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クラシック/評伝・エッセー 【ハ行】
ピアニストという蛮族がいる
中村紘子:著 文春文庫 税抜\447
“中村紘子の暴露癖がここでも!”
ホロヴィッツラフマニノフパデレフスキなどのスーパースターから、幸田延久野久といった日本の洋楽黎明期のピアニストのエピソードに、自身の体験も織り混ぜた一冊。『チャイコフスキー・コンクール』のような生々しさはありませんが、数々の資料から彼女が知りえた歴史的事実を見事なストーリー仕立てで展開させ、抜群の文章力と、独特のちょっとトゲのある言い回しも絶好調です。最初から学術的な論文を目指しているわけではないので、ピアニストの系譜に沿って系統的に紹介する手法はとらず、“キャンセル魔にも理由がある”といったといった意味深のテーマを設定して、そのテーマごとにピアニスト(主にその奇人ぶり)を紹介しているのが、実に絶妙です。マキシム・ショスタコーヴィチが、学生時代に出来が悪く、ソビエトで人身事故を引き起こし、居るに居れなくなて亡命した話や、ヤコフ・フリエールが、エミール・ギレリスから娘エレーナの教育を押し付けられ、手を焼いている話などには、名誉毀損にならないか心配になるほどですが、あくまでも「見聞した話」としているところがなんとも巧妙!微笑ましいところでは、ウラディミール・ド・パハマンは、指を強化するための牛の乳絞りをするついでに、牛乳の紙パックを考案したという話。しかも、バケツをぶら下げて牛を眺めるド・パハマンの写真入り!これには思わず吹き出してしまいました。TV等のインタビューでも彼女は口調こそ上品ですが、突然ドキッとする辛辣なことがあります。この本でもそのノリは同じで、その天然の資質に触れだけの価値はあります。ところで、中村本人は、「蛮族」の一人ではないのでしょうか?
〜本文中の名言〜
・ピアノは弾くものであって、叩くものではありません。-中村紘子(156頁)※それこそ彼女の演奏に、ぶっ叩いてという印象を持ってしまうのは、私だけでしょうか?
・束髪の前からは、お化けのように髪の毛が下がっている。-森茉莉(167頁) ※森鴎外の娘、茉莉が、7歳の時に久野久と初めて会ったときの印象を『週刊新潮』に載せた文章からの引用。彼女のピアノは、かんざしが吹っ飛ぶほどの激しいものだったらしい。

ヒゲのオタマジャクシ 世界を泳ぐ
岡村喬夫:著 新潮社 税抜\1,600
“単なる武勇伝ではない、貴重なドキュメント!”
楽譜も読んだことのない少年が歌の魅力に取り付かれ、幸運と度胸で着実に世界の檜舞台に立つまでの道のりが赤裸々に語られた本で、一気に面白く読んでしまいました。しかも文章が巧い!戦中・戦後、物資が乏しく、楽しみの手段も今に比べて極端に限られていた時代、「素晴らしい」と直感したものの輝きは、どんなものだったでしょう。ハーモニカに夢中になり、早稲田入学後はひょんなことからグリークラブへ入部する過程で、自分の才能に気付き、周りのバックアップもあって、歌という輝きに一途に向かっていく姿には、思わず勇気をもらった気になります。いくら歌への情熱を持っていても、イタリア語が全く話せないにもかかわらず、単身イタリアへ留学するなど、今では考えられないことですが、そこで音楽を志すならこれくらいのことは当然、という風な書き方をせずに痛快な武勇伝にてしているところが、この本を面白くしている要因の一つだと思います。ヨーロッパでの寄宿舎での生活ぶり、仲間との交流、尊敬すべき先生との出会い、異常なまでに鋭敏な耳の持ち主で、集中力が高まるといつも倒れていたというフランコ・フェラーラの思い出、その他いろいろな場面で意外な巨匠と知遇を得た話など、どれも読み応えがありますが、何と言っても圧巻は、指揮者のケルテスを、テルアビブの海岸で自分の目の前で溺死させてしまったという後悔の念を綴った章。その事故の直後、一緒に現場にいたルチア・ポップと共に、ハイドンの「ネルソン・ミサ」を歌ったときの辛い心情が書かれた部分は、胸が詰まります。最後に岡村は、歌を伴侶とした生涯を全く後悔していないと言い切っています。自分が人に喜びを与えられると知ったときほど喜びを感じるものはありませんが、そのための努力なら努力とも感じないものです。この本の中で「努力」という文字が目に付かないのはそのせいでしょう。彼の人生はまさにその幸せな努力の連続だったのではないでしょうか?自分も、世界に羽ばたかないまでも、人に喜びを与えながら自分も幸せを感じるという人生を送りたいものです。オペラに興味がない人も、クラシックを知らない人も、男の生き方の一つの理想を実現した話として、広く読まれて欲しいと思う一冊です。

評伝 エヴゲニー・ムラヴィンスキー
ヴィターリー・フォーミン:著、河島みどり:訳 音楽之友社 税抜\2,800
“ムラヴィンスキーの偉大さを長年の側近が詳細に記述!”
フォーミン氏は、ムラヴィンスキーと若い頃から活動を共にし、最後にはレニングラード・フィルの芸術監督にまでなった人で、それだけにここに書かれている世紀の巨匠の音楽人生の記述は、生前に本人からも「まあよく書けている」とお墨付きを得ていることもあって、最も信頼できる評伝だと思われます。ムラヴィンスキーの生い立ちに始まり、少年期にコーツ指揮のワーグナーの「ジークフリート」に衝撃を受け、芸術家への志が芽生えたこと、音楽院では、ニコライ・マルコからは得るものがなく、ガウクのクラスに移ってから才能が一気に開花すること、ショスタコーヴィチの第5交響曲初演、全ソ指揮者コンクールの勝利と、時系列に沿って詳細に記述されています。レニングラード・フィルの主席になってからの団員との信頼の築き方、海外公演の反響、各年代ごとのレパートリーの特徴、演奏曲目・演奏回数一覧なども、常に傍らでこの巨匠を見つめていた人ならではの綿密な記述がなされています。全体の論調は、ムラヴィンスキーがいかに偉大な芸術性を持ち、各方面から絶賛されたかということを、具体的な証言や新聞評、自身の見聞も含めて記すスタイルに徹し、全くネガティブな内容は登場しません。訳者も記しているとおり、この本が最初にソ連で出版されたのが1983年ですから、当然厳しい検閲をパスする内容に止めざるを得なかったわけです。したがって、政治的な関わり合いについては触れておらず、音楽のアプローチの方法についても、知られざる裏話をひも解くよりも、精神論に比重が置かれています。そこで多大な意味を持つのが、訳者河島氏による解説文です。彼女は、長年ムラヴィンスキーの通訳を勤めた人で、まさに肌で感じた巨匠の日常的な人柄、夫人の献身、巨匠から直接効いた母国への思いなどが、短い文書いの中に凝縮されているのです。来日が中止になったのは本人の意思ではなく、党本部の妨害だと本人が語ったこと、日本へ向かう列車の中で、河島氏が日本は遠いという話をすると、自分たちの方が日本から遠すぎるのだと呟いた、というその言葉には、ムラヴィンスキーの母国への思いの全てが集約されているのではないでしょうか?ムラヴィンスキーは、あの厳しい風貌とは裏腹に、日常のことの一切を婦人に頼り切っていたそうですが、自分の才能を信じ、信念に従って活動しているうちに、気がつくと数々の称号を授かり、国内に止まって活動を続けざるを得ない環境が出来上がってしまった結果、生来の不器用さもあって、国内での安泰な暮らしを選ぶしかなかったのでは?と思えてなりません。なぜ、ショスタコーヴィチの第9交響曲を初演限りで取り上げようとしなかったのか、後任にテミルカーノフが決定するまでの経緯など、今後浮き彫りにされることを期待したいと思います。
〜本文中の名言〜
・本物の音楽家が目指すのは人を魅了することではなく、人から信頼されることである-イーゴリ・マルケヴィッチ(174頁) ※ムラヴィンスキーは、まさにそれを実現させた偉大な指揮者だと、フォーミンは記している。
・そうじゃない。我々が日本からあまりにも遠くにいるのだ。-ムラヴィンスキー(234頁)日本へ向かうシベリア鉄道の中で、通訳の河島氏が、「マエストロが日本に来るのを嫌がったがよくわかります。日本は遠い…」というと、このように呟いたそうだ。





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