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クラシック/評伝・エッセー 【カ行】
カーテンコールのあとで
スタニスラフ・ブーニン:著、松野明子:訳 主婦と生活社 税込み\1,500
“ブーニンが祖国を捨てた本当の理由をストレートに告白!”
これはなかなかの入魂作です。おそらく日本の音楽ファンに向けられてかかれたものと思われますが、コンクールでの華々しい栄光への苦労話に止まらず、自分の音楽を育んだ環境と、独自の音楽観、日本の聴衆に対する印象、父スタニスラフ・ネイガウスの思い出などが濃密に語られています。特に、多くのロシアの音楽家の著述がそうであるように、ブーニンの場合も、ペレストロイカ以前の国家の理不尽な横暴、狡猾極まりない妨害行為に嫌というほど苦しめられ、その恨みと怒りの心情が最初から最後まで一貫し、この本の最大のテーマにもなっています。ソビエトの文化と自然を心から愛しながらも、それを取り巻く環境が、あまりにも自己の芸術を磨く上で何の役にも立たないものであるか、彼が見たまま感じたままが綴られています。国内で生きながらえた芸術家は、国の方針にじっと我慢できた者だけ。ブーニンにはそんな環境は、拷問以外の何物でもなかったのでしょう。少なくとも、ロン・ティボー、ショパン・コンクールと、立て続けに栄誉を勝ち得ていた時期は、順風満帆で何の問題もないように思いがちですが、そこへ至るまでの文化省と熾烈な攻防、コンクール優勝の功績を国のプロパガダに利用することに躍起になる無能な役人と、そのご機嫌取りに奔走する音楽院の教授陣との不毛なやりとりに見切りを付け、ついに教授陣の前で彼らの愚かさを痛烈に批判して、音楽院と訣別することになるのですが、大人しくしていれば今まで以上の生活が保障されていたことを考えると、その決断力と芸術家魂が並々ならぬものであることを物語っています。教授陣の愚かさという点で印象的なのが、恩師ドレンスキーへの批判。人を見た目で判断してはいけませんが、私自身もテレビなどで見る限りの彼の印象は、多くのコンクール優勝者を輩出した自信というより、それによって高い地位を得て、心も体も権力太りといった傲慢さを感じていたのですが、ここまで小者だったとは!ここではN国(当然日本でしょう)で彼が手厚いもてなしを受け、当局に隠れて金持ちの子供をを集めて公開レッスンやコンサートを開き、そのアルバイト代で買い物に興じ、それを売りさばく…さらにそれを反ドレンスキー一派から密告される、といった顛末がストレートに語られているのです。これだけでも、完全に祖国に未練がないことは明らかです。ただ、その文脈には、かつての恩師を傷つける意図はなく、むしろそうせざるを得なかったことへの同情の念が感じられます。音楽面では、シューマンとリストを比較し、音楽的スケールが断然にシューマンの方が優ることや、ロン・ティーボー・コンクール前に聴いた、ギーゼキングが弾くモーツァルトの23番の協奏曲が心の支えになったことなどに、ブーニンの音楽への真摯な態度が感じられます。私は、ブーニンがショパンのエチュードのCDプロモーションで来日した際に開かれたコンベンション(音楽業界の人を集めて発表する場)に出席したことがあるのですが、そのときにも、全24曲の詳細について深く掘り下げ、自己の芸術を深く掘り下げようとする意思を強く感じました。ところが、配られたCDをふと見ると、帯に大きく“雨だれ”と印刷されていたのです。いかにも一般受けを狙ったこうした打ち出し方に、ブーニンの意図との大きなギャップを感じた私は、「こういう売り方でいいんですか?」とレコード会社の人に詰め寄ってしまったのですが、そのときのブーニンの我が意を得たりという反応が鮮明に蘇えった次第です。さて、最後の章では、日本の印象について書いていますが、日本独自の伝統文化をを賞賛するのは珍しくないですが、熱狂したファンに爪で引っ掻かれて、その傷跡が今も残っていることを打ち明けています。よほどショックだったのでしょう。また、あの異常なブームを感謝しつつも、これらの人たちがまた2年後も自分の演奏を聴いてくれるだろうかという懸念も記しています。残念ながら、その不安は的中してしまいました。言うまでもなく、ブームは必ず去るものです。その意味で、ブームを巻き起こしたマスコミの罪は計り知れませんが、ブーニンの奏でる音楽自体にも、あまりにも自分らしくあり続けようという意思が強すぎて、いわゆるコアなクラシック・ファンから遠ざけられている傾向があるような気がします。いずれにせよ、自由な環境を勝ち取ったブーニンにとって、これからが真の芸術家としての試練ではないでしょうか?
〜本文中の名言〜
・ステージとは、宗派は問わぬが、無信仰を許さぬ宗教のようなものである-スタニスラフ・ブーニン(41頁) ※ブーニンの音楽人生の信条として記している。
・探すより、見つけることだ-パブロ・ピカソ(125頁) ※「理詰めの計算は、必ずしも良い演奏に繋がらない」という彼の信条を説明するに当たって引用した言葉。
・コンクールは音楽を学んでいく上で、いちばん強力な成長剤にこそなれ、歯止めをかけるようなことはない。-スタニスラフ・ブーニン(145頁) ※ブーニン自身はそうであっただろう。しかし全ての人に当てはまるのだろうか?

奇跡のホルン
スティーヴン・ペティット:著、山田淳:訳 春秋社 税抜3,500
“D・ブレインの魅力と、英国楽壇の歴史が満載!”
世紀の天才ホルン奏者、デニス・ブレインの魅力について記した著作としては、これ以上のものが今後出てくるとは思えません。デニスの生涯と音楽性、彼を取り巻く環境などを論じるだけでなく、彼の祖父、叔父、父のといった人たちのホルン吹きとしての活躍ぶり、人間性の記述を経て、デニスがその血筋をどのように受け継ぎ、楽壇の寵児となったかについて詳細に綴られています。著者のぺティット自身がホルン奏者であるだけに、ホルンの技術的な記載や、顎の骨格の話まで、専門的な解説にまで及んでいますが、決してプロの奏者に向けて書かれたものではないので、その辺の予備知識は全くなくても問題ありません。デニスはわずか3歳の時、父オーブリーがホルンを練習するのを見て、自分から吹かせて欲しいと頼み、すぐに完璧な音が出たというのですから驚きです。それ以降、オーブリーがその才能を自然に引き出すことをしなかったとしたらこの天才の誕生はなかったのです。そう思うと、父オーブリーの功績は計り知れません。セント・ポール・スクール、戦時中の空軍オーケストラへの参加、ナショナル響の主席、フィルハーモニアとロイヤル・フィルの主席兼任と、常にイギリスの楽壇の中心で活躍し、悲劇的な死を迎えてから現在に至るまでも多大な影響を与え続けているのは、そのホルンの技術のみならず、彼の持ち前の人なつっこさ、謙虚さ、度胸、音楽への真摯な態度など、彼の存在の全てが魅力的だったからに他なりません。モーツァルトの協奏曲をここまで有名曲に押し上げたのも彼の功績ですし、ブリテンやヒンデミットをはじめ多くの作曲家が競うようにして彼に曲を献呈したことだけでも、彼の魅力が並外れたものであることを示しています。それだけに、1957年9月1日の交通事故の悲劇についての詳細な記述は、直後に共演することになっていたオーマンディの証言、潰れたしまったホルンの写真なども含めて、胸が詰まります。無二の親友、ノーマン・デル・マーとの交流、クレンペラーとの確執の記述なども印象的、巻末には、デニスが初演した作品一覧、ディスコグラフィーを掲載。デニスを熱狂的に偶像視することなく、あくまでも客観的に誠実に伝える文体も実に好感が持てます。まさに名著です!
〜本文中の名言〜
・独自のスタイルを備えなければならないが、「唯一の」スタイルであってはならない-ウォルター・レッグ(136頁) ※レッグがフィルハーモニア管創設時に掲げた原則。ビーチャムがこのオケを自分のオケにしたいとレッグに申し出たが、この原則から外れるのでビーチャムは諦め、ロイヤル・フィル結成へと繋がっていく。

コンサートのあとの二時間
ヴェーラ・ゴルノスターエヴァ:著、岡本祥子:訳 ヤマハミュージックメディア 税込み\2,300
“ペレストロイカ以前の音楽家の生々しい生き様を綴った衝撃作!”
G・ネイガウス門下のゴルノスターエヴァが、師との思い出、晩年は入院費さえ払えなかったユージナ、まさに孤高の人リヒテル、といった巨人たちとの出会いを通じて育んできた音楽観を赤裸々に語った興味尽きない本。最初の章のゲンリフ・ネイガウスの生誕100周年に寄せた文章から、途中で切り上げられない面白さ!特の彼が語った友人アルトゥール・ルービンシュタインの思い出話では、「技術の完璧性を重んじる愚かな人間ほど、彼の芸術性を理解できない」と語ったことや、ゴルノスターエヴァが彼にピアノの音色は何によって変わるのか質問した際、「自分がどう感じるかだ」と答えたという一節などは、私が普段思っていることを端的な言葉で言ってくれているようで思わず嬉しくなってしまいました。何も意味も感じられない音を平気で発する不感症アーチストたちは、これを読んでもピンと来るでしょうか?ロストロポーヴィチがソルジェニーツィンを体を張って擁護した有名な話、プレトニョフの才能を高く評価しながらも、一部の曲では不自然さや冷たさを感じるといった辛辣な意見も飛び出し、何物にも迎合せず、首尾一貫して、自分が確信を持ったことだけをストレートに綴っているところが実に見事です。教師としての役割、コンクールの功罪について語った部分も興味深いですが、その中で最後まで心の引っかかったのは、「“クライスレリアーナ”を理解するためには、シューマンの伝記を読み、彼の人格をイメージすることが大切」と言っている点。演奏はその人の人格を映し出すことは当然ですが、演奏者は、ただ楽譜から、彼の人格なり作曲時の心情なりを感じ取るべきなのではないでしょうか?これでは、シューマンの伝記をが世間に出回っていない時代のピアニスト、彼に会ったことがないピアニストが弾くシューマンは本物ではないということになってしまいます。ところで、この本の圧巻は、なんといってもレーニン時代に作曲家同盟書記長で、ショスタコーヴィチらに「形式主義者」という汚名を着せて批判し続けてきたフレンニコフの糾弾!『ソビエト文化』という機関紙に寄稿した文章ですが、「芸術とは誰のものか」というタイトルで、延々と当時の体制側の人間たちの理不尽さを、具体名を挙げて痛烈に批判しているのです。それに対する様々な立場の人間からの賛同意見、反論(その中にスヴェトラーノフの名があるののがショック!)も載っていますが、フレンニコフ本人は、自らの正当を主張してばかりなのは、ヒットラーの参謀たちの戦後の姿とだぶり、その取り巻き立ちも、苦しい言い訳に終始しているのが見え見えなのです。ゴルノスターエヴァは、今更個人攻撃しても取り返しは付かないといっていますが、その反論文でも明らかなように、誰の何に対して問題化しているのかは、十分に読み取れます。この寄稿のせいで、彼女の活動は相当制限されたということですが、それをも覚悟で問題化しているのです。楽に生きるだけなら、彼女自身の言葉を借りれば「無個性で似たり寄ったりの、自分に従順な人たちを拠り所にすることが一番である」のです。その楽でない道を選んだ彼女の芯の強さには、師のネイガウスの芸術信条が確実に息づいていることは間違いないでしょう。これは、ピアノ・ファンだけでなく、一人の芸術家の生き様を知る意味でも、貴重な一冊です。
〜本文中の名言〜
・失礼ですが、私たちは「君」と呼び合うほど親しい間柄ではありません-ミハイル・プレトニョフ(94ページ)※どこかのお偉方からの電話で、相手から「君、ミーシャ(ミハイルの愛称)…」と呼ばれた時の反応。誰とでも社交的に打ち解ける性格ではないプレトニョフのクールな一面。
・耳があれば聞こえるはずです-マリア・ユージナ(59頁)※ショパンの前奏曲集に「死と復活」という独特のイメージをもっていたユージナに、ゴルノスターエヴァがその真意を尋ねたときの答え。
アルトゥールは決して完璧ではなかった。だがインスピレーションに満ちたピアニストだ。芸術家だ!それが肝心なところだ。-ゲンリフ・ネイガウス(18頁)※ルービンシュタインの素晴らしさをゴルノスターエヴァに語ったもの。
・きれいすぎる絵はがきみたいな感じを受けませんか?-スヴャトスラフ・リヒテル(37ページ)※ゴルノスターエヴァが読んで感激した小説に関して、彼の賛同を得ようとした時の返答。彼の芸術性が滲んでいるようで興味深い。
・楽器が本来の目的とは異なる用途に用いられている-チーホン・フレンニコフ(308頁)※プロコフィエフの第6ソナタの握りこぶしによる打鍵の事を指している。1948年の論文からの引用。もちろん迷言。




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