命」の登場です。ソリスト、コンサートマスター級の名手を集めた倉敷音楽祭祝祭管弦楽団、朝比奈もルーチンワークから離れ刺激に満ちた演奏を行います。特に「第2番」、多くの指揮者が敬遠する難曲ですが、朝比奈はぶれることなくロマンティックな交響曲として堂々と奏でます。第2楽章の深深とした趣には抗し難い魅力があります。「運命」は十八番だけに腰の据わったテンポ設定、大胆なアゴーギグなど定番中の定番といった感じです。いずれもキビキビとして明確なリズム、テンポ。大編成オーケストラとの共演だと時としてリズムの不明確や旋律の膨張が指摘されることもなくはなかった巨匠ですが、それらの欠点がまるでなく、如何にオーケストラが重要な要素であるかを知らしめます。いずれの演奏も朝比奈自身が演奏を楽しんでいる感があり、一年に一度の顔合わせの倉敷音楽祭が巨匠にとってのリラックス・タイムであったのではないかと当時が偲ばれます。いずれも音質に不足はなくホールアコースティックも相俟って直接音による硬質でクリアな肌合いです。日英文の解説つき。

TBRCD-0014
シューマン:交響曲第1番「春」
交響曲第2番 ハ長調Op.61*
ペーター・マーク(指)東京都SO

録音:1993年4月17日サントリーホール・都響第368回定期演奏会ライヴ
1990年12月18日東京文化会館・都響第321回定期演奏会ライヴ* (共にデジタル・ライヴ)
※サウンド・マスタリング:WEITBLICK
“世界に向けて誇りたい、蜜月の名コンビが生んだ世紀の名演奏!”
前回リリースのブルックナーに続き、これまた超名演!録音も極上で、都響の機能美と柔軟性の高さにも改めて驚かされる1枚です。
「第1番」冒頭のファンファーレから、幽玄の雰囲気を湛えて実に深淵な響きにイチコロ。いかにもトランペットという輝きとは異なるこんな憂いを含んだ響きは、サヴァリッシュ&ドレスデン盤以来ではないでしょうか?その直後の弦と一体となった響きは透明感に溢れ、トゥッティでは派手さを排した大造型美を打ち立てる…というように、短い序奏部だけでもあまりのニュアンスの豊かに心躍らされます。主部に入るとティンパニの雄渾な打ち込みと共にリズムが湧き立ち、第2主題では憧れに満ちた表情が泣かせます。コーダ直前の静かな経過句(10:46〜)では、空前絶後のふくよかで芳しい香気に満ちたフレージングを行ない、マークのドイツ・ロマン派音楽の真のスペシャリストとしての確信的な棒さばきに全面降伏するしかありません!第2楽章は強弱の微妙な入れ替えだけとっても心の震えが如実に反映し尽くされており、各声部のバランス操作からは、他の方法などあり得ないと思わせるほどの迫真のニュアンスが続々と溢れます。第3楽章も単なる3拍子のスケルツォではありません。精神的な深みと、響きそのものから抽出される愛情の結晶の純度の高さは、他に比肩しうる演奏が思い当たりません。この楽章をこんなに真剣に食い入って聴く自分自身に驚くほどです。終楽章も響きの純度の高さはは相変わらずで、全声部に渡って明瞭に鳴らしているに関わらず雑然とした感じを与えず、唐突とも思える金管の突出も、造型に立体感を与えるのに有効に作用。ほのぼのとした春の雰囲気と、頑丈な骨格を持つ交響曲としての風格美という、一見結びつきにくい要素をこれほど見事に同居させた演奏はかつて聴いたことがありません。
「第2番」はマークの音盤初出曲。第1楽章導入は、トランペットの朴訥とした表情と、夢に彷徨うような弦とのコントラストが美しく、1:07からピチカートが入ると途端に内省的なニュアンスを深めます。主部に入ると、あのシューリヒトの存在も忘れるほどフレーズごとのニュアンスは多彩を極めます。「第1番」とは演奏会場が異なりますが、オケから同質の佇まいを引き出しているのも驚異で、マークのイマジネーションの高さと響きの鋭敏な感性を改めて痛感します。第2楽章は落ち着いたテンポを堅持することで、フレーズが自発的に語り、その全てが琴線に触れます。トリオでのアゴーギクの巧妙さも必聴。第3楽章は衒いのない一途な歌が感動的で、大げさ泣きじゃくることなく作品ありのままの佇まいが滾々と溢れます。1:27からの経過句のハーモニーの美しさも格別で、こういう響きを実現できるオーケストラを持つ国に生まれたことに感謝せずにはいられません。5:46から木管におよる主題と弦のリズムが流れる箇所から終盤までの深々とした味わい深さは、もはや形容のしようのない素晴らしさで、日本のオーケストラ演奏史に刻むべき事件です!終楽章は瑞々しさ一杯。既にここまでの演奏で、マークという指揮者がどの系統にも属さない独自の感受性の持ち主であり、それが作品の個性と調和した時のニュアンスの広がり方が尋常ではなことはどなたも思い知るでしょうが、この楽章では、第1主題、クラリネットとファゴットによる楽句、第2主題と、それぞれの性格が克明に浮き上がり、しかも恣意性を感じさせずに自然にメリハリ感を引き出すという高次元の音楽性が最も顕著に際立ち、コーダではあえてテンポを前のめりにして推進力を高めながら、風格は堅持するという妙技も大発揮。
ペーター・マークは「個性的」であることは知っていても、「ただ変な解釈をする人」を思っている方も少なくないと思います。この演奏はそういう方々に真っ先に触れて欲しいものです。【湧々堂】

TBRCD-0015
朝比奈隆/管弦楽名曲集
チャイコフスキー:弦楽セレナード
リムスキー=コルサコフ:序曲「ロシアの復活祭」*
リャードフ:八つのロシア民謡〜愁いの歌**
ウェーバー:「オイリアンテ」序曲#
J・シュトラウス:春の声##
 トリッチ・トラッチ・ポルカ##
 皇帝円舞曲##
朝比奈隆(指)大阪PO
録音:1981年2月16日第172回定期演奏会
1981年2月16日第172回定期演奏会*
1976年11月26日第136回定期演奏会**
1974年9月11日第118回定期演奏会#
1980年3月14日ABC創立三十周年記念オープニング・コンサート##
(ウェーバーのみモノラル)
演奏会場:フェスティバルホール

音源提供:朝日放送
※日本語、英語による解説付
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
「春の声」とリャードフ作品以外はこれが初の音盤化。
朝比奈の音楽作りの特徴の一つといえる「手作りの風合い」をとことん堪能できる一枚。面白く聴かせるための小細工などお呼びではなく、愚直に音楽を再現しながら各作品の持ち味を自然と湧き上がらせる手法は本当にかけがえのないものでした。
チャイコフスキーは、特に両端楽章でのゴツゴツとした感触が印象的。スマートさとは無縁ながら音楽は決して停滞せず、終楽章第2主題のピチカートの瑞々しさ、落ち着いたテンポによる第2楽章ワルツの木目調の感触が忘れられません。
J・シュトラウス作品でダントツに素晴らしいのが「春の声」。まさに歌舞伎の大見得そのものの導入からびっくり!リズムの腰の強靭さ、アゴーギクの濃厚さなど、甘美なウィーン風の香気とは無縁。最後まで大和魂を貫徹する潔さに鳥肌!是非フル・ヴォリュームで愉しみたいのものです。
そして全収録曲の中で極めつけが「オイリアンテ」!もう同曲最高峰の名演と讃えずにはいられません。一瞬アーベントロートかと思うほどの噴射力!根源的なリズムの凄みと求心力ははまさに朝比奈の絶頂期を象徴するもので、第1主題で突然テンポを落としてじっくり刻印する様や、第2主題直前のティンパニ・ソロを徹底的にテンポを落として見得を切る威厳は、簡単に真似のできない至芸。その第2主題(1:53〜)のフレージングの張りのある響きと呼吸の深さ、決して媚びない愛情の滲ませ方も聴きもの。ラルゴの亡霊のシーンのピアニッシモも音像が克明で、音が痩せるなどあり得ません。再現部からコーダにかけての輝き比類なく、他の表現などあり得ぬという確信に満ち溢れた職人技が大炸裂。このティンパニを伴うトゥッティの熱さに心を動かされない人などいるでしょうか?なお、この曲のみモノラル録音でレンジが低めに収録されていますので、こちらも可能な限りヴォリュームを上げて感動に浸って下さい!【湧々堂】

TBRCD-0016
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 朝比奈隆(指)倉敷音楽祭祝祭O
渡辺美佐子(S)、伊原直子(A)
若本明志(T)、勝部太(Bs)
倉敷音楽祭「第九」cho(岩城拓也指導)

録音:1996年3月24日
倉敷音楽祭(倉敷市民会館大ホール)に於けるデジタル・ライヴ録音
※日本語、英語による解説付。
※協力:アルスくらしき倉敷市文化振興財団、サウンド・マスタリング:WEITBLICK
朝比奈隆が室内管弦楽団の規模で唯一残した「ベートーヴェン・ツィクルス」からついに「第九」の登場です。ソリスト、コンサートマスター級の名手を集めた倉敷音楽祭祝祭管弦楽団、朝比奈もルーチンワークから離れ刺激に満ちた演奏を行います。音楽祭第10回を記念し、さらにはベートーヴェンの交響曲全曲演奏の完結編として高らかに鳴り響いた「第九」!この年、96年は、朝比奈は八十八歳を迎えますが、多忙を極め、東京でのブラームス・ツィクルス、シカゴ交響楽団への初客演が控えている重要な年でもありました。エネルギッシュな指揮ぶりは相変らずで、第三楽章の深遠なアポロ芸術から、奔流のようになだれ込む感動的なフィナーレまで聴き所は満載です。音質に不足はなくホールアコースティックも相俟って直接音による硬質でクリアな肌合いです。

TBRCD-0017
ペーター・マークの「新世界」!!
ドヴォルザーク
:交響曲第9番「新世界より」
ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死*
ペーター・マーク(指)東京都SO

録音:1986年3月31日東京文化会館,第232回定期演奏会デジタル・ライヴ
1995年10月17日サントリーホール,第416回定期演奏会デジタル・ライヴ*

※サウンド・マスタリング:WEITBLICK
。巨匠マークにとっても音盤初レパートリーです。今までのリリース同様に「他の誰からも聴けない解釈」を展開してくれます。マークは真の叙情派交響曲としてこの有名曲を分解しております。冒頭の予期せぬ柔らかさ、ブラームス的というよりシューマン的といった感じの詩情豊かなドヴォルザークで、知られざる魅力を教えてくれます。カプリングの「トリスタン」も初出レパートリーです。これまた軽やかで明るい音色、しかし、ところどころに神経質な心の揺れがあり、それがドラマを掻き立てます。オーケストラの上手さも特筆ものです。優秀なデジタル録音。

TBRCD-0018
レスピーギ:ローマ三部作
交響詩「ローマの噴水」
交響詩「ローマの松」
交響詩「ローマの祭」
山田一雄(指)東京都SO

録音:1989年3月30日 東京・サントリーホール(第210回都響プロムナードコンサート/デジタル・ライヴ)
※サウンド・マスタリング:WEITBLICK
“トスカニーニも霞む!日本のオーケストラ史に残る驚異のレスピーギ!”
ヤマカズの「ローマ三部作」と聞いただけで期待が膨らみますが、その期待の何倍もの衝撃に震えること必至です。レスピーギの管弦楽法の色彩を徹底的に引き出していること、日本人演奏の生真面目なイメージを突き破って量感を湛えた大音響を実現している点、三部作それぞれの個性を克明に描き分けていること等々、あらゆる意味で驚異です!しかもオケの綻びも殆ど無く、録音も極上となれば、トスカニーニやスヴェトラーノフなどと互角に張り合う大名演であり、世界中のオーケストラ・ファンの至宝と言っても過言ではありません。
「噴水」は、第1曲の夜明けの茫洋とした空気感と朝露のきらめきをを絶妙にミックスした音像で、早々に山田一雄の繊細な色彩感覚を強烈に印象付けられます。第2曲では威厳ある佇まいの中にメリハリを持ってニュアンスが紡がれ、第3曲の凱旋の荘厳さ、神々しさも単なる肥大化した音の連続とは違う芸術的な奥行きを感じさせます。「松」や「祭り」に比べて地味なイメージの作品ですが、これほどニュアンスの幅が広く、その全てが克明に刻印されるインパクトに打たれる演奏にかつて出会ったことはありません。
「松」はそれこそ競合盤がひしめいていますが、この演奏でしか味わえない魅力のオンパレード!まずは第1曲の冒頭第一音の鳴り出し方にご注目!ギリギリまで音を溜めきってから堰を切ったように放出する音の塊に飲まれそうな勢いです。1:26からのリズムのアクセントの強靭さにも鳥肌。まさに全体が一丸となった渾身の鳴りっぷりに圧倒されますが、朝比奈のベートーヴェンに似た作品への一途な献身が根底にあるので、軽薄さなど微塵もないのです。
第2曲はいにしえへのノスタルジーを色濃く反映。その繊細な色彩表出のみならず、古代人の思いを代弁するように熱くフレージングされる様は感動的。中間部のトランペット・ソロのメロウなニュアンスも聴きもので、当日のオケのコンディションが絶頂であったことを象徴するかのよう。後半に流れる詩篇の厳粛さと悲痛な叫びが入り混じったニュアンスは、重心の低いリズムに乗せてじりじりと沸き立ちますが、威嚇的な完全武装とは異なるニュアンスの奥深さをお聴き逃しなく。第3曲のクラリネット・ソロも、第2曲のトランペット同様、イマジネーションの豊かさにびっくり。そして最後の“アッピア街道”は期待を何倍も上回る壮絶さ!驚異のスケール感にのけぞります。巨大な造形力は微動だにせず、単に音量を増幅するだけではなく、聴き手をグイグイ牽引する力感が最後まで途絶えません。このヴォルテージの高さはにわかに信じがたく、日本人らしい感性を突き破って作品と心中する覚悟で成し遂げた奇跡としか言いようがありません。しかも打楽器と金管の大咆哮を最後まで響きを混濁させない意志の力も揺るがず、その格調の高さも比類なし!
と、この2曲だけでも十分に世界に訴えたい名演であることは確実ですが、最後の「祭り」がこれまたとんでもない超名演です!ここでも色彩の幅が驚異的に広く、真に筋金入りのスケール感を実現し、オーケストラを聴く醍醐味を徹底追求していますが、文字通りのお祭り騒ぎに陥らずに芸術的な風格美を聴後に印象付ける演奏というのはかつてあったでしょうか?特に最後の“主顕祭”のテンションの高さはとても70歳代後半の指揮者とは思えず、自分だけ汗だくになって音楽はちっとも燃えていない若手指揮者など足元にも及びません。後半のサンタレロに入ると山田一雄の芸の年輪を感じさせる瞬間が怒涛のように現れ、息つく暇もありません。3:09で気の遠くなるほど大見得を切ってからパワーを噴射するその間合いの絶妙さ!そして4:09からの高速爆進!死んだ気で演奏するとはこういうことです!
ヤマカズというとあの全身を使った個性的な指揮ぶりが思い出されますが、多彩なニュアンスを最後の一滴まで搾り尽くした演奏を聴くと、その一見ユニークの身振りも音楽作りの上での不可欠なファクターであったことを再認識するばかりです。【湧々堂】

TBRCD-0019
シューマン:交響曲第4番
ブラームス:交響曲第1番
ペーター・マーク(指)東京都SO

録音:1995年10月17日第416回定期演奏会サントリーホール
1995年10月23日第417 回定期演奏会東京文化会館* (共にデジタル・ライヴ)
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
“マークが最後の来日で見せた真のロマンチストの美学!”
共にマークらしい歌心に溢れ、先にリリースされたシューマンの「1番」からの期待を裏切らない名演奏です。いかにもドイツ風の重厚でどっしりした構えを全面に押し出すのではなく、あくまでも心のこもったフレージングで主体。ドキッとするようなデフォルメはほとんどありませんが、もちろん教科書的な無機質さとは無縁で、聴後は良い音楽を聴き尽くしたという充実感に満たされます。
シューマンは、第1楽章序奏のトゥッティのハーモニーの美しさにドッキリ!呼吸の振幅が豊かで心の震えが完全に音化し切っています。一瞬のルフト・パウゼも実に効果的。シューマンの全4曲の交響曲の中でもこの第4番は過去の演奏でも声部バランスを整えるために様々な工夫が成されてきましたが、ここではその点の恣意的な操作を一切感じさせず、自然に響きを凝縮して瑞々しいロマンティシズムに溢れた作品として再現しているのです。7:05からの響きの充実ぶりは息を飲むほど素晴らしく、心地よい緊張が音楽に一層の深みを与えます。第2楽章も孤独に埋没するのではなく、やや明るめの音色トーンを貫きながらシューマン特有の繊細なニュアンスを表出。0:33からのオーボエと弦のピチカートとのリズムのズレを軽視せず、そこに最大限の余情を漂わせている点にもご注目を。終楽章はやや遅めのテンポながら一切弛緩はなく、全ての声部が根底から炙り出されるのを目の当たりにすると、マークこそがシューマンのスペシャリストだと確信させられます。2:02からのトロンボーンのクレッシェンドの強調は最も個性的な瞬間ですが、これも取って付けたような感覚的演出を感じさせず、心の律動そのもの。そしてコーダにおける爽快感!この大らかでありながら音楽を軽薄化しないセンスこそ、マークの最大の魅力ではないでしょうか。
音楽を過剰に深刻化させず、その音楽が最も美しく響くポイントを直感的に捉える能力は、ブラームスでも最大限に発揮されています。もちろんハ短調という調整が持つ重厚な安定感は確保されていますが、気が滅入るような沈鬱さとは一線を画します。まず第1楽章冒頭の響きのなんという完璧さ!そして精彩力!決して計算ではなく、音楽の美感が最大に生きるバランスを瞬時に捉えるまさに「直感力」の勝利です。白眉は第2楽章!かくも繊細に感情を込め抜いた演奏は久々に耳にしました。終楽章も感動的。全声部の抉りが隅々まで効き、しかも透明度の高い音像とスケール感を兼ね備えているというのは驚驚異的。ここまで音楽が結晶化しているのは、完全に気心の知れた都響の自発的な表現意欲があればこそで、他のオケではここまでの説得力が生まれたかどうか…。予定調和ではなく、真にスリリングな演奏とはどういうものかまざまざと突きつけられるのです。最後の金管コラールでは思い切ってテンポを落としますが、同様のアプローチを見せた過去の演奏と比べてもこの自然な進行は他に類を見ないほど。そしてコーダでは、マークには珍しいほどの灼熱のパワーを炸裂させるながら響きの混濁は一切なし!惜しくもこれらのコンサートがマークの最後の訪日となってしまいましたが、この独自の美学を貫徹したコーダは、日本との別れを告げるものと思うと感慨もひとしおです。【湧々堂】

TBRCD-0020
ゲルハルト・ヘッツェル/日本ライヴ
ブラームス:ヴァオリン協奏曲*
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第5番「トルコ風」
ゲルハルト・ヘッツェル(Vn)
渡邉曉雄(指)東京都SO*
ハインツ・レークナー(指)読売日本SO

録音:1988年3月16日サントリーホール(デジタル・ライヴ)* 、1988年3月14日東京文化会館(ステレオ・ライヴ )
サウンド・マスタリング:WEITBLICK
“遂に出現!ヘッツェル極めつけのソロ録音!”
ヘッツェル未亡人の快諾を得てのこのリリースは、その人気に反してソロ録音が極端に少ない中でまさにファン垂涎の一枚ですが、出てくる音は期待を大きく上回る感動の連続です!
ブラームスは粘着質にうねりを利かせる重苦しさとは無縁で、すっきりと洗練されたフォルムを携え、一途に気迫を漲らせます。テクニックは万全で、ヴィブラートの美しさも格別。第1楽章カデンツァ後は、渡邉曉雄が築く深遠な響きに身を委ねつつ、凛とした居住まいを崩さずに、音楽を聴き手にしっかり根付かせようとする意思を最後まで貫徹させるのです。終楽章は弓圧に頼らず、あくまでも熱い共感から発する気力とオケとの一体感の素晴らしいこと!
迫に心打たれます。
モーツァルトは一層伸び伸びと音楽を羽ばたかせますが、持ち前の「媚びない美音」はここでも格別な魅力を放ちます。第1楽章開部の陰影は深さに触れると、これほどの名曲だったかと認識を新たにし、第2楽章の弱音に頼らない克明な旋律表出には憧れが一杯。終楽章では、いよいよこの演奏が同曲の最高峰に位置する名演奏であることを確信!どのフレーズをとっても思慮深い裏付けが感じられ、音楽自体は終始瑞々しく息づき、オケとの協調にも幸せな空気が流れる、そんな演奏はめったに聴けません。しかも優秀録音。 【湧々堂】

TBRCD-0021
東武レコーディングズ・ローマ聖チェチリア音楽院共同制作第1弾
ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調Op.36
交響曲第3番5「英雄」
ジョルジュ・プレートル(指)
ローマ聖チェチリア音楽院O

録音:2007年 9月12日ローマ聖音楽
堂、デジタル・ライヴ
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
世界最古の音楽院としても知られる名門ローマ聖チェチリア音楽院。1584 年にグレゴリウ ス8世が創設した音楽学校がその母体と申しますから日本で言えば戦国時代の創設です。 1908 年から現在のスタイルで管弦楽団は演奏会を主催するようになったと伝えられます。そ の一端は昨年紹介しました8枚組のセット(SCO1937-2010)で聴くことができます。 東武レコーディングズはさらに踏み込んで、貴重なアーカイヴからのCDリリースを提案し、ここに第 1 弾とし て、巨匠プレートルによるベートーヴェンをリリースする運びとなりました。イタリア語も堪能な マエストロとローマ聖チェチリア管の共演の歴史は50 年を超え、昨年はそれを記念し「第9」 のコンサートが企画されましたが、巨匠の病によりキャンセルしたことは痛切の極みです。し かし、来年2014 年1 月には聖チェチリアの指揮台への復帰がアナウンスされたところです。 プレートルの「エロイカ」と言えば 2010 年のウィーン・フィル来日公演に於けるスピード感満 点、変幻自在、スリリングな演奏が印象的でしたが、当演奏もそれに負けず劣らず、突然の 間が見事にウィーン・フィルとの演奏と一致している点融通無碍のようで厳しい練習が窺え ます。1 枚に収まっていることも嬉しい限りです。今年後半の超話題盤と言えましょう。

TBRCD-0022
ブラームス:交響曲第1番
R・シュトラウス:交響詩ドン・ファン」
山田一雄(指)
東京都SO

録音:1989 年3 月28 日東京文化会館(都響第288 回定期演奏会)ライヴ・デジタル録音
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
当日のコンサートは一曲目が「ドン・ファン」、2 曲目にアファナシエフ(!)をソリストに迎えたシューマンのピアノ協奏曲、そしてブラームスの交響曲第1 番でした。ドイツ・ロマン派音楽の歴史的変遷を辿るかのような見事なプログラミングで、当盤に収録されている演奏を聴けば、如何に山田一雄がロマン主義に傾倒し、そこを軸足に屹立した存在であったかが明らかです。「ドン・ファン」は 20 分近くも掛けたねっとり濃厚な色気ある演奏で、官能的。ブラ1は冒頭こそ朝比奈隆と見紛うような気宇壮大な揺るがぬテンポで開始されますが、次第に凝りに凝った表現、驚きに満ちたスリリングな演奏へと変貌して参ります。フィナーレなど遅いテンポで点描の様に細部を開示していきます。都響もこの頃からコンディションは絶妙で既出の名演「ローマ三部作」の二日前のライヴというのも頷けます。

TBRCD-0023(2CD)
ジョルジェスク/スプラフォン全録音集
ベートーヴェン:交響曲第7 番
R・シュトラウス:交響詩「死と変容」*
リスト:ピアノ協奏曲第1 番*
ラフマニノフ:パガニーニの主題による変奏曲
ジョルジュ・ジョルジェスク(指)チェコPO
ヴァレンティン・ゲオルギュ(P)

録音:1952年スタジオ録音、1953年* スタジオ録音
※音源:スプラフォン
ジョルジェスク氏のご息女、イオアナさんから「亡父の最も音質の良い演奏」として、スプラフォンへのチェコ・フィルとのスタジオ録音の復刻の提案をいただきました。この度キング・インターナショナル様の無私のご協力を得まして、スプラフォンのマスターテープを用いての全世界初復刻が没後 50 周年に登場します。再生、マスタリングは、キング関口台スタジオの至宝須賀孝男氏が担当し万全の布陣を取りました。かつてのDANTE/LYS はLP からの劣悪な復刻であったために、クオリティの差は歴然です。チェコ・フィルにとっては、戦後の混乱を克服しての絶頂期の幕開きの時代で(ターリヒの『我が祖国』もこの時期の録音)、アンサンブルの充実にも見るべきものがあります。ジョルジェスクはチェコ・フィルと馴染みが深く、「プラハの春」にも度々出演、相性の良さも抜群です。演奏は折紙付きの名演で、ベートーヴェンの第7 番のキビキビしたリズム感は心地良いものです。「死と変容」は、シュトラウスとは同時代で親交も深く、フルトヴェングラーよりシュトラウス自身の表現に似たスタイリッシュなものです。ジョルジェスクが高く評価し今なお現役で活躍するルーマニアの名手ヴァレンティン・ゲオルギュー(1928〜)との楷書の味わいのリスト、ラフマニノフも傾聴に値するものです。 (Ki)
TBRCD-0025
ストラヴィンスキー:「火の鳥」組曲(1945年版)
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」
エフゲニ・スヴェトラーノフ(指)
ロシア国立SO

録音:1995年5 月19日東京芸術劇場ライヴ・デジタル録音
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
巨匠スヴェトラーノフのショスタコ5番は一体何枚目になるのでしょうか?しかしながら、スヴェトラーノフ本来のオーケストラ配置であるヴァイオリン両翼の古典配置の演奏となると意外や少なく、音質も優れません。ここに登場の東京芸術劇場ライヴは音質も最高で、今では聞けなくなったロシア国立響の独特の音色が見事に収録されております。まだまだ巨匠が元気だったころなので、強引とも思えるオーケストラ・ドライヴの凄み、乱暴なだけでない緻密な歌い方、リズム感の見事さも堪能できる仕上がりです。「火の鳥」も意外や良好な音質に恵まれない楽曲なので必聴です。
TBRCD-0026(2CD)
アニー・フィッシャー/ピアノ・リサイタル
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第10 番ホ長調Op.14-2
シューマン:幻想曲Op.17
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第14 番嬰ハ短調Op.27-2「月光」
シューマン:幻想小曲集Op.12
アニー・フィッシャー(P)

録音:1991年6月7日、東京芸術劇場ライヴ・デジタル録音
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
ハンガリー出身の名女流アニー・フィッシャー(1914〜1995)は、録音に懐疑的であったためかライヴ録音は数少なく貴重です。フィッシャーは、高齢をおして、度々日本を訪れてくれました。当ライヴも音質に恵まれていることが有難く、晩年の至芸を堪能できます。ベートーヴェンは、フィッシャーの中核をなすレパートリーで、虚飾のない真実味が胸に迫ります。シューマンも十八番で詩情豊かな名演。幻想小曲集では情熱的という以上の逆上的な、激しさと熱っぽさを伴っており鬼気迫る演奏となっております。

TBRCD-0028
ブラームス:ピアノ四重奏曲(シェーンベルク編)
ブラームス:交響曲第4番*
ジョルジュ・プレートル(指)
ローマ聖チェチリア音楽院O

録音:2009 年3 月17 日 、2010 年5 月31 日*、ローマ聖音楽堂デジタル・ライヴ
(サウンド・マスタリング:WEITBLICK)
東武レコーディングズ・ローマ聖チェチリア音楽院共同制作第2弾 。シェーンベルクの手が入ったことにより当然のことながらロマンと色彩を増した「ピアノ四重奏曲」。プレートルの18 番で、ギーレン、若杉、ツェンダーのような現代音楽のスペシャリストによる殺伐とした解釈の正反対の熱情的でメランコリックな凄演です。第 4 番も自由自在なテンポ変化、心情の揺れと迷いをそのまま音楽にした魅力的な名演。両曲ともに巨匠音盤初レパートリー。
巨匠は昨年秋から、ヨーロッパ各地で予定されていた 90 歳記念コンサートシリーズを軒並みキャンセル。今年 3 月のミラノ・スカラ座管とのブルックナー第 8 番もキャンセルし周囲を心配させておりますが、今も必ず指揮台に復帰すると執念を燃やしております。

TBRCD-0029(2CD)
税込定価
マガロフ〜1991年4月12日ライヴ
ラヴェル:クープランの墓
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23 番「熱情」
ショパン:24 の前奏曲Op.28
 ワルツ第2 番変イ長調Op.34-1
 夜想曲第20 番嬰ハ短調
 練習曲ハ短調Op.10-12「革命」
ニキタ・マガロフ(P)

録音:1991 年4 月12 日東京・芸術劇場大ホール、ライヴ
リサイタル初日。生前のラヴェルとも親交のあったマガロフの貴重な演奏。かなり頻繁にテンポを動かし、ラヴェルが持つ退嬰的脱力感も兼ね備えた色気溢れる名演。ベートーヴェンは、ぐっと硬派な演奏で、シリアスかつ迫力満点。ショパンの前奏曲を全曲通しで聞くと一貫した物語性が浮び上がります。当然その辺を意識してマガロフはピアノに向かいます。アンコールも全てショパン。「ワルツ」、「夜想曲」のしみじみ感は中々他で聴けません。最後が「革命」というのも凄いサービスです。

TBRCD-0031(2CD)
税込定価
マガロフ〜1991年4月14日ライヴ
モーツァルト:ピアノ・ソナタ第3 番
スカルラッティ:ソナタL.33、L.361
ショパン:ピアノ・ソナタ第3 番
ムソルグスキー:組曲「展覧会の絵」
グリンカ(バラキレフ編):ひばり
モーツァルト:トルコ行進曲
メンデルスゾーン:紡ぎ歌
ニキタ・マガロフ(P)

録音:1991 年4 月14 日東京・芸術劇場大ホール、ライヴ
モーツァルト、スカルラッティは、マガロフの音盤初レパートリー。直球勝負のケレン味のないモーツァルト。とは言っても味も素っ気もない演奏とは一線を画すところがベテランの至芸です。マガロフでシンプルな曲を聴くと如何に巨匠が美音の持主であったかが理解出来ようと言うものです。ショパンのピアノ・ソナタは、ハードボイルドな佇まいを見せる格好いい演奏。そして「展覧会の絵」。ムソルグスキーの演奏となるとマガロフが胸の中に秘めていたロシア魂が炸裂します。極めてファナティックで凶暴な趣さえあるマガロフとしては異色の名演。アンコールの愛奏曲、グリンカの歌曲のメロディをバラキレフが編曲したロシア色の強い作品「ひばり」も泣かせます。最後の締め括りは、強い共感を新たにメンデルスゾーンの無言歌集より「紡ぎ歌」です。

TBRCD-0033
税込定価
ブルックナー:交響曲第9番ニ短調 ヘルベルト・ケーゲル(指)
東京都SO

録音:1985年6月20日東京文化会館/都響第217回定期演奏会ライヴ・デジタル
ケーゲル+都響の二回目の共演で最後となった 1985 年のライヴ。あのマーラー「夜の歌」(TBRCD-0003)の5 日前の大熱演です。ケーゲルのブル9というと、ライプツィヒ放送響とのやはり強烈な演奏が2 種類知られていますが、69 年と75 年のライヴでありました。衝撃的な死にまっしぐらの 1985 年、しかも日本における演奏に興味は尽きません。69 年盤が 61 分、75年盤が55 分、そして当85 年盤は何と53 分台!巨匠がさらに解釈を練り上げたらどうなったのか恐ろしくなります。都響は絶好調で、反応の見事さ音色の透明感は手兵以上。ケーゲルは厳格なリズムを保持し、しかもかなりのスピードで突っ走ります。

TBRCD-0034
税込定価
ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」 ペーター・マーク(指)
東京都SO
小濱妙美(S)、郡愛子(Ms)、
市原多朗(T)、福島明也(Br)
尚美学園第九Cho(合唱指揮:松下耕)

録音:1990年12月21日 東京芸術劇場ライヴ・デジタル
1990 年に東京芸術劇場は開館。こけら落とし記念は有名なシノーポリ+フィルハーモニアのマーラー全集でした。このマーク&都響もその記念演奏会の一環です。共演も数を重ねたマークと都響のイキはぴったり。大ベストセラーとなったパドヴァ・ヴェネト管のベートーヴェン全集は小編成のオーケストラだっただけに、この演奏は大注目。フル編成のオケを前にしたマークは相変わらず踊り弾むような軽快なテンポをとり、見通し抜群。物々しさは欠片もなくサクサクスイスイ進みます。しかしながら随所に見られる鳥肌モノの追込み、畳みかけは凄絶そのもの。日本の第九合唱は優秀の評判通りの見事な合唱ですし、ソロ歌手もベストと言って誇張でない豪華そのものです。

TBRCD-0035
税込定価
<東京芸術劇場アーカイヴ・シリーズ>
ギーレン東京ライヴ1992
ウェーベルン:パッサカリアOp.1
モーツァルト:ピアノ協奏曲第16番ニ長調K.451
マーラー:交響曲第10番〜「アダージョ」
モーツァルト:交響曲第38番「プラハ」
ミヒャエル・ギーレン(指)
バーデン=バーデン南西ドイツRSO
カルメン・ピアッツィーニ(P)

録音:1992 年11 月25 日東京芸術劇場ライヴ・デジタル
2014 年に引退表明し指揮台を降りてしまった巨匠ギーレン。クールで情感、情緒を排してひたすらシビアな演奏を繰り広げた 1990 年代前半までの演奏と活動晩年のロマンティックな憧憬に傾斜したスタイルは、見違える程の変貌ぶりで、まるで別人のようです。当CDの 1992 年、手兵南西ドイツ放送響とのツアーが最後の来日となってしまいました。演奏スタイルはやはり辛口そのものです。ウェーベルン、マーラーのドライさは、尋常じゃありません。お気に入りのピアッツィーニをソリストに迎えてのモーツァルトのピアノ協奏曲も第 16 番を選ぶところがギーレンらしく、「プラハ」交響曲は意外や恰幅の良い演奏ですが、縛りのキツさには目を見張ります。ギーレンの凄さはクールな演奏を熱をもって仕上げるところで、ここが凡百と異なるところでしょう。一説には空席が目立つことに腹を立てて、来日をその後
拒絶したとも噂されておりましたが、そんなことは決してなく、リリースへの快諾を頂戴しました。 80分を超える長時間収録。

TBRCD-0036
税込定価
<東京芸術劇場アーカイヴ・シリーズ>
シューベルト:交響曲第5番変ロ長調D.485
シューマン:交響曲第4番ニ短調Op.120
シモン・ゴールドベルク(指)
新日本フィルハーモニーSO

録音:1993 年2 月9 日東京芸術劇場ライヴ・デジタル
東京芸術劇場アーカイヴ・シリーズ。相性抜群の新日本フィルとの最後の共演。弦楽器出身の指揮者だけに、隅々まで厳しい眼が光っております。新日本フィルの弦も定評あるものだけに聴き応えがあります。シューベルトの抒情と愉悦には、心洗われるばかりです。フルトヴェングラーを敬愛していたゴールドベルクだけにシューマンは超名演。無論、スタイルはフルトヴェングラーと違い、キリリと引締った精悍な造形を見せますが、熱の孕み方にはやはり強い影響を感じます。この演奏会のあと 4 月に水戸室内管に客演しましたが、それが生涯最後の演奏会となった模様です。

TBRCD-0037(2CD)
税込定価
ゴールドベルク・ラスト・リサイタル
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第27番ト長調K.379
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第1番ト長調Op.78
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第36番変ホ長調K.380
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第2番イ長調Op.100
シモン・ゴールドベルク(Vn)
山根美代子(P)

録音:1992年7月2日新潟市音楽文化会館ライヴ・デジタル
ゴールドベルク自身は本来、録音嫌いというよりも録音自体を否定していたと言います。それ故に名声に比して極度に録音は少なく、特に解釈にますますの熟成が見られた晩年の演奏がほとんど残されておりません。この度ご遺族から最後のリサイタルとなった1992 年の新潟におけるライヴ録音も提供を受けて発売できることとなりました。
ゴールドベルク最後の伴侶となったピアニスト、山根美代子との最後のヴァイオリン・リサイタル。ここには幸福な時間のみが流れております。ゴールドベルク最晩年の枯淡の境地ともいえるものですが、どの部分も機械的な箇所がなく血が通った文字通り人間の奏でる音楽を聴くことができます。録音に否定的なゴールドベルクの至芸を何とか保存しようと名エンジニアとして知られる半澤仁氏が、山根美代子の了解を得たうえで、苦心して録音に成功したもので、その辺りもライナーノートで触れてくださっております。モーツァルトのト長調ソナタは、第2 楽章はほとんどピアノが主役という曲目で、ゴールドベルクが芸術家としての山根美代子を尊重していることが理解できます。ブラームスでは第2 番を好んだと伝えられておりますが、第1番のほとんど人の声のような語り口も心打たれる名演です。

TBRCD-0040(4CD)
税込定価
モーツァルト:10大交響曲+ミサ曲ハ短調
(1)交響曲第31番ニ長調K.297「パリ」
(2)交響曲第32番ト長調K.318
(3)交響曲第33番変ロ長調K.319
(4)交響曲第34番ハ長調K.338
(5)交響曲第35番「ハフナー」
(6)交響曲第36番「リンツ」
(7)交響曲第38番「プラハ」
(8)交響曲第39番変ホ長調K.543
(9)交響曲第40番ト短調K.550
(10)交響曲第41番「ジュピター」
(11)大ミサ.ハ短調K.427
ペーター・マーク(指)
パドヴァ・ヴェネトO
(11)リンダ・ラッセル(S)、ミラ・ヴィォティエヴィッチ(S)、ジェイムズ・マックリーン(T)、エルダー・アリエフ(Bs)、
フィリッポ・マリア・ブレッサン(指)アテスティCho

録音:(1)(3)(4)1997年2月パドヴァ・ポリーニ音楽堂
(2)(5)(8)1996年3月、パドヴァ・モディリアニ音楽堂
(6)(7)(9)(10)1996年2月パドヴァ・モディリアニ音楽堂
(11)1997年4月27日、パドヴァ・ポリーニ音楽堂
鬼才ペーター・マークの不滅の名盤。モーツァルト名演集が新マスタリングで復活!ベートーヴェン全集の好評に続い て放たれた不朽の名盤。都響との名コンビを知る日本の聴衆はマークの真価を世界中で最も知っていたとも言えるでしょ う。誤解を承知で言えばマークのモーツァルトは自然体などという単純な言葉で片付けられない、フルトヴェングラー以来 最もデモーニッシュな演奏と言えるでしょう。 随所にクセのある表現が散見されます。パドヴァ・ヴェネト管は編成こそ小さいものの、楽曲によってはマークの指示によっ て分厚い響きも聴かせます。録音条件はベートーヴェンよりもこなれており、元来が良好なものではありますが、この度マス ターに遡って改めてマスタリングしました。音色に輝きと迫力を増しております。かつてCD5 枚に渡ったシリーズが 4 枚に 収録されました。完全限定発売です。日本語解説付。

TBRCD-0041(3CD)
完全限定発売
税込定価
メンデルスゾーン:交響曲全集

交響曲第1番ハ短調 Op.11
交響曲第5番「宗教改革」
交響曲第2番変ロ長調 「賛歌」
交響曲第3 番「スコットランド」
交響曲第4 番「イタリア」
ペーター・マーク(指)マドリードSO
ホセ・アントニオ・サインズ・アルファロ(合唱指揮)
オルフェオン・ドナスティアッラ(合唱)
ヴァレンティナ・ヴァレンテ(S)
マリア・ホセ・スアレス(S)
サンチャゴ・カルデロン(T)

録音:2000年6月、1997年2 月27日、1997年7月
鬼才ペーター・マークの不滅の名盤。メンデルスゾーン:交響曲全集が復活。この全集でまず感銘を受ける点は、とにか くマークという芸術家は水捌けの良い音楽を作るということに尽きる。マークは、非常に細かい独自の指示をする指揮者で あるが、その目的は淀みのない進行、濁りのない音色、雑然とした部分の排除に特化している。例えば、交響曲第 2 番 は、合唱を伴う大きな規模の曲でマーラーの一千人の交響曲の先駆け的な存在とも尊敬されると同時に、捉えどころのな い抽象的な交響曲とも批判される楽曲である。しかし、マークの優れた手腕に掛かると、この曲は宗教曲のスタイルを借り た起承転結のはっきりした交響曲として聴き手に届くから不思議である。これこそマークの指揮法の魔術と言えよう。(ライ ナーノートより)

TBRCD-0042
税込定価
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」
モーツァルト:交響曲第1番変ホ長調K.16 *
山田一雄(指)東京都SO
小林健次(Vn)

録音:1980年5月16日新宿文化センター、都響第131 回ファミリー・コンサート
1985年5月1日杉並公会堂、都響第182 回ファミリー・コンサート *
何れもライヴ録音・ステレオ
山田一雄の初出レパートリーの「シェエラザード」です。この演奏は実演に触れたマニアには語り草になっている名演です。今聞いてもかなりの衝撃的演奏で、意識的な金管のロシア的咆哮は、ロシア音楽のエキスパートが当時朝比奈だけではなかったことを物語ります。70歳直前の山田一雄は、終始緊張感を伴ったそして熱狂的なオーケストラ・ドライヴで楽員と聴衆を煽ります。当時の名コンマス、小林健次の色気たっぷりのソロもこれは聴きもの!そして指揮台のアクションとは正反対な様式感の見事さ、厳格なリズム感といい、折り目正しいヤマカズ先生の一面も垣間見ることが出来ます。カプリングは巨匠が偏愛したモーツァルトが僅か8歳で書いた作品、交響曲第1番。山田一雄はベートーヴェン風の厳格さで音を紡ぎだします。

TBRCD-0043(4CD)
税込定価・特価
デプリースト〜ベートーヴェン傑作集
(1)ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
(2)ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」
 「プロメテウスの創造物」序曲
(3)ベートーヴェン:交響曲第7番
(4)ベートーヴェン:交響曲第8番
(5)ベートーヴェン:交響曲第9番
 「コリオラン」序曲
ジェイムズ・デプリースト(指)
東京都SO、
澤畑恵美(S)、竹本節子(Ms)
福井 敬(T)、福島明也(Br)、
二期会cho

録音:(1)2005 年11 月19 日サントリーホール、 (2)2004 年11 月20 日東京芸術劇場、(3)1997 年3 月20 日東京文化会館、 (4)2008 年3 月30 日サントリーホール、(5)2006 年12 月26 日サントリーホール
人格の大きさをそのまま音楽にしたかのような、包容力満点のデプリーストのベートー ヴェン傑作集が特価で登場。(ライナーノートより) デプリーストが亡くなって、早くも今年で3年になる。東京都交響楽団の常任指揮者とし て、数々の名演を披露したが、ベートーヴェンの交響曲がここに初めてCDとなる。 デプリーストは少なからぬレコーディングを遺したが、ベートーヴェンの楽曲は一切録音 しなかったので、このリリースは大歓迎である。 デプリーストはあるインタビューで、自身に最も重要な作曲家は、モーツァルトとマーラー であると発言している。その実、ブルックナー、ショスタコーヴィチの演奏解釈にも非凡な ところを見せて高い評価を得ているし、もちろん当盤のベートーヴェンの解釈も見事なも のである。このコンビでベートーヴェンの交響曲全てを演奏しなかったことが今更ながら 惜しまれる。
TBRCD-0047
税込価格
<東京芸術劇場アーカイヴ・シリーズ>
メンデルスゾーン: 交響曲第4番「イタリア」(1834 年版)
序曲「ヘブリディーズ諸島(フィンガルの洞窟)」(ローマ版第2稿)
交響曲第3番「スコットランド」(1842 年稿)*
有田正広(指)
クラシカル・プレイヤーズ東京

録音:2015 年7 月12 日、(3)2016 年2 月6 日*、
何れも東京芸術劇場ライヴ・デジタル録音
日本の古楽界をリードするフルート奏者有田正広は、国内外の数々のコンクールで輝かしい受賞歴を持ち、クイケン兄弟やトレヴァー・ピノックなど世界的なアーティストともしばしば共演。2009 年4 月には、ロマン派までをレパートリーとする日本初のオリジナル楽器によるオーケストラ「クラシカル・プレイヤーズ東京(CPT)」を結成。このCD は彼らの最新ライヴ録音である。 メンデルスゾーンの作品は、2009 年にテーマ・カタログが刊行され、ようやくその作品の全体像が明らかにされた。また、作品の研究も進み、いくつかの出版社からは信頼の置ける楽譜の出版も行われるようになり、その成果として「ヴァイオリン協奏曲 ホ短調 作品64」の初期稿なども出版され、演奏もされるようになってきている。 このCD に収録された交響曲 第4 番 イ長調「イタリア」、序曲「ヘブリディーズ諸島(フィンガルの洞窟)」、交響曲 第3 番 イ短調「スコットランド」の3 曲についても同様に、新しい研究成果に基づいた楽譜を使用している。
また、本格的なピリオド楽器でメンデルスゾーンの管弦楽曲を演奏する試みは、CD の録音で見る限り1988 年ごろから始まったようである。日本でも2000 年以降にごくわずかに録音されたものがあるとはいえ、まだ本格的な状況には至っていない現在、有田=CPT によるメンデルスゾーンの演奏は画期的と言えるだろう。 ※版についてはライナー・ノートに小川恒行氏の詳細な解説がございます。

TBRCD-0048(2CD)
税込定価
シモン・ゴールドベルク・ラスト・コンサート
バッハ:管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067
モーツァルト:交響曲第40番ト短調K.550
ヒンデミット:弦楽のための5 つの小品Op.44-4(器楽合奏のための
学校用作品Op.44 より)、
ハイドン:交響曲第82番ハ長調「熊」
 交響曲第82番「熊」〜終楽章(アンコール)
シモン・ゴールドベルク(指)
水戸室内O
工藤重典(Fl)

録音:1994 年4 月11 日、水戸芸術館コンサートホールATM
1993 年の4 月、シモン・ゴールドベルクは1990 年に創設されたばかりの水戸室内 管弦楽団と 2 回のコンサートを持った。そして、この 2 回の演奏会が結果として彼の 最後の演奏会となった。その3 か月後の7 月19 日に急逝することになる。正にゴー ルドベルクの白鳥の歌がこのCD に収録されている。 ここに収録されているヒンデミット作品は1927 年に書かれ、当時ゴールドベルクはベ ルリン・フィルのコンサート・マスター、ヒンデミットはベルリン音楽大学の教授であっ た。この楽曲についてゴールドベルクが特別な発言を残している訳ではないが、ヒン デミットの作曲の経緯をつぶさに知っていたとみる方が自然であろう。録音の少ない 珍しいこの作品がゴールドベルクの指揮で聴けることが嬉しい。 バッハ、モーツァルト、ハイドンはゴールドベルクの愛奏曲。バッハでは名手、工藤重 典共々緊張感は高いのに温かみのある独特の味があり、モーツァルトではテンポを 遅めにし、当時流行していた古楽風演奏とは一線を画したロマンティックな演奏と言 っても過言ではない。ハイドンもまた恰幅がよく、愉悦、余裕というものが全曲を通じ て感じられる。またこの演奏会ではこの交響曲のフィナーレがアンコールとして演奏 されているが、肌触りが全く違うリラックスした表情で奏でられている。演奏の一回性 を重んじたゴールドベルクの魔術がここに明らかである。


TBRCD-0050
税込定価
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
ムソルグスキー:交響詩「禿山の一夜」 *
アントン・ナヌート(指)
スロヴェニアRSO

録音:2012 年10 月4 日スタジオ録音
1999 年5 月17 日ライヴ録音*
※日本語・英語解説付。
謎の指揮者として存在すらも怪しまれたナヌート。しかし日本では紀尾井シンフォニエッタへの3 度の客演で幻どこ ろか今や最後の巨匠と呼んでも過言ではないほど骨太の名演で大評判を得ました。1932 年にスロヴァニアのゴリツァ 出身、第2 次大戦時はイタリア領となった土地で、イタリア語で若年の教育を受けました。バレエ、オペラの指揮から交 響楽団の指揮に進んだ典型的な叩上げタイプ。一つのオーケストラと長く仕事をする土地に同化した指揮者です。野 武士の風格とでも呼びたいナヌートは「尊敬する指揮者は?」という問いに、ワルターとマタチッチを挙げます。手触りの粗いゴツゴツした構えの音楽づくりはなるほどマタチッチとの共通項もあります。(ライナーノートより)
ナヌートは「尊敬する指揮者は?」という問いに、ワルターとマタチッチを挙げます。 手触りの粗いゴツゴツした構えの音楽づくりはなるほどマタチッチとの共通項もありま す。(ライナーノートより) 2012 年9 月、ナヌートは80 才を祝うコンサートを行った。その直後に行われたスタジオ・ セッション録音である。コンサートでも演奏された「悲愴」交響曲は、正にナヌート畢生 の名演奏と言えよう。まるでライヴ録音のような高揚感が漲っている。第1 楽章が 20 分 を超える。目一杯遅い。ここでナヌートは十分な感情移入をしてみせる。冒頭の低弦の 神経の張り詰めた、しかし絶望感の漂い方、ここは凄い。ヴァイオリンなどまるで人の声 の様に切実である。
TBRCD-0051
税込定価
シューマン:交響曲第4 番
「マンフレッド」序曲
アントン・ナヌート(指)
スロヴェニアRSO

録音:986 年2 月6 日ライヴ録音
1998 年5 月29 日ライヴ録音*
※日本語・英語解説付。
交響曲第4 番は、ナヌートの出身地である、ヌオヴァ・ゴリツァにおけるライヴ録音。まるでクナッパーツブッシュが甦ったような演奏。物凄い遅いテンポが採用され、長靴でぬかるみを歩くような歩みの重さが実にユニーク。「マンフレッド」序曲も巨匠の至芸と言える立派な演奏。重厚さとともに、ある種の怖さ、恐ろしさを伴った悪魔的演奏です。ワーグナーの森にも直結する陰鬱で、ロマンティックな世界が展開されております。


TBRDVD-1001(3DVD)
朝比奈/ベートーヴェン:交響曲全集
交響曲第1番(1989年2月5日)、交響曲第2番(1989年3月11日)、
交響曲第3番「英雄」(1989年2月5日)、交響曲第4番(1989年4月6日)、
交響曲第5番「運命」(1989年5月15日)、交響曲第6番「田園」(1989年4月6日)、
交響曲第7番(1989年3月11日)、交響曲第8番(1989年5月15日)、交響曲第9番「合唱」(1988年12月14日)
朝比奈隆(指)新日本PO、関屋晋(指)晋友会cho、豊田喜代美(S)、秋葉京子(Ms)、林誠(T)、高橋啓三(Bs-Br)

収録:東京サントリーホールに於けるライヴ(実相寺昭雄映像監督)
巨匠朝比奈隆が大阪フィルに次いで親密な関係を保った新日本フィルと唯一遺したベートーヴェン:交響曲全集、その映像作品です。映像監督は、朝比奈を敬愛した故実相寺昭雄。北方ルネッサンスのような光線は高尚な美しさに満ちています。新日本フィル財団法人化20周年と朝比奈の80歳を記念した、このベートーヴェン・ツィクルスは巨匠の気力体力の充実が目覚しい記念碑的名演で、特に第3番「英雄」は自らも納得のヘビー級演奏です。1991年にレーザーディスクとして発売されたのは実に18年前。その後廃盤となって久しく、LDの後退も相俟って、当作品は幻の存在になりつつありましたが、ここに幾多の困難を乗越えてDVD化が決まり、当時の技術陣が終結し渾身の再編集が行われました。演奏はフォンテック社から発売されているCDと同一ですが第9のみ12月14日の別演奏です。フロントジャケット写真は、木之下晃氏による文化勲章受賞時のもので、これもカラーで貴重です。完全限定盤・愛蔵家証付(裏面ポートレートの写真は飯島隆氏撮影)です。すべて金文字でシリアル・ナンバーが付いております(良番の選択は出来ません)。岩野裕一氏による書下ろしライナーノート付
TBRDVD-1002(DVD)
ブルックナー:交響曲第8番 朝比奈隆(指)大阪PO

収録:1994年7月9日大阪ザ・シンフォニーホールに於けるライヴ(朝比奈隆86歳バースデイ・コンサート)
※DVD片面一層、4:3、リニアPCM
1994年7月9日、朝比奈隆86歳を祝うバースデイ・コンサート(大阪ザ・シンフォニーホール)における超名演が今映像作品として初のソフト化!亡くなる三ヶ月前まで採り上げた巨匠の愛奏曲ですが、エネルギッシュにグイグイとオーケストラを引っ張る当演奏こそ、その矍鑠たる舞台姿(舞台袖からステージに至る光景も含まれております)も含めベストに相応しいものと言えましょう。これぞDVDで見るに相応しい名演です。当演奏のほぼ二週間後には、東京サントリーホールでも同曲を取上げ、その名演も語り草です。
◆ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ交響楽団総裁)のライナーノートより
1994年7月24日、妻と私は東京サントリーホールで、朝比奈隆の指揮のもと大阪フィルハーモニーによるブルックナー交響曲第8番の途方もなく圧倒的な演奏の目撃者となる栄に浴した。この演奏こそ、まさしく、私に−当時私はシカゴ交響楽団の総裁だったが−巨匠朝比奈をシカゴに招くことを決意させたものだった。
当DVDにおける演奏は東京での公演の2週間ほど前のものであるが、あの時私の心を虜にしたあらゆる特質がはっきりと見て取れる。アントン・ブルックナーの音楽が朝比奈の芸術家としての魂の中心を占めているのは明らかだ。彼はこの曲が本当に好きで、その長いキャリアを通じて幾度も取り上げた。この深い愛着と見識はこのディスクを聴くだけでなく、また見ることによって顕著となる。音楽がその賞賛に満ちた高みに到達するとき、崇高な美しさの瞬間、また圧倒的な緊張に溢れたときどきに、ただ朝比奈の表情を読み取ることで、どんなに深く彼に、そして彼を通して大阪フィルハーモニーのメンバーにこの音楽が語りかけているか知ることとなる。

TBRDVD-1003(DVD)
マーラー:交響曲第2番復活」 朝比奈隆(指)大阪PO、cho
井岡潤子(S)、竹本節子(A)

収録:1995年7月8日大阪ザ・シンフォニーホールに於けるライヴ(朝比奈隆87歳バースデイ・コンサート)
DVD片面一層、4:3、リニアPCM
バースデイ・コンサート(大阪ザ・シンフォニーホール)を朝日放送がライヴ収録。音声、映像共に初出です。マーラー演奏の映像も初登場。ブルックナーの大家として知られる巨匠朝比奈が、マーラーの交響曲の中で最も多く取上げたのがこの「復活」です。その活動の節目節目にはこの曲を選んでおり、この曲への深い愛情を感じます。遅めのテンポで貫徹され、大海をゆく豪華な船を眼前にするかのような壮麗さです。夏のコンサートらしく、白タキシードに銀髪が美しく映えます。歌詞対訳は、朝比奈の盟友の大指揮者でマーラーの権威として名高い山田一雄氏によるもの。その文藝味豊かな日本語は、その教養の高さを今に伝えます。

■ヘンリー・フォーゲル(元シカゴ交響楽団総裁)のライナーノートより
最も印象深いのは朝比奈の作品全体に対するヴィジョンである。マーラー作品の細部にフォーカスし、美しく、エキサイティング、ドラマチックもしくは切なく苦しいといったあまねく効果的な瞬間を個別に取り上げることは、指揮者にとってかなり容易なことである。しかしことさら困難なのは、この80分間の旅路の最初から最後まで、論理的な発展と進化を有しながら、それぞれの輪郭を与えることである。それは、その終着の地を常に心に浮かべ、そこに到達するための適切な道筋に沿ってそれぞれの細部を提示することができる指揮者によってのみ成し遂げられることなのだ。英国の偉大な指揮者であり、マーラーのスペシャリストであったジョン・バルビローリが指摘しているが、全てのマーラーの交響曲には真のクライマックスの一時点がある。そしてそのクライマックスが真のインパクトとなるよう蓄えとして取っておかなくてはならない。彼の言に拠り考えると、この第2番の交響曲ではスコアの結びの数ページがそれに当たるのであろう。この朝比奈の演奏において当該の部分のパワーはまさしく無尽蔵である。そしてそれは朝比奈が本来の行き先を忘れることがなかったからである。

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